第103話 麗子様はブタの呪いに泣く。
「おい清涼院、例のブツを持ってきたんだろ?」
「はあ?」
例のブツ? なんのこっちゃ?
「何の話ですの?」
あたしゃアブナイお薬の売人じゃないぞ。
「クッキーだクッキー」
「新手の隠語ですの?」
その手のブツってアイスだとかチョコだとか言うんでしょ。麗子知ってる。きっとクッキーというのもそんな隠語の一つなのね。
「滝川様、さすがに違法薬物に手を染めるのは……」
最近はファッション感覚で手を出す若人も増えたと聞く。だが滝川よ、その道は一度入るとなかなか抜け出せぬ地獄ぞ。
「誰がそんなアブナイものの話をしているか!」
「でも例のブツと先ほどおっしゃったではありませんか」
「俺が言ってるのはお前のチョコクッキーだ!」
「もしやクマさんクッキーのことですか?」
「持ってきたんだろ?」
どうして滝川が知ってるん?
どこで聞いたのか水面ちゃんが私のクッキーを食べたいとせがまれたので焼いてきたのだ。
「まさか、水面ちゃんにクッキーをねだるよう仕向けられたんですの!?」
図星だったらしい。滝川が途端に視線をキョロキョロさせよった。
「滝川様にはほとほと呆れましたわ」
見てれば分かる。水面ちゃんは滝川にほの字だ。滝川のお願いなら二つ返事で了承するだろう。滝川はそんな水面ちゃんの気持ちを利用したんじゃ。
まったく、たかが菓子の為に水面ちゃんの純真な心を弄びおって。恥ずかしくないんか。
えっ、お前も入江少年を弄んだじゃないかですって?知らんがな。
「まあまあ、それだけ清涼院さんのクッキーが美味しいってことだから」
「そうだぞ。瑞樹の言う通りだ」
むぅ、そう言われれると悪い気もせんが。
「さあさあ、お待ちかねのケーキの時間よ」
早見ママが奥からワゴンを押して大きな誕生日ケーキを持ってきた。子供達がわっと喜色を浮かべて群がる。
うんうん、やっぱ誕生日といえばケーキよね♪
誕生日の歌をみんなで歌い水面ちゃんがロウソクをふーって消して盛り上がったところでケーキ入刀。子供達が美味しい美味しいとはしゃいでおるわ。
私も切り分けてもらったケーキを一口パクリ。
なんと!
これはなかなかの美味。聞いたところ今日の料理やケーキは全て早見ママの手作りらしい。やるな早見ママ。かなりの料理上手じゃ。あの手作りを嫌う滝川も黙々と食っておるわ。
「それから麗子さんがお菓子を持ってきてくれたのよ」
うーん、こんな美味しいケーキの後でシンプルなクッキーは気恥ずかしい。最初はなになにって興味津々だった子供達もクマさんクッキーを見てがっかり。
「えー、ただのクッキー?」
「しかも、ブタだぜ」
ブタブタって……子供達の曇りなき眼で見定めもブタ扱い。もうブタの呪いにでもかかってるんか。
「ふっ、なんですかこのブタクッキーは。せっかくの誕生会なのにみすぼらしい」
ムカッ!
我がお兄様への愛の結晶をバカにするのは誰ぞ!
「クッキーごとき駄菓子を食の清涼院と名高い方が持参されるなんて嘆かわしい」
なんか偉そうな少年が眼鏡をクイクイさせとる。何者じゃ?
「あー、葦君かぁ。すみません麗子お姉様、根は悪い子ではないのですが、どうにも一言多くて」
水面ちゃんも困り顔。まあ、クラスに一人くらいいるよね。子供の言うことじゃ。我は大人じゃからな、ここは穏便に……
「ふん、物の価値もわからんガキめ」
と思ったら滝川が噛みつきおった。久々にピットブル再臨か?
「これは滝川様の言葉でも聞き捨てなりません。この世には優れたスイーツが数多くあるというのに、たかがクッキーごとき食べる価値もないでしょう」
「お前がスイーツを語るなど十年早い」
滝川が鼻で笑う。相手はまだ子供ぞ。まったくスイーツの事となると相変わらず大人気ない。しかもコイツ、誰も手を出さないのをいいことにクッキーの皿を抱えてボリボリ貪ってやがる。御曹司のくせに卑しいぞ。
「このブタクッキーが食すに値しないか、まずは自らの舌で確かめてみろ」
あのぉ、クマさんなんですけど。
「いいでしょう。そこまでおっしゃるならブタクッキーを食べて差し上げます」
だからクマさんなのに。クスン。
「ですが、これが僕の舌を唸らせなかったらどうされますか?」
「その時は俺も潔くスイーツ評論家の看板を下ろそう」
お前ら私のクッキーで勝手に勝負すんなし。そして、スイーツ評論家の看板をいつ出してたねん。
「我が名は葦鷹彦。古今東西のスイーツを極めてきた。滝川様はブタクッキーに名誉を賭けるという。真か」
「ごたくはいいからさっさと食え」
「むぐっ!?」
滝川が葦少年の口に無理矢理クッキーを押し込む。
「こ、これは!?」
「どうだ美味いだろう?」
ニヤッと笑って自慢げな滝川。だが、それを作ったのは我ぞ?
「サクッとした食感なのにしっとりして重厚な味わい。コーティングされたチョコとの絶妙なハーモニー……あり得ない。ブタクッキーなのに!」
「たかがブタ、されどブタだ」
ブタブタ言うなし。
「シンプルだからこそ奥が深いスイーツ。それがクッキーなんだ」
「参りました滝川様」
だからそれ私が焼いたんですけど。
「ふふ、あの甘いものにうるさい和也さんも絶賛なのね」
そんなやり取りを見ていた早見ママがくすくす笑って私のクマさんクッキーに手を伸ばした。そして、サクッと一口。
「これ本当に麗子さんが焼いたの?」
途端、早見ママの目が大きく見開かれ丸くなる。
「驚いた。麗子さんって本当にお料理が上手なのね」
「いえ、今日の料理を堪能させていただき、自分の未熟を痛感いたしましたわ」
「もう、麗子さんったらお世辞がすぎるわ」
テレテレする早見ママもかわえーのぉ。その後、早見ママと料理談義で花を咲かせ楽しい時間を過ごしましたとさ。
「本当に麗子さんってお菓子作りの知識が深いのね」
「私は料理の方はからっきしでしたから、おば様に色々と教えていただき助かりましたわ」
「良い先生に師事しているのよ」
そうだと早見ママが両手をパンッと叩く。
「今度お料理教室があるから麗子さんも一緒にどうかしら?」
ほうほう、早見ママの通っている料理教室か。今日の料理から想像するに、かなり優れた指導者とみた。これは是非ともお近づきになりたい。どこの教室じゃろか?
「はい、喜んで」
「それじゃあ日時が決まったら連絡するわね」
この時、私はもっと警戒しておくべきだった。
「次回は先生を招いて我が家で開催するのよ」
「えっ!?」
楽しみね、と笑う早見ママの笑顔がどこまでも黒く見えた。
騙されたーーー!!!




