c/w / 第1話(1) Lady Butterfly
どうしてこうなってしまったのだろう――そうわたしは思った。
別に誘惑というほどのものではないつもりだった。
ちょっと肌を見せて、那智くんをどきどきさせてやろうと思っただけだった。
悪戯気分。
ただそれだけなのに……、
……。
……。
……。
……怒られた。
……なぜ?
-+-+- c/w / 第1話(1) 「Lady Butterfly」 -+-+-
発端は食堂での会話だった。
「試験?」
そう聞き返してきたのは那智くん。
土曜日の昼――、
今、わたしは食堂で那智くんと向かい合ってお昼を食べていた。曜日が曜日だけに生徒も疎らにしかいない。わたしも那智くんも、家に帰ったところでひとり。だったら学生食堂ですませてしまおうという考えでここにこうしている。
「期末、マズいんですか?」
口の中のものを飲み込んでから、那智くんはもう一度言葉を変えて聞いてきた。
那智くんの食事姿は小動物系だ。口にめいっぱい頬張って食べるところはハムスターを連想させる。
「うん、ピンチ。中間テストが軒並み赤点ギリギリだったから、今度似たような点だと補習ね」
「ピンチもピンチ、大ピンチの崖っぷちじゃないですか!?」
那智くんが声を荒げて抗議してきて、わたしは驚いた。
何とかなだめようと努める。
「や、やあねぇ、那智くん。崖っぷちっていうのは留年かどうかの瀬戸際に立たされることで、今は――」
「同じことですっ」
逆効果だった。
「このままいけばその崖っぷちに辿り着くのは目に見えてるじゃないですかっ。しかも、来週から期末テストっていうこの時期に、まだ勉強してないってどういうことですか!?」
がおーっ、と那智くんは一気に捲し立てる。
が、そこまで言ったところで動きを止めると、脱力したように背もたれに体をもたせかけた。
「先輩が勉強苦手なんて意外でした」
ちょっと、むっときた。
妙なイメージ先行で語られるのは、わたしの嫌いなことのひとつだ。
「意外でも何でも苦手なんだから仕方がないじゃない。どうせわたしは頭も悪いし、体育も人並みだし、泳げないし、歌で鳥が落とせるわよっ」
「……いや、そこまで聞いてないし」
那智くんはたじろいだけど、わたしはかまわず続けた。
「だいたいね、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群なんて女の子、そうそういないんだから。いるのは少女マンガの中くらいなものよ」
「別に先輩にそういうものを求めてるわけじゃないですけどね、僕。それに……」
そこで那智くんは一度言葉を切り、ひと呼吸おいてから、
「それに、それくらいのほうがかわいいですよ」
と、無邪気に笑顔を見せた。
「……」
途端――、
ぼふっ、と音を立てて顔が熱を上げた。
「あ、う……。そ、そう……」
自分でもわかるほどに赤くなった顔を隠すため、わたしは下を向いて無意味にランチのサラダをつついた。
まさか“かわいい”なんて言葉、年下の那智くんから言われるとは思わなかった。“かわいい”なんて街には掃いて捨てるほど溢れかえっている。それなのに、わたしは自分でも驚くほど、その言葉に反応してしまった。ありきたりの言葉も那智くんの口から発せられると特別な意味が生まれるらしい。
こんなわたしを見て那智くんはどんな顔をしているのだろう。
そう思っておずおずと顔を上げると、そこには思案顔の那智くんがいた。
「先輩」
何を考え込んでいるのか尋ねようとした矢先、那智くんが口を開いた。
ひと言――、
「今日、うちで一緒に勉強しましょう」
一度家に帰って服を着替え、勉強道具一式を用意して那智くんの家に向かった。
駅を降りて歩いていると、だんだんどきどきしてきた。
那智くんは年下でも男の子で、今現在ひとり暮らし。そこにわたしを呼んだのは、なかなか意味深なことなのかもしれない。
(そう考えると、今のわたしの格好も微妙かも……)
改めて自分の姿を見る。
ブラトップにオフショルダーのシャツ。ボトムはデニムパンツ。
