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アイスのあたり棒の謎

作者: ウォーカー

 これは、児童公園の遊び仲間の、男の子と女の子の話。


 小学校の通学路にある児童公園。

駄菓子屋が併設されているその公園では、

遊びに来る子供たちで毎日賑わっていた。

公園で遊んでいるのは、いつも似たような面子の近所の子供たち。

そのボーイッシュな女の子は、

男の子たちに混じって、いつも元気に遊んでいた。

「みんな、一旦休憩にしよう。」

鬼ごっこをしていた子供たちが、走り回るのを止めた。

年少の子供たちが、疲れて走れなくなったので、

それに合わせて、子供たち全員が休憩することになった。


 公園の地面に座り込んで休んでいる子供たち。

その中のひとり、

その内気な男の子が、

大きなバッグからアイスキャンディーを取り出す。

木の棒に氷菓子がついた、よくあるアイスキャンディー。

それを、休んでいる子供たちに配り始めた。

「みんな、疲れたでしょ。

 よかったら、これ食べて。」

喉が渇いていた子供たちは、喜んで受け取る。

「おう、サンキュー。

 気が利くな。」

「ありがとう、おにいちゃん。」

走り回って汗だくになっていた子供たちは、

美味しそうにアイスキャンディーを食べている。

そうして、その内気な男の子は、

アイスキャンディーを順番に配っていって、

最後に、そのボーイッシュな女の子のところにやってきた。


 そのボーイッシュな女の子は、活発で男勝り。

考えるよりも先に体が動くような性格。

鬼ごっこでも、年上の男の子よりも活躍していたくらい。

逆に、

その内気な男の子は、内気で大人しい性格。

鬼ごっこでは、鬼になっても子になっても、

みんなの足を引っ張ってばかりだった。

その罪滅ぼしのつもりか、

今日はこうしてみんなにアイスキャンディーを配っていた。

そのふたりは、

公園で一緒に遊ぶグループの中では、

あまり接点はない方で、

直接話をするのは、こんな特別な時くらいしかなかった。


 そのボーイッシュな女の子が、

公園の地面に腰を下ろして、汗を拭っている。

すると、その頭上から、

その内気な男の子がアイスキャンディーを差し出した。

「お疲れ様。

 よかったら、このアイスキャンディー食べて。」

そのボーイッシュな女の子は、微笑んでそれを受け取る。

「ありがと。」

受け取ったのは、

黄緑と赤に色付けされたアイスキャンディーだった。

カラフルなアイスキャンディーを見て、

そのボーイッシュな女の子が顔を綻ばせた。

「わぁ、美味しそう。

 これ、スイカ味のアイスキャンディーかな。」

そのボーイッシュな女の子が、

嬉しそうな顔でアイスキャンディーを頬張る。

それを見て、

その内気な男の子が、ちょっと心配そうに声をかけた。

「そのアイスキャンディー、味はどう?

 美味しい?」

「これ、スイカ味なのかな。

 よくわからないけど、美味しいよ。」

そんな返事を聞いて、

その内気な男の子は、安心したように肩の力を抜いた。

それから、

ちょっと緊張した面持ちになって、

そのボーイッシュな女の子の隣に、そっと腰を下ろした。


 そうして、公園の子供たちが休憩することしばらく。

その内気な男の子は、

そのボーイッシュな女の子の隣に座って、

何事かうずうずとしていた。

それから、

意を決して声をかけようとした、その時。

そのボーイッシュな女の子が、

アイスキャンディーを食べ終えて、それから声を上げた。

「あら?

 なんだろ、これ。」

そう言って、

食べ終わったアイスキャンディーの棒を眺めている。

隣りに座っていたその内気な男の子が、顔を見ずに聞き返す。

「ど、どうしたの?」

「うん、あのね。

 食べ終わったアイスの棒に、何か書いてあるの。」

そのボーイッシュな女の子の手に握られた、

食べ終わったアイスキャンディーの棒。

アイスキャンディーによく使われる、平たい木の棒だった。

そのアイスキャンディーの棒に、

何やら字のような模様のような、何かが刻印されていた。

そのボーイッシュな女の子は、

アイスキャンディーの棒を縦に横にしながら、

それを解読しようとしていた。

それから、

ピーンと何かが閃いた顔になって言った。

「これ、あたりの印だ!」

「えっ!?

