淑女倶楽部の事業報告 〜リリィアナ嬢の場合〜
前作「何故私にお尋ねに?」の感想欄に、アリシアが王妃になって、大鉈を振るって改革をしている続編を読みたい、と書き込んで下さった方がいて嬉しく思いました。
しかし、それはまだちょっと荷が重かったので、スピンオフというか、集団婚約破棄事件の後どうなったのか、少しだけ描いてみました。前作に引き続き読んで頂けると有難いです。
王城で婚約破棄をされてからはや半年。常識的に考えれば、下を向き、人の目を避けながら生活をしているところだろうが、リリィアナ嬢は今日も元気に学園へ通っている。
なにせ、学園では十人ものご令嬢が一斉に婚約破棄になっているのだ。いやいや、その後も、三人、婚約解消している。故に、ことさら彼女だけが白い目で見られる事はない。
いや、たとえ仮に誰かに変な目で見られたとしても、彼女は気にしなかっただろう。ダイエット地獄から抜け出せた今、彼女はとても幸せで、最高に気分がいいのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リリィアナ嬢の元婚約者は、当時は王城の財務局に勤める文官で、ローラン=カッセルといい、伯爵家の嫡男だった。
彼は黒髪茶色の瞳で眉目秀麗。その上背が高くスマートだったので、女性からとても人気があった。
そのローランと婚約したのはリリィアナが十二歳で、彼が十五歳の時だった。元々彼の事は知っていたし、こんなすてきな人と婚約できるなんてと、当初リリィアナは天にも昇るような気持ちだった。
リリィアナはローランに気に入られようと、精一杯努力をした。勉強もダンスも礼儀作法も。本当はおしゃべり好きでお転婆だったが、できるだけ口数少なくお淑やかに振る舞った。
ローランはそれに対して褒めたり、何かを言ってくれたりはしなかったが、冷たくされたり、無視された事もなかった。ただ、彼も思春期真っ盛りだったので、人前ではあまり彼女と接触を持とうとはしなかったが。
つまり、二人の関係はとても淡白なものであり、リリィアナの最初の頃のときめきも次第に消えて、穏やかなものとなっていった。
しかし、そんな二人の関係が少しずつ悪化していったのは、リリィアナが十六歳になった頃からだった。
リリィアナと会う度にローランは不機嫌な顔で、
「痩せろ!」
と言った後は何も喋らなくなったのだ。
予め会う事がわかっている場合は、リリィアナは何日も前から食事を抜き、弟相手にダンスに励んだ。おかげで二人はダンスの名手として有名な姉弟となった。
しかし、運動をすると当然お腹もすく。しかも食事の量を減らしているので、食欲を抑えるのはかなり辛いものだった。それなのに、そんな努力をしても、それに見合う効果がなかなか出なかった。
リリィアナの家、ロッド伯爵家は、両親とも元々ややぽっちゃり体型だった。そして、十五、六歳の女の子というのは、大体一番ふっくらしているものなのだ。
リリィアナの元気は段々となくなっていった。そして、顔の表情も次第に暗くなっていった。
リリィアナの二つ年下の弟マシュウは、とても姉思いの優しい少年だった。姉から笑顔が消え、暗い顔をしている時間が増えていった事を心配し、ローランに訴えに行った。
姉は貴方に気に入られようと日々努力しているのだから、その事を理解して欲しい。姉にもう少し優しく接して欲しいと。
しかし、ローランはマシュウにも冷たくこう言い放った。
「いくら努力をしても結果が出なければ意味がないだろう。もし、振りじゃなく本当に頑張っているというのなら、その努力の仕方が間違っているのじゃないか? それとも、君の家庭そのものが、他所とは違いだらしなくて、太る環境になっているのではないか? 少し痩せても、すぐにまた太る。それを繰り返しているじゃないか!」
あまりの言い草に温和なマシュウも思わずカッとなって立ち上がった時、突然後ろから声をかけられた。
「マシュウ様、ごきげんよう。こんな所でお会いできるなんて嬉しいわ」
振り向いて、マシュウは瞠目した。そこには、学園の真紅の薔薇と称される、華やかで非常に美しい淑女が優しく微笑んでいた。
「アリシア様・・・」
「こちらのカフェのミルクティーが評判だと聞いて来てみましたの。貴方も?」
「えっ? ええ、そうです」
「そちらはカッセル様ですよね? リリィアナ様はご一緒ではありませんの?」
