二十二、ストーカー
神谷海斗が下野薫に媚薬を使い始めて一週間が経った。
媚薬を投与されて強制的に発情させられて、体力の限界まで行為に及ぶ。
その繰り返しに薫は疲弊していった。
「大丈夫?」
日に日にやつれていく薫を見て、さすがに加藤小春も気にせずにはいられなかった。
「具合悪そうだよ?」
薫に心配そうに声を掛ける。
「保健室で休んだら?」
「……」
しかし、薫は相変わらずで、小春を無視し続ける。
(せっかく、気に掛けてあげてるのに……!)
そんな態度に小春は、怒りを覚えた。
放課後。
塚田純希と小春は、いつものように一緒に下校した。
「酷いんだよ、委員長」
小春は怒りを露わにした。
「具合悪そうだから心配してあげてるのに、無視するんだよ」
そして、愚痴る。
(荒れてるな)
純希は心の中で冷や汗笑いを浮かべた。
(でも……委員長のことは心配だなぁ)
それから、薫の身を案ずる。
小春の手前、口には出せないが。
「……」
二人は話に夢中だったため、自分達をつけるている人影には気付かなかった。
人影の正体は、下野茂だった。
下校時間に学校の校門近くで張り込み、純希と小春が出てきたところでこっそり尾行を始めたのだ。
(あの男子は、何者だ?)
それが気になったが、今は尾行に集中しようとしていた。
そのまま二人は、尾行には気付かないでマンショへと帰ってきた。
(ここが小夜ちゃんの家か……)
小春の住居を見つけて、茂は心の底から喜んだ。
しかし、純希と小春が同じ部屋に入ったので、眉を顰めた。
(あの男子、やっぱり小夜ちゃんの彼氏なのか?)
そう考えると、嫉妬で心が引き裂かれそうになる。
それでも、茂は追跡をやめなかった。
ここが彼氏の家なら、小春が自分の家に帰るまで追わなければならない。
マンションの外、部屋のドアは見えるところに陣取って、茂はひたすら待った。
それから一時間、純希が加藤家の部屋から出てきた。
そして、すぐ隣の塚田家の部屋へと入る。
「お隣さんか?」
茂は思わず呟いた。
二人の関係は単なる幼なじみかも知れないと思いついて、ホッと胸を撫で下ろした。
ならば、ここが小夜子の家である可能性が高い。
今日のところはここで引き上げようか迷っているときに、今度が小春が私服を着て部屋から出てきた。
小春は長袖のTシャツにジーンズを穿いて、上にダウンジャケットを羽織っていた。
(あれが、小夜ちゃんの私服か……)
茂は感動した。
いつもの制服姿も可愛いが、ボーイッシュな私服も魅力的だった。
マンションを出た小春は、駅へと向かって歩き出した。
茂も尾行を再開する。
最寄りの駅から私鉄に乗って、小春は新横浜へと向かった。
そのあとを茂がつける。
新横浜に着いた小春は、真っ直ぐ事務所へと赴いた。
「ここが事務所か……」
小春がビルに入るのを確認して、茂は感慨深げに呟いた。
事務所の存在は、他の女性からよく聞いていた。
しかし、場所までは知らなかった。
本当はこのまま事務所の中まで追いかけたいところだが、そうも行かず、茂は外で見張ることにした。
しばらくして、地下駐車場から黒いメルセデスAMG・GT63SEパフォーマンス4ドアクーペが出てきた。
そのサイドシートに小春の姿を見つけて、茂は慌てた。
すぐに大通りに出て、タクシーを探す。
幸い、すぐにタクシーは見つかった。
「あの黒い車を追ってくれ!」
乗り込むなり、茂は運転手に指示した。
タクシーの運転手は訝しがったが、それでもGTを追った。
そのままGTは首都高速に乗る。
タクシーもそれに続いた。
「つけられてるな」
GTのドライバーズシートで、ルームミラーを見ながら剣銀治郎は呟いた。
「えっ?」
その言葉に小春は驚きの声を上げる。
「誰?」
そして、後ろを振り向く。
「わからんが……巻くぞ」
銀治郎はアクセルペダルを踏み込んだ。
GTは、前方の車を車線変更を繰り返しながら、次々にパスしていく。
しばらくして、タクシーの姿はルームミラーから消えた。
「もういいだろう」
それを確認してから、銀治郎はアクセルを緩めた。
「何だっただろう?」
小春は首を傾げた。
「姐さんのときのこともある」
