3話:事務所×門前払い=令状発付
「おととい来やがれゴラァ!!!!」
閑静な住宅街には似つかわしくない、インターホンから音割れした男の怒声が響きわたる。
「門前払いってレベルじゃねーぞ。完全に敵対視されてるじゃん」
「まあ、テツマ君の面が割れちゃってますからねえ。仕方ありません、機構に正式な捜査令状を発付してもらいましょうかぁ」
不自然な程に窓が少ない、シンプルな外装の建物の前で、2人の男女がため息を吐き捨てる。
「完全に無駄足だったな。こうなることは予想できたのに、まだ昨日の酒が抜けてないみたいだ……」
「無駄足ではありませんよぉ?テツマ君を見て即座に攻撃してこない。という情報はかなり大きいですよ」
カオルはテツマを慰めるように優しい声色で言葉を紡ぐ。
「つまりアンタはこうなることがわかってて、あえて事務所に突撃したわけだな?」
テツマはそんなカオルの気遣いがくすぐったそうに、あえて冷たい言葉を投げる。
「向こうが襲って来てくれたら余計な手間が省けるし、考える頭を持っているなら、手荒な真似をしないで済む。どう転んでもこっちが得をするんです。行かない手はないでしょう?」
カオルはクスクスと無駄に可愛らしい笑みを浮かべる。
「……やっぱ怖いよ、アンタは。いつまで経っても自分が子供だと思い知らされる」
テツマは拗ねるようにそっぽを向く。
「うふ♡私からしたら、機構のみんなは可愛い子供みたいなものですから♪」
「……ああ、そうでしょうとも」
この女は一体どれだけの修羅場を潜り、魔術を磨いてきたのだろう?
彼女と同じSランクの土俵に立てたと思ったが、未だに底しれない壁を感じる。
……とりあえず実年齢から探ってみるか?
テツマはそんな馬鹿みたいなことを、大真面目で考えるのであった。
――日本魔術機構・本部――
「令状は用意したが、本当に2人だけで行くつもりか?」
Sランク魔術師の実質的なリーダーを務める大男が、眉をひそめて言葉を投げかける。
「イッカクの言う通りだ、あと2,3人くらい連れていこうぜ」
テツマはイッカクの言葉に即座に同意する。
「それはだーめ♡あんまり大事にすると、青龍組だけじゃなくて、四獣会まで敵に回すことになっちゃいますから☆」
四獣会とは、青龍組、白虎組、朱雀組、玄武組の4つの組から成る極道組織であり、どの組織も役職者が魔術を扱える為、大型の魔術結社としても警戒されている。
「だが青龍組も魔術結社として見たら、大規模ではあるぞ。お前達の実力は知っているが、少し甘く見過ぎてないか?」
「そうだそうだ、良いぞイッカク!この年増にもっと言ってやれっ!!」
テツマはイッカクを応援するかのようなヤジを飛ばす。
「あらテツマ君?そんなにカオルとちゅーしたいんですかぁ♡」
カオルはノータイムでテツマの胸ぐらを掴み、吐息が触れる距離まで顔を近づける。
「……すんません、冗談です」
テツマは咄嗟に顔を逸らし、即座に謝罪した。
「まったくもう……イッカク君もテツマ君も、心配し過ぎですよぉ。そもそも魔術結社という存在そのものが非合法なんです。私達はそれを取り締まる立場なんですよ?」
カオルはぷくぅと頬を膨らませ、2人を叱責する。
「その通りではあるが……魚心あれば水心という言葉がある。機構の目が届かないところで、結社が秩序を治めているのも事実だ。できる限り、壊さないでくれと言ってるんだ」
イッカクはしかめっ面で言葉を返す。
「俺もイッカクに同意だな。壊して殺すだけだったら、俺とアンタでも十分かも知れないが……瓦礫と死体だけじゃあ誰も救えないぜ?」
テツマは深く頷き、イッカクの言葉に賛同する。
前提として、魔術結社という存在は違法である。魔術の行使は日本政府が認めた者しか許されておらず、その扱いは銃や刀といった凶器と同じである。
それにも関わらず、日本には魔術結社が多数存在し、堂々と活動している。それは何故なのか?答えは皮肉なことにも、日本魔術機構の成り立ちの中にある。
日本魔術機構とは日本の行政機関の一つである。
他国との交戦権を捨てる上では飽き足らず、武器の所持すらも制限する、極東の島国。そんな極端な島国で魔術だけが発達するのか? 答えは当然、ノーである。
政府主導の元、魔術の存在は秘匿され、完全に空想の産物と化した。しかし、完全に根絶されたわけではなかった。政府監視の元、人格、技量、人望に秀でた者のみが魔術を行使することが許された。
