ジェド・マロースと聖ニコラウス
クリスマスの日、ある少年が、たった一人で家を出た。
家族には散歩に行くと言ったけれど、本当はもっと遠くへ行くつもりだった。そのために、母親が一緒についていくというのも断ったのだ。
彼は、知らない人たちが歩いている大きな歩道を、とことこと少しずつ歩いた。雪があちこちにつもっていて、その白い固まりを見るたびにちょこっとだけ触りながら歩いた。凍った道をすべるのも楽しい。
少年には、ずっと前から一人で行ってみたいところがあった。少し遠いところにある大きなお菓子屋だ。そこには色とりどりのキャンディーや、焼き菓子やケーキがどっさりとあって、少年にとってはお城のように豪華で輝いてみえた。
そのお菓子屋で、自分の思うままに好きなお菓子を買うのが、少年の夢だったのだ。
こつこつと貯めたおこづかいを入れた財布は、しっかりとコートのポッケに入っている。お菓子屋はまだまだ遠いけれど、はやる気持ちを抑えられず、少年は駆け出した。
一度も通ったことのない角を曲がると、少年の前に誰かが立ちはだかった。白いあごひげをはやした、むっつりとした顔の老人だ。
「どうしたの?おじさん、だあれ?」
老人は、空っぽの大きな袋を持っていた。少年は、もしかして目の前にいるのは聖ニコラウスではないかと胸を高鳴らせた。
老人は、袋の口を開けながら言った。
「わしか? わしは、マロースだ」
そして、あっという間に少年を捕まえ、袋に放り込んだ。にやりと笑ったマロースは、そのまま空を飛んで街から逃げ出した。
少年が連れてこられたのは、異国の知らない人の家だった。そこで少年は、朝から晩まで異国の言葉や歴史を勉強させられた。勉強を教えにくる教師は冷たく意地悪で、少年がうっかり故郷の言葉を話すと、鞭でぴしりと背中を打つのだった。
異国にさらわれてから一年ほどたったある日、少年はおつかいに出され、家の近くの肉屋まで一人で出かけた。ここは少年の故郷よりもずっと寒い。頼まれた食べ物を買った後で吹雪になり、少年はうすい上着を体に巻きつけて走った。雪のかたまりにつまづいて転び、買ったものを落としてしまった。
少年はすっかり怖くなり、その場でぽろぽろ涙をこぼした。汚れた地面に食べ物を落としてしまったと知られれば、家の人は少年を鞭で叩くに違いない。
その時、うずくまる少年の背後で、わざわざ立ち止まる人がいた。
顔を上げると、まるく太った白い髪に白いひげのおじいさんが、少年を見下ろしてにっこりとほほえんでいた。
「誰?」
そう聞くと、おじいさんは、少年の故郷の言葉で答えた。
「わしは、聖ニコラウスじゃ」
聖ニコラウスは、少年を助け起こして、大きなそりにのせてくれた。そして、とろりと甘いチョコレートを一粒くれた。
そりは、聖ニコラウスと少年をのせて空へ軽々と舞い上がり、びゅんびゅん風を切って少年の故郷に帰ってきた。
家に帰る前に、聖ニコラウスはキャンディーやチョコレートがたっぷりつまった大きな袋をくれた。それをしっかり抱えて、少年は家族が待つ家に帰っていった。