一部一話 愛してはいけない人に、出会ってしまった
注意
この作品には以下の要素があります。
性的な表現、倫理欠如、鬱展開、鬱設定。
『運命』だなんて信じたことがない。
順風満帆な普通の暮らしは努力と育ちで培われ、弱き者は社会から淘汰されていく。
そんな残酷な当たり前を見ないふりが出来ていたのは、自分がそれなりに恵まれていたからだろう。
ドラマや映画で見る、『運命』は、当たり前の中で生きる自分とあまりにかけ離れていて、愛する彼女とそれらを見ていても、彼女だけがいつも感情移入して泣いている。さしずめ自分はその涙を拭う係でしかない。
幸せだと心から思ったことは無い。ただ、不幸せでは無いと思う。むしろ、恵まれてるとすら思う。つまらない、ありきたりな人生だとも。
そう、そんなありきたりな人生が、これからも続いていくのだと、それまでと同じように、当たり前に思っていた。
今日は土曜の休日で、彼女とスーパーへと来ていた。
お互いに同じ会社に勤めているが、住んでいる家は違うため、こうして共に買出しに来るのも週末だけだ。金、土、日と彼女が俺の家に泊まることが多い。
梅雨という事もあり、じめじめしている。そんな季節にどんな料理が似合うだろうかと逡巡している合間にも、彼女は躊躇うこともなくぽんぽんと食材を入れて行った。
「何作るの。」そう聞いてみれば、「ロールキャベツ」と応えてくる。
「零助、好きでしょ。」とも。
「まあ、好きだけど。」
「ふふ、零助は日本男児っぽいご飯好きだもんね。」
「知っているのよ。」何がおかしいのか、彼女はクスクスと笑いながら茶色のボブの髪を揺らした。
その後も彼女は食材を入れてゆく。明らかに土日で食べ終わる量でないため、思わず眉を寄せる。
「涼花、ちょっと多いんじゃないか。」
そう彼女に声をかければ、食品棚からひょこっと顔を出した。
「冷蔵庫、空だったでしょ?
私が帰った後もちゃんと食べた方がいいよ。」
「ただでさえ、零助、ご飯雑に食べるんだから。」
「・・・。」
返す言葉もなく、大人しく食材を受け入れることにした。末恐ろしい女だ、羽山涼花という女は。俺という人間の特性をよくよく理解している。言われるがままに、食材を放り込まれ、会計を済ませ、車へと向かう。
少し大き目なこの車でも荷台はぎゅうぎゅう詰めになるほどだった。
「あれえ、ちょっと多かったかも。ごめぇん。」
茶目っ気のある言葉遣いの涼花に、ひとつため息をつくと、「そ、そんなにおこらなくてもいいでしょう。」と彼女はむくれて見せる。
「別に、怒ってない。それより早く帰ろう。随分と蒸してきた。」
空を見上げるならば、ざあざあと雨が降り始めるのが分かるだろう。降り始めだというのに、勢いが強く、更に勢いを増していきそうなその雨粒に嫌な気分が湧いてしまう。
急いで車内に入り、シートベルトを締めたところで、助手席に座った彼女が「あ」と声を上げる。「せ、洗濯物、出しっぱなしだったかも・・・!早く帰んなきゃ」顔をさめざめと青くする彼女に怒る気も失せ、「急ごう。」と一言告げる。「も~~~、こんな時までクールなんだから!本当にごめんね!?」「別に謝んなくていい。」わあわあと騒ぎ立てる彼女を助手席に、内心焦りながらも安全運転を心がける。
大雨の中、車を進ませる。次の曲がり角を曲がればもう、アパートには直ぐにつけるだろう。あと少し・・・・・というところで、時が、止まった。
ふと視界に入る、少年の姿。彼を見た瞬間、時が止まったような心地になった。肩まである金髪の薄い体の少年。彼が、彼の赤い目が、濡れた体が、俺の意識を手放さない。
金髪の少し傷んだような跳ねた髪が可愛らしい、撫でたらどんな顔をするのだろう。彼の、ツリ目だが大きな瞳が愛おしい。存外、女顔のようで、涼し気な目元だ。彼の雨で凍えた体を抱きしめたい。抱きしめて、自分だけのものにしたい。
体の全神経が少年に集中しており、気がついたら、俺は車を急カーブさせて、車から飛び出ると、彼の元へと向かっていた。
困惑する彼女の声に振り向きもせず、少年の肩に触れる。
少年は、驚いたように振り向いて、俺を見つめた。ゆっくりと、赤い瞳を瞬きさせる。
その時、見つけてしまったのだ。
俺の運命を。
俺の心が叫ぶ。彼が好きなんだ、と。
「なんだお前」
少年ではない別のしわがれた声で意識が浮上する。
その声の方を向けば、目元に深い皺を寄せた中年の男で、少年の腕を掴み上げていた。見れば、少年の手首が少し赤くなっており、揉めていたことが察せられる。
この中年の男性には気づかないほど、自分は少年にしか意識がいっていなかったようだ。
こんな突飛な行動をしたことに、自分で自分に戸惑う。
感情が追い付かない、なんて言葉を吐いたらいいのかも、分からない。
混乱する俺に、少年はしばし悩んだ顔をした。
そしてこくりと、頷いた。
「ん〜、もしかして〜、カイさん?」
少年は腕をするりと振りほどいて、頭を捻って俺にそう聞いた。
まだ成長期であろう未発達な少し小生意気な声だった。
カイ?なんだ、誰のことだ?困惑した俺は、口を開閉しては、言葉を紡ぐことがむずかしく、思ったように言葉が出なかった。
「まだ時間じゃないっすよ?そんなに、、、俺に会いたかった?」
こてんと頭を傾けて、目を細める。
猫目の瞳に俺の顔が映り込んだ。その事実になんとも言えない高揚感を得る。
しかし___先ほどから、自分がおかしいように感じる。頭が警鐘を鳴らす。これはだめだ。おかしくなる、と。