 あたりの印?」

その内気な男の子が、

びっくりしてオウム返しに聞き返した。

そのボーイッシュな女の子は、得意げな表情で説明を始める。

「うん。

 これきっと、あたりの印だよ。

 アイスって、あたりつきのものがあって、

 あたりだった場合は、

 アイスの棒に、あたりって書いてあるのよ。

 それを買ったお店に持っていけば、もう一本貰えるの。」

「で、でも。

 そのアイスの棒の文字、二文字しかないよ。

 あたりとは違うんじゃないかな。」

その内気な男の子が言う通り、

そのアイスの棒に書かれた記号は、二つの塊。

文字だったとしても、二文字にしかならない。

これでは、

当たりとか、あたりという文字には読めない。

そのボーイッシュな女の子が、難しい顔になる。

「う~ん、確かに。

 二文字で【あたり】を表すとしたら、何て読めば良いんだろう。」

その内気な男の子が、咄嗟に応えてしまう。

「漢字一文字で、当。

 それとも、

 漢字一文字と送り仮名一文字で、当り。

 とかかなぁ。

 いやいや、それよりも、

 そもそも当たりって意味とは限らないんじゃないかな。」

そのボーイッシュな女の子は夢中になっていて、

その内気な男の子の言葉を、最後までは聞いていない。

アイスキャンディーの棒とにらめっこしながら、

ぶつぶつとつぶやいている。

「漢字一文字、送り仮名一文字かぁ。

 そう考えるとしても、この文字の読み方はわからないなぁ。

 ・・・あっ、分かった!

 これ、きっと書きかけなのよ。」

「書きかけ?」

「そう。

 それか、文字が途中で消えちゃったのよ。

 【あたり】って文字のはずが、【り】が抜けてるのよ。

 ほらこれ、

 【あた】って読めるでしょう?」

そのボーイッシュな女の子が、

アイスキャンディーの棒を近付けてくる。

真剣な様子に、

その内気な男の子は、思わず同意してしまう。

「・・・た、確かに。

 【あた】にも読めるかも。」

「でしょう?

 印刷の不具合でも、あたりはあたりだよね。

 買ったお店に持っていけば、

 アイスと交換して貰えるはず。

 あたし、ちょっと交換に行ってくるよ。」

そのボーイッシュな女の子が、軽やかに腰を上げた。

「あっ、ちょっと待って!」

その内気な男の子が止める間もなく、

そのボーイッシュな女の子は、

公園の近所の駄菓子屋に向かって駆け出していった。


 そのボーイッシュな女の子は、

公園から勢いよく駆け出すと、

近所の駄菓子屋の中に駆け込んでいった。

駄菓子屋の中では、

店主のお婆さんが、お座敷でお茶を飲んでいるところだった。

そのお婆さんに向かって、大声で呼びかける。

「お婆ちゃん!

 アイス当たったよ!交換して。」

先程のアイスキャンディーの棒を振ってみせる。

しかし、

駄菓子屋のお婆さんは、何を言われたのか分からず、

怪訝そうな顔で聞き返した。

「アイスのあたり?

 そりゃ何の話だい?」

そう言われて、

そのボーイッシュな女の子が、

アイスキャンディーの棒を突き出して言う。

「あたしが食べてたアイスから、あたりが出たの。

 ほら、このアイスの棒を見て。

 ここに、【あた】って書いてあるでしょ。

 印刷の不具合か何かで、

 【あたり】の【り】が抜けてるんだよ。

 でも、あたりは有効だよね。」

しかし、

駄菓子屋のお婆さんは、渋い顔を横に振る。

「何のことだか分からないけど、

 うちの店は、

 あたりつきのアイスキャンディーなんて扱ってないよ。

 そりゃ、うちの売り物じゃないねぇ。」

そう言われて、そのボーイッシュな女の子が口を尖らせる。

「えー。

 このアイス、この駄菓子屋で買ったものじゃないの?

