第7話 麗子様はデジャヴに首をひねる。
はーい、名門私立大鳳学園初等部のお受験も無事終了。
ヤッホほーい!
お受験勉強ともこれでオサラバよ。
結果はどうだったかって?
ふっ、愚問ね。
私には三十年のアドバンテージがあるのよ。加えてまだ子供のせいなのか、麗子の頭ってすっごく記憶力が良いのよねぇ。
だから、筆記試験はぶっちぎりのトップは間違いないわ。お受験の対策もバッチリだったしね。すらすら解けちゃったもの。
小学校のお受験の定番と言えば、筆記試験、運動と絵画、それから面接。加えて大鳳学園では、家柄や身元もしっかりチェックされるの。さすが名士名家の子女が集う超ハイソ校よね。
まあ、我が清涼院家は清華家の元華族。由緒正しき家系だから、家柄はバッチリ。この体は運動神経も良いから、小学生の運動テストくらい楽々パス。
絵画だって私の芸術的センスが爆発したわ。あの独創性に富んだ先駆的な絵は、きっと採点官を唸らせたに違いないわよ。オノヨーコの再来とか言われちゃうかも。
いやぁ、まいったなー。
まあ、同じ六歳児たちに負ける要素は無いわね。
面接を一緒に受けたお父様やお母様も手応えを感じてご満悦。まだ結果が出ていないのに、その日の夜はまるで合格祝いでもするかのような勢い。飯田さんの腕によりをかけたご馳走がテーブルに並んだのよ。
「お父様、お母様、まだ合格と決まったわけではありませんわ」
なーんて口では言ってるけど、ホントは自信満々。だって、私が落ちるなら新入生はゼロになるもの。私の上に人はなく、私の下に人の行列になってるんだから。
「なぁに麗子が落ちるなんてありえないさ」
「そうよ、麗子ちゃんはとっても優秀ですもの」
ふふん、そーでしょそーでしょ。そうですとも。
「麗子ほど頭の良い子供はいないしな」
「それに、麗子ちゃんは素直で優しい非の打ち所がない女の子だし」
「そんな、お父様もお母様も褒め過ぎですわ。私なんてそれほどでも……」
ありありですけどぉ。ドヤァ!
「それに大鳳学園の試験は成績以外にも品性、血筋、家柄が重視される。麗子は子供なのにしっかりしているし、我が清涼院家は清華家だからな。今年の受験生の中では間違いなく一番だ」
「あら、今年は滝川家や早見家のご子息も入られるのでしょう?」
「ふむ、あちらの二家は大臣家だが……二人ともかなり優秀だという話だな」
清華家や大臣家というのは昔の公家の家格分け。上から摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家って順番よ。それによって大臣などの役職が振られていたの。
昔の最上位職である摂政・関白・太政大臣は五つしかない摂家からしか選ばれなかったんですって。ちなみにお母様のご実家の高司家はその摂家よ。
現代ではもちろん形骸化した家格だけど、摂家の嫡流は今でもその事に異様な誇りを持っている人も少なくないから要注意。かく言うお母様のお父様、つまり私のお祖父様も相当な選民思想の塊。一度会ったけどマジビビったわ。
お父様のことを清華家の者だって、あからさまに見下してるんだもん。しきたりとかにもうるさくて、これを間違えると『これだから下民は』みたいな目で見てくんのよ。
こんなお祖父様に育てられたから、お母様も選民思想に染まっちゃったのね。お母様っておっとりしたお人好しタイプだから、生まれる家を間違えなければもっと素敵なお母さんになってたと思うのよね。
すっごいグラマラス美人だし。ここ大事!
「だが、家格は我が家の方が上だしな」
「そうねぇ、あちらに負けるはずもなかったわ」
やばっ!
これってフラグじゃない?
もし私の順位がその二人より下だったら、全て私が悪いって言われるじゃない。
きっとお父様とお母様に見限られて、お前みたいな不出来な娘は私達の子じゃないって辛く当たられるのね。そして、優秀なお兄様(常に学年トップ)と日々比較されて生きていくんだわ。そこから私の好き勝手人生計画が瓦解するの!
「父さん、母さん、何番だって良いじゃない。麗子が賢く優秀なのには変わらないよ」
お、お兄様!?
「それに、誰よりも可愛いってのもね」
ちゃめっ気たっぷりにパチンって私にウィンクするお兄様……素敵
とても小学生の色気とは思えないわ。
「そうよね、麗子ちゃんは女の子だもの、可愛いというのが一番大事よね」
「うんうん、それに麗子は気立ても良くて優しく良い子だ。こんな素敵なレディは日本中どこを探したっていない」
「もう、お父様ったら」
いやぁ、それ程でもありますけどぉ。
ふぅ、お父様もお母様も親バカで助かったわ。
それにしても、お兄様は私が一番可愛いって思ってくれてたのね。最近のお兄様は私に甘いような気がしてたけど……けっこうシスコン?
