二十三、売り
数日後。
下野薫はいつものように神谷海斗の家に呼び出された。
海斗の部屋で、薫はこれまたいつもように媚薬入りのオレンジジュースを飲まされる。
媚薬が効いているときは何もかも忘れられるので、薫は飲むこと受け入れていた。
「ふっ……」
薫が媚薬を飲み終わるのを確認してから、海斗は一旦部屋を出た。
(どうしたんだろう……?)
首を傾げた薫だったが、海斗はすぐに戻ってきた。
「えっ……」
薫は思わず声を漏らした。
海斗が一人ではなかったからだ。
男子生徒が一緒だった。
「こいつはサッカー部の後輩でな」
海斗は薫に男子生徒――――松岡祐太朗を紹介した。
「どうしても童貞を捨てたいって言うから、一万円出せば、おまえとやらしてやるって誘ったんだよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、海斗は説明した。
「よ、よろしく……」
祐太朗は緊張気味に挨拶した。
「い……嫌よ」
既に身体は熱くなり息も荒くなってきていた。
それでも、なけなしの理性で薫は抵抗した。
「そう言ってますけど?」
海斗の顔色を祐太朗はうかがった。
「大丈夫」
海斗は断言した。
「今こいつは薬で発情してるから、ちょっと触ればすぐに股を開くぜ」
「じゃあ、遠慮なく」
その言葉に、祐太朗は薫に近づいた。
「嫌……」
ボーッとする頭で、薫は後ずさった。
そのままベッドサイドまで下がる。
だが、そこで足を取られて転んでしまった。
結果的に、薫はベッドに寝転がる姿勢になった。
これ幸いとばかりに、祐太朗は薫の上に覆い被さった。
♢♦♢♦♢♦
結局、二時間の間に五回戦して薫は祐太朗との行為を終えた。
最初は緊張していた祐太朗だったが、最後は男としての自信をつけて帰っていた。
「…………」
一方、正気に戻った薫は、激しく自己嫌悪していた。
「今日は、上出来だったぜ」
そんなことは気にも留めず、海斗は薫を褒めた。
「明日からも頼むぜ」
「まだ、させる気なの!?」
その言葉に、薫はカッとなった。
「ああ、いい小遣い稼ぎになるからな」
しかし、海斗は意に介さず、平然と言った。
「嫌よ……」
そんな海斗を薫は拒絶した。
「残念だけど、おまえに拒否権はない」
海斗はアップロード寸前まで進んだスマホの画面を見せた。
「くっ……!」
それを見せられると薫はなにも言えなくなる。
悔しくて唇を噛んだ。
(これで、わたしも加藤と同じになっちゃった……)
フッとそんな思いが頭をよぎる薫だった。
それから数日後。
暦の上では十二月に入った。
昼休みの二年A組では、昼食を終えた塚田純希とクラスメイトの内田弥一が雑談していた。
「知ってるか?」
その途中で、弥一は純希に聞いた。
「B組の下野、金出せばやらしてくいれるらしいぜ」
「えっ!?」
その言葉に純希は思わず声を上げた。
「本当?」
それで周りの注目を集めてしまったので、純希は声を潜めて聞き返した。
「なんでも、サッカー部の元部長の神谷先輩に一万払えばやらしてくれるらしい」
それを察して弥一も声を潜める。
(下野が……?)