 じゃあ、どこで買ったアイスなんだろ。」

その時、後から追いかけてきたらしい、

その内気な男の子が、肩で息をしながら駄菓子屋に入ってきた。

「はぁ・・はぁ・・。

 待ってって言ったのに。

 そのアイスは、

 この駄菓子屋で買ったアイスじゃなくて、

 商店街のスーパーマーケットの・・・」

「なんだ、そうだったの。

 そういう大事なことは、もっと早く言ってよ。

 商店街のスーパーマーケットって、あの店だよね?

 わかった。

 あなたは疲れてるだろうから、公園でゆっくり休んでて。

 あたしが、ひとっ走り行ってくるから。」

そうして、

そのボーイッシュな女の子は、

近所の商店街へ向かって駆け出していった。


 目的の商店街は、

駄菓子屋から10分ほどのところにあった。

もうすぐ夕方なのもあって、

商店街の中は、夕飯の買い物客で賑わっている。

そのボーイッシュな女の子は、

商店街の人混みの間を抜けて、

目当てのスーパーマーケットへと入っていった。

活況の店の中を見渡して、

店員らしいエプロン姿の中年の女を呼び止めた。

「あの~、すみません。」

「あら、どうしたの。」

呼び止められた中年の女は、にこやかに応じる。

そのボーイッシュな女の子は、

持ってきたアイスキャンディーの棒を取り出して見せた。

「アイスのあたりが出たので、

 交換して貰いにきました。」

「アイスのあたり?」

「はい、そうなんです。

 このアイスの棒なんですけど、

 【あたり】って文字が、途中まで書いてあって。

 印刷に不具合があっても、あたりは有効ですよね?」

しかし、

店員の中年の女は、

アイスキャンディーの棒を見て、

それから頬に手を当てて眉尻を下げた。

「これ、この店で売ってる商品じゃないわねぇ。

 うちの店のアイスキャンディーは、あたりつきじゃないのよ。」

それから、

その店員の中年の女は、

アイスキャンディーの棒をしげしげと眺めてから言った。

「それに、

 その文字って、本当に【あたり】なのかしら?

 わたしには、そうは読めないのだけれど。」

「これ、

 文字が途中までしか書かれてないみたいなんです。

 この二文字が、【あた】って読めませんか。

 【あたり】の【あた】だと思うんです。」

「う~ん。

 わたしには、そうは見えないのだけれど。

 文字が消えたり抜けたりではなく、

 違う文字ってことはないかしら。」

「違う文字?

 それは、どんな文字ですか?」

「そこまでは、わからないわ。

 でも、

 読み方を決めつけない方がいいと思うの。

 わたしに言えるのは、それくらいかしら。

 ごめんなさいね。」

どちらにしろ、

このアイスキャンディーの棒は、

このスーパーマーケットの売り物のものではないらしい。

仕方がなく、

そのボーイッシュな女の子は、

そのスーパーマーケットを後にした。


 【あたり】の【あた】と書いてあるように見える、

アイスキャンディーの棒。

あたりであれば、

アイスキャンディーと交換して貰えるはず。

しかし、

駄菓子屋でも、スーパーマーケットでも、

あたりつきのアイスキャンディーは扱っていないという。

そのボーイッシュな女の子は、

スーパーマーケットを後にすると、

その足で、隣のコンビニエンスストアに向かった。

「コンビニなら、

 アイスも扱ってるはずだよね。」

出入り口の自動ドアが開くのを待つのももどかしく、

コンビニエンスストアの中に足を踏み入れた。

入店メロディが流れて、店員の若い男がレジに姿を現す。

早速、

店員の若い男に話を聞くことにした。

「あの、すみません。」

「いらっしゃいませ。」

店員の若い男は、無表情に挨拶を返してきた。

そのボーイッシュな女の子は、

持ってきたアイスキャンディーの棒を見せて言った。

「このアイスの棒なんですけど、

 このお店の売り物のアイスの棒じゃないですか?

 あたりが出たので、交換して貰いたいんですけど。」

店員の若い男が、

アイスキャンディーの棒を眺める。

それから、

興味深そうな顔になって、話し始めた。

「アイスのあたり棒なんて、まだあるんだ。

 懐かしいなぁ。

 僕が子供の頃も、よく買ったものだよ。

 でもこれ、

 本当に【あたり】って書いてあるの?