じゃあ、方向修正するにしてもどちらの向きに矢印を向ければいいのかと考えると、それもまた難問だ。
「でも、那智くんは未来のダンナ様なわけだし……って、そんなこと言ってる場合じゃないわね」
住宅街の十字路に立ち、辺りを見回す。
右と左。
前と、そして、今きた道。
すべて見たことのない道に思えた。
「迷ってる……?」
別に考えごとをしていたから迷ったわけではなく、ただ単に道を覚えていなかったらしい。前にきたときはおじ様の車だったし、帰りは歩いたけど暗くて周りなんてよく見えていなかった。
仕方ない。誰かに道を訊こう。古い大きな洋館風の邸と言えばわかってもらえるだろう。
と、丁度そこに正面から人がやってきた。
「……」
いったい運がいいのか悪いのか。
後宮紗弥加さんだった。
後宮さん――
わたしより遙かに長い時間を那智くんと一緒に過ごし、わたしよりも確実に那智くんに近い場所にいる女の子。彼女と会ったのは一度だけ。そのとき、わたしに那智くんの生い立ちをおしえてくれたが、その真意は未だに図りかねている。
後宮さんはわたしの姿を見て取ると、意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらに寄ってきた。
正直、あまり好きになれないタイプだけど、那智くんは彼女のことを紗弥加姉と呼んで慕っている。それなら、わたしも仲よくする努力をするべきだろう。
「こんにちは、後宮さん」
「よぉ、片瀬センパイ。こんなとこで何やってんだ? もしかして、迷子?」
「……」
努力は、もういいわ。
「……後宮さんには関係のないことよ。そう言うあなたはどちらへ? 海水浴でも行くのかしら?」
後宮さんはショートパンツにタンクトップ、その上から薄手のパーカーを羽織るという無闇に露出度の高いスタイル。ショートの髪の下に覗く首筋が涼しげだった。
「さぁ、どうだろうな?」
そう言ってニヤニヤと笑う。
「ええ、そうね。お互い干渉はよしましょう。……じゃあ、ここで失礼するわ」
このまま続けていてもまともな話はできないだろうと判断して、わたしは早々に会話を切り上げることにした。一方的に別れの挨拶をして彼女の横をすり抜ける。
と――、
「あぁ、那智ンち、そっちじゃないぞ。実は俺も行くところなんだけど、どうする? 一緒に行くか?」
「く……っ」
ただ振り返るだけの行為に、今のわたしはかつてないほどのエネルギィを必要とした。
那智くんの家、千秋邸は古い大きな洋館風で、那智くんを家に迎えたのを機に購入したという経緯を持つ、素敵な邸だ。
この春からご両親とも仕事の都合で家を離れていて、今は那智くんだけが暮らしている。
早速インターホンを押そうと手を伸ばしたところで、横で門扉が音を鳴らした。見ると後宮さんが勝手に敷地内に入ろうとしているところだった。
「ちょっと、何を勝手に――」
「あぁ、気にすんなよ。いつものことだし」
そう言って後宮さんはどんどん中に入っていく。
(いつも……)
いつもと言うほどに、そして、その工程を省略してしまえるほどに、後宮さんはこの邸に頻繁に出入りしているのだろうか。
門から一歩入ると狭いながらも立派な前庭があり、それを分断する形で敷かれた石畳の小径を通って玄関へと向かう。
「……」
勝手知ったる他人の家とばかりに慣れた調子で歩く後宮さんの後ろ姿がどうしても気になってしまう。
当然のように後宮さんはノックもせずに扉を開けて中に入り、わたしもその後に続いた。
「おーい、那智ー。きたぞー」
呼び掛けながらミュールを脱ぎ散らして上がり込む。
見ると同じように那智くんの通学用の革靴と、足首まで覆うバスケットシューズも散らかっていたので、わたしは自分のものも含めて四足の靴を並べて揃えた。
首を上げたところで階段の上から足音が聞こえてきて、軽快な足取りで那智くんが降りてきた。
「いらっしゃい……って、あれ? 先輩もいる。ふたり一緒にきたんだ」
「え、ええ、そこで偶然会ったの」
そう言うわたしの横では、後宮さんが笑いをかみ殺していた。
嫌な性格だ。
「外暑くてさ、喉乾いたんだけど、なんか飲むモンもらっていいか?」