純希は訝しがった。
そして、放課後。
いつものように純希と加藤小春は一緒に下校していた。
「その話なら、あたしも聞いたよ」
小春は何事もないような口調で言った。
それに純希は、えっ? となった。
「その噂のおかげで、女子の間では腫れ物扱いになってるみたい」
「どうして教えてくれなかったの!?」
声を荒らげて、純希は聞いた。
「純希に教えてどうするの?」
すると小春は、平坦な口調で聞き返す。
「どうって……」
あらためて聞かれて、純希は言葉に詰まった。
「もしかして、委員長、買うつもり?」
小春は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「そんな訳ないだろう!」
その言葉に流石の純希も怒った。
「冗談だよ」
それに小春はケタケタと笑った。
「でっ? どうするつもりだったの?」
そして、再び問う。
「それは……」
純希は言い淀んだ。
薫が心配なのは事実だ。
でも、それだけで、嫌われている自分が手を差し伸べるのは違う気がした。
「あたしたちにできることはきっと無いよ」
それがわかっているから、小春も突き放した言い方しかできない。
「これは委員長、個人の問題だからね」
「そうだけど……」
多分、小春が正しい。
それでも納得できない純希だった。
その日は雨が降っていた。
十二月の冷たい雨。
天気予報では夜にはみぞれに変わるかもしれないと言っていた。
海斗の家で客の相手をさせられた薫は、門限ギリギリに帰宅した。
精神的にも肉体的も疲労していた。
早く自分の部屋のベッドに飛び込みたい。
そう思った。
「ただいま……」
とりあえず言ったが、返事を期待はしていなかった。
薫の母は、二つ上の兄にしか興味がなく、薫のことは眼中になかった。
父はこの時間は家には帰っていないはずだった。
仕事とは言っているが、何をしているかわかったものではない。
しかし、今日は違っていた。
リビングに顔を出すと、父、下野茂が薫を出迎えた。
「おかえり、薫」
「……」
茂の言葉を無視して、薫は自分の部屋へと引っ込もうとした。
「ちょっと、薫に聞きたいことがあるんだけど?」
その態度は予想していたようで、茂は下からお願いした。
「なぁに?」
薫はあからさまに不機嫌そうに答える。
「この写真の娘を知らないか?」
言いながら、茂はスマホの画面を娘に見せた。
「加藤!?」
薫は驚いた。
そこには隠し撮りされた小春が映っていたからだ。
「加藤っていうのか?」
その名を聞いた茂は目を血ばらせて、薫の両肩を掴んだ。
「同じクラスなのか?」
「パパ、まだ加藤を買ってたの!?」
そんな父親の態度に、薫は怒鳴った。
「ど、どうしてそれを……」
茂は狼狽した。
元々は、茂がリビングで隠れて専用アプリを見ていたのがきっかけだった。
そこに小春の姿を見つけて、父が風呂に入っているときを狙って、茂のスマホを調べたのだ。
暗証番号が自分の誕生日だったことには苦笑いせずにはいられなかった。
そして、立ち上げた専用アプリで茂が小春を買っていることを知ったのだ。
「どうしたの? 大きな声を出して」
そこへ、ダイニングから母、下野彩が出てきた。
「パパはね、ママには内緒で私と同じぐらいの娘を買ってたんだよ!」
怒りにまかせて、薫は全部ぶちまけた。
「本当なの?」
する彩は冷めた目で茂を見た。
「き、君だって、浮気してるじゃないか!?」
それを聞いた茂は、開き直った。
「そ、そんなことは……」
指摘された彩は、言い淀んだ。
「しらばっくれても、調べはついてるんだからな!」
妻の不貞にはかなり前から気付いていた。
だが、相手が誰かまでは知らなかった。
調べがついている、と言うのもはったりだ。
「それとこれとは別でしょ!?」
しかし、彩には通じなかった。
「今は、パパのことを聞いてるのよ!」
そして、問題を棚に上げようとする。
「もういいっ!!」
言い争いを始めようとしていた茂と彩を、薫は怒鳴りつけた。
「パパもママも大嫌い!!」
大声で叫んだ薫はそのまま家を飛び出した。
雨の中、ずぶ濡れになりながら、薫は走った。
行くあてなのどない。
そう思っていたが、いつの間にか薫は純希の住むマンションに来ていた。
ここには一年生のとき、風邪で休んだ純希にプリントを渡すために来たことがあった。
エレベーターで三階まで上がって、塚田家の部屋の前まで来る。
そこで薫はへたり込んでしまった。
十二月の雨に濡れた服は、否応なしに体温を奪う。
寒さに震えながらも、薫はこれ以上、動きたくなかった。
(このまま凍え死んじゃうのかな……)
それも良いかもしれないと、薫は思った。
そうすれば、もう海斗の言うことも聞かなくて済む。
父や母と顔を合わせずに済む。
兄にコンプレックスを抱かずに済む。
俯いた薫は、襲い来る睡魔に目を閉じようとした。
「委員長?」
声を掛けられ、薫は我に返った。
顔を上げて声のする方を見る。
そこには、私服姿の小春が困ったような顔をしながら立っていた。