はっ! ここから兄妹の禁断の恋に発展して……あゝ、そんないけませんわ、でも……お兄様となら私ぜんぜんありですわよ!
でもでも、禁断の恋ならやっぱり衆道こそお兄様には……やめときましょう。お兄様の目が怖くなってきた。
「まあ、それに麗子が菊花会に入るのは確定だし問題は無いな」
「クリザンテーム?」
はて、何でしょう……どことなく聞き覚えがあるような? ないような?
「クリザンテームはフランス語で菊って意味さ」
お兄様の説明によると、大鳳学園の小中高に存在する生徒会のような組織なのだとか。ただ、普通の学校と違って、かなり権力を持った完全自治の学園運営組織。教師の力さえ及ばないんだって。
何そのアンタッチャブル!?
フツーに怖いんですけどぉ!
「菊花会は血筋、家柄、品格、能力を審査されて決められるんだ」
「将来、上に立つ時のために、今から経験を積みと心構えを身につける目的があるのよ」
未来のトップを教育する一環ってことか。帝王学みたいなものかな?
菊花会の理念も、菊の花言葉の『高貴』『高尚』『高潔』なんだって。ノブレス・オブリージュってか?
なんか私達は貴族ですってアピール凄くない?
ああ、ヤダヤダ、選民思想極まれりよね。
「今年の会長は雅人さんなのよ」
「将来の清涼院グループも安泰だな」
お父様とお母様は笑ってるけど、お兄様はちょっと苦笑い?
お兄様はあまり家柄とかを誇るのは好きではないから仕方ないか。
「後は滝川家のところの和也君と、早見家のところの瑞樹君も間違いなく菊花会に入るだろうな」
「あちら様とは社交でもよくお会いするし、仲良くするのよ」
「そうだな、どちらの家も今や国を代表する大企業だ。交流を持つに損は無い」
「ふふふ、もしかしたら二人のどちらかが、将来の麗子のお婿さんになるかもしれないわね」
うげぇ、もう政略結婚の話ですか。
「おいおい、麗子にはまだ早いだろう」
そうだそうだ、お父様もっと言ってやって。
「麗子は将来父さんのお嫁さんになるって言っていたもんな」
おい! ふかしてんじゃねぇぞ。捏造ヤメロ!
いつ誰が悪人顔のぽんぽこメタボ親父と結婚するって言った。夢と妄想の狭間の住人になってんじゃねぇ!
「ですけど、あの二人はすぐ婚約者ができてしまうわよ?」
「むっ!」
「あまり悠長に構えていると、麗子ちゃんが良い縁談を逃してしまうわ」
「むぅ、確かにどこぞの馬の骨に可愛い麗子をやるくらいなら……」
コラッ! 負けるな、お父様!
まだ小学生にもなる前から将来の相手を決めたくないぞ。
しかも、見たこともない相手なんて!
くっ、ここは私が……
「私もお母様とお父様のような、素敵な出会いをしたいですわ」
「まあ、麗子ちゃんったら」
お母様がポッと頬を赤くされていますが、正直あなたが悪人顔のメタボ親父と恋愛結婚したのか最大の謎です。
「そうねぇ、麗子ちゃんも女の子ですもの。恋にも興味があるわよね」
「はい、私も学園でお父様のような素晴らしいお相手を探したいのですわ」
お父様、ちょっと持ち上げたくらいでデレデレしない。リップサービスって言葉知らないんですか?
「あら、もしかして麗子ちゃん、誰か好きな男の子でもいるの?」
「なにッ!? 許さんぞ。誰だそいつは!」
「いませんわ」
今はまだね。
「ふふふ、それじゃ恋に夢見る麗子ちゃんに、お母様から耳寄りの情報よ」
珍しくお母様が悪戯っぽく笑っておられますが……何でしょうか?
「麗子ちゃんと同級生になる滝川家の和也さんや早見家の瑞樹さん、とても見目が良いらしいわよ」
「本当ですの!?」
お母様、そこのところもっとkwsk!
ふむふむ、ほうほう、なるほどなるほど……何それ、運命の出会いが待ってるってやつですか!?
すっごいイケメンが幼馴染みになって、甘酸っぱい青春を送ってゴールイン。しかも、その相手は滝川家と早見家よ。どちらも清涼院家とタメ張る大金持ちじゃない。
イケメン、優秀、金持ちって、どんだけ属性を詰め込んでいるのよ。
これ、完璧スパダリじゃない!
キターーーーー!!!
私にも白馬の王子様が迎に来るのね。素敵な恋が始まる予感がしてきたわ。
バラ色の学園生活が楽しみすぎる!
早く始まんないかなぁ。
だけど、うーん……大鳳学園、菊花会、滝川和也、早見瑞樹、そして、清涼院麗子……どうにも引っかかるのよねぇ。
どっかで聞いたことある気がするんだけど……どこだったかなぁ?