2.事の始まり
俺がおチビちゃんこと大野沙希を初めて認識したのは、高校に入学してから数日後のことだ。
昇降口で靴を履き替えていると、遠くの方から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
特に誰とも待ち合わせをした覚えの無い俺は、さして気にもせずに履き替えた上履きを下駄箱にしまうべく手に持ったのだが。
「待ちなさいっ、高宮 漣!」
突然、背後からフルネーム呼び捨てで呼ばれ、そのままの体勢で振り返った。
そこにいたのは、仁王立ちの、見覚えの無い背の低い女子。
うちの学校の制服を着ているし、その制服がまだ真新しいところから、うちの学校のタメの女子だってことくらいはかろうじて分かるけど。
見覚えの無い男にいきなり喧嘩をふっかけられることはあっても、見覚えの無い女子にいきなり仁王立ちで睨み付けられるのは初めてだった。
「え?なに?」
「私、あなたのことが好きになったの。私と付き合って」
(……なんだこいつ?)
言ってることと態度が、全く噛み合ってない。
仁王立ちで怒った顔して告白する女子なんて、俺は今まで1度もお目にかかったことがなかった。
「断る」
俺は間髪を入れず断りを入れた。
だが、断ったのは、仁王立ちで怒った顔で告白されたからではない。
「なっ……なんでっ?!」
まさか断られるとは微塵も思っていなかったのか。
大袈裟なくらいに、そいつは驚愕の表情を浮かべた。
「彼女いるから」
聞いた瞬間の、そいつの顔。
悔しそうな、哀しそうな、泣き出しそうな、でも、怒ったような。
「ふんっ」
それだけを残して、そいつは来た時と同じ勢いで戻っていった。
(……なんだったんだ?今の)
気づけば俺は、上履きを手に持ったまま。
幻でも見たのかと思いながら上履きを下駄箱にしまったのだが、あのなんとも言えない顔だけは、しばらくの間、頭の片隅にひっかかっていた。