おまけ 泥棒ねこちゃん
おまけというかネタ回。
「げ」
廊下を歩いていた僕は、小さくうめき声を上げた。
正面から、広いオデコに猫目が特徴的な美人さん――姫崎さんが歩いてきたからだ。また「勝負よ!」と追いかけ回されるのかと思うとうんざりする。
しかし、僕と彼女の間に渡り廊下や階段はないので、Uターンという不自然な運動をしない限り逃げ道はない。
程なく僕はあることに気づく。
姫崎さんの表情が硬い。緊張、だろうか。たぶん僕を見つけてからだ。……なぜ?
そのまま接触。
僕らは廊下で向かい合う。
「や、やあ」
「……」
だが、彼女は緊張の面持ちのまま沈黙。何か言ってクレヨン。
と、
「け」
ようやく姫崎さんが口を開いた。
け?
「……ケータイ」
超ぶっきらぼう。
「携帯電話?」
「……そう。持ってるんでしょ?」
出しなさい――と彼女は掌を見せる。
確かに持っていることは持っている。先日買ったばかりだ。もしやこれは新手のカツアゲだろうか。僕は使いこなしていないけど、おサイフ的に買い物の支払いもできたりするらしいし。
怪訝に思いながらも、僕はその手に自分の携帯電話を乗せた。
すると、彼女はそれを開き、何やら操作。続けて自分のものも取り出し、反対の手で同じようにいくつかの操作をした。
そして端末同士を、ごっつん。
待つこと数秒。
その間、サブディスプレィのイルミネーションが数回点滅した。
「はい。返しますわ」
姫崎さんは先ほどとは一転、ふんと鼻を鳴らしそうな調子で素っ気なく言いつつ、僕に携帯電話を突き返し――用はすんだとばかりに去っていった。
「なんだったんだ?」
何とはなしに携帯電話を見てみた。
「……うわ」
また僕は小さくうめく。
アドレス帳に姫崎さんの項目が増えていた。あれは赤外線通信をしていたのか。
「どーすんだ、これ……」
微妙に扱いに困るな。
と、そのとき、僕の斜め後ろから手が伸びてきて、その長くしなやかな指が携帯電話をつまみ上げた。
慌てて振り返る。
「ふうん。那智くん、また女の子のアドレス増えたんだ~」
「片瀬先輩!?」
そこに学園のアイドル様が立っておられた。
「あ、あの、先輩? 牙を見せながら笑われると、ちょっと怖いのですが……」
「これは八重歯です」
先輩はぴしゃりと言った。
「ど、どちらにせよ、笑い方が怖い……ていうか、僕のケータイそっち方向には曲がらなくて……って、ああっ、壊れる壊れるっ。それ以上やると壊れ――ぁ……」
/おまけのおまけ
翌日。
その日の朝、僕を起こしたのはいつもの目覚まし時計ではなく、携帯電話の着信メロディだった。
覚醒し切らない頭のままそれを手に取り、サブディスプレィを見てみる。
「姫崎……?」
見慣れない文字列に理解が遅れる。
あぁ、姫崎さんか。昨日押しつけられたんだったな。
「ふぁい?」
『勝負よ!』
第一声がそれだった。
「……電話で話しながらどんな勝負をする気だコノヤロウ」
朝も早くから元気なやっちゃ。そんなのは赤いゾウだけで間に合ってる。
『貴方、せっかく私のアドレスを知ったのに、電話をしようとかメールを送ろうとか、そういう気はありませんのっ』
「あ、ごめん。ぜんぜんなかった」
なんで謝っているのだろうな、僕は。
『おかげでこちらは徹夜ですわ』
「知るかっ。だいたいなんで徹夜してんだよ」
『……』
「……」
『お、覚えてなさいっ』
いきなりの捨て台詞。
プツ
通話が切れた。
何がなんだかさっぱりわからない、ろくでもない朝だった。




