純然たる驕傲編 第一話
著者:雪路よだか 様(ココナラ
企画・原案:mirai(mirama)
これは、ろくな記録も残っていないような太古の昔の物語。
二つの朱い石が齎した、ある男の人生の軌跡である。
少年の名はコウといった。歳は十を少し過ぎたくらい。華奢な身体つきに、大人の女性にも満たない背丈。しかしながらこの集落では、彼は立派な一人の男として、既に労働力に数えられているのだった。
コウは声変わりも迎えていないソプラノで、父親に泣きついていた。
「お父さん。僕、怖いよ。森には狼とか、熊とか、豹とかがいるんだよ」
コウは森の方を指差してみせた。コウと父親は今、森の入り口に立っているのだった。
「何を泣きべそをかいているんだ、情けない。父さんはお前くらいの歳には、もうこれくらいの大きさの熊を一人で仕留めていたぞ」
父親は腕を大きく広げてみせた。「そんなに大きな熊がいるの?」コウはとうとう、その小さな瞳から涙を零した。
「いいか。この集落は毎年人が減っていて、お前が獲物を取ってこなければ、母さんも妹も生きられなくなるんだ。これは誰かがやらなければならないんだ。分かるだろう」
父親はコウの肩を掴むと、じっと目を見つめてそう言った。
言われなくとも、逃げられないことくらいは分かっていた。女子供、老人は農作業や織物、男は狩り。お金という概念が存在しない集落において、家賃代わりとなるのは、それらの仕事をしているかどうかということだ。
怖くて狩りに行けない男など、集落を追い出されても文句は言えない。
コウは仕方なく、弓矢と槍を背負って狩りへ出かけた。
コウは今日から、一人で狩りをしなければならないのだった。昨日までは父親が一緒だった。しかし、親の同伴が許されるのは十歳になってから五日間のみで、それ以降は一人で行かなければならなかった。獲物を探す効率を上げるためと、凶暴な動物に遭遇したとき、複数人が犠牲になるのを避けるためだ。
びくびくしながら森を歩いていると、コウの目の前を一匹の蝶が横切った。
その蝶は朱く、羽ばたく様子はまるで炎の様だった。それは夜の闇を照らしてくれる焚火のような・・・いや、そうではなく全てを焼き尽くす業火のようにも思えた。ただ一瞬の羽ばたきが、コウの心に様々な感情を抱かせた。
狩りで成果を上げなければいけないのに、コウはなぜだかその蝶から目を離すことができない。気づけばその蝶を追いかけ森の奥へ奥へと進んでいた。
蝶に導かれるように歩いていると、コウは大きな木の根本で踏みとどまる。それを確認したかのように、蝶はそのままどこかへ飛び去ってしまった。
ふと視線を足元に落とすと、そこには朱い石が落ちていた。
宝石のように透き通り、きらきらと輝いていた。しかし形はとても鋭利でとげとげしく、どこか攻撃的な印象すら感じる。大きさはコウの手のひらに収まるくらいだった。
「……これは、なんだろう?」
コウはその朱い石を拾い手に取ると、不思議な感覚が体中をかけめぐった。木の葉が風に揺れる音、鳥達の鳴き声、小動物が走る音、水が流れる音が鮮明に聞こてくる。あたりを見回すと、全ての物がゆっくりと動き、遠くで飛んでいる羽虫の羽ばたきさえも、空を流れる雲のように形を変える様がはっきりと見て取れる。
世界の全てを掌握したような、まるで自分が神様になってしまったかのような、そんな気さえした。怖かったはずの熊や狼も今なら何匹でも狩れる、なんでもできるような妙な自信が不思議と湧きあがった。
コウは今すぐにでも狩りを始めようと意気込んだが、その瞬間、背後で茂みがガサガサと音を立てた。