第109話 麗子様は悪役お嬢様と邂逅する。
――あの忌まわしきパーティーから数日。
「麗子様は滝川様と早見様、どちらと婚約なさるのですか?」
教室に入るなり楓ちゃんが爆弾を投げてきやがった。その破壊力の凄まじいこと。教室内が一瞬にして騒めいたわよ。
「そのような予定はございませんわ」
まったく、どこからそんなデマが広がったのやら。やめてよね。また変な噂を流さんといてーな。ホンマにヤツらと婚約させられたらどーすんねん。
「ですが、松戸乃家のパーティーで、お二人と愛を語らっていらっしゃったと耳にしたのですが」
「ええ、もう婚約発表まで秒読みだともっぱらの噂ですわぁ」
ちっ、滝川と早見がまぎらわしいセリフを吐くから、みんなに誤解されちまったじゃねぇか。大鳳学園にまで広まっては火消しも大変じゃ。
「パーティーでお二人にご挨拶はいたしましたが、みなさまが思われるようなことはございませんわよ?」
「うふふ、きっとまだ公にはできないのですわねぇ」
「ああ、なるほど」
なに二人で納得しあってんねん。公にするもなにも、もともと何もないんじゃ。
「菊花会はホント雲の上の方々ばかりですわぁ」
「麗子様とこんなに仲良くさせていただける私達は幸運よね」
くそっ、中学デビューには失敗し、滝川や早見との噂のせいで大鳳で恋人作りは絶望的や。やっぱ小中高一貫の学園では人間関係のリセットは難しい。
いやだが、中学デビューに成功したヤツもいるんだよなぁ。まあ、私が望んでいるのとは違う方向だけど。
なーんて考えてたら、華々しく中学デビューされたご当人が廊下の向こう側からご登場されましたよ。
「あらぁ、麗子様ではありませんか」
「これは藤浪様、ごきげんよう」
こいつの名は藤浪摩耶。
初等部の時はぜんぜん目立たず影が薄かったんだけど、中学デビューに成功して急に頭角を現してきやがった。女王様きどりで今では藤浪グループを形成して何かと私に突っかかってくんのよねぇ。
それにしても同じ制服なのに相変わらず派手な印象を与える子ね。高飛車なのは数人の取り巻きを連れて気が大きくなってるからかしら。ふんっ、小物め。
「藤浪さん、麗子様に気づいていながら道を譲らないとはどういう了見ですの?」
「そうよ、さっさと両脇に避けて頭下げなさいよ!」
これこれ、椿ちゃんに楓ちゃん、ここは天下の往来ぞ。大名行列じゃないんだから。ほらぁ、真に受けた子がガタガタ震えて平伏しちゃったじゃない。大丈夫よー、私、恐くないからねー。
ほらほら、みなさんも恐い顔しないの。周囲の生徒達が怯えているじゃありませんか。ここはにっこり笑って……って、なんで私の笑顔見てみんな真っ青になってんのよ。失礼しちゃうわ。プンプン。
「麗子様に盾突くおつもり?」
「麗子様に遠く及ばない三下のくせに」
「まあ恐い。まるでチンピラみたい」
「ずいぶん威勢のいい金魚のフンね」
「底が知れているわ」
楓ちゃんと椿ちゃんも悪いけど、君達もたいがいやぞ。そういうのを五十歩百歩、どんぐりの背比べって言うんやでぇ。
ここは名士名家の子女が集う大鳳学園でしてよ。みなさんもっとエレガントに振る舞えませんこと。
「ふんっ、麗子様も落ちぶれたものね」
「これは摩耶さんの天下も近いんじゃない?」
「やだ、もう既に摩耶さんの方が上に決まってるじゃない」
あぁん? テメェら、我が清涼院派閥に歯向かうんか。潰すぞ、ゴラ゙ァ。まあ、我は大人やからのぉ。ちっとは穏便に済ませてやろうか。
「まったく揃いも揃って」
手持ちの扇子をバサッとな。これってローちゃんから頂いた京扇子なの。すっごい雅っしょ。私の為に誂えた一点物なんですって。
「品性のカケラもない会話はお止めなさいませ」
この素晴らしい扇子を見て少しは心を落ち着けよーな。お上品な戦いとは嫌味や言葉の暴力など用いず、立ち振る舞いで相手を圧倒するものぞ。
「な、何よ、やろーっての?」
「まあ、なんて野蛮なのかしら」
扇子で口元を隠してオホホホと笑う。上品やろ。
「まったく、天下を取るだの上だの下だのとくだらない」
「それをあんたが言う?」
「そっちが先に派閥を作って大鳳を牛耳ってんじゃない!」
「そーよ、そーよ」
まったく、藤浪一派はピーチクパーチクうるさいですねぇ。
「牛耳るだなんて、まあ恐ろしい」
扇子を閉じて手を打てば、バシンッて良い音がした。うん、良い扇子だわ。
あらみなさん、どうなさったのかしら。水を打ったように急にシーンと静まりかえっちゃって。まあまあ、さっきまであんなに威勢がよろしかったのに、どうして怯えた目をされてらっしゃるの?
