星花《ほしはな》
リゲル。ベテルギウス。冬のオリオン。シリウス。北斗七星。深い藍色の空に、本当なら冴え冴えときらめいているだろう星々に想いを馳せた。吐く息だけが白くたゆたった。星座にはべつにくわしくない。ただあの子が、冬は星がきれいだ、と微笑んでいたから。それで気になっただけだった。でも、現実の夜空には、白い月と、頼りない星がひとつぶ、はりついているだけだ。
年の差はいくつあるのかもわからない。私生活のことなんて、俺はなにも知らない。「憧れ」までなら問題はない。まだ引き返すことができるから。でも、「恋」は駄目なんだ。それではもう、引き返すことが不可能になる。
とはいえ、当の本人である俺にだって、あの子への気持ちが「憧れ」なのか「恋」なのか、実はよくわからなかった。
彼女が微笑むだけで、とてもしあわせな気持ちになれた。白い花がふわりとほころぶような。そんなきれいな笑顔を、俺に向けてくれるから。
彼女がやさしく呼んでくれるから。ありふれた俺の名前も、しあわせをはらんで、特別な響きを持っているような。そんな、気がした。
年が離れているから、離れすぎているだろうから。この気持ちが仮に恋だとしても、俺と彼女がしあわせに結ばれることは決してない。住む世界がちがいすぎるから。だから、駄目だ。
―― あの子への気持ちは、恋なんかじゃない。
ひゅう、と音をたてて、凍えた空気が肺いっぱいに流れ込んできた。息苦しくて、そっと息を吐く。白いため息が、深い闇色の宙へひそやかに広がっていった。
ゆうじくん。
耳に心地よく馴染む声。誰が呼んでいるかなんて、振り返るまでもない。
「いま帰り? 気をつけてね」
言いながら、俺の隣に立って、なにげなく空を見上げる彼女。―― いづみ。
「このあたりは街の灯が明るいから見えづらいけど、きれいだね」
彼女は嬉しそうに微笑んで、俺を見上げた。無数の星々を、その瞳に抱いて。
細い、糸のような光だったけれど。目を凝らせば、空にいくつもの光が瞬いている。
彼女をずっと見つめてきた俺だから、わかることもある。彼女が、そんなにも無防備な、安堵しきったような笑顔を見せるのは、俺のことを好きだと思ってくれているからなんだ。
たとえ、それが恋愛感情ではなくても。俺は、彼女の気持ちを大切にしたい。
彼女の笑顔が、いつもやさしく僕の心をてらすから。
いづみの言葉に静かにうなずくふりをして、さりげなく距離を縮めて寄り添った。
距離の変化に気づいているのか、いないのか、いづみは少しもかわらず、静かに佇んだままだ。それを確認して、俺はゆっくりと口を開いた。少しでも長く、この時間が続けばいいと願いながら。
「明日も見えるといいね」
つぶやきと一緒に、笑顔もこぼれた。
また明日も、きみのうえに、やさしい光が降りそそぎますように。