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異世界詐欺師のなんちゃって経営術-π(パイ)-  作者: 宮地拓海


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49/64

【49/81π】マグダの居場所

===

本編: 『97話 何も言わなくても……』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/112

視点: マグダ

===

 寒いのは嫌い。


 雪が嫌い。



 独りぼっちが――



 大嫌い。




 急に寒くなって、目を開けると、ヤシロがいた。


「……分かりやすいな、お前は」


 ベッドのワラの中に潜り込んだマグダを掘り起こし、ヤシロが覗き込んでいる。

 寒い……

 本当に寒い……


 豪雪期は寒い。

 それは毎年のこと。

 毎年この時期は寒くて、雪が深くて、狩猟ギルドは休業する。


 だからマグダは、この時期はずっと布団にこもっていた。

 寒いのは、嫌いだから。


「残念だったな。陽だまり亭は年中無休だそうだ」


 そうだった。

 マグダは今や陽だまり亭の店員なのだ。

 自分で望んで、ヤシロにわがままを聞いてもらって、そして今がある。

 こんなところで休んでしまっては、マグダの信用に関わる。


 けれど、寒い。

 どうしようにもなく、寒い……


「……ヤシロ」

「なんだ?」

「…………温めて、人肌で」

「……お前、分かって言ってんのか?」


 寒い……


 ヤシロが部屋を出て行き、またマグダは一人になる。

 鼻がつんとするくらいに空気が冷たい。

 室内なのに、吐く息が白い。

 指先が、マグダのものじゃないみたいに動かない。


 寒い…………


 こんな日は、いつも一人で布団にくるまって……寂しくて……雪が溶けるのをずっと待っていた。

 あの頃を思い出して……ひたすら耐えて…………あの頃……


 思えばマグダは、いつもあの頃のことばかりを考えていた。

 陽だまり亭に来てからは、あまり考えなくなったけれど……


 あの頃。


 ママ親がいて、パパ親がいて、マグダと三人で、小さい家にひっついて住んでいて……

 あの頃は、豪雪期を寒いと思ったことなんてなかった。

 パパ親が薪を割って暖炉に火を点けて、ママ親が温かいスープを作ってくれて。

 マグダはいつもぽかぽかだった。


 あの日までは……


「……いけない。マグダはもう陽だまり亭の店員。いつまでも過去に縋りついているわけにはいかない」


 重い体を引き摺るように、マグダは着替えを済まし部屋を出た。



 それから、いろいろあった。……と、思う。

 ヤシロがマグダに声をかけて、店長がマグダを心配して、ロレッタがやって来て……みんなと一緒に、えっと……マグダは…………何をしてたっけ?