 僕には、そうは見えないんだけど。」

さっきのスーパーマーケットの店員と同じようなことを言われてしまった。

仕方がなく、

そのボーイッシュな女の子は、もう一度同じ説明をする。

「えっと、

 この二文字が、

 ひらがなで【あた】って読めませんか?

 きっと、【あたり】って書くはずが、

 途中で文字が切れたか消えたかしたと思うんです。」

店員の若い男は、腕組みをして考え込む。

「う~ん、

 僕には、そうは見えないけど。

 アイスの棒の文字って、どうやって書くか知ってるかい?

 熱した金属で木を焦がして、

 ハンコみたいに文字を入れるんだよ。

 だから、

 途中で文字が切れるとか、

 ましてや文字が消えるなんて無いと思うよ。

 どちらにしろ、

 うちの店には、あたりつきアイスは置いてないんだけどね。」

この店にも、

あたりつきのアイスキャンディーは置いてないようだ。

そのボーイッシュな女の子は、軽く頭を下げた。

「そうなんですね。

 じゃあ、他のお店に行ってみます。」

この店もはずれのようだ。

そのボーイッシュな女の子は、

コンビニエンスストアから取って返した。


 【あたり】が【あた】までしか書かれてないように見える、

アイスキャンディーの棒。

そのボーイッシュな女の子は、

駄菓子屋、スーパーマーケット、コンビニエンスストアを聞いてまわったが、

どの店の売り物でもないという。

いよいよ、手がかりがなくなってしまった。

そのボーイッシュな女の子は、走り回る足を止めて考え込んだ。

「このアイス、どこの店のものなんだろう。

 こんなことなら、

 どこで買ったものなのか、

 出かける前に聞いておけばよかったかな。」

そのボーイッシュな女の子は、

思い立ったらすぐに行動してしまうという、

自分の性格を恨めしく思った。

今からでも、公園に聞きに戻ろうか。

でも、それでは遅すぎる。

宛もなく歩きながら考えていると、

目の前に、アイスクリーム屋の店先が見えてきた。

それは、

よくあるチェーン店のアイスクリーム屋。

クリーム状のアイスクリームを、

コーンの上に何個も乗せて食べるタイプのもの。

店先のアイスクリームのマスコットを見て、

そのボーイッシュな女の子は足を止めた。

「アイスキャンディーとアイスクリームって、全然違うものだよね。

 でも、

 このお店で話を聞いてみれば、

 どこの売り物かくらいは分かるかな。

 この商店街のどこかのお店の売り物だろうし。

 似たような商品には詳しいかも。

 このまま公園に戻るのも格好が悪いし、

 もう一軒だけ調べてみよう。」

そうして、

そのボーイッシュな女の子は、

目の前のアイスクリーム屋に入っていった。


 「いらっしゃいませ~。」

アイスクリーム屋に入ると、

店員らしい若い女に笑顔でお出迎えされた。

「ただいま当店では、

 ダブルサイズの半額キャンペーン中です。

 どうぞご利用ください。」

そんな黄色い声を受けながら、

そのボーイッシュな女の子は、

店員の若い女に、アイスキャンディーの棒を見せた。

「あの、すみません。

 このアイスの棒があたったんですけど、

 このお店のものじゃないですよね?」

店員の若い女は、

張り付いたような笑顔を浮かべたままで応える。

「こちらは、当店の取り扱いメニューではありませんね。

 当店は、

 アイスクリームと、

 それを使ったクレープの販売だけで、

 アイスキャンディー、つまり氷菓子の取り扱いはないんです。」

「そうですか・・・。

 どこの店の売り物なのか、わかりませんか。」

「当店以外のことは存じません。」

ピシャリと即答されてしまった。

やはり、ここもはずれのようだ。

何の手がかりも得られそうもない。

そのボーイッシュな女の子は、ちょっと落胆した顔になった。

そんな様子を見て、

店員の若い女が、営業笑いを解いて話し始めた。

「このアイスの棒が、あたりってことよね?

