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消え逝くプロローグ

 


人間は不の感情を根幹に抱いて生きていく、というのが私の持論である。


私の父は自身の期待を裏切った人物への恨みを胸に仕舞い込み、日々を費やしている。


 私の母は自身が守りきることの出来なかった人物への罪悪に蝕まれ、日々を失っている。


 そして私は自分が一身に受けずに済んだ全ての期待と重荷を押し付けていった人物への憎悪を心に宿し、日々を虚勢で心を守りながら過ごしている。


 こんな、こんなに醜い感情など抱きたくなかった。


こんな直視することさえ躊躇われる感情を抱くくらいなら、親愛なる妹や弟達と同じように何も知らずに平和に日常を過ごしたかった。


それさえ叶わぬのであれば、全ての記憶を失ってでも忘却したかった。

 

全てを失って、無知と笑われながら重荷でしかないこの家紋を守っていく運命を押し付けられて、従順に、瑣末な疑問を抱かずに生きていくほうが良かった。

 

この心はいつからこんなにもなんとも醜く、なんとも汚らわしく、なんとも厭らしいのだろうか。

 

そう思いながらも私は日々を塗りつぶしながら生きていくことしか出来ない。

 

私はその方法以外に日常を過ごす方法を知らない。そしてそれ以外は赦されない。

 



それが私の宿命。

 



 では父の恨みの禍根であり、母の罪悪への所以であり、私の邪心の根源である彼は何を考え、何を感じ、何を想いながら、名門たる家門を出て、名家から逃げて、何処に逝ったのでしょうか。

 


 瞼を閉じれば、今でも細部まで鮮明に蘇って来る。


愚図る幼き私を暖かく包み込んでくれた一回り大きな掌。石に躓いた私を見て、笑いながらも差し出してくれた手。父にしかられた私の頭を撫でると時に比例して大きくなっていく笑窪。私が何度も転びながら必死に追い駆けていた厚く暖かく抱き締めてくれる毛布のような厚く、逞しい背中。

 



 どうして?いったいなぜ?私を置き去りにしてこの重すぎる家紋を私に押し付けたのでしょうか?

 どうして?いったいなぜ?私には何も言わずに消えたのでしょうか?それほどにもこの私が憎かったのですか?

 



 貴方が私を捨て去った理由は私には分かりません。しかし十年という歳月は私の心を孤独から護り切るにはあまりにも長過ぎて、私の幼い愛を醜悪な憎悪へと変えるにはあまりにも短過ぎました。

 


 だから私は貴方を地の果てまででも追い駆け、そして貴方を見つけ出し、貴方のことを辱めましょう。


 たとえ、貴方の魂が天に昇ろうとしても、私の肉体が朽ち果てて土になってしまったとしても、その身体を切り刻み、その魂を未来永劫の彼方まで縛り付け、口伝することさえもおぞましく、脳裏に掠めることさえも禁忌と想われるまで貴方を陵辱いたしましょう。



 

 だから永遠にさようならです。

せめて、せめて私の心の片隅に、太陽にかかる薄雲ほどの両親があるうちに愛しい貴方を今ここでささやかながらも弔いましょう。


 さようなら。さよなら、私だけの愛しい、愛しいお兄様。





いえ、さようなら愛しい   。


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