↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

遠い宇宙の物語

おんぼろ船と、魚がほしい少女の物語

作者: 羽生ルイ
掲載日:2026/10/19

「悪いが船は出せん。あとな、これは漁船じゃなくて連絡船だ」

「解せぬ」


 うん、解せない。

 古いとはいえ、海に浮かんだ船が出せないなんて。

 船長ぽい人もいるのに。


 まぁ、漁船じゃないのはなんとなく察してたけど。


 ここは何とかっていう惑星の、星都から離れたところにある港町。

 潮風が吹き抜ける先には小さな島々が見えている。


 私とお姉ちゃんはここに恒星間通信装置の中継器(リレー)を設置しにきたんだけど、私の仕事は早々に終わったから、魚料理を食べたくて港へ来たんだ。


 で、船が停泊してたから船長ぽい人に魚が欲しいと告げたつもりだけど、うまく伝わらなかったらしい。


「船、動かないの?船長じゃない?」

「ワシは船長だが、推進装置が不調で港湾管理から出航を禁止されとる」

「ほほう」


 船の推進装置といえばフォトン(光子)を使ったものかな?

 魚のことは諦めてないけど、フォトンに関係することなら私も興味がある。


「直せない?」

「カネさえあれば直せるさ。けど、そんなカネがあるなら新しい船を買う。会社はそう決めたのさ」


 私の口は思ったことをそのまま言葉にしてくれない。

 今も、どう故障してるのか聞きたかったのに、年寄り船長が答えたのは修理できない理由だ。

 さっきだって「魚が欲しいと」言ったつもりだったのに、私の口から出たのは「魚を捕りに来た」だった。

 まぁ、そのせいでこの会話が始まったんだけど。


「まあ、この船は明日には廃船処理されてリサイクル業者に引き渡されちまう。せめてあと一度だけでも動かせんか粘ってみたが、ワシにはどうしようもない」

「どこが悪いの?」

「修理業者が言うには推進装置に使われとるC3(シーキューブ)にガタがきとるらしい。まぁ、C3が原因じゃワシらにゃどうしようもない」


 C3(シーキューブ)っていうのはフォトンを増幅・変調させる水晶物質で、ギルドが独占的に扱っている商品だ。

 天然資源であるC3は採掘から加工、販売、そして調律まで、全てがギルドで行われる。


「C3、見せて?」

「見てもどうにもならんし、素人がいじったら壊れるぞ?……まぁ、どうせ明日には廃船だから、壊してもかまわんか」


 そう言うと船長は30人ものれば満席になりそうな船に、私を案内してくれた。



 船の機関部には、航宙船のものとは比較にならないほど小さな推進装置があった。

 船長が推進装置のカバーを開けると、そこには淡い蒼を宿した掌ぐらいの大きさの水晶がはめ込まれている。


 うん、これが問題のC3だね。

 色の感じからするとBランクかな?


 でも水晶を推進装置に取り付ける金具が緩んでいたのか、C3の表面には細かな傷が沢山刻まれている。


「見ての通りだ。もっと早く気付いて金具を締め直してりゃ、あるいはもう少し保ったのかもしれん。まぁどのみち船体も限界に近いがな」

「C3、交換しないの?」

「うちみたいな田舎の星にはギルドの巡回キャラバンもこない。……いや、ちょうど今、ギルドのお偉いさんが来てるんだったか?」


 船長の言うお偉いさんは私の姉であるアイリスのことだろう。

 アイリスはギルドの管理官だし、たぶん私達以外にこの星に来ているギルドの人はいないはずだし。


 どうしよう。

 私は魚が欲しくて港に来ただけだ。

 けど、なんとかできるのに、船長が困ってるのを放っておくのも違う気がする。


「魚と交換して」

「嬢ちゃん、何を言ってるんだ?C3を魚と交換だと?」

「違う。報酬。魚を貰う」

「良くわからんが、魚が欲しいなら知り合いの漁師に分けて貰うが」

「うん。契約成立」


 ギルドのメンバーは無料奉仕してはいけないって、アイリスがいつも言ってるからね。

 私がこの船のC3をなんとかするなら、ちゃんと予め報酬を貰う契約を取り付けておかないと。


 ……さて、報酬は決まったけどどうしようか。

 見たところこのC3は傷が入ったせいで本来の性能を引き出せなくなっているし、このまま無理に稼働させると航行中に砕けて船が難破するかもしれない。


 推進装置に使われるC3の役割は明確だ。


 朱は出力を増す。

 蒼はフォトンの消費を抑える。

 碧は全体の制御性能を高める。


 C3には本来どれか1つしか色を与えられないけど、私は違う。

 傷ついたC3に負荷が掛からないように、全体の性能を低めに再設定して、失われた力の分だけ他の色を補う混色(ブレンド)で再調律(リチューン)すれば大丈夫かな。


 方針を決めたら、あとは調律するだけだ。


 私は剥き出しになった蒼水晶(C3)に手を触れると、軽く息を吸う。


「The stars do blink and silent watch, My voice with wind doth fade, to stillness melt......」