 でも、

 何かの間違いってことは無いのかしら。

 あたしには、

 【あたり】って文字には見えないんだけど。」

「あっ、それは、

 文字が途中までだからだと思うんです。」

「文字が途中?」

店員の若い女が、首をひねる。

そのボーイッシュな女の子は、

アイスキャンディーの棒をよく見えるようにして、説明を続ける。

「この文字、【あた】って読めませんか。

 きっと、

 【あたり】の【あた】だと思うんです。」

しかし、

店員の若い女は、不思議そうな顔をしている。

「そうなのかしら。

 この文字、違う読み方があるんじゃない?」

「違う読み方?」

今度は、

そのボーイッシュな女の子が不思議そうな顔になった。

またこの話だ。

この話は、今日何度目だろう。

口に出さずにそう考えていると、

店員の若い女が、丁寧に説明してくれた。

「そう。

 この文字、

 【あたり】と読むとは、言い切れないんじゃないかしら。

 この文字、手書きのように見えるの。

 もしそうなら、

 あたりつきじゃなくて、店の名前か何かかも知れないわ。

 このアイス、

 うちみたいな既製品を売るお店じゃなくて、

 手作りのものを売るお店の売り物じゃないかしら。」

「・・・手作り、か。」

そう言われて、

そのボーイッシュな女の子には、心当たりがあった。

この商店街に、手作り洋菓子の店があるのだ。

文字の読み方はともかく、

アイスキャンディーが手作りだとすれば、

その店で作られたものかもしれない。

洋菓子の店がアイスキャンディーを作ることも、あるかもしれない。

思い立ったら即行動。

早速、その洋菓子の店に行ってみよう。

そのボーイッシュな女の子は、さっと頭を下げた。

「参考になりました。

 手作りの洋菓子のお店に心当たりがあるので、

 そのお店に行ってみます。」

店員の若い女は、笑顔で応える。

「そう。

 お役に立てて良かったわ。

 次は、

 うちのお店のアイスクリームを食べに来てね。」

「はい!」

それから、

そのボーイッシュな女の子は、

手作り洋菓子の店に向かうことにした。


 そのボーイッシュな女の子が次に向かったのは、

商店街の外れにある場所。

人通りが多い商店街を抜けて、

スーパーマーケットの脇にある細い道から、

その裏側へと入っていく。

そうして、商店街の裏の路地を進むと、

その先に、

小さくて古めかしい店屋が見えてきた。

それが、

目的地の手作り洋菓子の店だった。


 その手作り洋菓子の店は、商店街では老舗の部類で、

そのボーイッシュな女の子が生まれる前から営業している店だった。

洋風のドアを開くと、

ドアに取り付けられたベルから、軽やかな音色が響いた。

「いらっしゃい。

 ゆっくり見ていってくださいね。」

店員らしい中年の女が、やさしそうな微笑みで出迎えた。

そのボーイッシュな女の子は、

会釈もそこそこに、早速本題に入った。

店員の中年の女に、

アイスキャンディーの棒を取り出して見せる。

「すみません。

 このアイスの棒があたりだったんですが、

 こちらのお店の売り物ですか?」

店員の中年の女が、

アイスキャンディーの棒を覗きこんで応える。

「あら、そうね。

 この棒は、うちで仕入れたものと同じだわ。

 何味か分かるように、持ち手の方に印を付けてあるのよ。

 その棒にも印が付いてるから、うちのもので間違いないと思うわ。」

良かった。

このアイスキャンディーの棒は、

この店のもので間違いないようだ。

アイスキャンディーの棒の出どころが、やっと分かった。

でも、

それだけでは、まだ道半ば。

アイスキャンディーに交換して貰って、公園に戻らなければ。

そう話をしようとしたが、しかし。

その前に、

店員の中年の女が、口を開いた。

「でも変ね。

 うちのアイスキャンディーには、

 あたり付きのものは無いのよ。」

またこの話か。

そのボーイッシュな女の子は、ちょっとムキになって、