「ええ。姉はカッセル卿からカフェや甘味処へ出入りするのを禁じられていますので」
「な、何を言っているんだ、マシュウ君。僕が何故そんな事をするんだ。嫌だなぁ。というか、お二人はお知り合いだったのですか?」
ローランは慌ててこう言った。すると、デューリング公爵家のご令嬢アリシアは小首を傾げた。
「もちろんですわ。リリィアナ様はクラスメイトですし、元々マシュウ様共々、幼い頃から同じ教会に通っておりますもの。ご存知ありませんでした?」
ローランは知らなかった。
自分は紳士倶楽部のメンバーで、デューリング公爵家の嫡男マセルとは親しくさせて貰ってはいたが、まさか婚約者のリリィアナまで、デューリング公爵家と親しくしていたとは、思ってもみなかった。いや、会話らしい会話をした事がないので、知らなかったとしても当然と言えば当然なのだが。
もっとも、アリシアの言った事に何一つ嘘はなかったが、本当に親しいのかと言えばそれは違うだろう。顔見知りには違いないが、マシュウが挨拶以外で彼女と会話をしたのはこれが初めてだったのだから。多分姉もそうだろう。
「お話し中に横から口を挟むなんて、失礼な事をして本当に申し訳ありませんでした。
実は明後日、リリィアナ様とお会いする約束をしていたのですが、急に予定が入ってしまいましたの。それで、もしお時間のご都合が付きましたら、明日の昼休みに生徒会室でお弁当をご一緒して頂けないか、マシュウ様からお姉様に言付けをお願い出来ないでしょうか?」
アリシアから、優しげにゆっくりとした口調で依頼されたマシュウは頷いた。
マシュウはとても頭が良い少年だったので、本当はそれ程親しくはないのに、アリシアがわざわざこんな事を言い出したのは、先程のローランとの会話を耳にしていたからに違いない。その上で姉の相談に乗ってくれるつもりなのだろうと察したのだ。
学園の生徒会室。そこが淑女倶楽部の本部を兼ねている事は、知る人ぞ知る事実だったのだから。
弟のマシュウからの言付けを聞いたリリィアナは、翌日のランチタイムに生徒会へと向かった。精神的にかなり落ち込んでいた彼女は、正直言って誰かと会う事は苦痛であり、出来る事なら避けたい事だった。
しかし、公爵令嬢アリシアからのお誘いを断るなどという選択肢は彼女にはあり得なかった。
生徒会室の扉をノックして、承諾の声を聞いたリリィアナが中へ足を踏み入れると、甘くて爽やかな林檎のような香りがした。
これはローラン・カモミール?
生徒会室のソファに、優しい微笑みを浮かべたアリシアと対面する形で座ったリリィアナは、ホットミルクティーの入ったマグカップを握りしめながら、涙をこぼした。そして促されたわけでもないのに、彼女は今の辛い思いを淡々と語り始めたのだった。
アリシアはほとんど口を挟まず、優しく微笑みながら、ただ頷いて、その都度、
「それは辛かったですわね」
「それは悲しかったでしょう」
「随分と頑張られたのですね」
と短く言葉を交えながらリリィアナの話を聞いていた。そして最後にこう提案した。
「人というのはやはり、お話をしなければわかり合えないと思うのです。お辛いでしょうが、あと少しだけお話の機会を持たれてみるのはいかがでしょうか。
そしてそれでも、お話ししてももう無理だとお感じになられたなら、その時は私が、全力で貴女のご希望に添えるよう、ご協力させて頂きますわ」
リリィアナはアリシアの言葉に驚きの表情をした。クラスメイトとはいえ、今までは挨拶を交わす程度で、ほとんど会話をした事がなかったからだ。
アリシアはそんな彼女の気持ちに気付いたらしく、少しはにかんだように笑った。
「私、子供の頃から明るくて元気な貴女に憧れていて、お友達になりたいとずっと思っていたのです。ただ私、人見知りが強くて話しかける事ができませんでしたの。
でも、この数年、貴女が少し変わられてしまって、元気がないご様子だったので、心配しておりました。
ですから、私に何かお手伝いさせて頂けたら嬉しいのですが」
リリィアナはまた涙をこぼした。しかし今度は、とても幸せな気持ち、嬉し涙であった。
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その後、リリィアナはアリシアの友人となり、淑女倶楽部にも入会し、すっかり明るくておしゃべりな本来の彼女に戻っていった。