 かまくら……

 うん。かまくら。ヤシロが作ってくれた、温かい場所。

 ほんの小さなスペースだけれど、温かい場所……ヤシロがいれば、みんながいれば……マグダは、頑張れる…………


 かまくらを出ると、風が冷たくて、目に映るものすべてが真っ白だった。



 マグダは、この白い世界が……嫌い。




 白い。

 世界が色を失っている。


 今までそこにあったものを、全部なかったことにするかのように、雪は世界を白く塗りつぶす。

 思い出も、温もりも、ママ親と一緒に見た景色も、パパ親を迎えにいった道も、何もかもを白一色に塗りつぶす。

 マグダの大切なものを全部……奪って…………


「マグダ。教会に着いたら、いい物作ってやるから。もうちょい頑張れな」


 ヤシロがマグダの耳を押さえて言う。

 冷たくなって感覚のなくなった耳に、じんわりとした温もりを感じる。


 人の、温もり。



 ママ……




「マグダ、見てごらん、雪だよ。きれ~ねぇ~」

「きれ~」

「こら、暴れちゃダメだよ。雪の上に落ちたら冷たい冷たいよ?」

「へーき。ママがいるから、あったかい」

「あぁっ! ウチの娘、本当に可愛いっ!」


 ママがぎゅっと抱きしめてくれる。

『ぎるど』では、猛虎と恐れられてる強ぉ~いママだけど、マグダにだけは優しい。

 マグダは、ママにとっての特別。

 世界で、マグダだけが、ママの特別。


 えへへ。


 マグダが可愛いと、ママは鼻をこすりつけてきて、マグダの耳の付け根をもふもふと揉んで、そして、マグダの鼻をかぷっと噛んでくれる。


 ママの匂いがして、ママの温もりを感じて、マグダはその「かぷっ」が大好き。


 他の誰にもしない。

 マグダだけにしかしない。

 ……たまにパパにもしてるみたいだけど、断然マグダの方がしてもらっている。


 ママの『愛してる』のサイン。



 ママとパパがいれば、マグダは幸せだと信じていた。

 猛暑期も豪雪期も怖くないと思っていた。


 あの日――

 あの大雪の夜までは――



「すぐに帰ってくるから、マグダはいい子でお留守番してるんだよ」


 マグダを抱きしめ、頬を舐めて、鼻をかぷっと噛んで、ママはそう言った。

 パパと一緒に、大切なお仕事に向かうって。


 パパは一番強いから、絶対に安心だって言ってた。

 本当はママの方が強いのは、知っていたけれど。

 パパとママが一緒なら、何があっても大丈夫だって思っていた。みんなもそう言っていた。



「雪が降るまでには戻ってくるよ」



 最後にマグダの頬にキスをして、ママたちは出かけていった。




 それからしばらくして、豪雪期になっても、パパとママは帰ってこなかった。




 ママはマグダが大好きだから、マグダには嘘を吐かないって言っていた。

 パパはマグダが大好きだから、約束は絶対に守るって言っていた。


 パパもママも、マグダのことが嫌いになったの?


 雪、降ってるよ。

 なのにどうして、帰ってこないの?


 支部長の息子、ウッセ・ダマレが沈痛な表情で言った。


「護衛隊が、消息を絶った――」


 意味が分からなかった。

 マグダはまだ小さかったから、難しい言葉は分からなかった。

 だから、それ以上聞きたくなかった。


 街門まで行けば、ママに会える。

 きっと、今頃門のところまで来て、早くマグダに会いたいな~って思ってる。


 一度、パパに連れられて行ったことがある街門を目指して、我武者羅に走った。

 勘と、微かに嗅いだ記憶のある街の匂いを頼りに、全力で走り回った。

 迷子になって、空がどんどん暗くなって、お腹が減って、涙で前が見えなくなって……それでも、マグダは走った。

 街門で、ママが待ってる。

 パパがマグダに会いたがっている。


 マグダが行ってあげなきゃ!


 雪が降り積もり、景色を白一色に塗り替えていく。

 迷いたくないマグダを苛めるかのように、景色を消していく。

 パパと歩いた思い出を、消していく。


 街門にたどり着いた時、空は真っ暗だった。

 途中すれ違った人が、「一日中雪が降るなんて、珍しいな」なんて話をしていた。


 涙と鼻水が凍って、顔に張りついている。

 いつ脱げたのか、手袋と靴が片方どこかへ行っていた。

 指先が真っ赤になっていた。


 でも、門に着いた。

 あそこに、ママと、パパが…………




 ……いなかった。







「ままぁぁぁあぁぁぁぁあああああああっ! ぱぱぁぁぁぁあああああああっ!」







 声の限りに呼んだ。

 外壁の向こうにまで届くように、何度も何度もママとパパを呼んだ。

 なのに、降り続く雪が――マグダの声をかき消した。


 雪さえ降っていなければ、ママとパパはマグダの声を聞き逃したりはしないのに。




 その日から、マグダはずっと独りぼっちだった。








「マグダっ!?」


 マグダを呼ぶ声がして、体が抱き起こされる。


 マグダを心配してくれるのは誰?

 ママ?