アイスキャンディーの棒を指差してみせる。

「ここに文字が書いてあって、

 【あたり】の【あた】って書いてあるんです。

 きっと、

 文字が途中まで書かれたか、消えたんだと思うんです。

 既製品のアイスの棒の文字は、

 焼き付けて書かれていて、普通は消えないんです。

 それが消えるとしたら、手書きで書かれたものだと思うんです。

 手作りのアイスキャンディーなら、

 こちらのお店の売り物だろうと思って。」

そう言われて、

店員の中年の女が、

アイスキャンディーの棒をもう一度よく観察した。

そうしていると、不意に言葉がこぼれた。

「あら、これは・・・」

何か思い当たることがあるようで、続きを口にしようとする。

その時。

そのボーイッシュな女の子の背後で、出入り口のドアが開けられた。

軽やかな鈴の音色と共に店に入ってきたのは、

さっきまで公園で一緒に遊んでいた、

その内気な男の子だった。


 駄菓子屋、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、アイスクリーム屋。

そのどの店でも、

あたりつきアイスキャンディーの取り扱いはなかった。

しかし、店員たちに話を聞いてみて、

アイスキャンディーは手作りらしい、ということが分かった。

商店街には、老舗の手作り洋菓子の店がある。

その店の売り物なのではないか。

そのボーイッシュな女の子は、そう考えて、

手作り洋菓子の店を訪れた。

店員である中年の女に確認して、

あたりのアイスキャンディーの棒は、確かにその店のものだとわかった。

しかし、

その手作り洋菓子の店でもやはり、

アイスキャンディーにあたりはつけていなかった。

だが、店員の中年の女は、

あたりのアイスキャンディーの棒の文字を見て、何か心当たりがあるらしい。

その話をしようとしたその時、

その場に現れたのは、

そのアイスキャンディーを渡してきた本人である、その内気な男の子だった。

店の中に入ってきたその内気な男の子は、

そのボーイッシュな女の子の姿を見つけて、やれやれと口を開いた。

「やっと見つけたよ。

 アイスの棒を持って、どこかに行っちゃうんだもの。」

「あたしのこと、探してくれてたんだ。

 ごめんね、遅くなっちゃって。」

そんな会話をしているそのふたりの頭の上を、

店員の中年の女の声が飛び越してきた。

「あら、あんた!

 このお客さん、あんたのお友達だったのね。

 うちの息子が、いつもお世話になってます。」

そう言って、両手を揃えてお辞儀をした。

そのボーイッシュな女の子が、目をパチクリとする。

「息子?

 ということは、

 このお店、あなたの家だったの?

 このアイスは、あなたの家で作ったものだったのね。

 なんだ、そうだったのかぁ。

 そういうことは、早く言ってよ。

 あたし、お店を探し回っちゃったわよ。」

「ご、ごめん。

 でも、

 止める間もなく走っていっちゃうんだもの。」

その内気な男の子は、ドギマギと応えた。

そのボーイッシュな女の子も、頭を掻いて言う。

「えへへ。

 あたし、考えるより先に体が動いちゃうから。

 それより、

 あたりのアイスの棒、今アイスに換えてもらうから。」

それを聞いて、

その内気な男の子が、思い出したように騒ぎ始めた。

「あっ、そうだ!

 あのアイスの棒、人に渡しちゃだめだよ!」

「なんで?

 あたりなのに?

 アイスと交換して貰えるんだよ。」

「違うんだ、あれは・・・」

その内気な男の子が、唾を飛ばしながら止めようとする。

そんなやり取りを見て、

店員の中年の女でもある、その内気な男の子の母親が、

お腹に手を当てて笑い始めた。

「あっはっはっは!

 どこかで見たことがあると思ったら、

 あの文字は、うちの息子の字だったのね。

 あんた、字は綺麗に書きなさいって、

 いつも言ってるでしょう。

 言いつけを守らないから、

 大事な時に読んで貰えないのよ。」

「かあさん!