婚約者から彼の理想の女性用のドレスを贈られた時も、傷付きもせず、すぐに送り返そうとしたのだが、アリシアから例の作戦を提案されたので、リリィアナはいち早くその案に賛成した。そしてアリシアのブレーンとなって、率先して行動を起こしたのだった。
リリィアナはアリシアのアドバイスを受けて、何度も婚約者のローランと話し合いをもとうとした。しかし、結局彼は、アリシアの事を何故言わなかったのかとまずそれを責め、これからはデューリング公爵家の情報を流せと要求した。
そして相変わらずの一言を吐き捨てただけだったのだ。
「君はなんてみっともないんだ。僕に相応しくなりたいなら痩せろ!」
と。三度目のこの言葉を聞いて、リリィアナはついに婚約者との別れを決意した。この男は今後どれ程一緒にいても、絶対に私の心を理解してはくれない、いや、理解しようとはしないだろうと。自分がどんなに尽くそうが努力しようが。
そう感じた時、彼女は思ったのだ。これ以上自分の大切な時間を無駄にするのはやめようと。
そしてリリィアナは自ら進んで、王城のパーティで婚約者から婚約破棄された十人のご令嬢の一人となり、今に至るのだった。
彼女は婚約者から与えられ続けたストレスがなくなった事で暴飲暴食する事がなくなり、体重が一気に減少した。肌の艶も良くなり、彼女は本来の美しさを取り戻した。
しかも、ダンスによって引き締まった体はメリハリがついていて、見事なまでのプロポーションになっていた。
そしてそれ故に、リリィアナは淑女倶楽部がない日でも、放課後は毎日のように生徒会室へと足を運んでいる。何故なら、リリィアナがあまりにも美しくなり過ぎた為に男性が近寄ってくるようになって、彼女が一人で帰宅するのは危険になってきているからである。
リリィアナの家は伯爵家ではあるが、子供専用に侍従やら御者を付ける程余裕がない。そもそも、徒歩で十分もかからない距離なので、馬車など使う必要性がないのである。
「ごきげんよう、皆様!」
リリィアナが元気に挨拶しながら生徒会室の中に入って行くと、役員達も、皆、いらっしゃいと返事を返してくれた。
あの婚約破棄事件の後、この学園の生徒会もメンバーが少し入れ替わった。つまり、紳士倶楽部の会員だった生徒会長と副会長の二名が辞めたので、それぞれの学年の成績順位二番の男子生徒が新しくその任についたのだ。
今度の役員三名は、過去の役員達とは違って皆真面目で、積極的に仕事に励んでくれていた。そしてその内の一人、一年生の副会長が、リリィアナの弟のマシュウだったのだ。
つまり、リリィアナは弟と一緒に帰る為に生徒会室に寄るのである。
マシュウは勉強やダンスだけでなく、武術にも優れていて、可愛らしい見た目に油断すると、軽く返り討ちをくらう。
「それにしても、ただのナンパだけじゃなくて、ストーカー行為までする者が出てくるようでは心配よね」
三年生の書紀係のイザベル嬢が顔を顰めた。彼女はランタン侯爵家のご令嬢で、アリシアの廃嫡になった兄セサルの元婚約者だ。
アリシアと並び立つ程優秀で美しいイザベルを、何故セサルが気に入らなかったのか、誰一人として理解出来なかった。特に彼女の幼馴染みで親友、しかも義妹になる予定だったアリシアは、イザベル本人よりもセサルに腹をたてていた。好みは人それぞれだとしても、婚約者、いや、人に対する思いやりがなさ過ぎると。
しかし、イザベルが第二近衛隊の将来有望の若き騎士ギルヴァ侯爵と、間もなく婚約が決まりそうなので、アリシアはホッとしている。彼は人間的にも立派な紳士で、彼女を以前から密かに大切に思っていた事を知っているから。
「昨日、ギルヴァ様にリリィアナ様がストーカーの被害にあっている事を相談したの。そうしたら、近々調査してくださる事になったわ」
イザベルのこの言葉にリリィアナとマシュウは恐れ多いと恐縮した。しかし、イザベルは珍しく顔を赤らめてこう言った。
「ギルヴァ様がね、私の大切な友人なら、ご自分にとっても大切だから気にする事はないって、そう言って下さったの。だから、遠慮なさらないで・・・」
「「「キャー!!」」」
生徒会室は淑女倶楽部ではなく、通常モードの筈だったが、黄色い華やかな声が響き渡った。
男子役員三名はその声にビク付きながらも、男子として、女性にどうしたら喜んでもらえるのかを一つ学んだのであった。