「いいよ。お好きにどうぞ。……あ、じゃあさ、テキトーに三人分持ってきてよ。何かちょっと食べるものとかもあったほうがいいでしょ」
「あいよ。……戸棚のアーリータイムスでも出すか」
「あのネ、僕ら今から勉強するんだけど」
じろり、と那智くんに睨まれると、後宮さんは「ち……」と舌打ちしてから、頭を掻きながらダイニングキッチンへと歩いていった。
「なに考えてるんだろうね。……先輩はこっちです。僕の部屋、二階なんで。あ、階段ちょっと急だから気をつけて下さい」
「あ、本当ね」
登りはじめてみるとよくわかる。普通の家よりも階段の傾斜が若干きつく感じる。これも古さ故だろうか。
「でも、大丈夫。円の部屋なんて屋根裏部屋だから、二階の廊下から梯子みたいな階段で上がるのよ」
「うわ、それ見たいかも。今度、円先輩に見せてもらおうかな」
「……」
一瞬、目の前にある足首を掴んで引っ張ってやろうかと思った。
二階に上がり、廊下を進みながら角を二回曲がって、いいかげん自分の向いている方向がわからなくなってきた頃、ようやく那智くんの部屋に辿り着いた。同時に廊下も終点を迎えた。
「どうぞ」
と、促されて入った那智くんの部屋はフローリングの洋間だった。和室なら十二畳くらいの広さで、ベッド、勉強机、パソコンデスク、本棚を置いてもまだひと部屋分のスペースは残っている。壁に好きなビジュアル系バンドのポスターが貼ってあったり、ゴミ箱の淵にバスケットゴールがついていたりして、男の子らしい部屋だと思った。
「一応ざっと片づけたけど、まだどっか妙なところがあっても、それは見なかったことにして下さい」
部屋の主はそう言って照れたように笑った。
「うん、それはいいんだけどね。ねえ、那智くん? どうして後宮さんもいるの?」
「紗弥加姉? 先輩は知らないかもしれないけど、紗弥加姉、ああ見えても和泉ヶ丘高校で、頭いいんですよ。学校でも成績よくて、全国模試じゃわりと上位に入ってるみたいです」
半分までは知っていた。ああ見えて泉ヶ丘高校というのは本人から聞いた話だ。でも、ああ見えて成績がいいとか、ああ見えて全国レベルだとかは初耳だった。
「僕なんか去年、家庭教師してもらってたし。試験勉強するならけっこう強力な助っ人ですよ」
「あ、そうなんだ」
ああ見えて後宮さんは侮れないらしい。
「うん。それがどうかしたんですか?」
「……ううん。いい。わたしひとり不純だっただけだから」
真面目に勉強に取り組もうとする那智くんに対し、道中、変なことを考えていた自分を恥じる。
「テキトーに座って下さい」
那智くんが示した先には広めの座卓と三人分の座布団が用意されていた。とりあえず近くに座ろうとしたとき、入り口の方から声がした。
「あー、悪ぃ。どっちか取ってくれよ。もうさ、手が痛くて痛くて」
後宮さんだった。
彼女は片手にお菓子を盛り合わせたお盆を、もう片手にはウーロン茶のペットボトルをぶら下げていた。
そばにいたわたしはお盆の方を受け取った。
「さんきゅー」
そう言ってから後宮さんは、どん、と乱暴にペットボトルを座卓の上に置いた。
それから座って羽織っていたパーカーを脱ぐ。中はタンクトップだとばかり思っていたけどチューブトップだったらしい。
「って、那智くんの前でなんて格好してるのよ!?」
「別にいいだろ」
面倒くさそうに言うが、ショートパンツにチューブトップならほとんど裸みたいなもの。十分に問題だ。
「それに気にするような仲じゃないしな。ふたりで風呂入ったこともあれば、一緒に寝たことだってあるし。今更だよなぁ」
「那智くんっ」
わたしは思わずぐりんと那智くんを見る。
「いや、そんなに目吊り上げて睨まれても……。だいたいそれって僕らが教会にいたときのことで、小学校低学年だったし。て言うか、紗弥加姉! 誤解を招く言い方をするなよっ」
「いやぁ、悪い悪い。でも、今だったらとか想像しないか?」
「今だったら? え~っと……」
顔を心持ち上に向け、視線を宙に彷徨わせる那智くん。
「「するなっ!」」
「ぐはっ!」