「どうした? 限界か?」


 それは、ヤシロだった。

 そうだ……マグダは今、陽だまり亭の店員で、ヤシロたちと一緒に……


 ぞくぞくっと、寒気が背筋を駆け抜けていく。

 あの日、雪に埋もれて泣いていた時のように、酷く、寒い……


「……は、はな……」


 寒い……


「……鼻を、かぷって……してほしい」


 心が、寒い……

 独りぼっちは、嫌い……いや……寒い……


「…………は?」

「………………して、ほしい……」

「……鼻を、かぷってすればいいのか?」

「………………そう」

「………………臭いぞ?」

「……平気」


 もう、寂しいのは、いや……


「…………ヤシロ……」


 ぎゅっと、掴まりたいのに、指に力が入らない。

 ヤシロ……

 ヤシロも、マグダを置いて、行っちゃうの?


 マグダのこと、好きじゃなくなる、の……?


「分かった。じゃ、じゃあ……行くぞ」

「…………」


 今、ここにある温もりも、何かの拍子になくなってしまう。

 雪が塗りつぶして、かき消してしまう。

 そんな不安に押しつぶされそうになって……また声が出なくなる。

 雪が、かき消してしまう。


 いやだよぅ。

 いなくなっちゃ……やだ……


 マグダを、独りぼっちに、しないで…………



 今まさに涙が零れそうになったその時――



 かぷっ。


 ――って、鼻を噛まれた。


 温かくて、ママとは違う匂い……ヤシロの匂いがした。



 そうしたら、今まで目を逸らしていたことが――思い出せば悲しくなるし、求めれば空しくなるし、どうやっても手に入らないと諦めていた、考えることすらやめてしまっていた感情が、情景が、記憶が、ぶわっと蘇ってきてマグダの体を震わせた。


 ママの匂い。

 パパの力強さ。

 ヤシロの声。

 店長の料理の美味しさ。

 ロレッタに抱きつかれた時の温もり。


 過去と現在がごちゃ混ぜになって、マグダを飲み込んでいく。


 あぁ、そうか。


 分かっていたのに、分かってなかった。





 マグダは、もう独りぼっちじゃない。




 どんなに雪が降ろうとも、どんなに冷たい風が吹きつけようとも、マグダのことを守ってくれる人が、ここにいる。ここに、たくさんいる。



『マグダ』


 ママの声が、聞こえた気がした。

 そして、優しく髪を撫でられた、気がした。


『よかったね、いい人に巡り会えて』

「…………ママ」

『離れていても、いつでもマグダのことを思っているよ。愛おしい我が子。愛しているよ、マグダ』

「…………にゃあ」


 ママの匂いがした、気がした……ううん、した。絶対にした。

 それはほんの微かな気配だったけれど、あれは間違いなくママの気配だった。

 ママがマグダを思っていてくれたから、だから、きっと、マグダはそれを感じ取れた。


 離れていても、ちゃんとマグダのことを愛してくれている。

 今、そう確信できた。


 だから、マグダはもう大丈夫。


 これから、どんなに雪が降ろうとも、積もろうとも、もう、マグダは独りぼっちじゃない。

 マグダはもう泣かない。


 だからね、ママ。

 帰ってきたら、いっぱい褒めてね。


 マグダ、すごく頑張るからね。


 そう思った時、微かにママの笑い声が聞こえた、気がした。



 微かに感じたママの気配は、次第にヤシロの匂いに変わっていく。

 懐かしい匂いではなくなるけれど、今のマグダにとって、一番落ち着く匂い。


 マグダは、この匂いが、大好き。



 ヤシロがいる。

 近くには店長もロレッタもいる。


 今はここがマグダの居場所…………って、ちょっと、待ってほしい。

 今、マグダがひっついているのがヤシロなのだとしたら…………



「……はぅっ」


 マグダは、今、とんでもなく甘えた行動を…………ヤシロに!?


「……マグダ?」

「……ちょっと………………待って」


 それからしばらく。

 それはもうかなり長い時間……マグダはヤシロの顔を見ることが出来なかった。


 ヤシロが、からかうでなく、心配し過ぎるでなく、いつも通りに、いつもよりほんのちょっとだけ優しく、マグダのことを抱きしめていてくれたから、なんとか復活できたけれど……



 少々、甘え過ぎた。



 明日からは、もっとしっかりするし、もっと頑張る。

 マグダは、やればできる子だから。

 マグダはもう、独りぼっちじゃないから。






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本編: 『98話 大雪の日の来訪者』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/113

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