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 翌日。私は城門近くにある馬小屋の裏に身を潜めておりました。

 狙いは今日出立するというフィースト副師団長です。火炙りの未来を変えるには、反乱の進軍を止める手立てを見つけること――他に方法はないように思いました。


 彼はあの日王命に従い、私を火炙りにかけました。

 駐屯軍が反乱軍であるなら、なぜ王の手先として動いていたのか。それに……。

 


 ふと、脳裏にひとつの光景が浮かんできました。


 燃え上がる炎と、見下ろすラウド王。

 炎の中には、私?


 王の元に声を張り上げて近付く漆黒のドレスを纏った女。

 困惑する表情を浮かべる王。炎を指差して頭を抱える女――。


 女は見たことのない顔をしておりました。王妃でも、妾の方でもありません。

 王に詰め寄る女性がこの国にいるなんて。



「聖女、殿?」


 突然の声に慌てて顔をあげますと、フィースト様の鋭い視線がこちらを覗き込んでおります。


「何をしてるんです?」

 

「あ、あの! 私、どうしてもフィースト様とお話がしたくて……!」


 ひりつくような瞳に気圧されまいと、声を張り上げました。

 フィースト様が王の忠臣であれば未来は変えられないかもしれない。


 けれど、どうしても違和感があったのです。

 あの時吐き捨てた言葉。国を守れない聖女など早く始末されればいい、と。


「また近い内にこちらへいらっしゃるご予定ですよね?」

 

「王子陛下の稽古でまたひと月後に来ますが」

 

「いえ。それよりも近い日にいらっしゃいますよね?」

 

「……なんだ。得意の先詠みってやつか」


 急に声が低くなりました。


「まだ……王陛下には何も伝えておりません」

 

「へえ。未来が見える聖女ね……。その有り難い力は戦ごとしか見えないのか? 干ばつでどれだけ民が飢えてるのかも、見えちゃいない」


 南方の土地で干ばつが起こる未来は、はっきりと覚えてます。


「……見えておりました!」


 思わず声を荒らげていました。


「一年前、南方の干ばつと飢饉を予知し、早急に灌漑(かんがい)を整備するよう陛下に進言しました。備蓄や種まきの調整も間に合うはずだと、何度も!」


「進言した? ならば王が握りつぶしたか」


 フィースト様が吐き捨てるように言いました。


「配下も飢えで死んだ。王は飢えた民まで戦場へ駆り出し、他国から奪えばいいと言う」


「そんな……」


「聖女はアストルディア国に仕えてるんだろう。王に仕えてるのか? 国ってのは王様だけがよけりゃいいのか?」

 

 言葉も出ませんでした。いままで国が栄えてきたのは、私の先詠みのおかげだと信じていたのに。

 王陛下は何もしていなかったなんて。


 不吉な未来。不都合な未来。それらを事前に避けるため、いままでアストルディア国の王に何代もかけて進言してきました。


 私は何のために……。


「乗れ」


 フィースト様は馬に跨がると、手を差し出してきました。


「え……」

 

「ずっとこの城に囲われているつもりか? 国のために役立ちたいなら、来い」


 城から出ることは禁じられています。あの火炙りの未来を変えるには、ここを出るしかないのでしょうか。

 

「私が付いていっては……迷惑ではありませんか」

 

「俺達が何をするか知っているのだろう。国のために役に立て」


 

 おそるおそる、その手を取っていました。

 ゴツゴツとした、いくつも豆が潰れたその手を。



 —

 


 城門はお借りした外套で顔を隠して突破できましたが、慣れない乗馬は過酷なものでした。見かねたフィースト様が休憩を挟んでくださり、気付けば夕暮れ時です。


「もう少しいけば宿営地がある。今頃城じゃ、聖女がいないって大騒ぎしてるんじゃないか」


「ええ。マリア……侍女にも何も言わず出てきてしまいましたから」


「王に反乱起こしに行ってきます、って?」


「そんな……!」



 冷たい雰囲気だったフィースト様は、どこへやら行ってしまったようで、こうやって笑いかけてくださるようになりました。

 王子陛下といたときとも、少し違う雰囲気に感じました。本来のフィースト様を見せてくださっているようで嬉しいです。


「私が見た未来のことは、聞かれないんですか?」


 ずっと気になっておりました。道すがら、いくらか話をしました。聖女とはどういうものか、その問いに答えるばかりでした。

 私が何度もこの国で聖女として生まれ変わっていると伝えると、しばらく驚かれておりましたが。


 ですが、フィースト様が一番気になっているのは反乱を起こす未来がどうなるか……ではないのでしょうか。



「聞かなくてもわかる。絶対に成功する」


 馬を撫でたまま、静かに答えられました。


「ラウド王陛下を討つ、のが目的ですよね?」


 私が見た未来も。実際に見た未来でも……王陛下は生きておりました。


 ただ静かに。フィースト様の横顔に、夕日がかかるのを見つめることしか出来ません。


 城に乗り込んだ多くの駐屯兵は、最終的に返り討ちになる。

 伝えるべきだと口を開くも、どうしても声を出せずにいると、フィースト様の青い瞳がじっとこちらに向けられていました。

 

 晴れ渡った空を切り取ったかのような、澄んだ青い瞳でした。


 