少年に中年の男は怒ったように声を荒らげた。
「ふしだらな!この俺が誘っているのに、他の男の名前を出すな!」
その怒鳴り声に少年は大袈裟なほどに大きなため息をついてから、中年の男に貼り付けたような笑顔を向ける。
「って言っても〜、もうあんたと寝ないし」
その言葉に、中年の男は、空気のように疑問符を浮かべた。
「は?」
「俺、キスせがんでくるやつ無理なんだよね〜、てか、さっきだって無理って言ったじゃん笑」
「な、な、、、」
今度は言葉にならない声。
「じゃあ、俺予定あるんで、行きましょ〜」
ショックのせいか、茫然とする男を尻目に少年は歩く。
俺も手を引かれているため、自然と少年の歩幅を追った。
しばらく歩いた先の路地裏で、彼は立ち止まった。
[いや〜、ありがとうございます!カイさん!困ってたんスよ〜」
立ち止まった少年に、ようやっとここで俺は、会話をするチャンスを得た。
怒涛の展開に頭が追い付かなかったのだ。
「・・・話が読めないんだけど。カイって誰?」
少年はきょとんとした顔で、猫のような釣り目をまん丸にした。
「え?・・・・・・カイさんじゃないの?アンタ?」
「はあ、まあ、そう、、、、だけど。」
「?じゃあなんで助けてくれたわけ?」
「え?別に・・・・なりゆき?」
?・・・・・誤解があることをなんとなく悟る。それは、少年も同じだったようで、
「な〜んだ、まあ、こんなイケメンがあんなサイト使うわけないか〜」と、うんうんと勝手に納得し始めた。
「あんなサイトって?」
嫌な予感しかしないが、しぶしぶ聞いてみる。
「まあ、オニーサンが使わないようなサイトっすよ」
はぐらかすつもりらしい。
名前を知らないと、話が成り立たない。聞いておかないと。冷静なのか不安定なのか分からない思考回路で俺は尋ねる。
「・・・君、名前は?」
「れいじッス!」
いい返事だが、おそらく偽名だろうなと、流石に理解する。
更に詰め寄ろうとしたところで、耳馴染みのいい聞きなれた声が辺りに響いた。
「零助!!」
涼花だ。涼花は肩で息をしながら近付くと、「急にどうしたの?」と、俺の肩を揺するようにして聞いた。涼花の声にハッとして周りを見るのなら、裏路地の突き当りであることが分かる。こんなにも一目につかない場所を、涼花は探してきたのだろう、一種の罪悪感が胸に巣くう。
そして、口に出来無い言葉が頭を逡巡した。
好きな、人が、、、、、愛する彼女がいる。目の前に。いや、愛していた、かもしれない。愛していた女。今はもう、愛していないだなんて・・・思いたくない。
目を白と黒にする俺を置いておいて、彼女の興味は尽きなかった。そんな彼女の自然な行動を見て、冷水を浴びたように、思考がようやっとクリアになった。
涼花は「君・・・怪我大丈夫?」とれいじ(仮)に怪我の具合を尋ねる。
れいじは「なんだ、彼女持ちか・・・。」とボソリと呟き、「いや~、転んじゃって~~~」と誤魔化し始める。よく見ると体中アザや包帯だらけだ。何があったらこうなるのだろうか。
「大丈夫?君、家は?近いの?」
「家出中ッスね!追い出されちゃって〜」
「ええ?!」
涼花はじっとれいじを見つめて両手を取った。そうして、「痛くないの?」と、眉を下げ、心底心配だという声で聞いたのだった。
「え、あ、」
飄々としていたれいじさえ、涼花の真っ直ぐな言葉にあっけにとられて言葉を出せずにいる。涼花は、その様子を見て、次に静かに俺を見た。「零助くん。」口に出さなくても、そう言われている気がした。「彼、痛いんだって。」「心配だよ。」「数日だけなら、
匿ってあげたらどうかな。」
そうだ、匿ってしまおう。
頭にはずっと、警鐘が鳴り響いている。それに気づかないふりをした。
今、彼は怪我をしているし、行く宛てがなさそうだ。
それに・・・・それに、これを逃したら、もう二度と彼と会えなくなってしまうのではないだろうか。警鐘を鳴らし続けるこの異常な行動をしてまで、俺は、れいじと共にいないことが一番怖かったのである。
「しばらく、俺の家に、いたら?」
「え、」
「行く宛て、ないんだろう。」
「・・・。」
れいじは、困惑の表情でこくりと頷いた。
そうして、三人でその場から離れ、車へ向かうとタオルに包まった。ふかふかのバスタオルの中で包まるれいじの瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。
涼花はというと、心持ち明るめな声色で、「帰ったらやっぱり焼うどんにしよう」と言った。
車が進む。俺がハンドルを切って、涼花が助手席に。れいじは後部座席に。
これからどうしようか、決して考えてないわけでもなかった。
だって、この状況はおかしい。
恋人と好きになってしまった少年との3人での生活なんて、はっきり言ってイカれている。
でも、俺は見ないふりをしたかった。
すぐに考えるのではなく、三人で生活をしていく上で考えたかった。
だから、これは人生最大の我儘に他ならない。こんな我儘、ガキの頃にもしたことがない。
結論から言うと、これは、全て俺にとっての都合のいいことで、いうならば罪でしかなかった。
読んでくださりありがとうございました!
続きもありますので、楽しみにして頂けると幸いです!
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