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仕事上、時々《番》と間違えられますが、このパターンは初めてです。

作者: 瑠璃唐ももも

初投稿です。




「――ああ、愛しい君、私の《番》。はちみつ色に輝く髪は天上から降り注ぐ陽光の如く、海の色の瞳は……ああ、そんなに見つめないで欲しい。君が愛しすぎておかしくなってしまいそうだ」



 ポルテ王国の王都プレタ。服飾街を臨む目抜き通りで、私は当然誰かに抱きしめられた。

 ギュウギュウに抱き込まれて苦しくて、やっと顔を上げたら、美麗な男性が「わたしの番」と呟いて、とろりとした視線を向けてくる。

 ぐるりと視線を巡らせれば、護衛兼手代が近寄ることも出来ずオロオロしていた。

 

 そうして連れてこられたのは、王宮。

 私を《番》と呼んだ美麗な男性――第三王子殿下だった……――に「そこに座って待っていて」と豪華な一室に押し込められ落ち着く暇もなく、すぐに侍従の先導で部屋に入って来たのは、国王陛下に王妃殿下、王太子殿下である第一王子殿下に第二王子殿下。最後に私を《番》と(のたま)った第三王子殿下。

 頬を紅潮させて「私の《番》です」と皆様に宣言される第三王子殿下。「よかったな」と目を細める国王陛下、王太子殿下に第二王子殿下。

 ある意味浮かれる雰囲気の中、王妃殿下だけは無言だった。それに気づいた国王陛下が訝し気に声をかける。たぶん王妃殿下は悟られたのだろう。ご自身が()()であったために、()()である筈の私の様子が()()らしくないことを。

 王妃殿下からお声をかけられ、私は率直に申し上げた。

「《番》とは何ぞや…」と。

 もちろん《番》を知らない訳ではない。所謂《番》との出会いが、聞いていたのと余りにもかけ離れていたので、純粋に疑問に思ったのだ。

 曰く、《番》同士は運命的な出会いをする。抗いがたい何かに導かれ、進んだ先に唯一が居るのだと。

 曰く、得も言われぬ(かぐわ)しき《におい》が《番》からするのだと。その《におい》に導かれるようにして出会うのだと。

 その通りと仰る国王陛下と王妃殿下。このお二人は《番》なのだ。王侯貴族のみが通う学園の入学式で出会ったと教えて下さった。

 そのようにして出会うのが《番》ならば、私は第三王子殿下の《番》ではない。

 進む先にやたらと厳つい集団――第三王子殿下の護衛であろう――がいたので、進むどころか何なら回れ右をして、来た道を引き返すつもりだった。更に言えば、第三王子殿下から、芳しき《におい》は感じない。感じるのは、(商会)が販売している男性用の香水の匂いだ。あれは私が調香師と共に開発した若い男性向けの香水だ。間違う筈はない。

 そう申し上げたら……ら……――第三王子殿下に号泣された。成人した男性がえぐえぐ泣く姿に、少しだけ…かなり、引いていたら、王妃殿下が「やっぱりね」と深いため息をお()きになる。(はな)から、私を第三王子殿下の《番》とは思っていなかったそうだ。「何故?」と国王陛下を始め王太子殿下に第二王子殿下が王妃殿下に詰め寄るが、逆に何故分からないのかと呆れられる始末。「彼女のどこをどう見れば、第三王子を恋い慕うように見えるのですか?」と。

 第三王子を見ても頬を染めることもない。隣に座ろうとするのをさりげなく拒否する。運命的な出会いをした《番》がこんな態度を取りますか?と言われ我に返る方々。その視線は、未だにえぐえぐ泣いている第三王子殿下と私に。お三方の視線が行ったり来たり、三度ほど繰り返して……――皆様ソファーにぐったりと沈み込んだ。



「……勘違い――と言うには、《におい》がしたことに説明がつかないのよねぇ……」


 王妃殿下から謝罪され――《番》と間違えたことと、強引に王宮に連れてきたこと――今は、改めて淹れ直された紅茶を頂いている。お茶菓子も勧めていただいて…あら、これは(商会)のお菓子かしら。

