第108話 麗子様はモテ期に苦しむ。
「こんばんは清涼院さん、良い夜だね」
天使のような微笑みと眼鏡のレンズで腹黒を隠して登場したのは、ご存知まっ黒の介な早見瑞樹。君ジャスの準ヒーローである。つまり私の敵じゃ。
「ごきげんよう、早見様」
だが、胡散臭い微笑みに内心で舌打ちしながら、それをおくびにも出さずにっこりスマイル。
「本当に良い夜ですわね」
くっ、前門の堕天使、後門の大蛇。避けて通れぬのなら仕方無し。背に腹はかえられぬ。
「このようなところで早見様とお会いできるとは思いもよりませんでしたわ」
「うん、僕も清涼院さんに会えて嬉しいよ」
笑顔のままながら早見の目が一瞬だけ射すくめるように鋭くなった。私の背後に迫っていた大蛇を追い払ってくれたんか。音もなく殺気が遠のいていく。ホントに蛇みたいな人やな。
まあ、とにかく危機は去った。後は目の前の堕天使をどうするかだが……
「ふふ、どうやら清涼院さんのピンチも救えたみたいだね」
ちっ、やっぱ志乃様に気づいてやがったか。だが、この程度で私に貸しを作ったなどと思うなよ。
「あら、なんの事でございましょう」
ここはニッコリ笑ってすっとぼけるに限る。腹黒眼鏡に貸しなんぞ作ってたまるもんか。
「おや、志乃さんにロックオンされて蛇に睨まれた蛙みたいになっていたのは誰だったっけ?」
志乃様が蛇なんて可愛いモンかよ。アレは八岐大蛇じゃ、ヨルムンガンドじゃ。倒すには天羽々斬剣かミョルニルを装備が必須ぞ。
「まあ早見様ったら冗談ばっかり。志乃様のような優しげなお姉様を蛇だなんて」
「ふーん、志乃さんが優しいねぇ」
うふふと笑って切り返したら、早見の目が剣呑にキランって光りやがった。私のドリルセンサーもバリサンだぜ。要注意や。
「ふーん、僕の助けはいらないんだ」
なんだ?
「それじゃあ僕はもう行くね」
やけにあっさり引き下るな。だが、油断するのは早い。私は見たぞ。口の端を吊り上げ早見がお得意の黒い微笑を浮かべたのを。
「さっきから志乃さんがこっちを盗み見ながら僕が立ち去るのを待ち構えているけど……」
なぬっ!?
「まあ、僕がいなくても志乃さんは優しいから何の問題もないよね」
じゃっ、と早見が手を挙げた瞬間、ゾクゾクッと私の背筋に悪寒が走ったんですけどぉ。やばっ、背後からシューシューと幻聴が聞こえてきたよ。
――ガシッ!
私は慌てて早見の袖を掴む。逃さんぞ腹黒眼鏡。
「は、早見様、そんなに急がれずとも」
「んー、だけど僕も挨拶に回らないといけないし」
くっ、コイツ、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべおって。
「まあでも、清涼院さんがどーしてもってお願いするなら考えなくもないけど」
チクショー。人の足元見やがってぇ。
「お、お願い……します」
「えっ、何を?」
コイツー!
ぐぬぬっ!
「もうしばらくご一緒していただけませんでしょうか」
「うん、いいよ」
くそっ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべやがって。そんなに私に貸しを作りたいんか。いったい私に何を要求するつもり?
「ははは、そんなに警戒しないでよ」
なんか急に早見の笑顔から毒気が抜けた。屈託なく笑う早見はどこか年相応で、やっぱかっこいい。さすが君ジャスの人気キャラ。その美少年っぷりに私もドキドキ……はっ、見惚れてなんていないんだからねっ!
「清涼院さんには水面の件で助けられたし、これくらいならお安いご用さ」
ふんっ、これでチャラってか。まあ、早見には貸しても借りても悪い事しかなさそうだからちょうど良かったと思っておこう。
「それにしても清涼院さんが社交パーティーに出席するなんて珍しいね」
「私も中学生になりましたし、いつまでも母に任せっきりというわけにも参りませんもの」
できれば永遠にお母様任せにしたかったけど。
「ははは、ホントは来たくなかったって顔に書いてるよ」
ちっ、マジでコイツ心が読めるんじゃねぇだろーな。
「まあ気持ちは分かるよ。僕もこういう場はあまり得意じゃないからね」
早見が肩をすくめてバチンッてウィンクしやがったよ。中学生のくせにやたらサマになっとる。末恐ろしいヤツじゃ。本性知っとる我でも思わず顔が赤くなっちまったよ。
「意外ですわ。早見様は何でも卒なくこなしていらっしゃいますのに」
「できるのと好きであるのはイコールじゃないでしょ?」
そりゃそーだ。
「まあ、それでも和也ほどじゃないけどね」
「あら、もしかして滝川様もいらしているんですの?」
あっちと早見の指し示す方を見れば女の子達に囲まれて仏頂面になっとる滝川がいた。アイツも相変わらずやのぉ。
あっ、こっち見た。アレは早見にSOSを出しとるぞ。早見は苦笑いするだけで助けに行く様子はないけど。親友のくせに薄情なやっちゃ。
