第102話 麗子様は恋愛を説く。
「まあ、冗談はこれくらいにしておきましょう」
なんです入江少年、その疑いの目は。師を疑うとは何事か。破門にすっぞ。まったく高度でウィットに富んだ我のジョークが分からぬとは嘆かわしい。
「つまり、入江少年は強力な恋のライバルの出現に戦々恐々としているのですわね」
きゃっきゃと華やぐ水面ちゃんとマコちゃんを見ながら入江少年が頷く。
「見るからにお似合いの二人ですものね」
私の呟きにぐっと拳を握り締める入江少年は悲壮感を漂わせていた。
「しかも、西遠寺家と言えば、我が清涼院家と並ぶ清華家のお家柄」
「師匠、俺どうしたらいいんだよぉ」
我を信じてすがってくれる可愛い弟子よ。すまん。天使ちゃん二号とガキ大将の君とでは勝敗はやる前から見えとる。オヌシはライバルどころか当て馬にさえなれぬ。路傍に転がるそこらの石と同じただのモブじゃ。モブ・オブ・モブ。
しかし、マコちゃんは水面ちゃんのボーイフレンドだったのかぁ。私が同じ年ごろの時には男の子なんて誰も寄ってこなかったのに。妹分に先を越されるなんて。クスン。
「入江少年」
名を呼ぶと私の言葉にじっと耳を傾けるあたり素直で良い子じゃ。
ふむ、こうして見ると入江少年も決して見た目が悪くないわね。だが、イケメンと言うほどでもない。入江家は羽林家だけど、そこそこの家柄だしね。まあつまり、入江少年は全てにおいてそこそこなのだ。
「安心なさい」
「師匠、何か秘策が?」
うん、どう考えても入江少年に勝ち目はないな。
「発想を転換するのですわ」
「その心は?」
ふっ、だが安心せい、入江少年。我は恋のキューピッドぞ。恋愛マスターである私が可愛い舎弟を見捨てるわけがなかろう。
「いいですか入江少年、学園広報によれば今年の大鳳の入学者数は百五十三名だそうです。そのうち女子はなんと七十九名」
「なるほど?」
「つまり、水面ちゃん以外にまだ女子は七十八名もいるのですよ」
「それって水面ちゃんを諦めろってこと!?」
今日の挫折を糧に明日を生きなさい入江少年。なーむー。
「ちょっとちょっと師匠、俺は他の子となんて付き合いたいくないよ」
「なんですか入江少年、他の女の子は不満だとおっしゃるのですか」
水面ちゃん以外の女の子は女の子じゃないって言うつもり。なんて差別するの。我はヌシをそんな風に育てた覚えはないぞ。
「違うって。俺は一途なだけなの」
まったく高望みしおって。手間のかかるやっちゃ。あー、だいたい私も恋人いねぇっつうのに、どうして他人の恋路を応援せにゃならんのじゃ。
「ふむ、その心意気や良し!」
めんどくせーなー。もう適当に煙に巻いとくか。
「そんな入江少年に一つ朗報ですわ」
「えっ、なになに?」
「水面ちゃんを狙っている男子は大勢いますわよね?」
「えっ、あっ、うん……かなりって言うか、クラスの男子のほとんどそうだよ」
ちっ、ここでも妹分と格差が。我なんてクラスの男子のほとんどに恐がられておったわ。
「喜びなさい。その中で入江少年は頭一つ抜けておりますわ」
「えっ、ホントに!?」
「ええ、間違いありませんわ」
マコちゃん除いての話だがな。
「入江少年、好きの反対は何かご存知かしら?」
「そんなの嫌いに決まってんじゃん」
ノンノンノンノン。
「いいえ、好きの反対は嫌いではなく無関心ですわ」
「えっ、そうなの?」
「ええ、言うなれば好きも嫌いも関心があればこそ生じる感情なのですわ。ですが、無関心はどこまでいっても無関心。それがどんなに良い人でも全てはモブ。しょせん名も無きその他大勢なのですわ」
うんうん頷いておるわ。素直でよろしい。騙しやすくて。
「つまり、水面ちゃんに嫌われた入江少年は、既にその他大勢から脱却しているのですわ」
「だけど嫌われたら付き合えないじゃん」
ちっ……君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
「その考えは早計ですわ。だって、既に水面ちゃんと仲直りしているではありませんか」
「だけど、それってマイナススタートじゃん」
「無関心よりマシですわ」
「ゼロの方がまだマシなような気がするけど?」
「それが浅はかだと言うのですわ」
ちっちっちっちっとメトロームのように指を左右に振る。
「いいですこと、好きになってもらう第一段階は相手の印象に残ることですわ」
「それは確かに」
「しかし、誰しも嫌われるのは嫌ですわよね?」
「そりゃあ誰だって好きな子には良く思われたいじゃん」
お前は虐めただろーが。
「そう、ですからみなさん良い人ぶるのですわ。ところが、全員が良い人を演じますから差が出ません。印象はうすっぺらぺら。そうなるとその他大勢に埋没してしまいますわ」
良い人とはどこまでいっても、どーでもいい人なんじゃ。
「考えてもみてくださいませ。入江少年は既にその他大勢とは違い、確実に水面ちゃんの心にその名を刻み込んでおりますわ」
心に深い傷も刻んだがな。
「それじゃあ、俺は水面ちゃんと両思いになれるんだね」
「それは入江少年の今後の頑張りしだいですわ」
「うん、俺頑張るよ師匠!」
希望に目をキラキラさせておるわ。チョロいチョロい。素直で純真な男の子など手の平の上で転がすなど造作もないわ。
さーて、入江少年の件はかたずいたし、我はまた天使ちゃんハーレムでウハウハよ。って、ルンルン気分でいたら今度は滝川が手招きしてきおった。
もう、今度はなんだっつーんだ。