 お茶菓子が(商会)の物だとお伝えして、今更ながらに、マーキス商会の会頭の長女でリリナリア・マーキスだと名乗る。ご挨拶が遅れたことは容赦願いたい。何せ、こちらは訳も分からず王宮に拉致られたのだから。

 ところで、随分このお茶菓子を皆様――特に、王妃殿下――お気に召していただけているようで、母が聞いたら滅茶苦茶喜ぶことだろう。『王都のお菓子と言えば《これ》と言われるまでにする』と息巻いていたからねぇ。ほぼ毎日、持って帰ってきた試作品を試食させられたっけ……。それがこんなに――甘いものは得意じゃないと仰る第二王子殿下まで――お好きだと言っていただけて、なんか、こう、感慨も一入(ひとしお)だったり。

 そう、お伝えしてハンケチで目頭を拭う。ポケットからハンケチを出すときに、コツンと指先に当たった()()にハタと思い至った。……ケチらないで3目盛り分、使っておけばよかったー。溢れ出る涙を拭うフリして、暫し脳内で反省会を開く。

 母親が飲食部門を統括しているなら、貴女は何をしているのだと訊かれ、服飾部門を統括していると答える。ついでに宣伝もしておく。平民が着る普段着から王族の方がお召しになるドレスまで、生糸から織布、染色からデザイン、仕立てまでフルオーダーもお受けしていると。あとは帽子とか靴とかバッグ、香水、男性のタイとかも。

 さっきは、サラッと流しただけだったので、改めて『第三王子殿下の付けておられる香水も(商会)の商品で、開発には自分も浅くなく関わっている』とお知らせしたら、第三王子殿下が凄く複雑な表情になった。

「貴女が感じるのは、私がつけている香水の《香り》だけなのか」と問われたので、無言でこっくり頷く。縋るような眼差しに、言葉にするのがちょっと憚られたからだ。

「《番》の《におい》がするのに~」とまた瞳が潤み始める第三王子殿下。意図していないだろう第三王子殿下からのナイスパスに内心ほくそ笑んだ。

「その《におい》なのですが……」と(へりくだ)りつつ申し上げる。

 私から《番》様の《におい》がする理由を。

 簡単に言ってしまえば、《移り香》である。

 デザインの打ち合わせ、採寸、仮縫い、本縫い、手直し。服を仕立てるのにどれも必要不可欠で、どれも相手の《匂い》が移る程、側に寄る必要がある。採寸時にはその細腰に手を回すこともあるし、仮縫い時にはその息がかかるほど近くによることだってある。

『現場を知れ』が(商会)のモットーなので、会頭の娘だろうが一通り出来ますとも。高位貴族のご夫人とかご令嬢は、採寸や仮縫いは私を指名してくることもある。そうして付いてしまった《移り香》を第三王子殿下が嗅ぎ取ってしまったのだろうと思われる。

 今日の自分の行動を遡ってみると、第三王子殿下の《番》様候補は、5人の貴族のご令嬢だろう。仕立屋にも守秘義務はあるが、この場合違反には当たらないと思う。何せ第三王子殿下の《番》様探しだ。情報提供は速やかに。

 紙をお貸しいただければ、ご令嬢方のお名前をしたためますがとお伝えしたら、ものの数分で紙が届けられた。侍従の方から渡された上質な紙に、さらさら~っとご令嬢方のお名前を記す。

 侍従経由で手元に来た紙を見て、やんごとなき方々がホッとした雰囲気を醸し出す中、一人納得していないのは第三王子殿下。真っ先に受け取るべき、ご令嬢のお名前を記した紙を見ようともしない。

