第119話 麗子様は大泥棒になる。
水面ちゃんは自室に閉じ籠もってしまった。
「水面、いい加減に出てきなさい」
「いやっ!」
早見のおば様がいくら呼び掛けても出てきてくれなくなってしまった。まあ、水面ちゃんも引っ込みがつかなくなったんじゃないかな。
「おば様、ここは私にお任せくださいませんか?」
「だけど……」
「水面ちゃんは意固地になっているだけですわ。今はおば様がどんな言葉をかけても逆効果だと思いますの。家族よりも他人の私の方が話しやすいこともありますわ」
「そうかもしれないわね」
というわけで、私が代表して早見家の天照大御神を天岩戸から連れ出す任務を請け負った。
こういう時は第三者の方が素直になってくれるものよね。
――トントン、トントン
「水面ちゃん、麗子ですわ」
天岩戸と化した水面ちゃんの部屋の扉をノックする。
「ちょっとよろしいかしら?」
うーん、返事がない。
これはダメだったか。
――カチャッ
と、諦めかけた時、水面ちゃんがそっと扉を開けて顔を半分だけ出してくれた。
ホッ。良かった。
天宇受売命みたく、官能的な踊りを所望されるかと思ったぞ。さすがに水面ちゃんのためでも、それは勘弁願いたい。
私は無理に扉を開けようとはせず、しゃがんで水面ちゃんと目線を合わせた。けれど、目が合うと水面ちゃんは少し俯いてしまった。
「少し、お話ししませんこと?」
優しく語りかければ、水面ちゃんは僅かに顔を上げ、上目遣いで私を見てから、おずおずと黙って頷いた。きっと、罪悪感に後ろめたさがあったのだろう。
そんな様子に思わず笑みが零れた。
あゝ、やっぱり、水面ちゃんはホント素直でいい子なのよね。ちゃんといけないことを理解している。
「麗子お姉様……ごめんなさい」
水面ちゃんの大きな目からポロポロと涙が零れ落ちた。
「あら、どうして水面ちゃんが謝るんですの?」
私はハンカチを取り出すと、水面ちゃんの目に当てて綺麗な雫を優しく拭う。
「だって……せっかく麗子お姉様が作ってくれたのに……」
「うーん、確かに寂しくはありましたわね」
水面ちゃんのために作った料理だ。拒否されれば悲しくはある。
「水面……悪い子?……お母さんも…麗子お姉様も……悪い子だから嫌いになっちゃう?」
「いいえ、水面ちゃんは何も悪くはありませんわ」
だからといって、嫌いなものを無理に食べさせたくはない。
「ホントに? 水面、悪い子じゃない?」
「ええ、もちろんですわ。悪いのは水面ちゃんに美味しい料理を作ってあげられなかった私の腕ですわ」
「麗子お姉様の腕は悪くなんてありません!」
必死に否定する水面ちゃんは、やっぱり他人に責任を転嫁しない優しい子なのだ。
「悪いのは……悪いのは……水面がナスを食べられないから……」
「水面ちゃんはナスが嫌いですのね」
「だって、ぐにゅってして、びちゃってして……やなの」
ふむ、あの食感は独特やからな。子供がナスを嫌う要因の一つになっとるらしいの。水面ちゃんも多分に漏れないようだ。
「水面ちゃん、誰だって苦手なものの一つや二つあるものですわ」
「ホント? 麗子お姉様にも?」
「もちろんですわ」
水面ちゃんのお兄様とか、マコちゃんの親戚とかな。
「ですから、ナスが嫌いなことは決して悪くはありませんわ」
「でも、お母さんはナスも食べなさいって……好き嫌いがあるのは良くないって……」
水面ちゃんの瞳が不安に揺れる。私の言うことが大好きなお母さんと食い違っているように感じているのね。
「水面ちゃん、嫌いなものは無理に食べなくてもいいんですのよ」
「それじゃあ、どうしてお母さんは怒るの?」
「それは、おば様が水面ちゃんを大切に思っておられるからですわ」
意味が分からず小首を傾げる水面ちゃんの頭に「?」が浮かんで見える。
「ナスはとっても美容に良いものなんですのよ」
「えっ、それじゃナスが食べられるようになったら、私も麗子お姉様みたいに綺麗で素敵な大人になれますか?」
「もちろんですわ」
嘘は言っとらん。ただ、ナスを食べようが食べまいが超絶美幼女の水面ちゃんは将来美人確定なだけや。
「ううっ、でもナスゥ〜」
半べその水面ちゃん……可愛い。
思わず頭をナデナデてしちゃった。
うーむ、髪質がとっても柔らかい。
「誰しも美味しくないと思うものを口にするもには抵抗があるものですわ」
「でも、私も麗子お姉様みたいになりたいです」
ほっほっほっ、水面ちゃん中々お目が高い。
「それでは、私が水面ちゃんに、とっておきの魔法を披露して差し上げますわ」
「魔法!?」
あらあら、やっぱり女の子よね。魔法って聞いたら大きな瞳を輝かせちゃって。
「ええ、水面ちゃんもナスが好きになれる素敵な魔法ですわ」
「そんな魔法があるの?」
「もちろん、ありますわ」
「すごい! すごい!」
私がこくりと頷くと、水面ちゃんが大はしゃぎ。ホントに素直な子じゃ。
我の幼少期とは大違い。前世三十年の記憶があったからなぁ。きっと、水面ちゃんはサンタも信じる純粋な心の持ち主なのだろう。
ポンポコタヌサンタさん、ごめんなさい。
一生懸命サンタを演じてくれたのに、「お父様、なにおかしな格好をしてるんですの?」って詰ったこと……今ならとっても悪かったと後悔しております。麗子は薄汚れた心の持ち主でした。
「ですが、魔法を使うには水面ちゃんが私を信じてくれないといけませんの。水面ちゃんが信じてくれたなら、私は空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできますわ」
「うん、信じる!」
うんうん、素直な良い子じゃ……
「すっごーい、麗子お姉様って空も飛べるのね!」
……今はナス嫌いを克服するのが精一杯。




