第118話 麗子様はダシにされる。
「夏と言えば、やっぱり野菜が美味しい季節ですよね」
にっこり笑って、るみ先生がぱんっと軽く手を叩いた。
ふむふむ、夏野菜と言えばナスを始め、トマト、ピーマン、オクラ、きゅうり、かぼちゃ、ズッキーニなどなど豊富よね。
「そこで、今日は夏野菜を使った料理に挑戦してみようと思います」
おお、我も大好きじゃ。良き良き。
「るみ先生、やはりナスを使われた料理になさいますの?」
「ええ、本日はナスづくしにいたしましょう」
焼きナスにマーボーナス。トマトやチーズと合わせてグラタンとかもいいわね。じゅるり……えーのぉ、えーのぉ。ワクワク。
「ナスは主菜にも副菜にもなれるポテンシャルを持っているのよ」
「私、頑張りますわ」
むんっと胸の前で両拳を握って気合いを入れたら、るみ先生に笑われて。
「そんなに気負わなくても大丈夫よ。今回は初心者でも簡単に作れるものだから」
よーし、張り切って先生に良いとこ見せるぞー!
「きゃーっ、麗子さん、包丁を振り回さないで」
「そんな包丁の握り方じゃ指を切ってしまいますよ」
包丁取り上げられてしまいました。
むぅ、しょうがない。それじゃ、私の独創的なデザインセンスで盛り付けを……ん、二人ともなんで顔を引きつらせてるんです?
「麗子さんはこっちでミキサー担当ね」
「ナスの裏漉しもお願いね」
ミキサーでヴィ〜ンヴィヴィ〜ン……
裏ごしをブチュッ、シャッシャッシャッ……
うーむ、なんだか、お菓子作りとやってること変わらんのぉ。つまらん。もっと我の力を頼ってくれてもええんやで。
「さあ、できましたよ」
『揚げナスと枝豆とトマトのサラダ』に『ナスのトロッとスープ』、そしてメインの『じゅわっと和風ナスステーキ』。
「麗子さん、素晴らしいデキだわ」
うむ、どれも大変美味しそうである。
そう、美味しそうではあるのだが……
「私はミキサーかけただけですわ」
我、ほとんど何もしとらんがな。
我、ここにいる必要あったんか。
「そんなことないわ。裏ごしがとっても丁寧だわ。さすがお菓子作りで手慣れているのね」
「ええ、それに私のソースレシピにカラメルソースを加えるなんて素晴らしい発想だわ」
ナスはそれだけで甘いから、ソースも負けない甘辛さがいるなと思ったのだ。
「今回のナスづくしはちょっと大人向けの味付けだったかなって思っていたのだけど……」
「ええ、これなら子供にも喜んで受け入れてもらえそうです」
ん?
早見のおば様とるみ先生が顔を見合わせて頷いたけど……いったいなんだろう?
まあ、いいや。早速みんなで試食会をしましょう。
いざ、料理をワゴンに載せて腹ペコ天使ちゃん達の元へ。
「お待たせしましたわ」
「麗子お姉様、早く早く」
居間では今か今かと水面ちゃんがフォークとナイフを持って待機中。可愛い。
「麗子様の手料理楽しみだね」
「うん!」
料理の登場にマコちゃんの目がパァッと輝いた。可愛い。
水面ちゃんもマコちゃんもニッコニコ。
天使の満面の笑顔に私の胸がちょっと痛む。二人には悪いけど、ほとんど早見のおば様とるみ先生が作っちゃったのよね。私はほとんど手を出してない。
だけど、喜んでくれるなら、まっいっか。
「さあ、冷めないうちに頂きましょう」
「はーい――って!?」
並べられていく料理を見て水面ちゃんの笑顔が凍りつく。
「ナースゥーーー!?」
悲鳴を上げ目を大きく見開いて真っ青になる水面ちゃん。まるで、この世の終わりみたいな絶望顔になってる。完全にムンクの叫び状態だ。
「こっちもナス。そっちもナス……」
そして、ショックを受ける水面ちゃんは、「なんで」と早見のおば様に絶望の眼差しを向けた。
これってまさか……
「さあ、召し上がれ」
だけど、早見のおば様はにっこり。
知らぬ者が見れば無垢で美しい天使の笑顔だ……けど、ショックを受ける水面ちゃんの前にナス料理を置いていく様子は、まさに死刑執行人のそれ。
黒い。とっても黒い。やっぱり、この人も堕天使だった!
「わーっ、美味しそうだね」
隣で純真なマコちゃんは純粋に嬉しそうに歓声を上げている。そして、ナスステーキをパクリ。
「うん、とっても美味しい」
「ソースの味付けは麗子さんがしたのよ」
おば様……やけに私を強調するわね。
「ううっ、麗子お姉様の手料理……でも、ナス……」
料理を見ながら水面ちゃんは半べそをかいている。間違いない。水面ちゃんはナス嫌いなのだ。
そう言えば、子供の嫌いな野菜ランキング上位にナスは必ず入ってたっけ。
「あら、せっかく憧れの麗子さんが作ってくれたのに、水面は食べないの?」
「お母さん酷い〜、私がナス嫌いだって知ってるくせにぃ」
不満を訴える水面ちゃんの目には涙が溜まっている。
あー、なるほど。おば様は水面ちゃんが私を好きなのを利用したのね。確かに嫌いな野菜を克服する方法に、身近な者が美味しそうに食べるところを見せるというものがある。
「嫌い嫌い! お母さんなんて、大っっっ嫌い!!」
「あっ、水面、待ちなさい!」
あーあ、水面ちゃんが逃げ出しちゃった。
「あ、あの、もしや水面ちゃんはナスが苦手なのでは?」
「水面は麗子さんが大好きだから、きっと嫌いなナスも克服できるって思ったんだけど」
うーん、気持ちは分かるけど、ちょっと強引すぎたんじゃないかな。
「麗子さんを利用するようマネをしてごめんなさい」
料理教室なだけに、文字通り私は出汁にされたようだ。
「いえ、それは構わないのですが……」
まあ、何か企んでいるとは思ってましたし、水面ちゃんのためなら仕方ない。そこは許そう。
「おば様、母として子の野菜嫌いを治したい気持ちは理解できます……ですが、水面ちゃんの気持ちを無視してはかえって拗らせてしまいますわ」
「面目次第もないわ」
しょぼんと早見のおば様が肩を落とす。可愛いおば様の沈んだ顔をされると、なんだかこっちも胸が痛くなる。
マイエンジェル水面ちゃんも、このままにできないしなぁ。
よーし、ここは私がいっちょひと肌脱ごうじゃないか。




