第17話 麗子様は取り巻かれる。
さて、マンガの悪役お嬢様につきものと言えば何でしょう?
友人たち?
ライバル?
ヒーロー?
いやいや、それはヒロイン側のつきものでしょう。
古今東西、悪役にべったり引っ付く金魚のフン。それはズバリ、TO・RI・MA・KIと相場が決まってるのよ。
部下、配下、パシリ、下っ端、子分、手下……言い方は色々あるけれど、主人公を虐めるための人材ってわけ。悪役こそ人材の宝庫。
まあ、つまり君ジャスの悪役である私にも取り巻きが存在するわけでして……
「麗子様」
呼び止められて振り返れば、ショートカットで活発そうな可愛い少女が近寄ってきた。この子は風早楓ちゃん。
可愛い子は大歓迎じゃ。ホレ、ちこー寄れ、ちこー寄れ。
「今日も菊花会へ行かれるのですか?」
「ええ、メンバーは特別な理由がない限りサロンへ行く義務があるのよ、楓さん」
ホントは行きたくないんやでぇ。
「サロン……滝川様や早見様とお茶をなさったりするのですよねぇ。憧れますわぁ」
「椿さん、あの二人は美咲お姉様達以外とは滅多にお話しにはなられませんわよ?」
こっちのロングヘアで一見おっとりした少女は赤部椿ちゃん。この子もお嬢様って感じでカワええのぉ。
この二人はクラスメートなの。だけど、どうにも崇拝されてしまったみたい。最初から私に付き従うのが当然みたいな態度で、友達と言うより完全に取り巻きになってしまってるわ。
まあ仕方ないわよね。私の体から滲み出る高貴なオーラは、隠しても隠し切れないもの。私ってば生まれながらにして尊貴な存在なのね。
はい、ウソよウソ。この二人が取り巻きになったのは、マンガの設定だからよ。君ジャスでも、楓ちゃんと椿ちゃんは悪役お嬢様清涼院麗子の取り巻きだったのよ。
だから、ホントはこの二人には近づきたくなかったのよねぇ。でも、同じクラスになったし、懐いてくるから無視もできないし。
できれば私としては、普通のお友達として接して欲しかったんだけどなぁ。
「滝川様と早見様は菊花会の中でも別格ですし」
「あっ、それ分かります」
「ええ、二人とも何と言いますかぁ、王者の風格がございますわよねぇ」
あの二人は日本屈指の御曹司様ですからなぁ。
もっとも、私も日本最高峰のお嬢様でしてよ。
楓さん、椿さん、もっと私を崇め奉ってもよろしくってよ。おーっほっほっほっ。
「ですが、滝川様も早見様も麗子様とだけは楽しそうに談笑されていると伺いましたわぁ」
「そうそう、私も滝川様と手を繋がれていたと噂を耳にいたしました」
ここにもデマから風評被害が!?
「やっぱり滝川様や早見様に釣り合うのは麗子様くらいだわ」
「楓さんもそう思いますぅ?」
「もちろんよ」
「やはり、家柄、能力、品位、容姿、全てにおいて麗子様に勝る女子はいませんわぁ」
「まったくその通りだわ。麗子様こそ正真正銘の大和撫子よ」
「もう、二人とも言い過ぎですわよ。私なんて……」
それ程のことありますけどね。
もっと褒めそやして良いのよ。
さあ、カモ〜ン! 麗子は褒められて伸びる子です。
「まあ、なんて奥ゆかしい」
「こんなに凄いのに謙虚なんて、内面まで素晴らしいわ」
おーっほっほっほっ!
せやろう、せやろう。
「私、滝川様には誰のものにもなって欲しくはありませんが、麗子様だったら許せます。ううん、麗子様以外の女の子なんて考えられません!」
「はっ?」
何を言っているの楓ちゃん。
あれは私の王子様ではないのよ。あれは破滅の使者。死神よ。グリム・リーパーよ。あの死の天使は大鎌を私の喉に突きつける挨拶も満足にできない最悪のコミュ障なの。
「楓さん、何を言っているの。そんなの駄目よ」
そうそう、言っておやんなさい椿ちゃん。
「麗子様のお相手は早見様よ」
ちっがーう!
あんな腹黒陰険眼鏡、絶対にお断りよ。
「麗子様と早見様が談笑しているところを拝見しましたが、本当にもうお似合いで」
ちょっとちょっと椿ちゃん、なにをウットリ陶酔してんの!