まあ、ここで早見に離脱されると今度は私が救援信号を出さねばならなくなるから困るんだけど。あー、志乃様がまだチラチラ見てるよぉ。
「和也も来たくはなかったらしいけど、松戸乃家は滝川家の親戚だから断れなかったみたい」
「確か久条家の分家筋でしたわよね?」
「うんそう。だから、僕も今夜は欠席したかったんだけど」
滝川に付き合ったのか。だけど女の子に追っかけ回され、最終的に滝川に全て押し付けて逃げてきてんじゃん。
まさかコイツは女の子から逃げる為に私を盾にしとるんじゃねぇだろーな。なんかさっきから志乃様以外にも女子から嫉妬の視線を感じるぞ。
「だけど、来て良かったよ」
「あら、どうしてですの?」
実は嫌がるフリして女子にストーキングされて悦に浸っとったんか。こんなにモテる俺スゲェって。
「清涼院さんに会えたからさ」
「あら、そうですの?」
あたしゃ会いたくなかったがな。
「うん、清涼院さんの珍しい姿が見られたのは貴重だもの」
おい、なにジロジロ見てんねん。あたしゃ珍獣か。拝観料取るぞ。
「そのドレスよく似合っているよ」
「ありがとうございます」
せやろせやろ。これ私のためにあつらえたモンやからな。ふんっ、いつもいつもお世辞で私がオタオタすると思うなよ。ニッコリ余裕の笑みを返したるわ。
「ホントに綺麗だよ。清涼院さんの肌が白いから薄い水色のドレスも映えるし、とても可愛いよ」
「そ、そ、そうですか?」
ぐほっ、さすが未来のドン・ファン。だが、まだまだー。私は耐えてみせるぞ。と思ったら、不意打ちで耳元に口を寄せてきやがった。
「うん、素敵なドレスでいつもより大人っぽいよね。最初、月の女神か闇夜の妖精かと思ったよ」
「——ッン~!?」
――ズキューーーン!!
む、胸が苦しい。テメェ、ホントに中学生か。どんだけ色気出してんねん。
「こんな可愛い子を独占できるなんて僕は幸運だな」
アチッアチッアチッ!
やだやだやだぁ。もうもう、私の腕まっ赤になってんじゃん。これ全身まっ赤っかなんじゃね?
「ちょっと会場が暑いのかな?」
早見のヤツゥゥゥ、クスクス笑いやがって。やばい、これ絶対ゆでダコ状態になってるわ。くそっ、もうドン・ファンになってんじゃねぇのか。
「だいぶん火照ってるね」
「ちょっ、勝手に女の子の手を握らないでくださいませ!?」
うわー、なんか汗出てきた。くそっ、完全に主導権を早見に握られとる。
「テラスで少し涼まない?」
「んきゃ!?」
ヘンな声出ちまったよ。人気のないとこに誘い出して私をどーするつもり!
「たまには二人っきりで話しもしたいし。ねっ、いいでしょ?」
「うー、はい……」
バカバカバカ私のバカ。なにオッケーしとんねん。でもでもでもぉ、なんだかんだ早見はイケメンやし。これは断れんっしょ。
早見に手を引かれるままフラフラ〜っとテラスへ――ガシッ!と思ったら急に肩を掴まれた。
「どこへ行くつもりだ清涼院!」
「滝川様!?」
なんだなんだ、急になんだ?
やっぱ我のモテ期が到来か?
「ちょっと何ですの?」
「こっちだ」
「か、和也、これは強引すぎだよ」
私と早見の非難などには耳も貸さず滝川が引っ張る。そして、有無を言わさず滝川は私と早見をテラスへと引きずり込んだ。
「これは何のつもりですの?」
「二人だけずるいぞ」
テラスで三人だけになると滝川が口を尖らせた。
「俺にだけあの連中を押し付けて」
「その苦情は早見様にだけ言ってくださいませ」
「それはないよ清涼院さん」
ええい、うるさい。女の子担当はお前らの仕事じゃ。えっ、志乃様から逃げるのに早見の手を借りてたじゃないかって。知らんがなそんなの。
「まったく、あいつらしつこいんだ」
「しばらく三人で固まっとく?」
「私は無関係ではありませんか」
チクショー、お前らあっち行けよ。女子のヘイトが私に集まってんじゃん。
「ふむ、やはり清涼院が近くにいると女どもは寄ってこんな」
「まっ、同年代で清涼院さんに勝てる子はいないからね」
おい、お前ら私を盾にして落ち着いてんじゃねぇよ。ああもう、あっちこっちから殺意の視線がビシバシ刺さる。
「清涼院、今夜はお前を離さない」
それ意味が違うからな。
「清涼院さん、ずっと僕の傍にいて欲しいんだ」
言葉の裏の打算が過ぎるぞ。イケメンから言われたらフツー舞い上がりそうなセリフなのに、これっぽちも嬉しくねー。
あゝ、嫌な予感がする。
不吉な予感ほど当たるものらしく、後日お母様からそれを教えられた。
「麗子ちゃん、ずいぶん和也さんや瑞樹さんと楽しそうにしていたわね」
「まあ、一応同級生ですので」
ホントは嫌々やねん。
「本当に和也さんとも瑞樹さんとも婚約する気はないのよね?」
「はい、その予定はございませんわ」
「でもね、先日のパーティーのこと噂になってるわよ」
やっぱり!
「婚約まで秒読みだって」
勘弁して〜。
これからずっとパーティーじゃ針のむしろ状態になるじゃん。
お母様、もうパーティーは今後全て欠席でいいですか?……ダメですか。そーですか。




