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異世界詐欺師のなんちゃって経営術-π(パイ)-  作者: 宮地拓海


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6/12

【06/81π】マグダの味方

===

本編: 『14話 虚ろな目の少女』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/16

視点: マグダ

===

 狩りから帰る時はいつも手ぶらで、口の中は魔獣の血の味が充満している。

 そして、支部に着いたマグダを出迎えるのは、憤懣に満ちた視線。


「テメェ! また獲物を持って帰ってこなかったのかっ!?」


 怒鳴り声を上げ、マグダに『しつけ』をする大柄の男たち。

 甘んじて受け入れる。痛みは、さほどない。

 何も感じない。


 よくあること。

 毎度のこと。

 それだけのこと。


「ちっ! 相っ変わらず無反応で薄気味悪いヤツだぜ。さっさと代表に報告してきやがれ」


 そう言って、手を「しっし!」と振る。

 マグダに対しては、みんな同じことを言う。



『さっさと目の前からいなくなれ』



 だから、マグダは誰の目にも触れないように努めている。

 平気。

 慣れっこ。

 いつものこと。


 代表の部屋に入ると、客人がいた。

 男が一人に、女が二人。

 彼らの目が、一斉にこちらへ向かう。


「んだよ、マグダ。接客中だぞ」


 代表がじろりとマグダを睨みつける。


「……帰還、した」

「で、成果は?」

「……ない」

「ちっ!」


 代表は盛大に舌打ちをし、テーブルに置かれていた湯呑みを蹴り飛ばした。


「消えろ、無能! 目障りだ!」

「……了解した」


 いつものこと。

 分かり切っていること。


 マグダは言われたとおりに、誰の目にもつかない場所へ引っ込む。


「あ、あの! 待ってください!」


 女の人の声がして、マグダの足は止まった。

 呼ばれた、気がした。


 とても、優しい声だった。


「マグダさん……でしたよね?」


 やはりマグダのことを呼んだらしい。

 けれどなぜ?

 マグダに用などないはず。

 マグダは、一秒でも早く視界から消えることが望ましいはず。


 少し戸惑い、とにかく、問われたことに答える。

 しゃべるとうるさいと思われるかもしれないから、頷いてみせ、それを回答とする。


「傷の手当てをさせてください。特に、お顔の傷は早く処置しないと……女の子ですものね」


 傷の、手当て?

 薬はとても高価。稼ぎがないマグダが使用してはいけない物。そう言われていた。

 傷など、放っておけば勝手に治ると。


 そっと頬に触れてみる。そこには、微かに擦り傷が出来ていた。

 この傷を、手当する……?


「……いいの?」

「はい、もちろん」


 優しそうな女の人が薬箱を掲げてみせる。

 戸惑いながらも、マグダはその優しそうな女の人のもとへと歩いていく。


「おいおい! それはウチの薬だぞ!? 無駄遣いしてんじゃねぇよ!」

「では買い取らせてくれないかな、この薬箱?」


 代表が異を唱えるが、赤い髪の女の人がそれを妨害する。

 金貨を取り出し、薬箱を買う。

 マグダの傷を治すためだけに? なぜ?


