第99話 麗子様はリーマン予想を超える難問に挑む。
今、私には切実な問題がある。
「どうしてこうなってしまったんですの」
菊花会のサロンで私はひとり頭を抱えて悩む。この超難問にどう立ち向かえば良いものか。
この悩みの前にはリーマン予想も霞んで見えるわ。ベルンハルト・リーマンも裸足で逃げ出すんじゃね。
「どうかしたの、清涼院さん?」
出たな腹黒眼鏡。
いつもいつも私が困ってる時にひょっこり現れやがる。こいつは救いの手を差し伸べると見せかけ私を地獄へ落としやがるから要注意や。まさに堕天使。水面ちゃんを見習え。
「清涼院はまた何かスイーツのことで悩んでいるのか?」
ざけんな滝川。スイーツでいつも悩んどるのはテメェの方だろーが。
「それで今度はどんなスイーツで悩んでいるんだ?」
「……滝川様、私をいったい何だとお思いなのです?」
「食の清涼院だろ」
だから、その二つ名はやめーい。
「この際だからはっきり申し上げておきますが、女の子に対して滝川様はとてもデリカシーに欠けると思いますの」
「そうか?」
「あははは、和也は女子に関心がないからね」
正確には美咲お姉様以外の、な。
そういや、最近はあまり美咲お姉様の話題を口にせんな。京都で茉莉ちゃんと出会って吹っ切れたか?
だけどあれ以来、滝川は茉莉ちゃんのことに触れてないしなぁ。なんかもう忘れているんじゃない?
今の滝川は茉莉ちゃんのことどう思ってるのかしら。初等部最後の一年で急激に成長したと思ってたのに、また元のザンネンムネン滝川に戻ったような気もするし。ここら辺もマンガ世界の矯正力ってやつなのかしら。
「滝川様、女の子を食いしん坊みたいにおっしゃるのは大変に失礼ですわ」
「いや、だってなあ?」
「えっ、そこで僕に振らないで」
おい、なに早見に同意求めてんねん。そして早見、即否定せずにその言い方ではテメェも私を食いしん坊だと思ってるって認めてるじゃねぇか。
「このテーブルを見たら……なあ?」
「だから僕に聞かないで」
私が一人で占拠しているテーブルを指差して同意を求める滝川に早見が困った顔して苦笑い。
いいじゃんか。ちょっとばっかしケーキをほんのちょっと多めに並べただけじゃん。えーと、何個取ってきたっけ。ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな……
「清涼院、さすがにその数は……」
ええーい、うるさい!
悩んでいても腹は減るんじゃ。むしろ頭を使う分だけ脳が糖分を欲するのじゃ。それが自然の摂理というものじゃ。決して私が食いしん坊だからではなーい。
「和也、まさか清涼院さんも一人でこの量を食べるつもりはないさ」
「ええ、もちろんですわ」
早見のフォローに乗るのは癪だが仕方あるまい。さあ、分けてやるから一個ずつ持ってけ。
あっ、こら滝川、その特大美人姫をあしらったいちごショートは最後の楽しみに取っておいたんだぞ。くそっ、早見め、そっと遠ざけたシュン・ケンヅカのピスタチオケーキを目敏く取り上げやがった。
ちっ、これだから目と舌の肥えたヤツは。
「それで、清涼院さんはいったい何を悩んでいるの?」
あゝ、早見がエメラルドのような私のピスタチオケーキへ無惨にフォークを突き入れやがった。
「俺達が相談に乗るぞ」
あゝ、私の美人姫が滝川の口の中に!
むしゃむしゃと咀嚼されてしまった!
