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麗子様は好き勝手に生きてやる!  作者: 古芭白あきら
第2章 初等部のみぎり・前編
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第12話 麗子様はお兄様を更生する。


「その昔、中国に偉大な英雄、呂布奉先(りょふほうせん)という者がおりました」


 善は急げ。思い立ったが吉日。今日の一針(ひとはり)、明日の十針(とはり)。即断即決即実行、これ大事!


「かの者は鬼神の如き勇猛果敢な、まさに万夫不当の(つわもの)で、飛将と呼ばれた天下無双の武将だったそうです」

「うん、そうらしいね?」


 子供の教育には昔話が一番いいと聞きました。お兄様にも歴史から学んでもらいましょう。三国志って、男の子に人気だしね。


「ですが、その性は粗暴にして短絡的、目先の利益ばかり追う思慮に欠けた人物だったとか。裏切りを重ね、ついには父子の関係にあった董卓まで手にかけたそうです。しかし、その報いを受け、最後は非業の死を遂げたのですわ」

「う、うん、そうだね?」


 当然、優秀なお兄様もこの超有名なエピソードはご存知のはず。ですが、知っていると理解しているは大違い。似て非なるものなのです。


 自分は大丈夫、自分はそうはならないが裏切りの元。よくよく言っておかなければ!


「戦国時代、軍略に優れた明智光秀という武将がおりました」

「ああ、本能寺の変だね」

「はい、そこで主君の織田信長を裏切ったのですわ」

「三日天下で有名だよね」

「さすがはお兄様ですわ」


 さすおに、さすおに。


「実際には、明智光秀が天下を奪った期間は、三日ではなく十日ほどだったそうです。いずれにせよ、彼もまた終わりはよろしくなかったとか」


 光秀は娘婿や友人達から助力を得られず、手をこまねいている内に大軍を率いてきた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)と激突し敗れてしまう。この備中高松城から山崎までの二百キロを、わずか十日で引き返した秀吉の偉業がかの有名な中国大返しよ。


 まあ、裏切り者は親族にも友達にも見捨てられる運命が待ってるって教訓ね……って、滔々(とうとう)と熱く語っていたら、お兄様の目がなんだか胡乱げになってきたわ。


「どうかなさいましたか?」

「麗子が歴史好きなのは理解したけど、あまり楽しい話題ではないかな?」


 まあ、お兄様ったら。こんな含蓄のある話題を嫌厭(けんえん)するなんて、なんぞ後ろ暗いところがおありですのね。


 まさか、もう既に裏切りを考えておられますの!?


「お兄様、歴史とは教訓を得るのに、とても大切な先人達の遺産だと思いますの」

「その考えは立派だし異論は無いけど、いったい麗子は僕に何を言いたいんだい?」

「目先の利益に惑わされ親しい者を裏切れば、一時は良くとも終わりがよろしくないという教訓ですわ」


 裏切りダメ絶対!


「……麗子は僕をどんな目で見てるの?」

「一般論でございますわ」


 しれっと、しらばっくれたけど、お兄様は疑いのジト目のまま。お兄様、愛妹を疑うなんて酷いですわ。麗子、悲しい。


「この話題は止めようか」

「そうですか?」


 歴史とは含蓄のある素晴らしい逸話の宝庫ですのに。


「芸術についてなんてどうだい?」


 私が不服そうにしていたら、お兄様が話題を提供してくださいました。


「バレンタインチョコのクマさんは……その、とても個性的で可愛いかったよ」

「ふふふ、来年のバレンタインも期待してくださいませ」

「う、うん、もちろん楽しみにしているよ」


 さすがお兄様、どこぞのぽんぽこ親父と違ってお目が高い。


 ちょっと話をはぐらかされた感は否めませんが。まあ、芸術を理解するお兄様となら、芸術について語り明かすのもよろしいでしょう。


「芸術と言えば、去年の家族旅行を思い出しますわ」

「ああ、フィレンツェのアカデミア美術館のことかい?」

「ええ、やはり中でもミケランジェロの『ダビデ象』は圧巻でしたわぁ」

「今にも動き出しそうな、生命の躍動を感じる素晴らしい作品だったね」

「さすがルネサンス三大巨匠のお一人と言うべきでしょうか」


 ふむ、三大巨匠と言えば……


「来年はミラノへ行くのもよろしいですわね。同じ三大巨匠のレオナルド・ダ・ビンチの作品も拝見したいものですわ」

「ミラノと言うと……もしかしてサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会かい?」


 途端、お兄様が何かを察したように嫌な顔をされました。せっかく、お兄様の要望に応えて芸術談義しておりますのに。そんなに私をお疑いになるなんて。麗子、切ない。


「ええ、やはり一度は『最後の晩餐』を拝見したいですわ」


 ああやっぱりって顔をなさらないでくださいまし。


「キリストが弟子の一人が裏切ると予言した場面を描いたダビンチの傑作ですわ。ああ、そう言えば、その裏切り者ユダ・イスカリオテの終わりもよろしくなかったそうですわね」


