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第4話:穢れに満ちる歩み

「・・・このあたりだと思います。依頼のあった墓地は」


 曇天のもと、古びた丘陵の墓所にエルミアは足を踏み入れた。その背後には、黙って歩く黒衣の剣士、ユリウス=ヴァルグレインの姿があった。


 エルミアの術「帰光の幻印」は、浄化のたびに術者自身の魂に穢れを引き寄せる。近頃、その“影”は濃くなり、彼女の周囲には夜な夜なアンデッドが徘徊するようになっていた。


 ダークエルフの里の中であれば、結界の効果があるので問題ない。しかし、これだけ穢れがたまってしまうと、ちょっと里の外に出るだけでも、危険だ。


 それでもエルミアは、里を出て、依頼は受けねばならなかった。家でエルミアの帰りを待つ、幼い妹のために。


 エルミアの妹は、生まれつき病に冒されていた。薬も看病も、そして生きる希望すら、エルミアの働きにかかっている。浄化をして、生きるための金を稼ぐ。それ以外に、逃げ道はない。


「ユリウス様、いつもすみません。今日は・・・少し、重い依頼になるかもしれません」


 ユリウスは、無言で頷く。



 墓のひとつに近づいた瞬間、エルミアは膝をついた。空気が澱み、霊気が肌を刺す。


「・・・来ます」


「帰光の幻印」が発動されると、墓地の空気は一瞬にして霊的な重圧を帯びた。淡い光の中に浮かび上がったのは、まるで夜の帳から生まれたような幻獣だった。


 姿は白銀の翼を持つ大きな(ふくろう)で、首元には小さなチョークの欠片がぶら下がっていた。大きく澄んだ瞳は知恵と優しさを宿し、羽ばたくたびに墨のような影が舞い上がる。その佇まいは、母のような包容と、少女のような哀しみを併せ持っていた。


 エルミアが手を差し伸べると、幻獣はその指先に身体を寄せる。瞬間、ビジョンが走った。


 ——教室。木造の机と、窓から差し込む柔らかな光。女性教師は、生徒たち一人ひとりに丁寧に目を配り、朗らかな声で授業を進めていた。その眼差しには、生徒たちを想う愛情が宿っていた。


 彼女はいつも、一番後ろの席にいた小さな少年を気にかけていた。臆病で、言葉が少なく、すぐに俯いてしまう子。


 ある日、少年は突然学校に来なくなった。誰も理由を知らない。誰も、彼の名前を口にしようとしなかった。


 だが、彼女だけは違った。授業中、彼が座っていた椅子に向かって微笑みかけ、放課後にはそっと手紙を書き続けた。


『元気ですか?あなたが笑う日が、また訪れますように』


 そう書かれた便箋は、教壇の引き出しに幾通も重なっていた。


 ——彼女は、最後までその名を呼び続けていた。その想いは魂の奥深くに染みつき、未練となって、この世に留まり続けていた。


 このビジョンを得たエルミアの頬を、涙が伝う。


「あなたの想い、ちゃんと届いてるよ。先生・・・どうか・・・安らかに」


 幻獣は短く鳴くと、風の粒子へと変わっていった。


 エルミアはさらに、髪をかきむしりながら、より大きく泣き始めた。


 そのとき、霧の端でざわめきが走る。アンデッドの気配。また、術師の穢れに引き寄せられたのだ。


 エルミアは、これに気づくそぶりさえない。しかし、ユリウスはすでに動いていた。黒衣の影が風のように揺れ、剣が静かに抜かれる。その刃がわずかに月光を受けてきらめいた瞬間、亡者の姿がそこにあった。


 呻き声をあげて襲いかかろうとしたその影は、ユリウスの一閃によって寸断される。風すらも切り裂くような鋭さ。


 刃が納まる音とともに、亡者の体は塵となって崩れ、音もなく霧に消えていった。それはまるで、闇に紛れて闇を祓う者のようだった。


 やっとこちらに気づいたエルミアは、涙声で、ユリウスへの感謝を伝える。


「・・・ありがとう、ございます」


 その言葉には、護衛への礼以上に、こうして自分に寄り添ってくれることへの感謝が込められていた。


(お礼を言われるべきなのは、俺じゃない・・・)


 こうして、ふたりの旅は続いていく。


 穢れに満ちた道の、その先へ。

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