【第1話】sHE IS HE
辺り一面に広がる海。珊瑚礁にカメの群れ、水面から差す明るい日光。そんな何かで見たことあるような海の中にいつの間にか俺はいた。
(え?ここどこ?)
確かさっきまで5限の竹田の授業を聞いてて……って…あ、そっかそっか。あいつの古文の授業クソつまんないから寝たんだっけ。って言うことは…これは夢……ってことになるのかな。
それにしてもよくできてる夢だ。綺麗な水中の景色や自分の体を包み込む水の温もり、自身に当たる波まで感じる。あまりの心地よさに授業に戻るのなんてどうでも良くなってくる。
(せっかく気持ちいい夢見てるし今起きたらもったいないな…5限の間このままでいっか……。ま、竹田のことだし呼び出しも減点もされないから大丈夫だろうケド。)
そんなことを思って遠くにいるカメの群れを見ていた。カメの群れを注意して見てると、群れとすこし離れたところに一匹のカメがいた。
ひとりぼっちのカメ。群れに入るわけでも無い、少し離れたところにポツンとただ漂っている。
ジィッと見ていたら目の前にスッとそのカメが寄ってきた。そのカメは俺の周りをぐるぐる回る。
「なんだお前、はぐれもんか?」
俺はそう一匹のカメに聞く。するとカメはさっきよりもうんと早く俺の周りをぐるぐる回った。
「ハハッ、そっかそっかはぐれモノかお前〜!」
あんまりにも分かりやすい、かわいい反応をするもんだからなんか嬉しくなってきた。カメってこんなにかわいかったっけ。
そんな感じでしばらく一緒に泳いだりして遊んでたらカメが急にスッと離れていく。そして少し顔をこちらに向けてこっちにこいと言わんばかりに合図してくる。
(うーん……まぁ、どのみち起きても授業聞いてるだけでやることもないし…ついて行ってみるか。)
そう思ってついて行くことに決めた。ついて行ってついて行って……………それで...どれだけ泳いだだろうか。流石に足が疲れてきた。足がもつれて前を泳ぎ続けるカメに遅れ始めた時、ふと視界の隅にあるはずのないモノを見つけた。
___海底に凛と咲き誇る1本の花。自分の目を疑った。だが、確かにそこにはオレンジの花が咲いていた。どこかで見たことあるような、そんな花。
あまりにも海底に咲いていた花のインパクトが強すぎてカメについていくのを一瞬忘れてしまっていた。
急いでカメのいる前方に目を向けた時、衝撃の光景に絶句した。
そこには今さっき見たのと同じ、オレンジの花が辺り一面に咲いていた。綺麗な花だけど、あまりに場違いな雰囲気に圧倒される。
鮮やかで神秘的なオレンジの中にカメが向かってゆく。
「待って!!」
必死に手を伸ばし、追いつこうと———
「おー、雫恩さんやっと起きた?今すっごい勢いよく飛び起きたけど、どんな夢を見てたのかな?」
「んぇ、あ、いやそんなたいした夢じゃないっす……。え、というかなんでさかもっちゃん居んの?今日生物あったっけ?」
「え?だってもう終礼だもん。」
「へ?え!?いま終礼って言った?さかもっちゃん!?」
「うん、言ったよ?っていうか、坂本先生ね?さ・か・も・と・せ・ん・せ・い!!」
教室の窓の外は夕日が差した空をカラスが飛んでいた。廊下も終礼が終わったクラスの生徒達で騒がしい。どうやらホントに終礼まで寝てたらしい。
(うわぁ……マジかぁ…午後の授業まるまるすっぽかしちゃったじゃん…。)
「すっごいやらかしたぁって顔してるわね…とにかく、雫恩さんは後で職員室に来ること。」
「はぁぁ…はぁい……。」
なんか昨日の政治家とかナンパ達とかといい最近ツイてないなぁ……。
終礼後、俺は職員室に呼び出された。先生達のだいたい3分の1くらいが部活だったりでいないけど放課後の職員室も先生達が忙しなく働いていた。そんな中、案の定居眠りのことで色々怒られたのだが……正直言ってさかもっちゃんが美人すぎて顔に見惚れて内容が頭に入ってこない。
さかもっちゃん、本名は坂本美羽。27歳、生物教師。うちのクラスの担任で、先生としては若い方だけど授業の内容が分かりやすくて生徒との壁もなく、めちゃくちゃいい先生。おまけに美人でスタイルもいいから生徒からは大人気。最近ファンクラブまで出来たとかなんとか。割とガサツなところが欠点で職員室の机の上はいつも汚い。とは言っても俺からしたら普通にタイプ。
「ちょっとぉ?聞いてる?」
顔を覗き込んでくる。あぁ、ホントに顔がいい。なんだこの人、日本の国宝かなんかかよ…。
「まぁいいわ、とりあえず今日はこの辺で勘弁しといてあげる。まだ新学期始まってそんなに経ってないんだから、あんまりやらかさないでよね?」
「はーい。」
俺は気の抜けた返事をした。
「ホントに大丈夫かなぁ…。とにかく、頼んだよ〜」
「大丈夫だって!私ちゃんといい子ちゃんだからさ!」
「いい子ちゃんは授業中に居眠りなんてしないわよ…しかも3時間も……。」
「大丈夫だって〜!」
「ホントよね?あなたのためでもあるんだからしっかりしてよね。まったく………あ、ところで、雫恩さんは部活とかはやらないの?」