(星は瞬き、静かに見守る声は風に消え、静寂に溶けゆく……)


 私が何も考えずに歌うときは、大抵この歌が自然と紡ぎ出される。


挿絵(By みてみん)


 虹の光のように柔らかく、しかし深く響くアリアは潮風に溶け、そして静寂が訪れた。

 私が触れていた蒼い水晶は一瞬、本来の鈍色に戻り、その後に先ほどよりも淡い水色に近い色が水晶に宿った。


「……なんだ、今の……」

「船長。船、動かしてみて?」

「いや、だが……」

「大丈夫。たぶん」


 本当はもっと力強く保証したかったんだけど、私はC3のことには詳しくても船の事は良くわからないからね。 

 判らないものを断言するのはちょっと烏滸がましいって思ったんだ。


 船長は半信半疑の表情で船の操舵席に向かい、推進装置を作動させた。

 カバーが開かれたままの推進装置にフォトンの輝きが流れ込む。


 うん、フォトンを流し込まれてもC3に異常は出てないね。


 推進装置は……いや、私が再調律を施したC3は、私の思ったとおりに動いてくれている。

 これならこの船は再び海を行くことが出来るだろう。


「おいおい、嘘だろ……。就航時よりも滑らかに船が動くじゃないか!」


 ……ちょっと、やりすぎたかもしれないけど。


「これならあいつらを……故郷まで送ってやれる。どうやったのかは判らんが、ありがとよ、嬢ちゃん」

「うん。魚と交換。でもあいつら?」

「昔、この船で学校に通っとった連中さ。最後にもう一度、みんなで故郷の島を見に行こうってな。今じゃ爺さん婆さんばかりだが……最後ぐらいはワシが送り届けてやりたかったんだ」

「ほほう」

「どうやらワシも、この船も、最後にもう一働きできそうだ」


 船長は日焼けした顔に笑顔を浮かべてそう言った。


 テスト航行のために湾内を一周してた船が港へ戻ると、岸壁の方から声が聞こえた。


「トワ!どこにいるの、トワ!」

「アイリス」

「いた!……ってなんで船に乗ってるの!?」

「魚を捕りに」

「え?それ、漁船じゃないよね?」

「大丈夫」

「大丈夫って、なにが!?」


 滑らかに進む船に向かって声を張り上げているのはお姉ちゃんだ。

 どうやら中継器の設置は終わったらしい。


 船が港に着き、怪訝げな表情を浮かべた船長が私に声を掛けてきた。


「なぁ、嬢ちゃん。あんた一体なにもんだ……?」


 そういえば私、まだ名乗ってなかったっけ。

 私はTシャツの胸元から黒水晶のペンダント(ギルド章)を取り出して、船長に告げる。


「トワ。Sランクの、水晶の歌い手(クリスタルシンガー)」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 無断出港した連絡船に港の管理者が慌てて駆け付けた。

 だがギルドの管理官(アイリス)が船の推進装置が正常であることを保証したことで、廃船予定の船に最後の就航許可がおりた。


 そして二人の少女が大量の魚を抱えて去った後、船長は出港を諦めかけていた乗客達を乗せ、船を出航させた。


 船上の人となったのは十数人の老人達。

 昔話に花を咲かせながらこの船で通った航路を懐かしむ。


 目的地は今は無人となった故郷の島々だ。


 少女の調律した水晶は、老人達の思い出を乗せた船を望郷の海へと送り届ける――

お読みいただき、ありがとうございました。


魚を抱えて港を去ったトワとアイリスは、今日もどこかの星を旅しています。

二人の旅をもう少し見てみたいと思っていただけたら、長編SF『少女は大宇宙で虹と歌う』にもお立ち寄りください。


https://ncode.syosetu.com/n0802lr/


※この物語は、本編第3部のどこかのお話しになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。