政府に選抜された魔術師達は結束し、密かに弟子を増やし、選抜されなかった名家の跡取り達を仲間に迎え入れた。
そして西暦20XX年、某国で大規模かつ凄惨なテロが発生した。そのニュースを見た、政府選抜の魔術師達は最高の好機だと悟り、国会議事堂を制圧した。
「「「もう一度、被爆したいか?」」」
日本政府は、魔術師達にひれ伏した。
魔術師達は知っていたのだ。
今回の人類史に刻まれるであろう大規模テロが、魔術師による犯行なのではないかと、某国の大使館から緊急通達があったことを。
日本政府は完全に怯えきっていた。
魔術師達を完全に手懐けたと、油断していた。
その結果、魔術師達は日本政府から、魔術師育成の為の施設を立ち上げる権利と、莫大な支援金を勝ち取った。
こうして、日本魔術機構が誕生したのだ。
つまるところ、魔術結社も魔術機構も本質的な部分は一緒であり、悪質な魔術結社以外は、黙認されているのであった。
「イッカク君の言葉を借りるなら、2人とも青龍組を甘く見過ぎですよぉ?」
「「えっ?」」
2人の男の言葉が異口同音に重なった。
「青龍組は考える頭をしっかり持ってますよぉ。令状を持って行けば、話し合うことができるはずです」
「なぜ断言できる?」
「ヤクザっていうのはとにかく面子を重要視するんです。舎弟頭に喧嘩を売った魔術師が、翌日に堂々と事務所を訪ねてきたら、ぶち殺すのが普通なんです。それをしなかったということは……」
カオルはわざとらしく頬に手を当て、もったいぶる。
「サイカちゃんが意思疎通できる状態で保護されている、もしくは戦力が低下しているかのどちらかだと予想できます」
「なるほどな。如月彩華から事情を聞いたうえで、機構が黒かどうか決めあぐねているのか、テツマの偽物との戦闘で消耗している可能性が高いということだな」
「どっちにしろ、ただの馬鹿じゃないってわけだな。今の状況で機構とやり合うのは悪手だと理解している」
イッカクとテツマは納得したように頷いた。
「そういうことです。というわけで、青龍組の事務所にもう一度行きましょうか♪」
カオルは相変わらずのぶりっこポーズで、無駄に可愛いウィンクを決めるのだった。
――青龍組・事務所――
「何度も言わせんなァッ!!令状こしらえてこようが関係ねえ!!青龍組の敷居はまたがせねえぞォっ!!!」
時刻は夕方。場所は都内外れにある、閑静な住宅街の、外装だけはシンプルな建物の前。
またしても門前払いをくらい、テツマは頭を抱えて天を仰ぐ。
「おいおい、どうすんだよこれ?カオルちゃん、この展開は予想できた?」
テツマは俯いたままのカオルに言葉を投げる。
「うふ、うふふ、うふふふふ。上等ですよ腐れヤクザ共が。誰に無礼な口きいてるのか、私を怒らせたらどうなるのか、たっぷりと教育てあげますよ」
「えっ?あの……カオル、さん?」
滅多に見たことがないカオルのキレ顔にテツマは驚き、たじろいだ。
『影よ集え。心を堕とし器を広げよ。影よ集え。私の拳は世界を潰す』
カオルの眼前には、黒く蠢く影が、集まり、固まり、グロテスクな黒い巨拳が現れる。
「はぁっ!!」
カオルは力任せに、巨大な黒拳を青龍組の門にぶち込んだ。
金属がひしゃげる音、ガラスが砕け散る音、強大な魔力をぶつけたことによる、空間が揺らぐ音。
様々な音が悲鳴のように交差し、響き合う音を一切無視するカオルに、テツマは呆れたような視線を向ける。
「いや、カオルさん?貴女、なにしてんの?」
「あらテツマ君?強制捜査は嫌いですかぁ?」
悪びれることなく、カオルは崩壊した門の中に入ろうとする
「俺とイッカクが何を心配してるのか、さっき言ったよね?」
「ええ、わかってますよぉ♡機構の代わりに秩序を治めてくれる、善良な魔術結社は壊さないようにしよう。ですよね?」
カオルはわざとらしく小首を傾げ、笑みを浮かべる。
「うんうん、そうだよね。本当に、大丈夫だよね?」
テツマは全身から冷や汗を流しつつ、慎重に言葉を紡いだ。
「大丈夫ですって。魔術機構のSランク魔術師がわざわざご丁寧に令状を持ってきたにも拘らず、門前払いする魔術結社が善良なわけありませんから☆」
カオルは可愛らしいギャルピースと共にウィンクを決め、青龍組の事務所へと入っていく。
「……やべえ、皆殺しにする気だこのババア」
テツマはがっくりと肩を落とし、うなだれつつも、カオルの後をついていくのであった。




