第105話 麗子様はトラウマに恐れおののく。
素敵に無敵ングなヤンデレお兄様の活躍でめでたく入塾の許可が下りた。持つべきものは有能なシスコンお兄様よのぉ。どんな塾か楽しみじゃ。
しかしながら、塾は来月から。とてもではないが今期の期末テストには間に合わん。それまでは自力でなんとかするしかあるまい。
「ねぇ麗子ちゃん、中学生になったんだし、社交パーティーにもそろそろ顔出してくれるわよね?」
なーんて思ってた矢先に、お母様から爆弾を落とされた。どっかーん!
「お母様、私にはまだ早いと思いますわ」
冗談ではない。あーんな生き馬の目を抜く輩が集う場所へ行けるかっつーの。息が詰まって窒息死してしまうわい。
「私はまだ十二歳ですし、大人が大勢集まる場所はとても恐ろしいのですわ」
「そうは言うけど、みなさんに麗子ちゃんの顔見せをしないといけないのよ」
私も清涼院の娘。お偉いさんに顔を繋いでおく必要があるのは理解している。
「ですが、お母様もご存知ではありませんか。私がどんな目に合わされたのかを」
「それは……」
ヨヨヨと泣きマネをするとお母様もちょっとたじろぐ。
ふっふっふっ、我には今まで社交の類を全て拒絶できた免罪符があるのじゃよ。
——あれはニ年前の滝川家主催のパーティーでの出来事。
滝川ママが新たに『パティスリーミホ』を出店するからと、お祝いに大人ばっかが集まるパーティーじゃった。ちなみに店名のパティスリーミホの由来は滝川ママの名前らしい。美保子さんっていうんだって。
滝川家の面々は来客に挨拶回り。我のお父様とお母様も挨拶にくる大人達に囲まれおった。そんで、放置された小学生の我は時間を持て余しておったのじゃ。
『むっ、さすが滝川家のパーティー。スイーツにかける情熱ハンパなしですわ』
他にすることもなく、私はスイーツを物色していた。だって暇なんだもーん。そして、めっちゃ美味しいんだもーん。かなりレベル高いぞ。さすがやな。
一人で黙々と私がスイーツを食べていると、プーンと鼻がひん曲がりそうな香水の悪臭が漂ってきた。
『あら、浅ましくガツガツ食べているお子様がいると思ったら、清涼院様のところの麗子様ではありませんの』
振り返ればケバケバしい母娘がクネクネしとった。子供のうちからあんま化粧してっと肌荒れすっぞ。
『あらぁお母様、このお方があの麗子様なんですの?」
なんじゃ「あの」って。我はお前らなんぞ知らんぞ無礼者め。
『おやぁ麗子様、お口元に糸屑がついておりますわよ』
『愛子、それはほうれい線よ』
『まあ、これがあの』
ああん、テメェらそれは太ってるって言いたいんか。くっ、だが言い返せん。ちょっと太ったかなぁとは自分でも思っていた。今日のドレスも少し苦しいし。ここんとこ菊花会のサロンでスイーツ三昧やったからのぉ。ゆかりんのスイーツ攻撃が激しいんよ。うーむ、これはスイーツ断ちせねばならんか。
『ふふふ、そんなに甘いものばかり食べるからですわ』
『愛子はあまりはしたなく食べてはダメよ』
『はいお母様、滝川様に嫌われたくはありませんもの』
ねちねち大人気ないヤツらめ。ワレ小学生ぞ。こわやこわや。周囲の大人達もいたいけな美少女を助けようともせん。中にはクスクス笑う性格の悪そうなヤツまで。麗子、泣いちゃう。
まあ、コイツらの狙いは分かった。つまり、滝川パパママに覚えめでたい我を牽制したいんじゃな。娘を滝川の相手にと企んでいるってとこか。我は滝川なぞ狙ってはおらんのだがのぉ。
『麗子さん、こちらにいらしたの』
さて、どう切り抜けようか思案していたら滝川ママが挨拶にやって来た。相変わらずスレンダー美女だ。羨ましい。私の贅肉を分けてあげたい。
それにしても挨拶で忙しいだろうに、私みたいな小学生のところへわざわざ足を運ぶとは。うーん、また滝川との婚約を勧めにきたんかな。あんま関わり合いにはなりとーないし、ここはテキトーな理由で退散できんものか。
『本日はお招きいただき……』
『あらぁ、これは滝川様ぁ』
『今日はお招きありがとうございますぅ』
逃げる算段を立てながら挨拶しようとした私を押し退けケバケバ母娘が出しゃばってきやがった。人の挨拶を遮るとはずいぶん礼儀知らずなやっちゃな。
だけどこれはチャーンス。しめしめと私はその場を逃げようとしたんだけど、ガシッと滝川ママに逃がさねぇぞと掴まれた。
滝川ママの笑顔が言っている。「こんな不良物件を押し付けてなに逃げようとしてんねん」と。このケバケバあんたが招待した客やんけ。うちを巻き込まんといてぇ。
『あら、祭小路様もいらっしゃっておられたのですね』
表情は笑ってるけど、滝川ママそうとう怒っておりますな。
不躾に他人の会話に割り込んでこられたのだから無理ないか。
それにしてもこの厚塗り母娘、祭小路家だったんかい。確か滝川家の傍流の傍流の名家半家あたりの家柄よね。ずっと格下の家格の者が無礼を働いたのだからそりゃ怒るわな。
『本日のお召し物もとっても素敵ですわぁ』
『さすがスタイルの良い滝川様は何を着られてもお似合いになられますぅ』
うーん、この厚塗り小路の母娘はやたらクネクネしてキモいな。
『ふふ、ありがとうございます』
ポーカーフェイスが得意な滝川ママがさっきから嫌そうな顔を隠しきれておらんぞ。やり手の滝川ママの素を引き出すとは、ある意味やりおる厚塗り小路母娘。しかも、嫌がられてなおゴマスリで近寄ろうとする。化粧の厚塗り以上に面の皮が厚いらしい。
『どこぞのスイーツばかり食べて肥え太った方も見習って欲しいものですわぁ』
ケーキの皿を片手にフォークを握り締めている私への当てつけかい。だが、一度皿に盛った以上、このスイーツ達は必ず我が胃袋に納めねばならんのじゃ。お残しは許しまへんでぇ。
『このパーティーの主旨が分かっておられないようですわね』
『ホント、ここへ何しにいらしたのかしら』
『ふふ、清涼院家では満足におやつも食べさせてもらえないんじゃない?』
意地悪くニヤニヤする厚塗り母娘と失笑するオーディエンス。どいつもこいつも、我か弱き美幼女やぞ。麗子、泣いちゃう!