銀治郎は小春の母、加藤昌美の名を口にした。
「用心に越したことはないだろう」
「そうだね」
その言葉に小春は真剣に頷いた。
そのまま二人は都内の高級ホテルに到着した。
いつものように銀治郎がチェックインして、カードキーを小春に差し出す。
「部屋番号は一二○六だ」
「了解」
銀治郎の言葉に小春は頷くと、エレベーターに乗り込んだ。
十二階まで上がる。
そこでエレベーターを下りた小春は、指定された部屋の前でカードキーをタッチしてロックを外す。
部屋に入ると電気をつけて学生カバンをソファーの隅に置いて、自分もソファーに座った。
しばらくすると、ドアがノックされる。
「合い言葉を言ってください」
ソファーを立った小春はドアの前まで行くと、その向こうの客に声を掛けた。
「暗号解読コードは?」
「えーっと、アルファガイン?」
「正解です」
小春はドアを開くと客を出迎えた。
そこには初老の紳士が立っていた。
今日の客、富山敬吾だ。
「どうぞ、お入りください」
小春はいつもの小夜子モードになって、敬吾を迎え入れる。
「君が日和さんの娘さんか」
小春にジャケットを逃がせてもらいながら、敬吾は感慨深げに呟いた。
「母をご存じなんですか?」
敬吾の口から昌美の源氏名、小迎日和の名が出て、小春は驚いた。
「よく指名させてもらったよ」
敬吾は目を細めた。
小春が、昌美の娘であることは専用アプリのプロフィール欄に記述してあった。
当初、小春の需要がどれぐらいあるかわからなかったので、人気者だった昌美の名を借りたのだ。
結果的には杞憂に終わったのだが。
「まさか、こんな大きい娘さんがいるとは知らなかったがね」
昌美の年齢は三十一歳。
童顔なので、それよりも若く見える。
驚くのも当然だった。
「そうですか」
ジャケットをハンガーに掛けながら、小春は応えた。
この仕事を始めてから半年になるが、母を知っている客は敬吾が初めてだった。
「お母さんの具合はどうなのかね?」
敬吾は聞いた。
昌美が事故で怪我をして休んでいることは、専用アプリで通知されていた。
「まだ、昏睡状態が続いています」
敬吾の優しげな語り口に、小春は本当のことを言ってしまった。
(誤魔化した方がよかったかな?)
言ってからそう思ったが、この男性なら大丈夫だという妙な安心感が敬吾にはあった。
「そうか……早くよくなるといいね」
「ありがとうございます」
敬吾の慰めの言葉に、小春は頭を下げた。
「キスしていいですか?」
それから仕事にかかる。
「おおっ……頼むよ」
敬吾が柔らかく微笑んだ。
二人の唇が合わさる。
「れろれろくちゅじゅるじゅる……じゅるじゅるじゅるじゅるじゅる……ちゅぱじゅる……くちゅれろれろ……」
自分から舌を入れた小春は、敬吾の舌に絡めた。
「くちゅじゅるくちゅ……じゅるれろくちゅ……れろれろ……れろれろじゅる……」
それに応えるように、敬吾も舌を絡め返す。
我慢できなくなり、敬吾はスカートの上から小春の臀部に触れた。
「ぷはっ……ベッドへ行きましょうか?」
唇を離した小春は、敬吾を誘った。
「うむっ」
それに敬吾は頷いた。
服を脱ぎ始めた敬吾を小春はベッドにチョコンと座って待っていた。
「君も脱ぎなさい」
すると、敬吾が即した。
「いいんですか?」
それを聞いた小春は意外そうに聞いた。
小春を指名する客は誰もが制服プレイを好むからだ。
しかし、敬吾は違うようだった。
「服がシワになるだろう?」
さも当然とばかりに言った。
「はい」
頷いた小春は立ち上がると、セーラー服の横のファスナーを上げる。
そして、頭からセーラー服を脱いだ。
ピンク地に白いフリルをあしらったハーフカップブラが露わになる。
それから、プリッツスカートの横のファスナーを下ろす。
そのまま小春はスカートを下ろして足から抜く。
ピンク地に白いフリルをあしらった、ブラとセットのショーツが剥き出しになる。
小春は背中に手を回すと、ブラのホックを外した。
ブラの肩紐を両腕から抜くと、まだ八十センチの胸が表に晒される。
最後に、小春はショーツの横のゴムに指を入れて下ろす。
まだ生えそろっていない陰毛と股間が姿を現した。