そして数日後、平民を装った近衛騎士のギルヴァと、何故かライオネル王太子の二人が、リリィアナ嬢の後をこっそりとつけて、ストーカー男を捕まえた。
すると、両脇を押さえつけられたその男は、振り向いたリリィアナ嬢に向かって声を張り上げたそうだ。
「違う、俺はストーカーなんかじゃない。リリィアナ、俺が怪しい人間じゃないと証明してくれ!」
しかし、リリィアナは震えながら、こんな人、私は知りませんと、首を振った。すると、その男は驚愕して、なりふりかまわず暴れながらこう叫んだという。
「冗談は止めてくれ!俺だよ。君の元婚約者のローラン=カッセルだよ!」
と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それにしても驚きましたね。人間って、短期間であんなにも変われるものなんですね」
放課後の生徒会室。今日は淑女倶楽部の日である。
ハーブティーを飲みながら、一年生の会計係のフレディ伯爵家令嬢、エレナが深いため息をつきながら言った。
「変われるというか、変わってしまったというのが正解でしょう。好きであんな風になりたいと思う筈ないもの」
とバッサリと切り捨てたのは三年生のキャロル嬢。
「確かに。ガマガエルの化け物かと思ったわ」
同じく三年生のエイダ嬢。
「し、辛辣ですね」
二年生のキアラ嬢。
「えっ? そう? 私もそう思ったわよ。ただ太っただけで、あんなにブヨブヨになるものなの?」
同じく二年生のダーナ嬢。
すると、ずっと黙っていたアリシアが口を開いた。
「確かにあの方は背が高くて一見スマートでしたが、運動はお嫌いだったようだから、筋肉がなかったのではないかしら。だから脂肪太りしたんじゃないかしらね。あの締まりのない太り方を見ると」
「ええ、その通りです。あの人は勉強や芸術方面は好きなのですが、運動が大嫌いなんです。よくおわかりになりましたね、アリシア様」
リリィアナが驚いて目を丸くすると、アリシアは苦笑いをした。
「以前、パーティでリリィアナ様とダンスをしてるところを拝見した事がありましたの。あれは完全にリリィアナ様がリードされていましたよね。
あれ以後あの方、リリィアナ様のエスコートを拒否して、マシュウ様に丸投げされていたでしょう? あれって、エスコートをするのが嫌というより、ダンスを踊りたくなかっただけだと思いますわ。でもプライドが高くて正直にそう言えなかったのでしょうね」
「「「まあー!!」」」
「無駄なプライドね。リリィアナ様には無茶な要求ばかり強制していたくせに」
イザベル嬢も深くため息をついた。
「本当ですよ。リリィアナ様に素直にご指導を乞えば良かったのに。今回のように」
と、二年生のクレール嬢。
そうなのだ。今回ローランがリリィアナの後をこっそりとつきまとっていたのは、さすがによりを戻そうと思っていた訳でも、ストーカー行為をしようとしていた訳でもなかったらしい。
実は先月、淑女倶楽部の面々は、病院の空き病棟を借りて、ダイエット教室を開催した。これは美容というより、健康面を重視した講義だった。
肥満は万病の素。医師達は肥満を起因とする病人に対して、安直に痩せるようにと指示する。しかしそれが出来れば誰も苦労はしない。
患者達の猛抗議に医師達は頭を抱えた。彼らにもダイエットのノウハウがなかったからである。
そんな時、看護人から普段からスタイル維持に気を配っている貴族のご令嬢様なら体重の管理法を知っているのではないか、とアドバイスをもらった。そこで学園に講義の依頼が来て、それが生徒会へ、最終的に淑女倶楽部へと回ってきたのである。
この講義は大成功、大反響を呼んだ。しかし、これは女性向けの講座であった。この社会ではまだまだ保健衛生面の話を男女一緒に聞けるという体制にはなっていないのである。よくわからないが、風紀を乱すというのだ。
ローラン=カッセルは伯爵家の嫡男で王城の財務局に勤めていた元文官だった。半年前、婚約者を長年蔑ろにした挙げ句、王城のパーティーで紳士倶楽部の仲間と共に派手に婚約破棄をするという騒ぎを起こした。その結果、国王陛下の怒りを買い、役所をクビになり、廃嫡の憂き目にあった。
彼は元々金の計算が得意だったので、母親の実家の商会で働かせてもらうことになった。しかし、役所とは違い、好きな経理の仕事だけをしていればいいと言う訳にはいかなかった。当然営業など、人との付きあいもこなさなければならなかった。