くっ、なぁにが「おっ、こいつは美味いな」だ、「これも美味しいよ」だ。我の楽しみを奪いおきながら、我のケーキで乳繰り合いやがって。いいぞ、もっとやれ。
「特にお話しするようなことはありませんわ」
ふんっ、どーせお前らに我の高尚な悩みを理解できまい。聞いたら絶対バカにするに決まってる。リア充のお前らなんぞとは一生分かり合えんわ。
そう、私の悩みとはリア充には理解できないあれだ。
中学デビューの失敗である。もう恋人はおろか友達を作るのも絶望的だ。私の青春はどこ。どこを探せば私の青春があるの。
「まあまあ、清涼院さん。先日助けてもらったし相談くらい乗らせてよ」
「助けた?」
「ふっ、さすがだな清涼院、俺が説明する前に解決してしまうとは」
はて、何のこっちゃ。
ここ最近で滝川と絡んだ件といえば入学式の日に初等部へ連れて行かれたことくらいだ。あれ、そういや滝川は何か私にさせるつもりだったんじゃないのか。
あの時、けっきょく水面ちゃんとお茶しただけで終わったちゃったわよね。確か早見のことで問題が発生してた的な感じだったと記憶しているけど。
「水面の件だ」
「あの時、水面が名前を変えたいと父さん達にごねて大変だったんだ」
入学式の日、希望に満ちた水面ちゃんとを襲った悲劇。それは友達から名前を変だと揶揄われた件。それで水面ちゃんが早見夫妻に癇癪を起こしたらしい。あの日、早見の姿が見えなかったのは、その仲裁に駆り出されていたかららしい。
「清涼院さんのおかげで水面も大人しくなって助かったよ」
「俺や瑞樹が宥めても聞く耳持たなかったからな」
つまり、滝川は水面ちゃんを慰めて欲しいと私にSOSを出していたんか。
「父さんと母さんも清涼院さんに感謝してたよ」
「お力になれたのなら幸いですわ」
別にお前らはどーでもいいが、可愛い水面ちゃんや同志腐ァザーの力になれたのなら行幸じゃ。
「それで水面ちゃんはお友達と上手く交流はされておりますの?」
「清涼院さんが仲裁してくれたんでしょう?」
あの後、私はこっそり水面ちゃんを泣かせた男子をシメ……ごほん、ちょっと話し合いをしようと呼び出した。
その男子の名前は入江辰馬君。
入江家は羽林家の一つでそこそこの家柄。裕福な家庭でちやほやされて育ったのか、少し我の強いところのある生意気なガキだったわね。
まあ,井の中の蛙なガキ大将ってとこやな。私を前にしたらガタガタブルブル震えおった。ちょっとお話を聞かせてねって、にっこり笑っただけなのに。肝っ玉の小せえお子ちゃまだ。
まあそれで、どうして水面ちゃんを虐めたのか事情聴取……ごほん、親身に彼の言い分に耳を傾けてみた。
聞いてみればなんてことはない。天使な水面ちゃんに入江少年は一目惚れしてしまったのだ。だけど、恋愛経験のない彼はどうしたら良いか分からず名前をバカにするという暴挙に出たってわけ。
好きな女の子の気を引きたくて揶揄うのって男の子にありがちよね。男ってバカだから。
だけど入江少年もまだ六歳。更生可能な年齢だ。しょうがない私がひと肌脱ごうじゃないか。ってなわけで、入江少年にこんこんと女の子へのアプローチ法をレクチャーしてあげた。
今では入江少年は私の舎弟第一号よ。まだ幼いだけに素直な入江少年は私の言い付けを良く守っているらしい。我が下僕、粗忽と迂闊よりもよっぽど見込みがある。
「揶揄った子とも仲直りできたみたい」
「それは何よりですわ」
禍根が残らず解決できたのは良いことだ。水面ちゃんには楽しい学園生活を送って欲しいもんね。
「ギクシャクしていたクラスも落ち着いて友達も大勢できたみたいだよ」
「それは素敵ですわね」
くっ、妹分の水面ちゃんは既に友達がいっぱいいるのか。私はまだ一人もいないというのに。
『まさか麗子お姉様はボッチなんですか?』『近づかないでボッチが感染る』
水面ちゃんの憐れみと蔑みの幻聴が聞こえてくる。やばい、想像だけで胸がはち切れそう。くすん。
泣くな麗子よ。ゴシゴシ。
まだだ、まだ終わらんよ。
きっとまだ逆転できるわ。
「それで来月の誕生日、友達を呼んで誕生会をするって張り切っていてね」
「まあ、来月水面ちゃんの誕生日なんですの?」
ふふふ、誕生会に友達を呼べるとはしゃぐなんて可愛いなぁ。私は呼んだことも、呼ばれたこともないけど。悲しくなんてないんだからね。くすん。
「あっそうだ、清涼院さんも水面の誕生会に顔を出してくれないかな?」
「あら、私なんかがお伺いしてもよろしいんですの?」
「是非お願いするよ。きっと水面も喜ぶと思うし」
「それでしたら承知いたしましたわ」
水面ちゃんの誕生日かぁ。可愛い子いっぱいくるのかなぁ。ぐへへへ。