「……」
既に全裸になった敬吾は、その様子をじっくり見ていた。
その視線に気付いた小春は、気恥ずかしくなり頬を朱色に染めた。
「おっと、済まなかったね」
それで敬吾は、自分が小春に見とれていることを自覚し謝罪した。
「いえ……」
小春は首を横に振った。
「じゃあ、始めようか」
「はい……」
敬吾の誘いに、小春はコクッと頷いた。
♢♦♢♦♢♦
結局、敬吾との行為は、その一回だけだった。
残りの時間は、母との思い出話で花を咲かせた。
仕事が終わり、小春は銀治郎とともにホテルを後にした。
「先ほどの追跡者だが……」
高速に乗ったところで、銀治郎は切り出した。
「事務所に連絡したところ、ビルの前で待ち構えているそうだ」
「えっ!?」
銀治郎はごく普通に言ったが、小春は驚いた。
「このまま帰って、大丈夫なの?」
そして、聞く。
「心配ない」
銀治郎はいつもの冷静な口調で答えた。
「決着は、こちらでつける」
「無理したら、嫌だよ」
小春は真剣な目で銀治郎を見た。
「ああっ……」
その必死さに銀治郎は表情を崩した。
「危険な人物ではないので、大丈夫だ」
それから、珍しく笑みを零す。
苦笑いだったが。
「小春もよく知っている男性だ」
「えっ?」
それを聞いた小春は小さく驚いた。
そうしているうちに、GTは事務所のある新横浜まで帰ってきた。
地下駐車場に入って、小春と銀治郎はGTを下りる。
そのままエレベーターで事務所のある階まで上がった。
「どうなってる?」
事務所に入った銀治郎は、見張りのために残業していた草津恵美子に聞いた。
「まだ、外で待ち構えてるわ」
そう言って恵美子は、ノートPCの画面を見せた。
「最大望遠よ」
そこには、ビルの外壁に仕掛けられた防犯カメラの映像が映し出されていた。
「この男性……!?」
それを見た小春は驚いた。
「その通り、下野茂だ」
銀治郎が言葉の後を継ぐ。
「でも、なんで……?」
「わからないが、直接聞けばわかるだろう」
唖然とする小春に、銀治郎は言った。
「ちょっと行ってくる」
そして銀治郎は、再び事務所を後にした。
エレベータで一階まで下りて、外に出る。
それに気付いた茂が逃げようとした。
それよりも速く移動した銀治郎は、茂を押さえ込む。
「下野茂だな?」
銀治郎は詰問した。
「……」
しかし、茂はなにも答えなかった。
茂の手を、銀治郎はキツく締め上げた。
「痛たたた……そうだ」
苦痛に耐えられなくなった茂は、観念して本当の事を言った。
「なぜ、ここがわかった?」
銀治郎はさらに腕を締め上げた。
「む、娘が小夜ちゃんと同じ学校だったんだ」
苦痛に顔を歪ませながら、茂は答えた。
「それで、文化祭のときに見かけて……」
茂は既に息も絶え絶えだった。
「なるほど」
茂の証言に銀治郎は納得した。
娘が小春と同じ学校だったことで身バレしたことは、あらかじめ予想していた。
だが、文化祭は盲点だった。
「今後、小夜子には一切近づくな」
銀治郎は茂を脅しにかかった。
「言うことを聞かなければ、貴様を社会的に抹殺する」
「社会的に?」
だが、茂には意味がわからなかった。
「貴様、小夜子を買うために、会社の資金を横領してるな?」
それを聞いた茂は、サーッと蒼ざめた。
「そんなことまで……」
「入会のときに言われたはずだ、全て調べられると」
呻く茂に、銀治郎は言い放った。
「……わかった」
こうなると茂にできるのは頷くことだけだった。
「もう小夜ちゃんには手を出さない」
うなだれながら応える。
「それでいい」
頷いた銀治郎は、茂を解放した。
茂はそのままトボトボと一度も振り返ることなく、駅方面に向かって歩き出した。
その姿が完全に見えなくなるままで見送ってから、銀治郎は事務所に戻った。
「どうだった?」
事務所に入った銀治郎に、小春は聞いた。
監視カメラの映像でだいたいは伝わってきたが、会話までは聞き取れなかった。
「一応、納得してもらったが……」
銀治郎は、懸念を完全には拭えなかった。
「とりあえず、代表には報告しておこう」
「うん、お願い」
銀治郎の言葉に小春は頷いた。