ところが彼は人とのコミュニケーションが苦手だった。
運動が苦手で、体を動かす事や歩くのも嫌いだった。
彼が実家に住んで、役所勤めをしている頃は、自分の好きなことだけをしていた。しかもそれは彼だけではない。カッセル伯爵家の人間は、皆自分の好きな事ばかり勝手にしているような家庭であった。だから、家族全員がストレスフリーだったのだ。
それが家を出て部屋を借り、慣れない仕事をし始めると、急激にストレスが溜まっていき、それを解消しようとやけ食いをしたり、深酒をするようになった。するとあっという間に太り始め、持っていた服がすぐに着られなくなった。醜くなった自分の姿にローランはショックを受けた。
彼は慌ててダイエットを始めたが、食事を減らしても一向に体重が減らない。それにイライラしてやけ食いをして、さらに太ってしまった。
ローランは愕然とした。体重を減らす事がこんなに大変な事だとは思ってもみなかったのだ。この時、初めてリリィアナの辛さに思いが至ったのだった。彼女への申し訳なさで涙が出てきた。
しかし、後悔しても後の祭り。昔には戻れない。その上、現状を回復させる方法も見つからず、さらに体重が増え続けていった。このままいったら、仕事もクビになってしまう。悩んだ末に病院へ行った時、そこで淑女倶楽部主催のダイエット教室が開かれる事を知った。
天の救いだとローランは歓喜したが、男性は受講出来ないと知ってショックと同時に怒りが込み上げてきて、医師達に苦情を言いに行った。しかし医師達にはこう冷たく言い渡された。
「あなたは男でしょ。女性に頼らず自分でなんとかしなさいよ。断酒して、食事量を減らして、そして運動すれば誰だって痩せるよ」
それが出来れば誰も苦労しないんだよ。ローランはへたへたとその場に座り込んだのだった。
そしてその後、ローランは街中で偶然リリィアナがカフェで友人達とケーキを食べているのを見かけた。
彼女は大分痩せて、以前彼が望んでいたような抜群のスタイルになっていた。しかも肌や髪の毛も艷やかになり、とても美しく、健康的になっていた。自分とはまるで真逆だった。
そうか・・・
自分が彼女にただ痩せろとストレスを加え続けたから、彼女は却って太ってしまったんだな。そして、きっとあんなに暗い表情ばかりするようになったんだな。
リリィアナは何にでも頑張っていたのに、俺は少しも認めてやらなかったし、褒めもしなかったな。自分じゃ嫌な事に目を逸らしてばかりいたのに・・・
「反省出来るようになったのは良かったですし、無駄なプライドを捨てられたのは凄いとは思いますよ。でも、虐げていた元婚約者にダイエットの協力を求めるのはどうなんでしょう?
私なら、アンドレス様に土下座されてもお断りしますね」
二年生の書紀係、マイヤーホフ侯爵のユリア嬢が呟いた。
彼女は元王太子である第二王子アンドレスの元婚約者である。
アンドレス王子は廃嫡になり、兄の第一王子の家臣になる為、今再教育中である。今もって詫びと復縁を求める手紙を寄越すので彼女は辟易している。
アリシアの伯母である侯爵夫人のパーティーで知り合った若き外交官に熱烈なアプローチを受けているので、さっさと彼と婚約してしまえば、さすがに王子も諦めてくれるかしら?などとユリアは思っている。
「正直なところ、リリィアナ様はどうなさるおつもりなの? 男性のダイエット教室の件は?」
アリシアが尋ねた。するとリリィアナは淑女倶楽部の事業報告書を書き終え、顔を上げてこう言った。
「ダイエットの辛さは男も女も関係ないので、一人で実行するのは厳しいし、無闇に食事制限したり、激しすぎる運動も却って危険です。知識を持つ事が大事なので、これからも男女共にダイエット講座は開くべきだと思います。
しかし、現実的には女性講師が男性を指導するのは、今のご時世ではまだまだ難しいでしょう。ですから、まずは男性講師の育成から始めましょうか。とりあえず、生徒会の三名の方から。
ローラン様も彼らに指導してもらえるようになるまで待って頂くしかないですわね」
淑女倶楽部のメンバーは全員納得して頷いた。
リリィアナは事業報告書を胸の前で抱きしめながら、最後にこう小さく呟いた。
「何故、私にお尋ねに?
何故、醜いと罵った私に?
何故、気に入らなかった私に?」
読んで下さってありがとうございます。