 マグダが思考にふけっていると、目の前で優しそうな女の人がにこりと微笑んだ。

 ぽかぽかの陽だまりで寝転がっているような、そんな心地よさを思い起こさせるような匂い。

 マグダは、この匂い、好き。



 マグダを呼び止める人がいる。

 マグダのために何かをする人がいる。

 それが、とても不思議だった。


 マグダには、価値がないのに。

 マグダのために何かをしても、損をするだけなのに。

 狩猟ギルドの男たちは、いつもそう言っていた。


 マグダは、ただの『穀潰し』なのに。


 なぜ、この女の人たちはマグダに優しくしてくれるのだろう。

 そして、なぜ――




 あの男の人は、ずっと怒っているのだろう。




 女の人二人に挟まれるようにして座っていた、少し目つきの悪い男の人。

 右腕を怪我しているのか、包帯を巻いている。


 マグダが入ってきた時、真っ先にこちらを向いたのが彼だった。

 そして、痛ましそうな目を向けてきた。

 それから彼は一言も言葉を発していない。

 けれど、明確に、彼は怒っていた。


 代表がマグダを叱責し、テーブルの上の湯呑みを蹴り飛ばした時、彼の纏う雰囲気が一変した。

 凶暴な魔獣に睨まれた時とはまた違う、もっと狡猾で、もっと恐ろしい、小指の先ほどもない小さな猛毒グモのテリトリーに踏み込んでしまった時のような、得体の知れない圧力を感じた。

 ……一瞬、全身に鳥肌が立った。


 代表は、気が付いていなかったようだけれど。


「はい。これでもう大丈夫ですよ」


 この優しそうな女の人がマグダの手当てを始めて、ようやく彼からのプレッシャーはなくなった。

 今はもう、穏やかな顔をしている。


「なんだ? 気に入ったのか、兄ちゃん?」


 代表がそんなことを言い、そこからあれよあれよという間に、マグダは彼らのもとへ引き取られることになった。

 彼らのもとへ引き取られる。

 ……困る。


 こんなに優しくしてくれた人たちに疎まれ、嫌われるのは、少し、嫌。


「ヤシロさん!」

「うぉっ……!」


 優しい女の人が男の人に詰め寄り、うるんだ瞳でじっと彼を見つめる。

 そして、彼の視線が一度こちらを向いて…………え?



 少し、笑った。



「分かった……専属契約を結ぼう……」


 不承不承。

 そんな感情がありありと滲んでいるような声で言って、彼は頭をかいていた。


「ヤシロさんっ……! ありがとうございます……っ!」


 歓喜の声を上げる優しい女の人。

 赤い髪の女の人も、嬉しそうに笑っている。

 そして――


 彼は、安堵したような顔をしていた。



 それから、契約に関する話が行われ、マグダは正式に彼らのもとへ引き取られることが決定した。


「それじゃ、みんな。帰ろうか」


 みんな。

 その中に、マグダが含まれている。


 どこにも居場所がなかったマグダが、『みんな』の中に、いる。


「そうですね。では行きましょう、マグダさん」


 それを証明するように、優しい女の人がマグダの名を呼んでくれる。

 うまく言葉が出てこなくて、また、頷いて返事をする。


 優しい女の人は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。


 彼を見上げる。

 嫌そうな顔をしながら、仕方がないからと面倒くさそうに言いながら、この中で一番マグダを気にかけていてくれたのが、彼。

 ソファに座っていた時からずっと、彼の意識はマグダに向いていた。視線が、表情が、マグダにそう思わせた。

 まるで、大きな背に庇われているような、安心感があった。


 お礼を言おうと思った。

 けれど、勘違いかもしれない。もしそうなら、迷惑だと思われるだろうか。

「は? なに言ってんだお前?」と、嘲られるだろうか。


「…………」


 結局、言葉は出てこなかった。


 ……どうしよう。

 嫌われただろうか。


 もう、守ってはくれないだろうか。


 心地よかったのにな…………やだな……



 それから、マグダの荷物を取りに寮へと向かう。

 なんとか彼に感謝を伝え、そしてこれからもよろしくしてくれるように約束を取り付けたい。

 けれど、マグダには差し出せるものが何もない。

 狩りも満足に出来ない。 

 それ以外のことも、上手には出来ない。


 贈り物をしようにも、マグダが自由に出来る私物が何もない。

 マサカリは、とても大切なものだし。

 あとマグダが持っている物なんて、替えの下着がいくつかだけ……


「……いる?」


 提案したが却下された。

 そういうことを口にしてはいけないと叱られた。とても優しく。

 こんなお説教なら、毎日受けてもいい。


 毎日……

 これからマグダはこの人たちと毎日一緒にいる、の?