次の瞬間、後宮さんの二の腕とわたしの肘が、那智くんの喉と脇腹を同時に襲った。
「そ、そっちからネタ振っといて暴力まがいのツッコミってどういうことさ……」
苦しげにそう言って、那智くんは蹲った。
「32×58×25は?」
「……46400」
「じゃあ、738×908」
「……740104」
電卓を片手に問題を出しているのがわたしで、それに一拍おいて暗算で答えているのが後宮さんだ。
驚くことにこれが彼女の特技だという。
後宮さん曰く――、
「これくらいそんなに珍しかないよ。クラスにひとりくらいいるんじゃないか? 頭ン中での処理方法は人それぞれみたいだけどな。そう言や、前に数字が色で出てくるってやつもいたな。
実際、こんなの何の役にも立ちゃしねーよ。式があって、さて、この答えは? なんて小学生のテストじゃあるまいし。高校じゃまず式を立てるトコからはじまるわけだから、そこで間違ってりゃ計算もへったくれもねーよ。
ただし、微積分だろうが物理の力学だろうが、その式さえ正しく立てれたら、後は手を止めずに答えまで書き出せるけどな」
十分にびっくり人間だと思った。
「違ぇよ、那智。そうじゃねぇって。お前、いきなし思い違いしてんだよ。高一数学のこんなとこで躓いてたら、来年から理系なんてとうていむりだぞ。それから、ここからここ。これくらい一気に計算しろ」
「むりだって。紗弥加姉じゃないんだから」
「バカ。こんなの俺じゃなくても、誰でもできるっての。要は訓練だ」
と、こんな具合に後宮さんは相変わらず口は汚いが、しっかりおしえてくれる。確かに助っ人として強力だった。
それはいいのだけど……、
「ちょっと、そんな格好で那智くんにくっつかないでよっ」
「仕方ないだろ。こいつがあったま悪いんだから」
確かに後宮さんは先ほどの特技を差し引いてもよくできているけど、それにしても我が校の特進クラスをつかまえて頭悪いと言ってしまうとは。
しかし、わたしはひとつ学んだ。
なるほど。理由があればいいわけか。
「ね、ねえ、那智くん?」
「はい?」
「何かわからないところ、ある?」
わたしは意を決して、すすす、と那智くんに寄った。
もう少しで身体が密着するというそのとき、だけど、那智くんは「ひっ」という短い悲鳴らしきものを残して忽然と消えた。見ると遙か離れたベッドに背中が当たるまで瞬間移動していた。顔が青い。
「ないですないですないですっ。崖っぷちの先輩におしえてもらうことなんてないですからっ」
ものすごい勢いでいろんなものを否定された。
さすがに少しヘコんだわ。
そんなわたしを後宮さんが、口許を教科書で隠して見ていた。目が笑っている。きっと唇も片方が吊り上がっているに違いない。
「あなたね、いいかげんに上着を着なさいよっ」
「今度は八つ当たりかよっ。いいだろ、そんなの。暑いんだからさ。どうせだったらお前も脱げば?」
そう言って後宮さんは挑発的に笑う。
(く……。こっちはもうこれ以上脱げないと知って……)
いや、待てよ、とふと考える。
ブラトップならギリギリそれもアリかもしれない。多少デザインが刺激的でも見られてもいいようなものだし。今もオフショの下に半分見えている。
なら――、
「そ、そうね。ちょっと暑いし、わたしも脱ごうかな……?」
ちらりと那智くんの様子を窺う。
目が合った。何を言い出すんだと目を見開きながらも、どこか期待しているように見える。
が、はっとしたように我に返ると、
「……設定温度下げるか」
慌てて顔を背け、リモコンを操作する。
「「寒っ」」
途端に張り切りはじめたエアコンの風に撫でられ、わたしと後宮さんは悲鳴を上げた。
「だーっ、疲れた。……ちょっと一服」
最初に集中力が切れたのは後宮さんだった。
後宮さんは手を止めるとデイバッグの中からタバコを取り出した。
「那智、灰皿――」
「ねえよ! つーか、紗弥加姉、タバコやめろって何度も言ってるだろっ」
間髪入れずそう言うと、那智くんはあっという間に後宮さんの手からタバコをひったくり、ゴミ箱に放った。投げられたタバコは、ゴミ箱の淵に取り付けられたバスケットゴールのボードに当たり、ネットを通って中に落ちた。