「一次作戦は上手くいかないのだろう。あそこの砦は固い」


「一次……?」


「二次作戦は見てないのか?」


 意図が読み切れずに黙り込んでいると、ベンチに腰掛ける私の前に座り込み、目線を合わせてくださいました。


「こちらの軍が劣勢になったら二次作戦へ切り替える。私は近衛兵側について王の信用を得る」


「それって……同志を殺めるのですか……?」


「そうしないと王の信用は得られない」


「そうまでして……」


「今の王は討たねばならない。駐屯兵が引いてから数日を掛けて信用を得て、油断した時に私が王を討つ」


 真っすぐとそれだけ言うと、目を伏せてしまいました。

 


「王を討ったところで、私も無事では済まないだろう。命を落とす覚悟は、もうできている」



 —


 フィースト様の言っていた通り、宿営地まではあっという間でした。

 食堂へ向かうと多くの兵で賑わっており、反乱の準備が近いことを悟ります。


「そちらの方は?」


 案内された席につくと、近くに座っていた兵士が声を掛けてきました。

 周りの兵も気にした素振りでこちらを見ています。

 素直に名乗るべきか考えあぐねて、フィースト様を見ると手を広げて制されました。

 

「聖女エシカ殿だ。疲れてるだろうから、今夜は静かに休ませてやってくれ」


「聖女?!」


 途端にひりつくような空気が部屋いっぱいに広がっていきます。

 きっと聖女は王族と同じ、批判の対象なのでしょう。

 

「なぜ聖女をお連れに……?」


「こちらにつくと言っている。向こうに作戦は漏れていない。少なくとも、私は彼女を信用している」


 フィースト様がよく通る声でそう言うと、ひりついた空気が一瞬で解けていくようでした。

 副師団長がそう言うのなら。不思議とそんな声が聞こえてくるようです。


 食事を終えた頃には、周りの兵との距離も縮まっていました。

 食器を片付け出口へ向かう途中、ふと開いたままの窓が目に留まりました。

 窓の向こうには深い闇が続いています。暗闇に沈む木々の間からひゅうと冷たい風が吹き込んできました。


「森が気になるか」


 唐突な低い声に振り向くと、熊のように大柄な男に見下ろされておりました。


「師団長のノーフィルだ。話は聞いている。……食後の散歩でも裏の森には近付くな。魔女に食われるぞ」

 

「魔女、ですか?」


 ノーフィル様の子供騙しな言葉に、つい呆気に取られてしまいました。昔から「危ない場所には魔女が出る」というのは常套句です。


 しかし、周りで話を聞いていた兵の反応は違いました。


「いや、おとぎ話じゃないんですよ。実際、夜中に老婆を見たって奴もいて」

 

「老婆? 俺は若い女だって聞いたけど」

 

「ああ、あれだろ。聖女の血を吸って若返る、なんて噂もあるよな」


 その言葉を聞いた途端、胸騒ぎがしました。

 

 聖女の血?

 思わず左腕を掴むと、儀式で出来た傷から血が滲んでいました。


「どうした?」


 フィースト様が私の顔を覗き込んできました。

 どこかから響くように、あの足音が聞こえた気がしました。銀色のナイフと、赤い血……。


「……その傷は」


 フィースト様が生唾を飲み込む音が聞こえました。


「私は毎月、女神に血を献上しております」


「……少し違う話かもしれないが」


 静かに話を聞いていたノーフィル様が、ひそめるように低い声で話し始めました。


「うちの祖母は王家付きだったんだが、昔話してたことを思い出してな。ガキの頃、何かやらかすとよく言ってたんだ。聖女が死ぬと魔女のいる森に運ぶんだ、お前も良い子にしてないと同じように森に運ばれるぞ……なんて、当時はただの脅し文句だと思っていたんだが」


 私の死体を森へ運ぶ?


 不快感が胃からせり上がってきました。

 

 魔女なんて、伝承でしかないはずなのに。

 なぜ、私の話まで出てくるのでしょうか。なぜ……。

 


「私が見た未来では……反乱軍を幇助した罪で、私は王陛下によって処刑されます。火炙りの刑でした。刑の執行される横で、陛下に詰め寄る女がいました」


 漆黒のドレスを纏った女――。



「火炙りじゃ食える死体が残らない、からか」


 どこか苛立つようにフィースト様が呟きました。


 

 魔女が聖女を食らう?


 私の血も、死体も、ずっと王家の手で魔女に受け渡されていた?



「そんなこと……」


 

 震えが止まりませんでした。何度も生まれ変わっては、祈りを捧げ、血を捧げ、見えた未来を王へ告げてきました。何度も。何度も。

 


 すべてアストルディア国のため。そして、女神のためでした。



 あの女が、女神だと?



「大丈夫か」


 フィースト様が背中を温かい手で優しく撫でてくださいました。何かに似ている気がしました。


 そう……思い出しました。マリアの手にどこか似ているのです。


 

 しばらくすると、吐き気が落ち着いてきました。

 落ち着いてみると、どうして取り乱してしまったのかが不思議な気分でした。


 

 この反乱では皆、命を投げ出す覚悟がある。

 王を討つ。ただ、それだけのために。


 きっと、既に死んでいった者たちに報いるため。


 けれど、王を討ったその後は?




 ――それならば。

 多くの命を無為に投げ出さなくて良い未来を選ばないと。


「皆さん、反乱は一度やめにされませんか? 魔女が本当にいるのなら、私に提案がございます」

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