一部三話 『好き』の外側
「疲れたでしょう。今日はもう寝ましょ」という涼花の言葉を合図に、皆で寝ることにした。涼花と俺は布団、れいじはソファだった。
涼花は、今日一日でとても疲れてしまったようで、すぐに眠りについた。茶色に染めている、いつものふわふわとしたボブの髪が、今は綺麗なストレートだ。化粧を落とした顔は、すっぴんでも綺麗だ。毎朝念入りに身支度をしているが、元がここまで整っているのであれば、必要ないのでは?と思うほど。愛嬌はもちろん、職場での印象もすこぶる好評ではあるが、、、、。
・・・・。
そう、涼花は俗にいう「いい女」なのだ。それは分かっている。
「寝れないんスか?」
物思いに耽っていると、ソファの上で、寝そべっているれいじが、にやにやとした笑みを浮かべて足をぱたぱたと動かしながらそう言った。
その表情に、彼が何を言いたいか、なんとなく予想が付く。職場の人間たちのように、俺達の関係性を祝うような言葉でも言うんだろう。
「そんなに涼花さんの顔見ているの、なんだかいいっすね。涼花さんも零助さんにゾッコンって感じだし、相思相愛って感じ」
ほら。そう来ると思っていた。普段から、そう言われるのには慣れていた。
・・・。
慣れていたが、今感情が揺らいでいる俺にとって、その発言はあまり喜ばしくないと思ってしまう。
黙っている俺に、れいじは首をかしげた。
「あれ、なんか、悪いこと言っちゃった?」
苦虫を嚙み潰したような、複雑な気分だった。
彼女がいるのにも関わらず、知り合ったばかりの人間を想ってしまう。それでいて、彼女に別れを告げることもなく、こうして、騙している現状。そして、れいじを諦めきれない愚かしさ。
「・・・別に。早く寝ろ。」
彼との距離をはかり兼ねている、この感情をひた隠しにしている俺は、れいじを傍に置きながら、遠ざける発言しか出来そうになかった。
「え~、ちょっと話しましょうよ」
れいすけの顔を見ると、あからさまに残念そうな顔をしていた。唇を尖らせ眉は垂れている。元々の幼い顔立ちが、さらに幼くなっていた。庇護欲を煽るその顔に、しょうがないなと口を開いた。
「まあ、少しだけ、なら。」
「え!?いいんスか!?」
驚くれいじにはあ、と軽く息を吐く。話そうと言われれば、話くらいする。そこまで意外そうな反応をされるのは、今に始まったことではないが・・・。よく職場の人間にも、驚かれるのだ。話すと意外と気さくだと言われるが、返事や相槌をうつだけでそんなにあっさりと好印象を持たれると、なんだか面白くない。そこまでとっつきにくい人間なのだろうか。
「お前が誘ったんだろ。」
「はは、う~ん。でも、改めて話すとなると、何話せばいいのかわかんないっすね。」
そう言われると、こちらから話を振った方がいいのか、という考えに至る。う~ん、う~んと頭をひねるれいじに見かねてつい口を出した。
「お前と夕方に揉めてた男の人って・・・誰?」
もやもやと渦巻いてた疑問を率直に聞くと、気まずそうにれいじは目を泳がせる。察してはいたが、人に言う事が憚られるようなことは明らかだ。こんな答えにくい質問をしてしまい、罪悪感が胸に巣くう。
れいじは数度口を開閉して、どう答えるか悩んでいるようだった。
「・・・ね、ネットで知り合った人。」
「その・・・そういう、ちょっと複雑な感じの・・・。」
あの時。れいじが自分のことをアロマンティックだと言った時を思い出す。あれはまるで、自分の罪を語るかのように思えた。
それに比べて今はどうだろう。彼はソファから身を降ろし、へらっと笑顔を見せた。
「パパ活?みたいなもんっすかね。お金貰いながら会ってるだけ。」
「おれアセクだけど、そういうことは出来るんで。」
あはは、と乾いた笑い。その笑い声は仮面のように思える。また、誤魔化された。
彼の心の内側に入りたかった。彼が本当はどう思っているのか。仮面の中に、どんな感情があるのか。
それを知りたくてたまらなかった。
「ん~・・・」
寝静まっていた涼花が身動きをする。眉を寄せてはいるが、まだ眠っているようだ。
れいじのほうを見ると、し~っ、と口元に人差し指を寄せて微かに微笑んでいた。相変わらずの読めない笑顔だったが、微かに色香を感じるのは何故だろう。
「おやすみ」
そう音を出さずに口を動かしてきたので、俺も「おやすみ」と口元だけ動かした。
未だ心はぐるぐると、出口のない迷路を彷徨っているようだった。そんな暗がりで、俺は目を閉じ、眠りについた。
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