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廻る学園と、先輩と僕 Simple Life  作者: 九曜
#1-II 那智・再
22/93

 挿話 翼のない思春期の恋心

 聖嶺学園高校の敷地の中、校舎の陰に隠れたあまり目立たない場所にその木はある。かなりの齢を重ね、人が乗っても折れそうにない太い枝が中程までついている。

 その大木に下で――、

「初めて見たときから好きでした。よかったらつき合って下さいっ」

「悪いけどお断りします」

 そんな光景があった。

 

 

 

-+-+- 挿話 「翼のない思春期の恋心」 -+-+-

 

 

 

 女生徒の勇気を振り絞った告白をあっさり振ったのは眼鏡の美少年、名前を遠矢一夜とおや・いちやという。

 いちおう、相手が上級生ということもあって敬語を使っているが、一夜のその声は面倒くさそうに響いた。

「だ、誰か好きな子がいるのかな?」

「そんなもん先パイに関係ないわって言いたいとこやけど、俺、ホンマに好きなやつがいますんで諦めて下さい」

 なおも食い下がろうとした女生徒もこう言われてはどうしようもなく、目に涙を溜めて走り去っていった。

「あぁ、ウザいなあ……」

 太い木に幹にもたれ、ぽつりとつぶやく。

 と――、

「おーおー、またひとり撃墜? やるねえ、遠矢っち」

 その声は上から聞こえた。

 一夜が上を向くと、木の上に四方堂円の姿があった。女子バスケットボール部のジャージ姿で、太い枝の一本に腰掛けている。

「なんや、覗き見ですか。えらいええ趣味してはりますね、四方堂先パイ」

 不機嫌さを隠そうともせず一夜は嫌味全開で言う。

「アンタね、この状況を何と見るか。あたしが先にここで休んでたら、そっちが後からきて勝手にはじめたんでしょうが。……あ、ちょっとそこどいて」

 一夜が場所をあけると、円は軽やかな動きで木から下りてきた。

「しかし、もったいないなあ。今の子、三年じゃけっこう人気あんのに。それを振る? フツー」

「俺、『普通』やないから」

 自嘲気味に言う。

「それに言うたやろ。俺、好きなやつがおる、て」

「げ。マジ? てっきり振る方便だと思ってた。……で、誰よ?」

「言うと思いますか?」

「ないわね。遠矢っちだし」

 苦笑する。

 が、すぐに腕を組んで「誰だ?」とひとり考え込みはじめた。

「見た目的には、最初、司とぴったりだと思ったんだけど。結局、なっちとくっついたしなぁ」

「そこに少なからず先パイも協力してたように見えたけどな」

「仕方ないじゃん。司見てると焦れったいんだからさ」

「しゃーない、ねぇ」

 呆れたようなため息をひとつ。

「ま、ええけど。……さて、そろそろ昼休みも終わりそうやし、教室戻りますわ、四方堂先パイ」

「おっと、あたしも行こ」

 円がそう言ったときにはもう一夜は歩き出していた。

 その背に向かって円は声をかける。

「そうそう。なっちにも言ったんだけどさ、あたしのことは『円』でいいよ。言いにくいでしょ?」

「わかりました。四方堂先パイ」

 一夜は振り返りもせず、片手を挙げて応えた。

「やれやれ……」

 肩をすくめる円。

 その顔は呆れつつも、優しく微笑んでいた。

 

 水曜日の昼休み――

「邪魔するわよ。遠矢っちいる?」

 教室のドアがガラリと開き、そこに入ってきたのは四方堂円だった。

 そのとき、遠矢一夜はひとりで弁当を食べていた。いつも一緒に食べている千秋那智はいない。それもそのはず。先日、担任の尾崎先生を殴って現在謹慎中の身である。

 円は一夜の姿を認めると大股で近寄ってきた。

「何か用ですか、四方堂先パイ」

「嫌そうに無表情な声で言うなっての。……ちょっと話があるんだけど、いい?」

「話?」

「そ。内緒のね」

 そう言って円は一夜の前の席に座る。

 そして、少し顔を寄せて、小声で言った。

「この席の主の処遇が決まったって。昨日、司から電話があった」

「……それやったら外のがええわ」

 それから一夜が弁当を食べ終わるのを待って、ふたりは廊下に出た。

 廊下は教室よりも騒がしいが、逆に聞かれたくない話をするには適している。普通に話している分には周りに聞こえないし、わざわざ立ち止まって聞き耳を立てているものがいればすぐにわかる。