「お里が知れましてよ」
「お、脅しには屈しないわよ」
おーおー、生意気にも睨んできおったわ。
「みんな恐れているのは清涼院家であってあんたじゃないんだから」
せやろううな。誰しも権力は恐いもんやねん。
「あんたなんて清涼院家のバックがなきゃ何もできないくせに」
「これは異な事をおっしゃる」
クスッと笑うと藤浪さんがなんか青ざめちゃった。あらあら、そんなにビクビクされてどうされたのかしら。まるで尻尾を丸めたチワワでしてよ。
「清涼院家の血筋もまた私を構成するものの一つですが、それを抜きにしても藤浪さんが私に敵うものが何かありまして?」
ぷーくすくす。ぐぬぬぬと藤浪さんが歯ぎしりしとるわ。お主は我に勝てるものなぞ何もないからのぉ。なんせあたしゃ学年九位ぞ。スポーツも料理などの女子力も我の方が上だもんね。
ん? 私の背後で「芸術は?」って楓ちゃんの声が聞こえてきたけど幻聴ね。我のクマさんクッキーは完璧に芸術の域ぞ。
「藤浪さん、あなたは私が大鳳を牛耳っていると思われておいでのようですが、私は何もしておりませんわよ?」
「ウソよ!」
まったく、まだ反抗心が残っているようね。ちょいと扇子で顎クイして黙らせましょう。あら、なんだか周囲がキャーキャー騒がしくなったけど。藤浪さんもなんで目を潤ませて頬染めてんの?
「私はただ清涼院家の者として恥ずかしくない立ち振る舞いをしているだけですわ。そんな私に自然とみなさんが私についてきてくれているのですわ」
「周囲が勝手にしたって言うの?」
「なにもせずに得られるものはありませんわよ」
おーほっほっほ、ワレ九位やからな。九位やからな。おぬしとは滲み出るオーラが違うのじゃ。
「私は常に自らを磨く努力を怠ってはおりませんわ。その積み重ねの上に品格が生まれ、他者を惹きつけるのではありませんの?」
ポンポンと藤浪さんの肩を叩いて横をすり抜け、もっともらしい屁理屈で言いくるめてさっさと退散よ。
「努力は必ずしも結果に繋がるわけではありませんが、その人の品性として現れるものでしてよ」
拳を握り締めて立ち尽くす藤浪さんを尻目におーほっほっほっと高笑いを残してスタコラサッサー。我ケンカは嫌なんや。ガクブルなんや。
「さすが麗子様、とても含蓄のある素晴らしいお言葉でした」
「ええ、私も感動しましたわぁ」
なんか楓ちゃんと椿ちゃんがサスオジョしてくるけど、あれって完全な論点ずらしだったんだけど。まあいいか。
「それにしても最近の藤浪さんの行為は目に余ります」
「ええ、中等部に上がってから急に勢力を伸ばしてきましたもの」
「きっと麗子様に対抗しているんだわ」
「まったく身の程知らずですわねぇ」
藤浪さんが私に隔意を持ってるのは事実やろうな。なんせ彼女は君ジャスのネームドキャラ。ただのモブではないのだ。
――藤浪摩耶。
彼女はヒロイン瀬尾茉莉の前に登場する悪役お嬢様の一人。一番初めにコテンパンにされてしまう中ボス的存在。ところが最後に何故かヒロインに理解あるキャラに変身して、清涼院麗子を失墜させるのに一役買うのだ。
要注意人物やな。あんま関わらんとこ。
「ですが、あの藤浪さんを窘める麗子様にはスカッとしましたわぁ」
「これで彼女も大人しくなるかしら」
まあ、彼女達はほとぼり冷めたらまた騒ぎだしそうやな。
うーん、それよりもまた私が恐い女って噂が響き渡りそう。これじゃ学園内で友達も恋人も作れないじゃない。
私、こんなに人畜無害な美少女なのに。くすん。




