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異世界詐欺師のなんちゃって経営術-π(パイ)-  作者: 宮地拓海


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26/62

【26/81π】ヤシロ像とマグダの秘密

===

本編: 『56話 不器用な器用者』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/61

視点: マグダ

===

 階段を降りると、中庭は蝋像が立ち並ぶヤシロミュージアムの様相を呈していた。

 動線を邪魔しないように配置された無数のヤシロ像。さながら、ヤシロ像で出来たラビリンス。


「……少し通りにくい」


 ヤシロの顔はしているけれど、ヤシロのように撫でてくれるわけでも、名前を呼んでくれるわけでもない、冷たいただの蝋像。

 同じ顔が並んでいる様は、少しだけ異様でもあった。


 ぴるるっと耳を振って、マグダは厨房へと向かった。


「あ、マグダさん。どうでしたか、ヤシロさんは?」

「……よく寝ていた。おそらく、まだしばらくは起きてこない」

「ふふ、昨日の夜は眠れなかったようですしね」


 昨日夜更かしをしたヤシロは、朝からずっと眠ったまま。まだ起きてこない。


「……よだれを二筋垂らして、おへそを出して寝ていた」

「おへそ……」


 その様を想像したのか、店長が少しだけ頬を赤く染める。


「お腹を出して寝るのはよくないですね。風邪を引いてしまいます」


 忙しなく髪をいじりながら、そんなことを言う。


「……起こしてくる?」


 時刻はそろそろ『ティータイム』。

 ヤシロが言うには、陽だまり亭にぽっかりお客さんがいなくなる魔の時間帯。


 事実、今は暇である。


「もう少し寝かせてあげましょう。無理は体によくありませんから」


 そう言って、店長はそばに立っている蝋像の頭を撫でる。


「ゆっくり休んでくださいね。うふふ」


 最近、店長はよく蝋像に話しかけている。


「……店長、楽しそう」

「へっ!? あ、いえ、その……」


 蝋像の頭を撫でていた手を引っ込めて、また忙しなく髪に触れる。

 店長は照れた時に自分の髪に触る癖がある。

 マグダだけが知っている店長の秘密。……ふふ。


「なんだか、このヤシロさんたちが可愛くて、つい」

「……可愛い?」

「はい。こうして撫でてあげると、なんだか嬉しそうに笑っているように見えるんです。ね~、ヤシロさん?」


 言いながら、また蝋像の頭を撫でる。


 ……可愛い…………ふむ。


「マグダさんも少し休んでいて構いませんよ。お客さんもいませんし」

「……ロレッタは?」

「先ほど、七号店の様子を見に行くと言って出て行かれましたよ」

「……そう」


 では、マグダは何をしようか……


「あの、マグダさん。休みながらで構いませんので、少しの間フロアを見ていていただけますか?」

「……店長、どこか行くの?」


 店長がこう言う時は、何か用事があって持ち場を離れる時だ。


「えっと、その……ヤシロさんが風邪を引かないように、お腹を……ふ、布団を直してきてあげようかと」


 髪の毛を盛大に触っている。

 まるで竪琴を奏でているかのように両手で髪を梳かしている。


 ヤシロの部屋に入るのが恥ずかしいらしい。


「……代わりにマグダが行く?」

「い、いえ! そんな何度も行き来してもらうのは申し訳ないですし、わたしも今ちょうど手が空いたところですし、ディナータイムの仕込みにはまだ少し余裕がありますし、あの、だから、その……い、行ってきます!」


