第120話 麗子様は動かない。part2
さーて、それでは水面ちゃんに魔法を披露しましょうか。というわけで、水面ちゃんとやって来ました早見家のキッチン。
「水面ちゃん、これがナスですわ」
「え〜、ナスってこんなに硬いのぉ」
初めて生のナスに触れ、水面ちゃんは予想外の感触にびっくり。
「実はナスって調理の仕方で食感が全く変わりますのよ」
「へぇ」
少し関心を持ってくれたみたいね。
「さあ、できましたよ」
るみ先生、グッドタイミングです。
「それぞれ生と油炒めと焼いたナスよ」
色んな方法で調理したナスを細切れにしたものだ。
「ひと口ずつで良いから、一緒に試食していただけませんか?」
「えっ…… う、うん」
「ありがとうございます」
ほんのちょっとだけど、水面ちゃんが勇気を出してくれた。それが嬉しくて水面ちゃんの頭を撫でる。水面ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
「まずは生から」
私が生ナスの破片を口にすると、水面ちゃんも恐る恐る続いた。
「んー、サクッとしてグニュッてしてない……けど、変な味がするぅ」
「あまり美味しいものではありませんわね」
笑って油炒めに手を伸ばす。
「あっ、これ甘い!」
「生の時のえぐみもありませんわね」
最後は焼きナス。口に含めばジュワッと汁が出てきてジューシー。私は好きだ。
「うへ〜、グニュグニュして気持ち悪〜い」
「ふふっ、ですが、これら全て同じナスに間違いありませんわ」
「こんなに違うんだぁ」
まずはナスがどんなものか、一緒に実験して水面ちゃんの興味を引いてみました。こうやって楽しくワイワイやると抵抗感が薄れるものね。
それではここから本番よ。
「ホントに私に作れるかなぁ?」
「私を信じてくださるなら大丈夫ですわ」
さあ、水面ちゃんと料理を始めるわよ。自分で作ったものって、意外と何でも食べられちゃうから不思議よね。
そう、最初の実験も今からする料理も、全て水面ちゃんのナス嫌い克服作戦の一環なのだ。
「言われた通りにしたわよ」
るみ先生が縦まっ二つにしたナスの身をくり抜いた皮と果肉を準備してくれた。さすがに幼い水面ちゃんに包丁を持たせるわけにもいかんもんね。るみ先生のお力を借りることにしました。
で、作るのは『ナスの寒天寄せ』よ。
「まずは一番出汁を作りますわよ」
「はい!」
うむうむ、良い返事じゃ。
「鍋に鰹節と水を入れて加熱し……沸騰したら火を止めるのですわ」
「分かりました麗子先生!」
うふふ、『先生』だって、こそばゆいのぉ。もっと言って。
「鰹節をさらに投下して一、二分ほど待つのですわ」
「これをキッチンペーパーで漉したら出汁になるんですね」
水面ちゃんの私を見る目がキラキラ輝いとる。もっと尊敬して。もっと崇めて。カモン、麗子は承認欲求モンスターです。
「これでナスを煮てしばらく置いたものがナスの煮浸しですわ」
事前にナスは揚げるか焼くかしておくのが定番。今回はフライパンに薄く張ったオリーブオイルで揚げ焼きしました。ナスの甘味を最大限活かしたいからね。
「最後は寒天とゼラチンを使うのですが、これはお菓子作りでも使うから覚えておいて損はありませんわ」
「さすが麗子先生!」
はーい、サスセン頂きました。
敬われるって気持ちえーのぉ。
詳しい調理方法は省くけど、この煮浸しをミキサーでペーストにし、ゼラチンと寒天と混ぜ合わせて……
「わーっ、ナスだぁ!」
煮て柔らかくした皮を乗せてナス型に形成して完成よ!