『主旨を理解されておられないのは厚塗り小……失礼、祭小路様の方ではありませんの?』
ちょっと反撃をと思ったら滝川ママがプッと軽く吹き出す。手を口に当てて笑いを堪えながら顔を背けておった。滝川ママも厚塗りだと思ってたようやな。
『このパーティーはパティスリーミホの開店記念パーティーですわ』
『おや、スイーツをがっつく子豚さんもそれくらいは存じていましたの』
『ええ、子豚にも理解できることを厚塗り様はご理解いただけていないようですわね』
『なんですって!』
厚塗り母娘が顔真っ赤。だけど先に向こうが子豚呼ばわりしてきたんだ。これくらいの意趣返しは構うまい。
『だって、ここに並んでいるスイーツを一つも召し上がっておられないではありませんの』
『パーティーでそんなスイーツを食べるほど私どもはさもしくはありませんの」
はーい、「そんなスイーツ」言質いただきました。
『あら、ここ一帯に並んでいるスイーツは他と違ってパティスリーミホで出品されるものですわよ』
『えっ!?』
恐らくこのパーティーの主旨はサンプルモニター。しかも、滝川家に媚びへつらった意見を取り入れないよう他店のスイーツも混ぜたスッゲェ嫌らしいやり方じゃ。
『祭小路様のお口には合わないスイーツのようですわ』
『まあ、それは残念ねぇ』
私と滝川ママがクスクスと黒い笑いを浮かべると厚塗り小路母娘は真っ青になって逃げ出した。さっきまで私をバカにして笑ってた大人達もサッと視線を逸らす。ふんっ雑魚どもめ。
『さすが麗子さん、良く分かったわね』
『ここだけ明らかに他のと意匠が凝りすぎてますもの』
恐らくオープニングセレモニー用にと、滝川家が用意したパティシエが張り切りすぎたんだろう。気合いの入り方が尋常じゃないもん。
『せっかくだしあっちで和也と……』
『スイーツの感想は後日レポートさせていただきますわ』
それではこれにてごきげんよ〜。
こんな恐ろしい場所はさっさと退散よ。
だいたい絡まれた原因は滝川なんじゃ。滝川パパママが必死にアプローチするせいで、みなが我を滝川の嫁最有力候補とみなしおる。おかげで私の周りは敵ばかりじゃ。恨むぞ滝川パパママとうちのお母様。
もうこれ以上は滝川家と関わり合うのはごめんじゃ。
帰宅すると即行で私はパーティーで大人達に虐められたと泣きついた。滝川家のパーティーは恐や恐やと怯え、お父様とお母様の同情を誘うのに成功。
「……という事件があったのをお忘れになられましたの?」
この事件を盾に私は全ての催事に不参加を決め込んでいる。ひっきーバンザイ。
ふっふーん、どうだお母様、何も言い返せまい。我はずっと引き篭もるのじゃ。
「だけど麗子ちゃんって有名人だから早く会わせろって言う方が多くって」
むぅ、有名とな。まさかまた食の清涼院じゃあるまいな?
「それに麗子ちゃん、あの時は厚塗り……祭小路様を撃退したんでしょ?」
ギクゥ! なぜにそれを!?
滝川ママか。滝川ママがチクったんか?
「麗子ちゃんなら何が起きても対処できそうよね」
お母様が久々にニヤッと黒い笑顔を浮かべてるんですけどぉ。イヤン、お母様にはいつまでも無垢な笑顔でいて欲しいですぅ。
「次回のパーティーは参加してくれるわよね?」
「……はい、もちろんですわ、お母様」
これはもう逃げられんか。
あゝ、めんどくせーなー。




