第62話 麗子様は再びバレンタインに挑む。
「できましたわ!」
くっくっく、我がクマさんチョコはァァァ世界一ィィィィィィ!じゃね?
「これは今までで一番のデキですわ」
「さすが麗子お嬢様です」
飯田さんのサスオジョ頂きました。
「クマさんの再現度は過去一じゃありませんこと?」
「これほど美味しいチョコクッキーは私も初めて食べました」
そうでしょそうでしょ。
「ふふ、こんな可愛いクマさんを売り出したら行列ができてしまいますわ」
「はい、この最高級の味を知ったら私なら並んででも間違いなく買います」
…………
「こんな可愛いクマさんは私以外に真似できませんものね」
「ええ、まったく他では再現できない味です」
…………
「いやぁ、我ながら恐ろしいほどの可愛いクマさんですわ」
「争いが起きないか心配になるほど美味なチョコクッキーです」
…………
「自分の芸術センスに戦慄を覚えますわ」
「お嬢様の絶対味覚は料理人にとって脅威です」
…………
「きっと、お兄様も可愛いクマさんと褒めてくださいますわね」
「間違いなく美味しいと絶賛されるでしょう」
…………
どうやら今年のバレンタインも私のクマさんは豚の厩舎を出られないらしい。
さて、またまたバレンタインの季節がやってきた。モテモテのお兄様は今年もチョコをいっぱい貰ってくることだろう。
ちっ、盛りのついた女生徒どもめ、懲りもせず私のお兄様に色目を使いおって。ホワイトデーのお返しに今年もギモーヴを大量に作らねば。これも毎年の恒例行事よ。
お兄様が大量のホワイトデーのお返しに苦慮されておられたので、私が率先してお返しのギモーヴを作っているのだ。
意中の相手から妹の最高級手作りスイーツをお返しされればくるものがあるだろう。特に手作りチョコを送ってきた者のダメージは計り知れない。私もお兄様のご相伴に預かっているのでレベルの差は歴然とわかっている。
身の程知らずのざぁこざぁこ。我が手作りスイーツの洗礼を受けるがよい。うけけけ。
しかし、それでも懲りずにチョコを贈ってくる女子が後を絶たないのはなぜだ?
ヤツらは我との女子力の彼我の差が理解できんのか?
むぅ、我のギモーヴの美味しさが理解できぬ味音痴なのか、その程度ではヘコタレないほど面の皮が厚いのか。
はっ! もしや、スイーツ作りの力量の違いが、女子力の決定的差ではないのか!?
思い返してみれば手料理がこんなに上手で女子力激高の私になぜか男子が寄ってこない。まさか私は自分で思っているほど女子力が高くない?
いや、そんなはずは……しかし、思い当たる節も……
やはり、激高の螺旋力が原因なのか。我が究極で完璧なドリルヘアが我が女子力を上回っているのやもしれん。
「そろそろこの縦巻きロールも卒業しないといけませんわね」
「えっ、清涼院さん髪型を変えるの?」
もみあげロールの一つを持ち上げアンニュイに浸っていたら、腹黒眼鏡が近寄ってきやがった。
「せっかく綺麗で可愛いのにもったいないなぁ」
相変わらず未来のドン・ファンは女子生徒を蕩かす爽やかスマイルでサラッと褒め言葉を投げかける。だが私は騙されんぞ。麗子、しってる。この黒い笑顔の下で私を陥れる策略を巡らせてるって。
「今すぐという話ではありませんわ」
「そう、良かった。やっぱり清涼院さんには縦ロールが良く似合うと思うんだ」
何が良かっただ。何が似合うだ。こいつは悪役お嬢様の象徴だ。私のはめフラなんだ。ホントはすぐにでも切り落としたい。
けれどお母様と美容師さん達がなかなか許してくれんのじゃ。だが、中学、少なくとも高校までには絶対ドリルをやめてやる。
「それで何かご用ですの?」
「ん? 別に」
用が無いならどっか行け。なんでジーッと私を見つめるん。すっげぇ居心地悪んですけどぉ。誰か助けてぇって思ってたらゆかりんがカートを押してやってきた。
グッドタイミングよ。
さすが私のゆかりん。
「麗子ちゃ……様」
早見の存在に気がつき、ゆかりんが慌てて呼び方を訂正。二人の時は麗子ちゃん呼びだもんね。だけど、まっずいなぁ。早見の腹黒眼鏡がキラッと光りやがった。
「ふ〜ん、二人はずいぶん気安い関係なんだね」
私とゆかりんの額からダラダラ冷や汗が流れ落ちた。これは私達のスイーツ横流しのズブズブな関係がバレたか?
「清涼院さんは前にいた各務さんとも親しげだったよね?」
「さゆりさんですか?」
「へぇ、名前を呼び合う仲なんだ」
「彼女とは個人的な交友がありましたから」
「サロン以外で接点の無さそうな彼女と?」
なんかトゲのある言い方だな、おい。珍しく早見の機嫌が悪い。さっきまでのニコニコ腹黒笑いはどうした。
「西田さんとも?」
「そうですわね」
腹黒眼鏡が白く光りやがった。もともと考えの読めないヤツなのに、目が見えんとますます分からんな。
「清涼院さんとは一年生の時に初めてサロンで出会ったんだよね」
「そうですわね」
「もう四年近くになるよね」
「そうですわね」
なんだなんだ?
急に思い出話?
「僕らもずいぶん付き合いが長いよね」
「そうですわね」
「これはもう幼馴染みと言ってもいいんじゃないかな?」
「そうですわね?」
まあ、腐れ縁だけどな。
断てる縁なら断ちたい。
「もう名前で呼び合っても良いんじゃないかな?」
「…………」
「……ねぇ」
「……はい?」
「どうしてそこは『そうですわね』って即答してくれないの?」
アホか。
そんな恐ろしいマネできっこない。こいつと関わってたら私は破滅なんや。
「私まだ死にたくありませんの」
「僕の名前を呼んだら死ぬなんて酷い言われようだね」
「早見様の名前を気安く呼んだら早見様のファンに殺されてしまいますわ」
なんせ『女の子の方がほっておいてくれない』未来のドン・ファンですものね。
「……ねぇ、昔の僕の発言まだ忘れてないの?」
「さあ、何のことでございましょう?」
「良い加減あのことを忘れて欲しいな」
お前も人の心かってに読んでんじゃねぇよ。
「そう言えばバザーでの貸しをまだ返してもらってなかったよね」
「人の記憶は強制しても消えるものではありませんわよ」
「やっぱり憶えているんじゃない」
ちっ、誘導尋問しやがって。
「それじゃあ代わりに……」
「まさか女の子に名前呼びを強要なんてされませんわよねぇ」
未来のドン・ファンがそんな不粋なマネ。まさかまさか、ねぇ。
「ふふふ」
「おほほ」
早見が黒い笑いを浮かべ、私が扇子で口元を隠して笑って互いに牽制する。その横でゆかりんがすっかり怯えちゃったじゃない。お前のせいだ。早よどっか行け。
――ドンッ!
と、いきなりサロンの扉が勢いよく開け放たれた。
「どこだ清涼院!」
またですかぁ?




