第107話 麗子様は大蛇に狙われる。
「ようこそ清涼院様、私は松戸乃家当主の娘、志乃と申します」
たおやかな美少女が私に向かって頭を下げる。彼女の腰まで届く長い黒髪がさらりと流れた。うーむ、艶っぽくて羨ましいストレートじゃ。
「これはご丁寧な挨拶痛み入ります。私は清涼院宗一郎の娘、麗子と申しますわ」
同じように頭を下げたが……やはり同じようにサラサラと流れんか。我のドリルヘアはガッチガチだから無理もないのぉ。
ちなみに宗一郎とは我がパパンの名前じゃ。いま明かされる衝撃の事実。名前タヌパパンじゃないねん。
さて、我の前にいるお淑やかそうな佳人は松戸乃志乃様じゃ。お母様に連れられてパーティーもホストである松戸乃様の元へご挨拶に出向いたら、満面の笑顔で迎えられちゃった。
彼女は今日のパーティーの主催者、松戸乃顕彰様の娘らしい。どうも私とお母様を待ち構えていたようだ。なぜに?
「以前より麗子さんにはお会いしたいと思っておりましたのよ」
「私も志乃様とお会いできて光栄ですわ」
にっこり笑って志乃様がお上品に手を口に当て僅かに首を傾けた。そんなちょっとした挙動で黒髪がさらりと流れる。くっ、羨ましくなんて……ありありなんだからねっ。
クスン。格差じゃ。サラサラ格差じゃ。我もドリル卒業して早くサラサラになりた〜い。
「これを機に仲良くしていただけると嬉しいわ」
女性らしい柔らかい微笑みなんか、周囲の男どもが見惚れちゃってる。綺麗だもんねぇ。くっ、私が微笑んだら男達はみんな青い顔して目を合わせないよう顔を背けるのに。同じ美少女のはずなのになぜじゃ?
「私も志乃様とお近づきになれて嬉しいですわ」
うーん、だけどなんだろう。にこにこ微笑んでとっても温和そうな方なんだけど……なーんか胡散臭いのよねぇ。我のドリルセンサーがあまり関わらん方が良いと告げている。ここは早々に退散しましょう。
「あっ、向こうに友人が……それでは私はこれで」
テキトーな理由をつけてニッコリ笑って回れ右。お母様から何のお小言もないから問題ないんでしょう。
「志乃さんは雅人さんのお嫁さん候補の一人だったのよ」
お母様の話によると志乃様は聖浄学園高等部の二年生とのこと。顔良し、頭良し、家柄良し、性格良しで非の打ち所がないモノホンのお嬢様らしい。
「直情タイプの美咲さんとは相性が悪そうだったから、志乃さんならって期待してたんだけど」
「まあ、美咲様はおっとりしているように見えて激しい性格ですものね」
美咲お姉様は意外と自分の意思をはっきり言うんだよなぁ。おかげで私は婚約騒動に巻き込まれたっけ。あれ以来、お兄様とはちょっと疎遠になったみたいなんよね。
「麗子ちゃんは気づいたかもしれないけど、志乃さんってああ見えて腹に一物あるタイプだから雅人さんと相性いいかなって思ったの」
やっぱ志乃様は腹黒タイプだったのね。お母様、それと分かってお兄様に勧めようとしてたんですか。だけど、お兄様は志乃様に会ってにっこり笑ってごめんなさいしたんだって。
「美咲様も志乃様も普通であれば高嶺の花。それを袖にするなんて、さすがお兄様と言うべきなのでしょうか?」
と言うより、この二人でダメなら誰ならオッケーなん?って話ですよ。
「ほら、雅人さんって基準が麗子ちゃんじゃない?」
まあ、お兄様はシスコンですから。死す魂、それは妹の為なら(以下略)。
「どうも志乃さんと麗子ちゃんの相性が悪そうだから忌避したみたいね」
「まあ、美咲様ほど仲良くなれる自信はありませんでしたが……」
どうも志乃様から獲物を狙う蛇に睨まれたような感じがするのよね。ほらぁ、今もこちらをチラチラ窺ってるし。苦手だなー、あの人。ダークサイドの臭いがプンプンする。
「お兄様のお嫁さん探しは意外と難航しそうですわね」
「そこはあんまり心配していないわ。雅人さんはそつがないもの。ほっといても自分で良い人見つけてくるでしょ」
それもそっか。ですが、お母様。麗子ちゃんと違ってと副音声が聞こえてきたのは私の気のせいでしょうか?
「ただ、どうも志乃さんの方は雅人さんを諦めていないみたいね」
まあ、お兄様ほどの優良物件、簡単には諦めきれまい。
どうやらお母様もこっちを窺う志乃様に気がついているみたい。苦笑いを浮かべてさすがねぇと呆れとも感嘆とも取れる言葉を漏らした。
「あの子、麗子ちゃんを墜とせば良いってちゃんと理解しているんだわ」
なにそれ、恐ッ。私ってばホントに獲物として狙われてた。こわや、こわや。
「それじゃ私は挨拶しに行かなきゃいけない方がいるから」
えっ、ちょっと待ってください。ここで一人にされたら私絶対捕食されますよね?
「早くお友達を見つけないと志乃さんに捕まるわよ」
あっ、お母様が離れるのを察知したみたい。大蛇が鎌首もたげて獲物に狙いを定めちゃった。お母様、私を一人にしないでー!
「まっ、麗子ちゃんなら大丈夫でしょうけど、志乃さんは手強くって執念深いから気をつけてね」
まんま蛇じゃん!
まずい、私には分かる。背後から志乃様が音も無く近づいてきてるよ。
どっかに知り合いは……いるわけねーよ。社交パーティーから遠ざかってた私に、そんな都合良くいるわけないじゃん。松戸乃家のパーティーじゃ、清涼院派閥もあんまいないし。
ああ、こうなれば又従姉様の久世美春でもぜんぜん構わないのに。いつもは呼んでもないのに現れるくせして、こんな時に限っていないとか使えねぇ。
——ぞくっ!
いま背筋に悪寒が。これは真後ろに志乃様がいる。間違いねぇ。このままじゃ捕食されちまうよ。
やばいやばいやばい!
キョロキョロと周囲を見回しても逃げ場がねぇ。背中から蛇がにったり嗤う気配を感じる。万事休す!
「麗子さ……」
「やあ清涼院さん」
志乃様の言葉を遮り私の前に救世主が現れた。人の好さそうな微笑みと甘いマスクで同年代のおなごなら間違いなく頬を染める美少年。
「これはこれは早見様」
どこにでも現れるな、この腹黒堕天使は。