 目で訴えられても、私は《番》じゃありません。――仕方ないなぁ、《におい》がなくなれば、嫌でも納得されるでしょう。

 断りを入れて、ポケットの中から()()を取り出す。王宮に入る前に一通り持ち物の安全確認はしていただいているので、侍従の方や侍女の方がザワつくこともない。

 テーブルの上に置いたのは【消臭の香水】。これは何だ?と目線で尋ねられ、匂いを消す物だとお答えする。

 元々は、気分によって纏う香りを変えたいという要望から生み出されたものだ。一度付けた香水の香りをこの【消臭の香水】で消して、他の香水を付けなおす。

 販売している過程で、ある事が判明した。付いてしまった《移り香》を消すことが出来たのだ。

 仕事上《移り香》が付きやすい職種の人たちは、今日の私の様に《番》に間違われることも少なくはない。故にトラブルも起きやすい。ただの《移り香》なのに《番》だと騙したとか。勘違いしといて騙したとか言われていい迷惑である。

 どの程度振りかければ《におい》が消えるのか、容れ物に目盛りを付けて使用量を確認するという地道な作業を、商会の服飾部門総出で行っている最中である。

 図らずも王族相手に実証実験が出来るなど、なんたる僥倖。……宣伝文句に使わせていただけないかしら。

 本物の《番》の《におい》は消えないことをお伝えして、使ってみても?と提案する。渋々頷く第三王子殿下。とは言え、その場で香水を使うのはマナーに反するので、レストルームまで付いて来ていただいて、侍女の方に遠慮なくぶっかけてもらう。

「ぬあー!」と皆様がいらっしゃる部屋から、微かに声が聞こえた。よしよし、消えたようね。というか、このレストルームまで結構距離あるけど、《におい》嗅ぎ取れていたのか、すごいわね第三王子殿下の鼻。

 



 その後、第三王子殿下の《番》様について、様々な方法で確認が取られ、無事判明いたしました。

 最も有効的だったのが、5人のご令嬢とお会いした私が、すぐさま登城して、第三王子殿下に《におい》を嗅いでもらうという、人様にお話したら眉を顰められそうな方法であったことは内密に…だそうです。

 お相手は、(よわい)15歳。今年学園に入学したばかりの可愛らしいお嬢様です。第三王子殿下とは七つ離れています。――そこはかとなく犯罪臭が……ゲフンゲフン。

 私がお伝えした5人のご令嬢の中で、一番有り得ないと思っていた方でした。

 他の皆様は夜会用のドレスのご注文でしたが、《番》様は、学園の制服の採寸でしたから。入学前から比べると随分と背が伸びられて、新たに制服をお作りになるとのことで来店されたのが、あの日だったのです。

 それをお伝えした時の、国王陛下や王妃殿下の何とも複雑なお顔がとても印象的でした。

『七歳差か……いいなぁ』と呟いた第二王子殿下を、即座に()()制裁した王妃殿下の目が笑っていない微笑みも忘れられません。背後にブリザードが見えました。

 ちなみに第二王子殿下は、まだ《番》様と出会われていないそうです。年上のグラマラスなお姉さまとかだと、ちょっと面白いのにと思ったことは内緒です。

 どうしても《番》様と運命の出会いがしたかった第三王子殿下は、公務と称して学園に視察に訪れ、《番》様と出会われたそう。

 流石に授業中の教室に乱入するような愚挙は起こさなかったようですが、お昼休みに学友と中庭でランチをしていた所に突撃したようで、皆様ちゃんとお昼は摂れたのでしょうか? 

 突撃したのが食堂でなくてよかったと思いましたが――更に大混乱でしょうから――何でも《番》様の方も、朝から様子がおかしかったらしく――第三王子殿下が居た所為?――気分転換に中庭でのランチをご学友が提案したそうです。グッジョブです、ご学友様。


 ちなみに、情報源は第三王子殿下ご本人です。何故か感謝と惚気の手紙が来ました。出会いの詳細も事細かに記してありました。読み進めるうちに、西蔵砂狐化していてメイドに引かれました。目付きが乾いていて怖かったそうです。




 余談ですが、【消臭の香水】は気兼ねなく使えるよう、大容量に大幅リニューアルし、再発売されました。

 宣伝文句は――


 『高貴な方にも効き目抜群。《移り香》に悩む貴方へ~』

 

最後まで読んでいただき有難う御座いました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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