第126話 麗子様はデビュタントで衆目を集める。
——夏休みも後半
照りつける太陽の陽差しが日を追うごとに増している気がする。
あぢ〜
なんつー暑さだ。溶けてしまうぞ。
地球温暖化というのは本当らしい。
こんな炎天下の中でも、私は塾へ通っている。偉いだろ。まあ、高級車だから涼しくて快適なんだけどね。金持ちバンザイ!
夏期講習では相変わらず菫ちゃんを私と桔梗ちゃんでがっちりガードしている。つまりは私と桔梗ちゃんの関係に変化はないってことだ。
いい加減、懐いてくれないかなぁ。
だが、私の夏休みは決して塾だけでは終わらない。勉学は大切だが、それだけでは灰色の青春になってまう。花の十代、やはり恋に友情に遊びにと全力投球しなきゃ。
よく学び、よく遊べ。命短し恋せよ乙女――とは先人のありがたい教訓じゃ。
というわけで、本日は菊花会の交流会、夏菊の会の日よ!
会場は大鳳学園の中央校舎の最上階にある天上庭園よ。
ここって、いつもは関係者以外入場禁止で、特別な日しか開放されないの。ゆえに開かずの庭園、通称『秘密の花園』って呼ばれているわ。
普段は開かれることのない扉の前、私はお兄様と並んで立つ。
この先に天上庭園へ通じる大ホールがある。扉越しにも中の活気が伝わってきて、私はちょっとたじろいだ。
うーん、ここって、原作で清涼院麗子がコテンパンにされる場所なのよねぇ。ちょっと嫌な汗出てきた——いや、落ち着け麗子。原作は三年後よ。
まだ、大丈夫……のはず、よね?
「さあ、行こうか」
気後れしてたら、お兄様が優しく微笑みかけてくれた。
今日のお兄様の出立ちは、漆黒のスーツにシルバーのシルクタイ。高校生とは思えぬ色気がムンムンよ。
そんな大人な魅力たっぷりのお兄様、急にスッと手を差し出したけど……なに?
「お手をどうぞ、僕の可愛いお姫様」
きゃーっ!
っん、もうっ、麗子はトキメキが止まりませんわ!
「麗子はいつも可愛いけど、今日のドレスは大人っぽくて一段と綺麗だよ」
「そんな……むしろ、ちょっと子供っぽかったかな、と思っておりますのよ」
今日のコーデは夏に合わせて、涼しい薄水色。露出控えめのアフタヌーンドレスを選んだの。さすがに露出の大きいイブニングドレスはねぇ。中高生の集まりやし、我まだ中学生やしな。TPOをわきまえたんや。
これを大人っぽいと褒められてもね。
さすがに言い過ぎですわよ、お兄様。
見え透いたお世辞は逆効果でしてよ。プイッ!
「そんなことはないさ」
私がちょっと拗ねてそっぽを向いたけど、お兄様は私の手を取ってにっこり。
「落ち着いた色合いが、麗子を大人びて見せているんだ」
「そ、そうでしょうか」
くっ、これはリップサービスよ。ご機嫌取りなのよ。毎度毎度その手には乗りませんわ。麗子は騙されませんことよ。
「ああ、今日の主役は間違いなく麗子さ。みんなの視線を独り占めしてしまいそうだ」
ま、まあ、我は類まれなる美少女やしぃ、そんなの当然よねぇ。だから、その程度の褒め言葉では、麗子の鉄の意志は挫けませんことよ。
「僕は麗子が他の男に奪われるんじゃないかって気が気じゃないよ」
「もう、お兄様ったら、私達は兄妹でしてよ」
「うん、そうだけど、麗子にはまだまだ僕だけの麗子でいて欲しいからさ」
っん、まあっ、お兄様ったら、いけませんわ。そんな……でもでも、お兄様だったら麗子はイケない道に堕ちても……
あゝ、やっぱりダメよ、麗子。
それは禁断の果実なの。ひとたび口にしたら、その甘美な背徳感に引き返せなくなるわ。
そしたら、私とお兄様はエデンの園を追放されてしまうの。失楽園よ。高校教師よ。最後は手に手を取って心中するのね。
心の中で妄想と葛藤してたら、お兄様が私の手に口を近づけ——チュッ!
「もうしばらくは、誰にも麗子を渡さないからね」
——ズキューーーン!