 一夜は窓の外を見ながら立ち、反対に円は窓を背にして立った。

「停学五日間だって。安心したわ」

「退学はなしやったか。ホンマにほっとするな。……しかし、あのアホ、決まったんやったらすぐ連絡してこいっちゅーねん」

 安堵から一転して愚痴をこぼす一夜。

 それを見て円が可笑しそうに笑った。

「で、もうひとりのアホの尾崎はどないなったんですか?」

 誤魔化すために一夜は話題を変えた。

「お咎めなしみたい。あのセクハラ発言も聞いたのがなっちと司だけでしょ? たいして相手にされなかったらしいわ」

「汚いな。俺らで言いふらしたろか」

「ムダムダ。その場にいなかった、司から聞いただけのあたしらが言ったところで、どれほどの効果があるやら」

「ち……」

 一夜が舌打ちした。

「世の中、力と地位がある奴は守られるって寸法か。きっとあいつらもそうなんやろうな」

「うん?」

 円が体の向きを変え、窓の外を見る。一夜の視線を追ったその先には、この学園の生徒とは毛並みの違った柄の悪い四人組が歩いていた。

「あいつらも那智をフクロにしたってのに、お咎めなしやもんな」

「ああ、あいつらね。親が地元の有力者でさ、学園への寄付金がすごいんだってさ。だから学園側も迂闊なことできないし、したくないみたい」

「ムカつくな。そんなやつらばっかりか、ここは」

 一夜は吐き捨てるように言った。

「でも、それはそれで使えんこともないな。あいつらもプライドくらいは持ち合わせてるやろうし、何かあっても親や学校に泣きつくこともできんはずや。マジでムカついてきたし、そろそろ――」

「悪いこと言わないから、あいつらに手を出すのはやめときなさい。せっかくの綺麗な顔が大変なことになるわよ」

「ふん……」

 だけど、一夜はふて腐れたように鼻を鳴らしただけだった。

 

 放課後・第二体育館裏――

 下調べ通りそこには例の四人組がたむろしていた。その直中に一夜はずかずかと乗り込んでいく。

「何だ、お前はぁ?」

 ひとりが地面で煙草を消してから立ち上がった。

 それに対して一夜は、

「ふっ……」

 何も言わず呼気とともに強烈な蹴りで応えた。

 踵が腹にめり込む。肋骨の脆い部分を狙ったので、おそらくは折れているだろう。喰らった男子生徒が倒れる。

「てめぇ、何のつもりだ!?」

 異常を察したふたり目がすぐそばまで迫っていた。

「ツレをフクロにしてくれた礼やっ」

 繰り出される拳をかわし掌底を下から顎に撃ち込む。打たれた顎を押さえて仰け反ったところを、無防備な腹目がけて力一杯ボディブローを叩き込んだ。横隔膜強打。これでしばらくは立ち上がれないはずだ。

