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第7話:ダークエルフの里にて

 エルミアとユリウスのパーティは、薬草採集を中心に地道な依頼をこなしていた。稼ぎは決して多くはないが、ユリウスが随時遭遇する魔物を手際よく討伐してくれるため、細々とだが確実に報酬を得ることができていた。


 生活は苦しい。だが、それでもわずかに利益が出ているというだけで、希望だった。ただし、それは本当に“ギリギリ”の収支である。


「宿代がもったいない。しばらく、お前の家に泊めてくれないか」


 ユリウスの申し出は、あまりに率直だった。エルミアは一瞬、言葉を失った。男性が、女性の家に泊まる?どういう意味?


「・・・えっと、それは・・・その、私の家は、ダークエルフの里の中にありまして・・・あと、病気の妹もおりますので・・・」


 里に、人間が立ち入ることなど、まず許されない。ましてや、家に泊まるなど、前代未聞だった。だが、ユリウスは動じなかった。


「俺が、長老たちに話を通そう」


 そう言って彼は、一歩も退かない表情で頷いた。そして数日後、本当に二人はダークエルフの里へ向かっていた。



 それは、人の領域からは想像もつかない、静謐で神秘的な場所だった。


 深く茂る古樹の間を抜けると、突如として視界が開ける。そこに広がるのは、まるで時の流れそのものが静止しているかのような、息を呑むほどの美しさと厳かな空気に包まれた里。


 巨木が何本も天を突くようにそびえ立ち、その枝葉はまるで空そのものを覆い隠すかのように広がっていた。柔らかな光はその木々の間を縫うように差し込み、地上には揺らめく緑の光の帳がかかる。


 木々の根元には、小川が静かに流れ、その澄み切った水は宝石のように青く、手を浸せばひんやりと心地よい冷たさが指先を包む。


 川辺には小さな白い花が群生しており、その儚げな花びらは風が吹くたびにひとひら、またひとひらと静かに舞い落ちていた。


 里の建物は自然と調和するように造られ、切り出したままの石や苔むした木材で巧みに組み上げられていた。派手さはないが、どの建物にも長い時を刻んだ風格が宿り、細部に至るまで精緻な彫刻や繊細な装飾が施されている。


 特に屋根の梁には、精霊を象った伝統的な紋様が刻まれ、その存在がこの地に息づく古き信仰と誇りを静かに物語っていた。


 歩む足元は、ふかふかとした苔に覆われ、まるで大地そのものが訪れる者を優しく迎え入れてくれるかのよう。すれ違うダークエルフたちは皆、凛とした気品を纏いながらも、人知れぬ哀しみを宿した静かな眼差しでこちらを見つめてくる。


 その瞳は、深い森の湖面のように静かで、美しく、そして決して踏み込んではならない領域を感じさせた。


 耳を澄ませば、遠くから微かな竪琴の音色が聞こえ、それはまるで風と共に歌う古の詩のようだった。この里は、ただ美しいだけの場所ではない。


 過去の悲しみと誇り、そして人々から遠ざけられた孤独と、それでもなお失われない尊厳が静かに息づく、そんな場所だった。


 ここは、外の世界の喧騒とは無縁の、まるで神話の中に迷い込んだかのような現実離れした静寂の聖域——それが、ダークエルフの里だった。



 そんな里のはずれに佇む小さな住居。これが、エルミアと妹が暮らす家だった。この里で見られる他の建物とは、かなり違う。まるで、家主が不浄であることを、主張させられているかのようだ。


 木と粘土で組まれた粗末な壁、藁を敷いた床、灯りは油壺に差した芯ひとつ。家具らしいものも少なく、囲炉裏の隅には冷めた薬草粥の鍋が置かれているだけだった。


 その片隅で、幼い少女が静かに寝息を立てていた。細い体には薄い毛布一枚。やがて、扉の開閉音に目を覚ました少女は、ぼんやりとした表情で寝床から体を起こし、見慣れぬ黒衣の青年の姿に小さく目を見張った。


「・・・初めまして。こんなところから、申し訳ございません」


 驚きと警戒が入り混じるまなざしで、それでも礼儀正しくユリウスに挨拶をする。彼女こそが、エルミアにとって唯一の家族——八歳の妹、フィリアだった。


 この質素で寒々しい空間こそが、姉妹のすべての生活の場だった。


 里の長老たちが集う会堂。その場に足を踏み入れたのは、ユリウスひとりだった。エルミアは会堂の門の外で待つように促され、ユリウスに従うしかなかった。


 エルミアは、自分が、この里に人間を連れてきただけでも大問題であることを認識している。さらに、事前の報告や予約もなく、長老たちに面会させるなど、言語道断だ。


 会堂の中で、ユリウスは一言も発しないまま、じっと村長の目を見つめていた。


 沈黙が流れたあと、長老の一人が静かに口を開く。


「あなた様・・・その剣・・・なぜ、このような場所に?」


 場にいた者たちがどよめく。ユリウスは、ただ無言でそれを受け止めるだけだった。


 門の外で待っていたエルミアには、その光景を知る由もなかった。彼女は冷たい石段に腰を下ろし、膝の上に手を重ねたまま、じっと門の奥を見つめていた。


 そもそも人間が、このダークエルフの里に足を踏み入れるというだけでも、前例が少ない。ましてや招かれてもいないのに、会堂に入るなど、里の歴史上でも異例中の異例だった。


 中で何が語られているのか、不安と疑問が胸をよぎる。ただ、もう自分は堕ちるところまで堕ちている。今更、長老たちからお叱りを受けたところで、失うものもない。


 その頃・・・会堂の静けさを破るように、ユリウスが低く言葉を発した。


「しばらく、この里に滞在させてもらいたい。それと私の素性に関しては、この場限りの秘密としてほしい。勝手ばかりで、申し訳なく思う」

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