「私、麗子様なら早見様との仲を許せます」
「私だって、麗子様なら滝川様とぜひ結ばれて欲しいです」
「「むしろ、麗子様と以外は許せないわ!」」
声を揃えて、ねぇっていわれても……ねぇ。
そう言えば楓ちゃんは滝川ファン、椿ちゃんは早見ファンだったわね。二人とも趣味が悪いですわよ。なーんて言ったら変な目で見られるのよねぇ。
大鳳学園の女子であの二人を嫌ったら異端審問ものよ。
「お三方とも、とっても見目麗しくあられるから、きっと絵になる光景なのでしょうね」
「ええ、一度は菊花会のサロンで、その光景を拝見したいですわ」
くっ、不本意だが、ここは迎合せねば私の見る目が疑われる。
「まあお二人とも素敵な殿方ではありますが……」
なんせ世間一般では、アイツらは最上級のスパダリ。ホントはシスコンコミュ障と陰険腹黒眼鏡なのに(泣)。
「私はお兄様の方が素敵に見えてしまって」
だが、私には最強のジョーカーがあるのよ!
「どうしても同い年の殿方に心が動かないみたいなの」
「ああ、確かにそれは分かります」
「麗子様のお兄様はとても素敵ですものねぇ」
せやろう、せやろう。
みんなそう思うやろ?
「私もあんな素敵なお兄様が欲しかったです」
「そうよねぇ、わかりますわぁ」
あれほどの高スペックお兄様が傍にいたら、同世代の男子なんてお子ちゃまにしか見えないよね。
「ですが、麗子様、ブラコン女子は男子に嫌われるそうですよ」
えっ、マジで!?
「楓さん、それはまずいのではありませんかぁ?」
「ええ、麗子様が重度のブラコンであることは、大鳳学園で知らぬ者はおりませんから」
そんな!
それじゃ、もう誰も私に告る男子は現れないってこと?
「しかも、雅人様と比較されるのが確定しているんですよ」
「それでは麗子様に告白する勇者はおりませんわぁ」
私の甘酸っぱい学園ライフ計画が、お兄様のせいで断念?
「ただでさえ、麗子様は高嶺の花なんですから」
「そんなことありませんわ。私なんて……」
「「そんなことあります!!!」」
おおう! 二人の圧が凄いわ。
「麗子様は家柄も財力も血筋も最高なんです」
「ご本人も美人で頭も良く、スポーツ万能でいらっしゃいます」
「しかも、それを鼻にかけない品行方正なんて出来すぎです」
もう、二人とも褒めすぎですわよ。麗子、恥ずかしい!
でもまあ、そんなことありありですけどぉ――ドヤァ!
「ですから、麗子様と釣り合う男子は、滝川様か早見様しかおりません」
「ええ、楓さんの言う通りです。名士名家の子息集う大鳳学園でも、麗子様の隣に立てる方はなかなか……」
むぅ、良い女すぎるのも考えものね。男子がみんな私に及ばないと、告白を諦めてしまうなんて。
あゝ、でも愛さえあればいいの。ほら、そこの男子、私にあなたの想いの丈をぶつけなさい――って、なんで目をそらすの!
あっ、コラッ、そっちの男子、カーテンの影に隠れんな!
机の下に潜り込むヤツまで。失礼しちゃう。私は地震か!
なによなによ、蜘蛛の子散らすように逃げちゃって。大鳳の男子生徒は軟弱者しかいないの?
だからと言って、滝川と早見は絶対イヤ!
「ですが、何と言いますか、滝川様や早見様とは良き友人であればとしか考えておりませんの」
「しかし、見ての通り他の男子生徒は……」
くっ、根性無しどもめ。でも、まだ希望は残されているわ。大鳳学園の生徒がダメなら外に求めれば良いのよ。
「他校の男子生徒がおりますわ」
ふふふ、私を一目見た他校の男子生徒が恋に落ちる。そして、校門の前で待ち伏せで告白。なんてロマンチック。
これよ!
それに、なんか他の学校の生徒と付き合うって優越感よね。自分の評判が学園の外にまで鳴り響いてるって感じで。
滝川との外堀を埋められる前に、まだ見ぬ私の彼氏さん早く麗子に告白してぇ。さあさあさあ、どんどん告っていいのよ。と言うか告白しなさい。はよ、プリーズ!
「他校の男子生徒?」
「ダメに決まっているじゃありませんか」
えっ、どうして!?
「あんな不良どもが麗子様に懸想するだけで汚らわしい」
「そうです。麗子様は大鳳学園の象徴とも言うべきお方。下劣な男子は相応しくありません」
他校の男子生徒を不良って……やっぱり、この子達も大鳳ね。普通じゃないわ。将来、悪役お嬢様の取り巻きとしてイジメに協力するはずだわ。
うーん、困った。これはまさしく獅子身中の虫。内憂外患とはこのことね。
だけど、私はこの二人を見捨てたりしない。慕ってくれるのは素直に嬉しいし、何より他のことではとっても良い子達だもの。
ここは私がきっちり教育して更生して差し上げますわ。ブラック企業みたく、人材を使い捨ての道具みたく扱うつもりはなくってよ。
そんな悪役総合商社清涼院は、人財を大切にするホワイトな会社です。