「この野郎っ」

「が……っ」

 ふたり目の後ろに隠れるようにして詰めてきていた三人目の拳が、一夜の顔をとらえた。体がふらつく。が、何とか踏み止まった。

「舐めんなっ」

 お返しとばかりに一夜も相手の顔面を殴りつけた。

 それから二、三発互いに足を止めての殴り合いが続いた。だが、最後に制したのは一夜だった。拳と後ろ回し蹴りを続けざまに喰らわせて決着がついた。

「死にやがれっ」

 どこから持ち出してきたのか四人目が木刀を振り上げて襲ってきた。

 それを避けきれないと悟った一夜はやむなく腕で受け止めた。木刀が折れ、一夜の顔が苦痛に歪む。

「痛いやない……かっ」

 折れた木刀の根本を掴んで引っ張り寄せると、バランスを崩した相手にカウンターのストレートを喰らわせて、一撃で沈めた。

「自分ひとりで死んどけ」

 血の混じった唾を吐きながら言った。

 そのとき、背後で人の気配がした。

 反射的に振り返ると、そこに二番目に倒された生徒が立っていた。腹を強打された影響で浅い呼吸を繰り返している。そして、手にはナイフを持っていた。

 こんなに早く立ち上がってくるとは思っていなかった一夜は完全に不意を突かれ、反応が遅れた。

 ナイフが一夜に襲いかかる。

 だが、次の瞬間、どこからともなく飛んできたバスケットボールが男子生徒の頭を直撃し、その体がよろめいた。

 一夜にはそれだけで充分だった。

 相手の手を掴むと、そこに膝蹴りを撃ってナイフを落とし、そのまま一本背負いで地面に叩きつけた。ついでに腹に正拳を撃ち込み昏倒させる。

 ひと通り見回してもう誰も立ち上がりそうにないことを確認する。

「助かりました。ここは素直に礼言うときます」

「それはいいけどさ。人ンちの庭で暴れないでくれる?」

 そう答えたのはバスケットボールを投げた張本人、四方堂円だった。

「ほー。ここ、先パイんトコの庭でしたか。知りませんでしたわ。……じゃ、俺、帰りますんで」

「ちょい待ち」

 脇をすり抜けようとした一夜の腕を掴んだ。

「……っ! 何ですか?」

「ちょっと部室にきなさいよ。傷の手当てするから」

「お断りします」

「いいからくる」

 怒ったような強い口調で言われ、一夜は無言をもって渋々承諾した。

 

 幸い部室に部員はいなかった。一夜を長椅子に座らせると、円は救急箱を取り出し、自分も横に座って応急手当をはじめた。

「ったく。あいつらには手を出すなって言ったばっかりでしょ?」

 切れた口の端に消毒薬を塗り込みながら円が言った。

「忘れとったわ」

「嘘吐け。あーあ、顔腫れちゃって。だから言わんこっちゃない。……でも、意外と言えば意外。遠矢っちがここまで強かったとはね」

「うちのじい様が『男は男らしく』って人やってん。だから、武道もやらされたし、山に登ってサバイバルっぽいこともやらされた。猟銃も撃ったことあるわ」

「うわ、遠矢っちの見る目変わりそ。……ほい、終わり。これで顔冷やす。次は腕。袖まくって見せて」

「こっちはええです。どうせたいしたことあれへんし」

「たいしたことないわけないでしょ、バカ。さっき服越しに触っただけでも腫れてんのがわかったんだから」

 不承不承袖をまくって見せた一夜の腕を見て、円は一瞬言葉を失った。

「ホント、バカ。どこがたいしたことないんだか。この腫れ方だと、最悪、骨にヒビが入ってる。ここじゃどうしようもないわね。いちおう冷却スプレーだけかけておくから、今からその足で病院に行くこと。いい?」

「バカバカ言わんといてくれますか」

 ふて腐れたように一夜が抗議する。

「これでも言い足りないくらいよ、バカ。何でここまでするわけ?」

「あいつらは那智をフクロにした。その礼や」

「いや、敵討ちはわかるけど。だからって無茶が過ぎるって言ってるの。いくら武道の心得があるからって一対四よ? いく? フツー」

「前も言うたやろ。俺、普通やないって。普通やないからかわいい女の子も振るし、那智のために勝手に体張るねん」

「……」

 一夜の言葉で円はすべてを理解した。

 しばらくの間、何を言っていいかわからず、円は無言で一夜の腕に冷却スプレーを吹きかけ続けていた。

「まあ、その、悪かったわね。アンタの気持ちも知らずになっちと司をくっつけちゃってさ」

「別にかまへんわ。ほっといてもあのふたりやったらくっついとったと思うし」

「あー、それはあるわね」

 そう言って笑って、円は一夜の気持ちを励まそうとしたが失敗に終わった。だいたいにして円自身うまく笑えていない。

 仕方なくまた無言で役目を終えた救急箱を片づけた。一夜も黙ってカッターシャツの袖のボタンを止めている。

「あぁ、あかんわ。何か泣きそう。……四方堂先パイ」

 やがて何かに耐えかねたように一夜が口を開いた。

「うん?」

「ここ人ンちやってわかってるけど、五分でええからひとりにしてくれませんか? 泣いてるとこ、人に見られたないねん」

「そっか……」

 だが、円は部室を出て行こうとしない。

 それどころか静かに一夜の頭を引き寄せ、胸の中にそっと抱きしめた。

「先パイ?」

「大丈夫。こうしてれば遠矢っちの顔は見えないから」

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