「うーん、なんかあまりピンとくるのがないしなぁって感じかな〜。」
「なるほどね。それならさ、良かったら私が顧問してる美術部とか興味あったらおいで?美術って結構楽しいわよ?」
「美術部かぁ…部員は?」
「今のところ3名かなぁ。」
「えぇ…それって部活って言えるんすか……。」
「だからあなたに声かけてるんじゃない!今の時期に部活決まってない人って意外と少なくて…幽霊部員でもいいから!1回見学にでもおいで?大きい声では言えないけど、美術部とは名ばかりの雑談会みたいなモノで兼部とかも自由だからさ……。」
まだ6月、新学期始まって少し落ち着いた時期ではあるけど新入生のほとんどはとっくに部活が決まってる頃合いだろう。2年は去年までやってた部活を引き継ぎ、3年においては今から入試や就職活動に向けてといった感じで部活なんてしている暇じゃない。かくいう俺は自分で言うのもおかしな話だけれど勉強については困ってないし、色々事情もあって進学するつもりもないから別になんの変哲もない日々を過ごしているいわゆる暇人ってやつ。
「えー…ホントにそれで大丈夫なんっすか……まぁ、そういうことなら別にいいっすよ。」
「ホント!?あ、じゃあこの入部届にって…えーっとどこだっけぇ……。」
そう言って、さかもっちゃんは机の上のプリントの山々をゴソゴソしだす。ホントに机の上が汚い。いつ見てもプリントや教材の山が築き上げられてる。授業のプリントとか掲示物とかもいっつも大体ごちゃごちゃしてるし……。
「先生…私叱りつけるより先に机の上掃除したほうがいいですよ絶対…。」
「う、うっさいわねぇ!これでも綺麗な方なのよ!!」
えぇ…嘘でしょ……と言いたくなるくらいではあるのだけどそこもまたかわいいので良しとしよう…。そんな感じでごちゃごちゃしてる先生の机の上を眺めてると、花瓶に生けてある花に見覚えがあった。
「あ、オレンジの花……。」
「ん?あぁ、この花のこと?この花はねぇ、マリーゴールドって言うの。マリーゴールドは聞いたことあるでしょ?」
「これがマリーゴールド…。名前だけしか聞いたことなかったかも…。」
「花をがすきな子が美術部にいてね、時々買って美術教室とかに飾っとくの。こういう花の花言葉とか調べてみたりするのも面白いのかもね。」
「マリーゴールドの花言葉ってなんなんですか?」
「なんだったっけ……たしか〈健康〉とかじゃなかったかしら…。」
(〈健康〉の花畑に向かうカメ……なんだったんだろ。)
ふとさっき見た夢の最後のシーンを思い出す。頭に鮮明に残っているあの夢が少し気になる。あの後カメはどうなったんだろうか……。
「はへぇ〜、そうなんだ。」
「というか、私に対してちょくちょく敬語外れるよね、先生ってこと忘れないでよね?」
「あ、ついつい、ごめんごめん。」
「今も外れてるわよ…今のうちに徹底しとかないと社会に出て苦労するんだからね………まったくもう…あ、あったあった!ここに名前と部活名書いてもらっていい?」
「はーい、ここね。」
「うん、よしよし。犬稗雫恩さん、これから美術部員としてよろしくね。あ、美術室はこの校舎の5階の端っこね〜」
「5階って最上階じゃん……だるぅ………。」
「文句言わないの、よかったらこの後1回挨拶ついでに伝言に行ってもらってもいい?」
「はーい…」
さかもっちゃんの伝言を預かって5階までの階段を駆け上がる。3階の職員室から一気に駆け上がるとさすがにきつい。息の上がった体を休めるために少し階段に座り込む。この学校は別棟の生徒教室棟と、この特別棟の2階までが生徒の教室になっている。だから、5階まで来ると人気も無く、下の階の音もほとんど聞こえてこない。ただ静かな空間。ほとんどの教室の電気が消えてる中、一番端っこの美術室だけ電気がついていた。そういえば、何年がいるとか聞いてなかったな……。同学年だったらいいんだけど…。
「よし、行くかぁ。」
息を落ち着かせて美術室の前まで歩いていく。美術室の中からは特に音は聞こえてこない。
(誰もいないのかな。)
そう思って美術室の扉を開けた。
ガラガラガラ
「失礼しま_____あ、」
目が合った。長髪で色白のかわいらしい_____今まさに上着を脱ごうとしてる、絶賛着替え中の子と。
「えっ、あっ」
その子は慌てて脱ぎかけた上着を着直す。そんな動作も声もかわいらしい……ってそうじゃない!
「し、失礼しましたぁ!!」
勢いよく開けた扉を閉めた。
美術室に居るってことは同じ部活の人だよな……え、めちゃくちゃ気まずいじゃん…………最悪…
「あーもう…ほんっとにツイてない!!」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らの物語をようやく皆さんにお見せできますね。
僕としてはできる限り僕の視点の入ってない純粋な彼らの物語をみなさんにお届けしようと思っています。
色々皆さんが彼らの物語を想像しながら温かく見守っていただけると幸いです。
それでは、彼らが皆様に愛されますようにという願いを込めてここら辺で。
また次話の後書きでお会いしましょう。