第5話:交わされた約束
ダークエルフの里の雑踏。露店の匂いが立ち込める通りを、エルミアはふらふらと歩いていた。片手には妹のために買った薬草の包み。もう一方の手には、小さな袋に入った銀貨数枚。これが、依頼の報酬のすべてだった。
彼女には家族と呼べる者は、八歳の妹ひとりしかいない。両親も親戚もおらず、ふたりきりで支え合って生きてきた。里の中でも、最も貧しい者たちが暮らすエリアにある"小屋"に暮らしている。
幼い妹は、生まれつき身体が弱く、病にかかっており、日々の薬と看病が欠かせない。エルミアはその命をつなぐために、どんなに過酷な依頼でも断ることができなかった。
ユリウスに、護衛の謝礼を払えば、明日食べるパンすら買えない。わかっていた。すでに限界だった。
「お前、今日、何も食べてないだろう」
ユリウスの言葉に、エルミアはぎこちなく笑った。
「大丈夫・・・慣れてますので・・・」
その瞬間、目の前が暗転する。
「っ・・・!」
ユリウスが支えなければ、彼女は石畳に倒れ込んでいた。腕の中でかすかに震える身体。呼吸は浅く、唇は乾いていた。
「これ以上、ひとりで背負う必要はない」
ユリウスの声は低く、しかしはっきりしていた。
その夜、焚き火を前にふたりは向かい合う。
「俺は、あんたと正式に“組む”。パーティを組めば、もっと見入りのいいクエストにも挑める。俺も稼ぐ。護衛代なんか、もう要らない。だから、冒険者ギルドで、登録をしろ」
エルミアは目を見開いた。
「でも、それは・・・」
「しつこい。これは俺の意思だ」
その目は真っ直ぐで、迷いがなかった。
「見誤るな。これは、慈悲ではない。俺の希望であると、理解してほしい」
その声には、優しさと共に、確かな意志が込められていた。
ユリウスは、自分の力を差し出すことを“施し”としてではなく、対等な誓約として捉えていた。もしエルミアがそれを拒むなら——それは、彼の意志を否定することになってしまう。
だからこそ、彼ははっきりと言ったのだ。エルミアの喉が詰まり、言葉が出なかった。やがて、彼女は小さく、頷いた。もう、どうでもよかったのかもしれない。
「こんなうまい話、ないとわかっています。私は、だまされているのでしょう。でも、ユリウス様。あなたにだまされるのなら・・・良い死に場所です。これから・・・未来があればですが・・・よろしくお願いします」
こうして、ふたりは初めて“同じ道を歩む者”となった。自分ではない、誰かを救うために。