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麗子様は好き勝手に生きてやる!  作者: 古芭白あきら
第3章 初等部のみぎり・後編

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第52話 麗子様のエレガントなひととき。


「あの二人、存外やりますわね」


 体育祭の優勝を目指して粗忽君と迂闊君が始動した。クラスを勝利へと導かんと二人とも精力的に励んでいる。


 二人とも必死の形相で敵陣営の情報収集や級友達の練習の手助けに余念がない。何が彼らを突き動かすのか。おかげで彼らに(ほだ)されたクラスメートが一丸となって頑張っている。


 我がクラスは優勝を目標に心を一つになった。チームワークは間違いなく我がクラスが学園随一だろう。


 自分で考え、自分で判断し、自分の意思で動く。粗忽君も迂闊君も頼もしく成長したものだ。


 あゝ、今も粗忽君と迂闊君がみなのために頑張る美しい光景が……


「何やってんの、もっと真剣に取り組めよ!」

「そんなんじゃ清涼院さんがまた伝家の宝刀を抜いちゃうでしょ!」


 二人ともそんなに怯えなくても大丈夫なのに。伝家の宝刀をおいそれと抜くわけがない。そんな頻回に振り翳しては伝家の宝刀とは言わないだろう。


 ここぞという場面で抜いてこそ威力を発揮するのだ。


「ダメダメ、そんなんじゃ僕らが清涼院さんに制裁を受けるだろ!」

「清涼院さんは()るって言ったら殺る人なんだよ!」

「……」


 二人の背後で私は手をスッと懐に入れた。

 もちろん引き抜きたるは我が伝家の宝刀。


「ひぃっ!」

「出たぁ!」


 やはり、たまには抜いておかねば錆びて、いざと言う時に使い物にならないかもしれんな……今宵も虎徹(せんす)は血に飢えておるわ。


 まあ、粗忽と迂闊は相変わらずだが、なんにせよ自主的に何かをしようとする姿は尊いものだ。それに対し上からあーだこーだと指図しては人は育たぬ。私は粗忽君と迂闊君の成長をそっと影から見守ることにした。


 さて、粗忽迂闊両名の奮闘のおかげで、私は少し時間に余裕ができた。体育祭の準備があると言っても、メインで動くのは菊花会(クリザンテーム)の六年生と五年生。四年生の私はちょろっとお手伝いをする程度。本番の日まではそこまで忙しくはないのだ。


 なので今はサロンで優雅にティータイム。

 う~ん、この紅茶の香りは素晴らしいわ。


「お茶請はいかがでしょう」


 カラカラとカートを新人コンシェルジュの西田さんが押してきた。


 私とツーカーだった各務(かがみ)さゆりさんはもういない。彼女は妊娠を機に退職されてしまったのだ。とても仲が良かっただけに残念でならない。私の好みも熟知して、何かと便宜を図ってくれていたのに。おかげで最近ではスイーツの横流しも難しい。


 なので現在はショートカットが可愛い西田さんにせっせとアプローチ中。愛嬌振りまいて新たな横流し要員を早く作らねば。


「ありがとうございます。それでは西田さんのお勧めを一つ頂きますわ」


 私がにこりと微笑むと西田さんがカートの上のガレットを選んで切り分ける。


「ガレット・デ・ロワでございます」


 ガレットとは薄く円形に焼いたお菓子のこと。日本では蕎麦粉を焼いたものが馴染み深いけど、別に小麦でもオッケー。


 そして、ガレット・デ・ロワは直訳すれば王様の焼菓子。なんと、まさに大鳳学園の女王、清涼院麗子のためにあるようなスイーツではないか。


 西田さんめ、なかなか味なマネを。


「パティスリーポミエから取り寄せました」

「初めて聞くお店ですわね」

「最近オープンしたお店なんです」


 ふーんと、私はフォークで小さく切り分けガレットを口に運ぶ。


 パイ生地のサクッとした歯応えの後に、パイ生地の香油とアーモンドの香りが口腔内いっぱいに広がり鼻腔を抜ける。たっぷり使用されたバターの風味がまた何とも言えない。


 文句無しに美味(びみ)

 なんじゃこりゃ!


 びっくりするぐらい美味しいんですけどぉ。だけど、超お嬢様の私はそんな素振りを見せてはいけない。常にエレガントですわ!


「大変素晴らしいガレットですわ」

「フランスから移り住んでこられたパティシエのお店らしいです」

「まあ、通りで美味しいはずです」

「麗子ちゃ……様には本場のガレットの方がお口に合うかと思いまして」


 ふむふむ、西田さんも私の好みが分かってきましたねぇ。悪くないチョイスですよ、これは。


「ですが、フィユタージュ・アンヴェルセですのね」


 フィユタージュとは何層にも重ねたパイ生地のこと。製法は大きく分けてラピッド、オルディネール、アンヴェルセの三種類がある。まあ簡単に言えばラピッドは即席、オルディネールは一般的、アンヴェルセはめんどくせーって分類だ。


 えっ、説明が雑だって?


 良いんだよ美味ければどうだって。滝川じゃあるまいし、私はスイーツ評論家になるつもりはない。


「本場の伝統を守りながらも発展させることを忘れていない姿勢は感嘆を禁じ得ませんわ」


 だが、超お嬢様たる清涼院麗子は対外的には雑ではいかんので、さも当然理解しておりますと違いの分かる女を演じております。ダバダ〜♪


各務(かがみ)先輩から聞いていましたが……さすがですね」

「うふふ、西田さんもなかなかでしてよ」


 バッと扇子を広げて口元を隠しながらくすりと笑う。扇子を出したのに意味はない。何となく悪役お嬢様ムーブが楽しくなっただけだ。癖になりそう。


 西田さんが一礼して他のメンバーの元へ給仕に向かい、私はまた一人でお茶を楽しむ。その優雅な1ページにスイーツも加わり口も楽しい。BGMにパッヘルベルのカノンがサロンの中をゆったりとした雰囲気で満たす。


 ニ長調のゆるやかながら明るい調べが心地よい。


 あゝ、なんて平和で穏やかなひとときなのかしら。

 これこそ超お嬢様、清涼院麗子に相応しい時間よ。


 優雅で知的で上品を絵で描いたようなハイソでエレガントな生活こそ私が求めていたもの。今までの私を取り巻く環境がおかしかったのだ。


 私の世界は変わった。

 全てが輝いて見える。


 こんにちは私の平穏な日々、さようなら今までの不遇の日々よ……


 バンッ!!!


「聞いたぞ清涼院!」


 サロンの扉を蹴破る勢いで魔王が入ってきやがったよ。BGMが突然シューベルトの魔王に変わったような幻聴が聞こえる。


 あゝ、さようなら私の平穏の日々。

 ふぅ、すげー短い平穏だったなぁ。


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