「……ケチ」
「ケチでけっこう」
冷たくあしらうと、那智くんは勉強を再開した。
「しゃーねぇ。茶でも……って、あり? 那智、ウーロンねえ」
「はいはい。取ってきますよ。紗弥加姉がタバコをやめてくれるなら、ウーロン茶でもほうじ茶でも、カンボジア産加糖茶でも何でも持ってきますよ」
ため息まじりに言って那智くんは立ち上がった。
「僕がいないからってゴミ箱から拾ったりしないよーに。先輩、紗弥加姉がそんなことしてたら叩いていいですよ」
そう言い残して部屋を出て行った。スリッパの足音が遠ざかっていく。
別に見張るつもりはないのだけど、その後、後宮さんがタバコを拾うような素振りはまったくなかった。ただただ集中力を欠いた力ない視線で、パラパラとめくる教科書を見るばかりだった。
「もしかして後宮さんって、那智くんに頭が上がらなかったりする?」
しばらくしてわたしは訊いた。
そう思ったのは、今日だけでも彼女が那智くんに叱られている場面が数回あったからだ。
すると、後宮さんはきょとんとした目でわたしを見た。
「……悪いかよ」
意外にもあっさりそれを認める。
それから後宮さんは恥ずかしかったのか、再び教科書に視線を落とした。そうしながらぽつぽつと話をはじめる。
「頭が上がらないてーか、苦手なんだろうな。那智ってさ、同じ教会の出なのに俺と違って真っ直ぐ育ってるだろ? そういうところが羨ましかったり眩しかったりするんだろうな」
「タバコをやめない理由もそこかしら?」
以前も駅前で那智くんに注意されていたのを思い出した。
「だとしたらマゾだね」
だけど、後宮さんは否定も肯定もしなかった。
「そっちはどうなんだ? 那智とは上手くやってるのかよ?」
しばらく黙っていた後、今度は後宮さんが訊いてきた。
「まぁ、上手くいってなきゃ今こうしてないか」
「ええ、おかげさまで。那智くんは未来のダンナ様よ」
少しばかり突っぱねるように言ったのは、前に後宮さんに「うちの那智はやれない」と言われたからかもしれない。
「はぁ? なんだよ、それ?」
この発言が気になったのか、後宮さんは顔を上げた。
わたしはご期待に応えて、そこに至るまでの顛末を話した。
「ってことは、那智とはヤッたのか?」
その後、言うにこと欠いて最初に言ったのがこれだった。
「ヤ……ッ!? 何を言い出すのよ!?」
「だってそういうことだろ? オママゴトじゃあるまいし。……何だ、まだか」
「……わ、悪い?」
そう答えてそっぽを向く。これではさっきの後宮さんだ。
わたしだってオママゴトやごっこ遊びをしている気はなく、いたって真面目だ。順番を経て前に進んでいくつもりでいる。
「キョービ、高校生がただつき合うだけでも、それくらいのこと発生するぜ?」
ところが、小馬鹿にするように後宮さんは言う。
「ところかまわず脱いでセックスアピールするような貴方とは違うんです、わたしは」
「んなこと言って、ただ単に自信がないだけだったりして」
「ないわけじゃないわっ。人並みにはあるわよっ」
むっとしてわたしは、腰を浮かし思わず座卓を叩いて言った。
我ながら謙虚な言葉を強打したものだ。
「ほー、じゃあ、全部とは言わないから、一枚くらい脱げるよな?」
「ええ、もちろんよ」
売り言葉に買い言葉。
わたしは景気よくオフショルダーのシャツを脱ぎ、トップスだけになった。
と、そのとき、部屋のドアが開いた。
「お待たせー。ウーロン茶……わあっ!」
「きゃあああっ!」
咄嗟にシャツを掴んで体を隠し、入ってきた那智くんに背を向ける。
露出度が増えても裸ではないのだし、そもそもが那智くんに向けてのアピールだから隠すことはないのだけれど、心の準備ができていないうちに入ってこられたので、思わず身を隠してしまった。
そろりと後ろを振り返る。
那智くんはドアに背を貼りつけて硬直していた。口元が微かに引きつっている。
と――、
「……ふたりとも、とっとと服着て、ウーロン茶飲んで帰れっ!!!」
とうとう我慢の限界に達して、那智くんは力一杯叫んだ。