 もう止めてよ!」

その内気な男の子は、顔を真っ赤にしている。

そのボーイッシュな女の子は、

何が何やら分からずキョトンとしている。

そんなふたりに向かって、

その内気な男の子の母親が、

目に浮かべた涙を拭いながら説明する。

「この文字はね、【あたり】じゃないのよ。

 【あた】って書いてあるんじゃないの。

 うちの息子は字が汚いから、読めないのも無理はないわね。

 昨日、

 アイスキャンディーを仕込んでいる時に、

 何かしてるいと思ったら、

 こんなことを書いてたのね。」

そう言われても、何のことかわからない。

そのボーイッシュな女の子は、首を何度もひねっていた。


 そのボーイッシュな女の子は、今日の出来事を思い出していた。

公園で遊んでいた時に、

その内気な男の子が、

アイスキャンディーを持ってきてくれた。

そのアイスキャンディーは、

その内気な男の子の家で作られたもので、

アイスキャンディーの棒の文字は、その内気な男の子が書いたようだ。

その文字は、

【あたり】の【あた】と書いてあるように見えた。

つまり、

【あたり】と書いてあるはずの文字が、途中で切れるなり消えるなりして、

【あた】になってしまったのだろう。

そのボーイッシュな女の子は、そう考えていた。

しかし、

その後にわかったことで、それは否定された。

通常、アイスキャンディーの棒の文字は、

熱した金属でハンコのように焼き付けるもので、

文字を書き損ねたり、文字が消えたりすることは無いらしい。

手作りのアイスキャンディーでも、それは変わらないだろう。

つまり、

このアイスキャンディーの棒の文字は、

文字が欠けたり消えたりしたのではなく、元から二文字だった。

そしてその二文字は、【あた】ではないようだ。

書かれた文字が読み難くて、読み間違えてしまったらしい。

では、このアイスキャンディーの棒には、何と書いてあるのだろう。

そのボーイッシュな女の子が、その内気な男の子に尋ねる。

「この文字は、【あた】では無かったのね。

 じゃあ、本当は何て書いてあるの?

 公園で話してた通り、当りとか当かしら?」

しかし、

その内気な男の子は、

そのボーイッシュな女の子に問われても、

赤い顔をして俯いたままで応えられなかった。

そのままじっと黙っている。

そのボーイッシュな女の子が、もう一度質問しようとした時。

困っている息子の姿を見て、母親が助け舟を出した。

「全く、うちの息子はだらしがないわね。

 じゃあ、私が説明してあげる。

 ・・・これはね、ひらがな二文字よ。

 【あた】ではなくて、

 それにちょっと似てるようにも見える、ひらがな二文字。

 わたしの口から教えてしまうのは野暮だから、

 これ以上は黙っておくわね。

 うちの不肖の息子の名誉のために。

 お詫びと言ってはなんだけど、

 すきなアイスキャンディーと交換してあげるわ。

 あなたがすきなのを、選んで頂戴。

 何にしましょうか。」

そう言って、

その内気な男の子の母親は、口に手を当ててくすくすと笑った。

そこまで説明してもらっても、

そのボーイッシュな女の子には、

アイスキャンディーの棒の文字の読み方が分からず、

頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

しかし、ともかくも、

アイスキャンディーは貰えるようだ。

それなら、目的は果たせる。

そのボーイッシュな女の子は、考えを巡らすのを止めた。

それから、

その内気な男の子の方に向き直って、声をかける。

「なんかよくわからないけど、

 あのアイスの棒は、アイスと換えてもらえるみたい。

 あなたが好きなのを、選んでいいわよ。」

「・・・僕に?」

そんなことを言われるとは思いも寄らず、

その内気な男の子は、またオウム返しに聞き返した。

そのボーイッシュな女の子は、腰に手を当てて微笑んだ。

「そうよ。

 だって、公園であなたひとりだけ、

 アイスを食べられなかったでしょう?

 ひとりだけ仲間はずれなんて、可哀想だと思って。

 だから、

 あたりのアイスの棒で、アイスと交換して貰おうと思ったのよ。

 それがまさか、

 あなたの家の自家製アイスだとは思わなかったけれどね。

 さっ、好きなアイスを選んで。

 それから、一緒に公園まで戻りましょ。」

そうして、

その内気な男の子とそのボーイッシュな女の子のふたりは、

一本のアイスキャンディーをふたりで食べながら、

仲良く並んで、公園まで歩いていった。

その内気な男の子が、

なけなしの勇気を振り絞って書いた、アイスキャンディーの棒の文字。

そのメッセージは、

まだ伝わってはいないけれど、

それを書いた甲斐は、あったようだった。



終わり。


 人に想いを伝える方法はいくつもありますが、

アイスの棒で想いを伝える話があってもいいかと思って、

この物語を書きました。


お読み頂きありがとうございました。


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