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廻る学園と、先輩と僕 Simple Life  作者: 九曜
#1-II 那智・再
23/93

 past talk Who's that boy?(1)

 2月某日 -聖嶺学園入学試験当日-

「うあ゛……」

 試験開始三十分前、遠矢一夜の横で小さな悲鳴が上がった。見ると隣の席の男子生徒が自分の筆箱を覗いて硬直している。

「消しゴム忘れた……」

 悲鳴の理由はそれらしい。

(……マジか。こんなポカミスかますやつ、本当におると思わんかった……)

 ある意味、新鮮である。

 彼はそうとうショックだったらしく、そのまま机に突っ伏してしまった。

 一夜は改めて彼を見る。

 小柄でかわいらしい顔立ちの少年。彼を見て一夜は、最初、年下かと思ったがここは高校受験の会場、そんなはずはない。ならば自分と同い年なのだろう。

「……」

 ここで無視するのは簡単なのだが、何となく放っておけない気分だった。

 仕方なく一夜は自分の消しゴムを半分に切った。

「……やる」

 投げた半分の消しゴムは机で跳ねて、伏せている男子生徒の頭に当たった。

 彼は弾かれるようにして起き上がると、机から転がり落ちそうになっていた消しゴムをすんでのところで掴み取った。なかなかの反射神経だ。

「いいの?」

 彼は消しゴムを握りしめ、訊いてきた。

「かまわん。ただし、なくすなよ。それ以上は面倒見きれん」

「うん。助かるよ。ありがとう!」

 そう礼を言いながら、彼は眩しいほどに満面の笑顔を見せた。

 

 

 それから半月ほど経ったある日――、

 一夜は大型書店で本を探していた。

 去年亡くなった祖父の書斎にはまだまだ未読の本があるのだが、一夜が書斎に出入りするを義母がよく思わないので、こうして買いにきているのだ。

 書架に並ぶ背表紙を指でなぞりながら興味をそそられる題名を求める。

 と、そのとき――、

「あ~~~~っ!」

 辺り一帯に響き渡る絶叫。

 こんなところで叫ぶのはどこのアホだ、と思いながら首を巡らせると、少し離れた場所にこちらを指さして立つひとりの少年がいた。

 それは聖嶺学園の入試会場で出会った忘れん坊だった。

「キミはあのときの親切な人!」

 そう言ってから彼はこちらに駆け寄ってきた。

「……」

「あぁ、よかった。また会えた。あのとき、お礼を言おうと思っていたのに、気がついたら帰ってたからさ」

 そう言って彼は嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「ね、それってサングラス?」

 今の一夜はレンズに薄いブルーの色がついた眼鏡をかけていたので、それが彼の興味を引いたのだろう。低い背で一夜の顔を見上げながら訊いてきた。

「いや。……かけてみるか?」

 彼の興味津々の顔が眼鏡をかけてみたいと訴えていたので、一夜は思わずそれを差し出した。

「え、いいの? じゃあ、かけてみるね。……うわ、くらくらする」

「当たり前や。それ、度入っとるからな」

「そっか。……どう、似合う?」

 そう言いながら彼は顎を引き気味に上目遣いで一夜を見つめる。

「……」

 似合うか似合わないかで言うなら、似合わないと答えるしかないだろう。ただ、その様子は子どもが背伸びしてサングラスで格好つけようとしているようでかわいらしい。そういう意味では似合っているかもしれない。

「……かもな」

「ホント!? じゃあ、僕が眼鏡かけるようになったら、こんなのにしようかな。……あ、はい、ありがと。返すね」

 一夜は帰ってきた眼鏡をかけ直した。

「で、何か用か?」

「あ、そうだった。消しゴム貸してくれたお礼を言おうと思ってたんだ。ありがとう。おかげで今日、合格通知が届いたよ。特進クラス、無事合格っ」

 彼は嬉しそうに笑う。

「そらよかった。……そうか、今日やったんか。朝から家出てたんでわからんかったわ」

「キミも合格してたらいいね」

「まあ、でも、俺は通常クラスやから、同じクラスになる可能性は欠片もないけどな」

「む。それは残念」

 彼は口をへの字に曲げた。

「あぁ、そうだそうだ。もうひとつ忘れてた。消しゴム返さないといけないと思ってたんだ」

「そんなもんええわ」

「いや、それじゃ僕の気がすまない。新しいのを買って返すよ。え~っと……。ごめん、まだ名前訊いてなかった。僕は千秋那智」

「……遠矢一夜」

「よし、じゃあ、遠矢。さっそく文具コーナーへGOだっ」

 そう言って一方的に決めてしまうと、千秋と名乗った少年は一夜の腕に自分の腕を絡ませて、むりやり引きずるように文具コーナーへ歩き出した。

 

 家に帰ると合否の通知はまだきていなかった。遅くとも明日に届くだろうと思い、多少気になりながらも離れの自室に戻った。

 それからしばらくしてドアがノックされた。

「一夜さん、お電話です。何でも聖嶺学園の学生課とか」

 流麗な京都弁は義母のものだった。

「……すぐに行きます」

 その一夜の返事に対する返答はなかった。部屋を出ると母屋と離れを結ぶ渡り廊下の先に義母の背中が見えた。追いつかないように距離を取って歩き、電話口に出た。

「遠矢さんでしょうか? こちら聖嶺学園高校の学生課のものですが――」

「何かありましたか?」

 合格にしても不合格にしても合否通知の郵送ですむはずだ。こうして直接電話をかけてくるような事態を一夜は想像がつかなかった。

「はい。先日の入試なのですが、実は遠矢さんの成績がよかったため特別進学クラスの方へ繰り上げ合格にしたいと思いまして。もし遠矢さんがそちらをご希望されるのでしたら、そのように手配いたしますが……」

 ああ、そういうことか。一夜はようやく納得した。

 一夜は中学の担任にも今の成績ならば特進クラスを充分に狙えると言われていた。だが、それでも通常クラスを受けたのは、特進クラスの授業時間の多さが面倒だったからだ。

 それを考えればこの話も断るべきなのだろう。

 だが、このとき頭に浮かんだのは、昼間会ったばかりの少年の顔だった。

「……」

 少し考えてから一夜は答えた。

「じゃあ、せっかくなので特進クラスでお願いします」

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