お兄様、ステキにステキ、ステキ、ステキステキステキスキスキスキスキスキスキ、いやん大スキ!
もう、お兄様を見る私の目はハートマークよ。
やっぱり、お兄様は私の運命の王子様なのね。
しっかし、こうして見ると、お兄様はだいぶん原作のイケメンに近づいているわね。君ジャスヒーロー滝川とは大違い。
こんな素敵なお兄様と手を繋いで入場したら、羨望の眼差しを集めちゃうわね。ほら、あの子も、あの子も、そっちの子も、凄い形相で睨んでる子があんなに。
あゝ、みんなからの嫉妬の視線が恐いですわ。
——ざわっ、ざわざわ……
それに、お兄様が登場しただけで、みなさんが騒いでおりますわ。みなさんの注目をこんなに浴びて……麗子、恥ずかしっ!
ウッソで〜す。めっちゃ優越感で〜す。
ほれほれ、見て見て、これ私のお兄様ぞ。
うけけっ、羨ましかろ〜、妬ましかろ〜。
むぅ、だけど、このお兄様を袖にした女がいるのよね?
お兄様は誰か教えてくれなかったけど、この会場にいるはず。まったく、私のお兄様の何が不満だと言うのかしら。理解に苦しむわ。
まあ、オッケーされても困るんだけどね。だって、お兄様は私のだもん。誰にも渡さんぞ。
「麗子は友達のところへ挨拶に行かなくて良いのかい?」
「ええ、あまり仲の良い方はここにはおりませんので」
同級生はほとんど私に近づかないし、唯一寄って来る滝川早見コンビは論外。先輩方は可愛がってくれるけど、選民思想が強いからなぁ。
日野智子様とか御前柚巴様とか。中学に進学してみたら、あの二人、相変わらずの御台様と巴御前だったわ。少しは成長して欲しいものだ。
だから、サロンでは会員と当たり障りなく接している。私の交友関係は菊花会の外の方が多いのじゃ。
「久しぶりに会いたい人とかいないのかい?」
「そうですわねぇ……美咲様や舞香様にはご挨拶したいとは思うのですが……」
二人の側にはピットブル滝川と腹黒眼鏡早見が絶対いる。君子、危うきに近寄らずじゃ。
「お兄様こそ、ご学友のところへ行かなくてもよろしいんですの?」
「そうだねぇ……あいつのところはなぁ」
お兄様が言葉を濁しておられますが……「あいつを麗子に会わせるのは……」って、私に紹介できない素行の悪いご友人でもおられるのでしょうか。
「何か問題のあるお方なんですの?」
「うーん、問題はあると言えばある……のか?」
どうなさったのでしょう。歯切れが悪いですわね。まさか本当に不良なのでは。お兄様、悪事に手を染めるのは止めてくださいましね。麗子、心配。
「いや、麗子にはまだちょっと刺激の強いヤツかなって、ね」
なんですか。触れるものみな傷つける系の、ワイルドな方向で危ない方なんですか?
でも、お兄様の友人ですから、きっと美少年よね?
ワイルドイケメン……ちょっと興味があるわ。
「私がお邪魔なようでしたら、ここで別々に行動してもよろしいですわよ?」
「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」
「ですが、お兄様にもお付き合いがおありでしょうし」
お兄様とお別れするのは麗子、寂しい。でも、お兄様のためなら、麗子は我慢の子になりますわ。
「いや、今は麗子の傍を離れたくはないかな」
まっ、お兄様ったら、嬉しい。いつもいつも麗子の欲しいお言葉をくださいます。
「麗子を一人にしたら、早見君がまとわりつきそうだし……」
ん? どうして早見の心配をされているのです?
「まあ、良いじゃないか。せっかく天上庭園が開放される日なんだ」
「そうですわね。私、拝見するの初めてなんです」
じゃあ行こうかって、お兄様に手を引かれたその時……
——ドヨ、ドヨドヨ、ドヨドヨ……
会場がいきなりどよめいた。
なになに?って、思わず振り返れば、そこには見覚えのある見目麗しき四人の男女。
あれは美咲お姉様と舞香お姉様……と早見と滝川ぁ!
くっ、滝川御一行のご入場ってか。
ちっ、お兄様より騒がれてやがる。
滝川のくせに生意気な!