「見て見て、麗子お姉様と一緒に作ったの!」
「まあ、とっても良くできているわね」
「水面ちゃんすごい!」
さっそく水面ちゃんが居間へ料理を運んで、早見のおば様やマコちゃんに自慢している。可愛いーなぁ。
さぁ、みんなで試食会よ。
おいしい、おいしいと水面ちゃんとマコちゃんが大喜び。うむ、我も大変満足である。
「これ、清涼院さんの創作料理なの?」
「あら、お口に合いませんでしたか?」
早見が目を丸くして驚いておる。食べたくないなら食わんでけっこう。別にアンタの為に作ったんじゃないんだからね。
「いや、とっても美味しいよ」
私がお皿を下げようとしたら、こいつサッと隠しやがったよ。
「凄いなぁ清涼院さん。ナスがこんなに美味しくなるなんて思いもしなかったよ」
お前もナス嫌いやったんかい。
「なるほど、オリーブオイルでナスの甘味を引き出し、鰹出汁でナスのえぐみを抑えているのね」
「それに寒天寄せなら、子供の嫌いな食感も気になりませんね」
早見のおば様が我が子が苦手なナスを嬉しそうに食べる様子を優しい眼差しで見守っている。これで水面ちゃんが嫌いを一つ克服できたなら私も嬉しい。
「だけど、どうして形を茄子にしたの?」
「細かく刻んで料理に混ぜても、それは料理が好きになったのであって茄子が好きになったわけではありませんもの」
「なるほど。視覚からナスそのものへの忌避感を克服させているのね」
作った側はナスを食べさせて満足しても、子供はナスを嫌ったままである。これでは真に苦手を克服したことにならない。
「そこまで考えていたなんて素晴らしいわ」
「いえ、これはただのエゴですわ」
ぶっちゃけ野菜嫌いが無理に野菜を食べる必要などないのだ。だけど、嫌いなものをそのままにしていては世界が狭くなる。
世の中には美味しいものがいっぱい溢れているのだ。食材が嫌いというだけで食わず嫌いをしていては一生知らないままで終わる。なんとももったいない。
それを水面ちゃんにも知って欲しいって思うのは私のわがままでしかない。
「それでも麗子さんは水面の嫌いを一つ好きに変えた。それはとても素晴らしいことなのよ」
おば様の水面ちゃんへ向ける眼差しが優しい。だけど、どこか寂しくも見えるのは私の気のせい?
「それに比べて私はダメな母親ね」
「そんなことはありませんわ」
早見のおば様は美人だし、うちのお母様と違って料理上手。ちょい腹黒だけど優しくて、いつもニコニコ笑顔が素敵。まさに理想的な母親像。
「水面ちゃんもおば様のことが大好きですわ」
誕生会の時、水面ちゃんはおば様の作った料理を自慢していた。
「だけど、水面に嫌いなものを押し付けただけ。あの子の気持ちも考えないで……母親失格ね」
「いいえ、おば様はただ焦っておられただけですわ」
私はおば様に並んで水面ちゃんを見つめる。マコちゃんと笑いながら自分が作った料理を食べる水面ちゃんはとても幸せそうだ。
「そしてそれは、水面ちゃんを想っておられたからこそではありませんか。水面ちゃんにもちゃんと伝わっております」
「そうかしら?」
「水面ちゃんもこのままではいけない。変わらないといけないとは思っていたのです」
いくら水面ちゃんが私を好きだからと言っても、こんなに物分かりが良いなどあり得ない。水面ちゃんは反抗しながらも、内心では早見のおば様の言葉を理解していたのだ。
「そうでなければ、私の言葉を素直に受け入れてはくれませんでしたわ」
「それは水面が良い子だからよ」
水面ちゃんが良い子であることに異論はない。
「そのように育てられたのは、おば様ではありませんか」
もちろん、水面ちゃん自身の資質によるところも大きいだろう。それでも早見のおば様の影響が小さなものだったとは思えない。
「だから、おば様はとても素敵なお母様ですわ」
少なくとも水面ちゃんにとってはかけがえのない母親なのだ。
「私も、おば様はとても素敵なお母様だと思いますわ」
「ふふっ、ありがとう」
早見のおば様がくすりと笑った。
その顔にもはや翳りはなかった。
「麗子さんって、本当に不思議な子ね」
「そうでしょうか?」
急に早見のおば様の笑顔がニンマリと悪戯っ子のように変わった。
「ええ、麗子さんって同年代の男の子にモテないでしょ?」
「え゙っ!?」
ギクギクッ!
なぜそれを!
「麗子さんと話していると同年代の方かと錯覚してしまう時があるのよ」
なんてこったい!
私、そんなに老けてます?
「ふふっ、それだけ麗子さんが大人だってことよ」
そりゃ中身アラサーだけどさ(泣)
「ねぇ、やっぱり瑞樹と結婚して私の娘にならない?」
「いえ、早見様は私と違って大変おモテになられるようですので、私ごときでは釣り合いませんわ」
「そう言わないで。麗子さんが娘になってくれたら水面も喜ぶわ」
「確かに魅力的な提案ですわ」
おば様の娘になるのも、水面ちゃんの義姉になるのも悪くない。マコちゃんも一緒にキャッキャウフフの天国ライフを送れるし。
「でしょ、そうしましょうよ」
「ですが、謹んでご遠慮させていただきますわ」
だが断る!
この清涼院麗子が最も好きな事のひとつは、自分でモテ男と思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ。