 それって……それって…………なんだか、すごい。


 そんなことを考えていると、なんだか足元がふわふわして、道がなくなって雲の上を歩いているような気分になって、とても落ち着かないのに、それが全然怖くなくて、よく分からないけれど、心がムズムズする。

 なんだろう、これ。

 なんだろう、なんだろう。


 マグダ、飛んでいっちゃうかも。


 大通りを行き交う人がみんな踊りを踊っているように見えた。

 みんながマグダを見ているような気がした。

 ふらふら~っと近付いてきては、ふらふら~っと遠ざかっていく。

 街中がみんな浮かれているように思えた。

 街中がみんな笑っているように見えた。


「マグダさ~ん!」


 優しい声がマグダを呼ぶ。

 振り返ると、満面の笑顔が駆け寄ってきた。

 駆け寄っ…………駆け?

 ゆっくりと、弾みながら近付いてきた。


「わたしと手をつないで、一緒に帰りましょう」


 そう言って、手を差し出してくる。

 手をつなぐ。

 一緒に帰る。


 マグダには帰る場所があるという。

 そこへ連れて行ってくれるという。

 隣で一緒に歩いてくれるという。


 悲しくないのに、涙がこみ上げてきそうになった。


 そうならなかったのは、目の前で優しそうな笑顔が困ったように小首を傾げたから。


「両手が塞がっていますね」


 マグダは、右手にマサカリを、左手に替えの下着の入ったカバンを持っている。

 つなぐための手は、空いていない。


 赤髪の女の人と、彼が歩み寄ってきて両手の塞がっているマグダを見る。

 計画性がないと呆れられるだろうか。

 鈍臭いと叱られるだろうか。


 彼が、マグダを見る。


「マグダ」


 名を呼ばれ、身構える。


「荷物を貸せ。持ってやる」

「…………」


 意味が、分からなかった。

 マグダの荷物はマグダが持つのが当たり前で、マグダのような役立たずはむしろ他人の荷物を押しつけられるのが常で、最後まで残って後片付けをしたり、力があるしか取り柄がないんだから荷物くらい運べと嘲笑されたりするのが普通で…………


 なぜ、マグダの荷物を持ってくれるの?


 分からない。

 分からないけれど、とりあえず軽い方を差し出しておく。


「こっちじゃねぇよ!」

「ヤシロ……それが欲しいがために親切なフリを……」

「違う!」

「ヤ、ヤシロさん、ダメですよっ!?」

「だから違うっつの!」


 軽い方じゃなくて、重い方を持つと、彼は言う。

 マグダのために?


 マグダが重い荷物を持って、疲れないために?


 この人はマグダを、守ってくれる。

 この人はマグダを、見ていてくれる。

 この人はマグダが存在することを、許してくれる。認めてくれる。受け入れてくれる。


 この人は、マグダの…………味方。


「……んずぉっ!?」


 マグダの手からマサカリを奪い、それと同時に地面へ倒れこんだ彼。

 鼻をぶつけたのか、すごい音がした。

 普通の人には絶対持てない重さ。

 けれど、彼はそれを持とうとしてくれた。

 持てなかったけれど、持とうとしてくれた……マグダのために。


 彼は、味方。

 マグダの味方。


 彼は………………ヤシロ。


 ヤシロ。

 ヤシロ。

 ヤシロ…………うん、覚えた。



 倒れたヤシロに手を差し伸べる。

 痛そうに鼻をさすりながら、涙目でマグダを見上げてくる。

 その目はとても優しくて――


 今なら素直な言葉を口に出来る、そう思った。



「……ありがとう」



 これから、たくさん「ありがとう」が言えるようになろう。

 ヤシロにも、みんなにも。

 この人たちと一緒になら、マグダは変われる。



 そんな自信が、マグダの中で確かに芽吹いていた。






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本編: 『15話 サーモンピンク』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/17

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