おれは、へびだぜ
ひだまり童話館さんの企画を見かけて開催当日の参加を許していただきました。
滑り込みなもので拙い限りの殴り書きですが、よろしかったら。
おもちゃ箱の中に、一本の古いひもがありました。
片方の端にきつく締められた結び目がありますから、もとはコマを回すためのひもだったのでしょう。古くなって擦り切れていても、ひもには紺や緑のきれいな色糸が編みこまれていて、もともとはそれはそれは立派できれいなひもだったと分かります。
ひもはいつも、積み木やばらばらになったブロックの山の下で、ものぐさに寝てばかりいました。
「あなた、みんなと一緒にご主人のところに行かないの?」
ひもと一緒にいつもおもちゃ箱の底にいる、金髪のお人形がそう言いました。
「おれは、コマのひもだぜ。相棒のコマもいないのに、今さら出番なんかあるものかい」
「そうねえ。今どきの子供は、コマなんか回さないもんねえ」
お人形もふうっとため息をつきました。
「今のご主人は、お前さんみたいなお人形で遊んだりもしないだろうしな。おたがい暇でしょうがないやなあ」
お人形とひもはため息をつきながら、今日も白いブロックの上で箱の上に見える白い天井を見上げるのでした。
そんなある日のことでした。
おもちゃ箱のご主人が、小さな手でひもをつかんで箱から出したのです。ご主人はそのままひもを連れて庭に出ると、可愛がっている三毛猫の前でひらひらと振りました。
猫は面白がって、ひもにじゃれつきました。とがったツメが糸の間に食い込んで、ひもは自分がちぎれてしまうのではないかとハラハラです。
そこへご主人のお父さんがやってきてご主人の手からひもをとりあげ、猫のツメを外してくれたのです。
――猫をひもで遊ばせてはダメだよ、へびを取ってくるようになるからね」
――へびってなあに? どうぶつ?
――そうだよ。長くてにょろにょろして、手も足もないんだ。
へびのなかには毒のあるきばでかみつくものがあったり、大きな長い体でうさぎややぎを締めつけてしまうものもいます。お父さんは猫がそんなものに近づかないように、と用心したのですけれど、ご主人の坊やはすっかりへびが気になって仕方なくなったようでした。
それからしばらくたったある午後の事でした。幼稚園から帰ってきたご主人が、またひもを箱の外へ連れ出したのです。
ご主人は、ひもをぐるぐるとうずまきの形に巻きました――ちょうど、コマを回すときみたいにね。
ひもは驚きました。そんなことはもうずっと、ずうっと前に、ご主人のお父さんやお兄ちゃんがしたっきりでしたから。
「なんだなんだ。今ごろになってコマ回しが帰ってきたのかね?」
ひもはわくわくしながら相棒のコマを探しました。でも、コマはどこにもありませんでした。
うずまきになったひもが置かれた、つるつるのフローリングの上にいたのは、黄色い熊のおもちゃと、台座の上に行儀よくお座りした黒い猫の置物。そして、ブロックのかいぞく団員や百円ショップから来た緑色の兵士たちでした。
「おいおい、こんな顔ぶれで、いったいなにが始まるっていうんだ」
ひもが首をかしげると、ご主人は口の中でもごもごいいながら、熊のおもちゃと兵隊たちを、両手に持ってぶつけ合わせ始めました。
――みずためにとびこむんだ、ばるー!
そんな言葉といっしょに、熊は取っ手の取れたコーヒーカップに放り込まれました。それから、ご主人はひもを緑の兵士たちの前に置くと、くねくねと踊らせ始めたのです。
――かーのすきばらおどりだ。じっとすわって、みてるがいい。
にょろり、にょろり。丸く輪になって、八の字を作り、ふわふわと溶けて広がるように――ひもが踊るにつれて、兵士たちは一人、また一人とつまみ上げられておもちゃ箱に戻されました。
どうやらそれは、ご主人が幼稚園で読み聞かせてもらったお話を、玩具に演じさせているものであるようでした。
「……こりゃあれだな。どうやらおれの役どころは、いたずらの過ぎるサルたちをつかまえて食べちまう、ニシキヘビってことらしい。で、サルはあの緑色の奴らか」
ひもはすっかり驚いてしまって、ご主人にされるがままでした。やがて遊びが終わっておもちゃ箱に戻されると、あのお人形が白いブロックの上で待っていました。
ひもは出迎えてくれたお人形に言いました。
「ただいま。こんどこそもう出番はないと思ってたんだが、今日はまたへびの役をもらったよ」
「そうなの。よかったわねえ。このあいだの猫にじゃつかれたときのが、よほど良かったのかしら」
「そうかもなあ。猫の爪は痛くてこまったが、今日はあんな目にもあわなかった。たぶんまた、へびの役が来る。もう、ひもじゃないな。へびだ。おれは、へびだぜ」
「ふふふ、あなたがへびなんて、似合わない気がするけど。まあ、いっしょうけんめいやるといいんじゃない」
「ああ。似合わなくてもいいんだ。おれは、へびをやるぜ」
ひもがへびの役をするようになると、ふしぎとお人形にも出番がくるようになりました。
たとえば寝ているお人形の上にへびが天井からつたいおりて驚かせ、ご主人お気に入りの仮面騎士「ヴァルハラグナー」の人形にひっぱたかれる、という場面もありました。
それからそれから、猫の置物が演じるマングースと戦ったり。神様が大事にしているお庭で、二人で一緒にリンゴを食べたりね。
もしかすると、ご主人がだんだんむつかしい本を、自分で読むようになったせいかもしれません。
へびの役を続けるうちに、ひもはますます擦り切れてきました。お人形も自慢の金髪が少し抜けてきたりしましたが、暇でいるよりはずっといいのです。二人はとても満足でした。
ご主人がおもちゃ遊びを卒業するまで、ひもはへびの役を誰にも譲らずに、続けることでしょう。