 くるっと体の向きを変えて、店長が急ぎ足で厨房を出て行く。

 店長なりの急ぎ足で。

 早足ではなく、あくまで急ぎ足で。


 さて……と、マグダは息を吐く。


 人の消えた厨房を出ると、フロアもガランとしていた。

 それでも広く感じないのは、店内にいくつもの蝋像が並んでいるからだろう。


 ヤシロに似た、ヤシロとは違う、ヤシロの蝋像。

 そばに寄っていってもマグダの名を呼ぶこともなければ、頭を撫でることもない。


 けれど、店長は楽しそうに蝋像を撫でている。


「……撫でて、みる?」


 両腕を広げ、凛々しい顔で何かを叫んでいるヤシロ像の前に立つ。

 店長がやっていたように、ヤシロ像の頭……には、手が届かないのでお腹を撫でてみる。

 頭の次に撫でられると気持ちいいのがお腹。トラ人族の子供はお腹を撫でられるととても喜ぶ。

 だからきっとヤシロもそう。


 なでなで。


「……ふむ」


 見上げた凛々しい顔のヤシロは、……確かに少しだけ嬉しそうな顔をしているように見えた。

 新発見。蝋像は撫でてあげると喜ぶ。


「……もっと撫でてあげる」


 ヤシロが喜ぶのだから、仕方ない。

 ヤシロ像のお腹をまふまふ撫でていると、不意にヤシロの声が頭の中に響いてきた。



『お腹もいいけど、やっぱり頭もなでなでしてほしいよ~』



 それは、なんとも甘えた声で。

 きっと、マグダにしか聞かせないような声なのだと思われる。

 そしておそらく、このヤシロの声はマグダにしか聞こえていない。


 ……それは惜しい。

 他の人にも聞こえればいいのに、蝋像はしゃべれないから仕方ない。

 なら、マグダが代弁してあげるより他はない。


「……『お腹もいいけど、やっぱり頭もなでなでしてほしいよ~』」


 ……ふむ。

 なんだかすごくしっくりときた。

 きっとこれが正しいやり方。


 なんということだろう。

 自力で正解を導き出してみれば、それはすでに店長がやっていたことに相違なかった。

 さすが店長。

 マグダの一歩先を行っている。


 やはり店長はマグダの目標に相応しい。

 マグダはやがて、店長のような女性になる。

 優しくて、料理上手で、ぽぃんぽぃんに。


 きっと、ヤシロが放っておけなくなるような魅力的な女性になる。


「……そのためにも、修練が必要。店長を倣って」


 ヤシロからの要望なので、マグダは頑張って背伸びをする。

 頭を撫でてあげようと……………………無理。届かない。


「……椅子を使うのは、たぶん違う」


 ハムっ子たちにポップコーンを教える際、背の低い幼い子たちは身長が足りないからと椅子や踏み台の上に乗っている。

 つまり、椅子に乗るのはお子様の証。


 魅力的な大人の女性への第一歩を踏み出したマグダには相応しくない。


「……だから、しょうがない」


 マグダはヤシロの体に抱きつき、そして――


「……よじ登る」


 体と体を密着させるのは、大人のスキンシップ。

 よじよじ……



 ヤシロの体をよじ登り、ヤシロの腕に腰かける。

 両腕を広げたヤシロのポーズは、ちょうどマグダが腰かけやすい角度だった。

 まるで、初めからこうすることが正解だったかのようなフィット感。


「……ここまで来れば、手が届く」


 そっと手を乗せて撫でてみると、蝋像のヤシロは今までにないくらいに嬉しそうな顔をして笑っていた。


 なるほど。

 こんなに喜ばれては、撫でざるを得ない。

 店長の行動も、理に適っていると言える。



 けれど……



 やっぱりマグダは撫でるよりも撫でられる方が、いい。


「……ヤシロ。ヤシロのために、マグダはここまで努力をした」


 だから、ヤシロこそがマグダを撫でるべき。

 けれど、蝋像である今のヤシロにそれを求めるのは酷というもの。


 なら……


「……それに見合う報酬を受け取るのが、現状では最も相応しい」


 マグダの頑張りに応えられるくらいのご褒美。

 ヤシロ像の表情は、本当に凛々しくて、少しカッコイイ。


「…………」


 普段のヤシロには絶対できないようなことでも、このヤシロになら……

 お尻の位置を少しずらして、頭を撫でていた手をヤシロの肩に乗せて……


「……口は、恥ずかしいから…………ほっぺで」


 そうして、ゆっくりと……そっと…………顔を近付けて………………


「やっほー、ジネットちゃん! ご飯を食べに来たよ!」


 素早くジャンプ!

 そしてさりげない口笛!


「……ふゅー、ふしゅー」

「あれ、マグダ? 何してるの、蝋像の前で?」

「……あ、エステラ。来ていたの?」


 ……エステラは、少々空気が読めない時がある。

 そういうところを改善しないと、男子にはモテない。モテないから女性らしさを象徴する胸が一切育たないのに違いない。


「……エステラ、そういうところだよ」

「え、なにが?」


 ……エステラには、まだちょっと早いかもしれない。

 大体、嫁入り前のうら若い乙女が「やっほー」はいかがなものかと思う。


「それで、マグダは何をしていたんだい?」


 何を?