 銀貨三十枚を得てユダは何を思ったのでしょう。彼はけっきょく銀貨を教会へ投げ入れ、首を吊って自殺しました。


 銀貨三十枚……これもまた、私利私欲で他人を売り渡し、信頼や友情を損なってはならないとのありがたい教訓です。


 お兄様、どうなさったのです?

 そんない渋いお顔をなされて。


「この話題も止めようか」

「まあ、お兄様は私とお話しするのがお嫌ですの?」


 歳の離れた妹なんて、多感な時期の兄からすれば鬱陶しいものなのですね。麗子、寂しい。


「そんなことはないさ」


 いつもの優しい微笑みを浮かべて隣に座る私の頭をポンポンって……ああ、ホントにお兄様と禁断の恋に堕ちそうです。


「ただ可愛い妹との時間はもっと楽しいものにしたいんだ」

「まあ、お兄様ったら」


 ポッ、こんな素敵でシスコンなお兄様が私を裏切るなんて。


 ああ、きっとお兄様は嫉妬から妻デズデモーナを殺してしまったオセローなのですわね。さしずめ主人公達はお兄様に讒言を吹き込むイアーゴーなんですわ。愛する妹の言葉も信じられなくなるのね。


「『空気のように軽いものでも、嫉妬に狂う男には聖書の言葉と同じ重みのある証拠の品となる』」

「『邪推にはもともと毒が潜んでいる』……オセローかい?」


 ふと私が口ずさむと、すかさずお兄様が合わせてくださいました。

 すぐ察せられるなんて、さすがお兄様です。さすおに、さすおに。


「お兄様はシェークスピアにも造詣がおありなのですね」

「まあ、オセローは四大悲劇として有名だからね」

「四大悲劇でしたら、他にマクベス、リア王、ハムレットがありますわね」


 シェークスピア四大悲劇はオセローやハムレットの代わりにロミジュリが入ると勘違いされる方も多いです。


「シェークスピアはどうしても悲劇が有名だけど、喜劇もいっぱいあるよね」

「ええ、空騒ぎや十二夜も素敵だと思いますわ」


 シェークスピアは喜劇の名作もたくさん世に出しているの。中でも私が挙げた二作品は愛や恋をテーマにしていてとっても素敵なの。


「僕は真夏の夜の夢やヴェニスの商人なんかが好きだよ」


 真夏の夜の夢は人間同士と妖精王、妖精女王の恋愛関係が妖精パックのイタズラであべこべになってしまうドタバタラブコメ。ヴェニスの商人は言わずと知れた海外版一休さん。どちらも殿方が好きそうなストーリーね。


「『待て浮気者、俺はお前の夫だろう』」

「『なら私はあなたの妻ね』」


 突然のお兄様の情感を込めたセリフに、私は思わずセリフを合わせてしまいました。


「『君を見てると気分が悪くなるよ』」

「『私はあなたを見ないと気分が悪くなるわ』」


 お兄様は麗子なら返してくれると思ってたよと、ニッって……お兄様の笑顔プライスレスです。


 真夏の夜の夢は、ああ言えばこう言う的なセリフの応酬が面白いのよね。


 でも、ああでも、なるほど。ああ言えば、こう言うですか……つまり、お兄様はこの話題から離れたいのでしょう。裏切りという言葉に後ろ暗いものでもあるのでしょうか?


 まあでも、あまりしつこく言っても逆効果かもしれません。それに、私もお兄様とは楽しい時間を過ぎしたいものです。


 良いでしょう良いでしょう、お兄様におつき合いいたしますわ。


「シェークスピアは名言が多いよね」

「ええ、素晴らしいものばかりですわ」

「『暗闇とはすなわち無知』『思い込みは真実より甘美』」


 まあ、素敵なお兄様らしいですわ。

 では、私は何とお返ししましょう?


 ふむ、シェークスピアの名言と言えば……


「私はジュリアス・シーザーの――」


 ここはやはり、あの超有名なセリフでしょう。

 あら、お兄様が嫌そうなお顔をされてますわ。


 どうされたのでしょう?

 

「――『ブルータス、お前もか』ですわね」


 裏切りは、ダメ。ゼッタイ。

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