 それにマグダが答える義務はない。黙秘。


「なんで口を両手で押さえてるのさ?」


 別に疚しいことがあるわけでは……なくもないかもしれなくもない。


「この蝋像に何かあるのかい?」


 と、ヤシロ像の顔を覗き込むエステラ。

 鼻先が触れ合いそうなほど接近している。

 蝋像だからチューしても平気とか、そういう発想はちょっとどうかと思う。


「……エステラ、そういう――」


 言いかけて、マグダの目がある物を発見した。してしまった。


 ヤシロ像の腕に……

 ちょうどマグダがお尻を置いていた場所に、ヒビが……っ。


 いつ、ついたのだろう?

 よじ登った時? お尻を置いた時?

 それとも……


 ヤシロの顔に近付こうとした時?


「……この像は危険」

「えっ? なに? ちょっ、マグダ、押さないでよ!?」

「……早急に退避するべき」


 ヤシロの顔しか見ていなかったエステラは気が付いていない。

 ヒビは小さいものだし、言われなければ目立たないかもしれない。

 けれど、服のシワとは向きが違って、一度気になってしまえば、見なかったことには出来ないくらいに目に付いてしまう。


 ……誰かに気付かれたら、どうしよう?

 そして、「なんでこんなところに傷が?」と思われたら……

 いつも丹念に蝋像の掃除をしている店長なら気が付くかもしれない。

 その傷が、たった今出来たものだということに。その時間、フロアにはマグダしかいなかったということにも。


 そうなれば……



 マグダは、なんと言って誤魔化せばいいのか、皆目見当が付かない。



 なんとか誤魔化さなければ。

 さりげなく蝋像を倒して壊してしまう?

 ダメ。そんなことをすれば店長が悲しむ。

 …………なんとかして、ロレッタが付けたことに出来ないだろうか?


「たーだいま戻ったでーす!」

「――っ!?」


 いつも以上に元気に、ロレッタが陽だまり亭へと帰ってきた。

 きっと、屋台の食べ物が完売したのだろう。そういう時の顔だ。


「あれ? 二人で何してるです?」

「……あぅ、ぃや……」


 罪をなすりつけようとしていたタイミングだけに、気まずくて顔が見られない。

 何かを聞かれてもまともに答えられる気がしない。

 変なことを聞かれる前に……


「……ロレッタも蝋人形にしてやろうか」

「なんか怖いこと言われたです!?」


 一瞬、マグダの中にデーモンが乗り移った。

 けれど、ロレッタはいい娘。マグダは大切にしたいと思っている。


 ……じゃあ、店長がいつものおっちょこちょいで傷を……


「あ、エステラさん、いらっしゃい」

「……て、店長、なぜここに?」

「へ? 用事が済んだので、お掃除でもしようかと」


 用事など、済まなければよかったのに。


「何かあったんですか?」

「それがね、マグダがさ……」

「……エステラ。ご飯を食べていくといい。今日はマグダがご馳走をしてあげる」

「いや、いいよ。年下にお金払ってもらうなんて気が引けるし」


 空気を読まないエステラ。

 そういうところを直すべき。


「それはそうと、マグダっちょ。なんでその蝋像の前から動かないです?」


 ロレッタが鋭いことを言う。

 こんな時にばかり勘が冴え渡るなんて……こんな時にばかり勘が冴え渡る系女子か。


「ひょっとして、マグダっちょ……」


 マグダを疑うような瞳がこちらを見つめている。

 暴かれる、マグダの、乙女故の、ちょっとした火遊びの実態が…………


「その蝋像がお気に入りです?」

「……へ?」

「分かります! 凛々しくて素敵ですよね、そのヤシロさん」

「……う、うん」

「だったらさ、一つもらえばいいじゃないかい? ……こんなにあるんだし」


 エステラがうんざりした表情で辺りを見渡す。

 店内に点在するヤシロ像を。


「ヤシロさんの許可がないと差し上げることは出来ませんが」


 言いながら、店長がマグダにはたきを手渡す。


「では今日から、このヤシロさんのお掃除はマグダさんにお任せします」

「……お掃除……」

「頑張って、キレイにしてあげてくださいね」

「………………うん」


 こうして、マグダは凛々しいヤシロ像選任のお掃除係に任命された。

 ……なぜそのような流れになったのか、イマイチよく分からないけれど、マグダは自身の過去を覆い隠すためにはたきを握る。

 誰にも、このヤシロ像の腕の傷を見せないために。


 特に、ヤシロのような勘の鋭い目敏い人間には。



 そう決心して、マグダはヤシロ像にはたきをかけ始めた。






===

本編: 『57話 木こりギルドの視察・前編』

https://ncode.syosetu.com/n6240cp/62

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