2. 婚約者の正体
すみません。
少し間が空いてしまいました。
「か、開戦!?」
大きな翼をばさりと羽ばたかせ、白竜がベランダから空中に浮かび上がりました。大勢のおじ様達が雪崩れ込んできたため、ダンスホールは大混乱になりましたわ。
「はい。お約束通り、婚約破棄をお受けいたしますので」
私は白竜の背から、ハインツ様のお父上であるオーエン様達を見降ろしています。紅竜はベランダに留まったまま、おじ様達を牽制する様に身構えていますわ。
元首のオーエン様始め外交大臣や官房長官や、あらあら防衛大臣までもいらっしゃるのですね? 随分と大所帯で駆け付けられましたこと。
すでに、学生たちはホールの壁際に追いやられ、意味も解らず固唾を飲んでいます。ええっと、ハインツ様は何処にいらっしゃるのかしら? ああ、あんなところに。マリアンナ様と抱き合ったまま、脇に追いやられていましたわ。どうでも良いのですけど。
「ただいま、ハインツ・ローデル・パリックス様から、祝いの席である卒業記念のダンスパーティーで、全学生の皆様から注目をされながら婚約破棄を言い渡されましたの。残念ですけれど、私、煌々姫・白蓮・璃はそれを謹んでお受け致します。それで……私からご提案させて頂きますわ。ここはもう 『開戦』 で宜しいですわね?」
「い、いや、お待ちください! 煌々姫様。話を聞いて下さい!!」
これ以上ここに留まる理由はございませんわ。早くお暇致しましょう。オーエン様がいらして下さって手間が省けましたもの。
「それでは、皆様。御機嫌よう」
そう言うと、白竜が上空に浮かび上がり、紅竜もベランダから羽ばたくと一気に同じ高さまで上昇しました。
「煌々姫様!!」
私達が飛び立ったベランダに、オーエン様やその他諸々の方々が追いかけるように駆け寄ってきましたけど、天高く上昇した私には苺の粒位にしか見えません。
「さあ、白、紅。我が国 『璃国』 に帰りましょう。長かったですわね」
◇◇◇◇◇
なんだ。何でこんなことになった?
「ハインツ。お前は一体何をしてくれたのだ!」
父上は何を言っているのか? そもそも、何でパーティーに父上や国の要人が駆け込んできたんだ?
結局、コーコーキ達がベランダから立ち去った後、卒業祝いのダンスパーティーはその場で中止となった。只事でない雰囲気に、誰も異を唱える者は無かったが、学生達はチラチラと俺とマリアンナに視線を向けていた。お前達のせいで台無しになった。とでも言いたそうな視線を向ける者も、いない訳ではなかったけど。
俺はマリアンナと無理やり別れさせられて、父上に共和国議事堂の元首が使う執務室に連れて来られた。
馬車の中では一言も発することが無かった父上だが、たかが婚約破棄に何でそんなに顔色を悪くしているんだ。まあ、アイツが言っていた『カイセンデス』も意味が判らない。
海鮮、回線、開栓?……カイセンって? 他にあったか?
確かに急な事だったかもしれない。父上にはマリアンナの事を言っていなかったし、コーコーキについても相談などしたこと無かった。さすがに、一言父上に言っておいた方が良かったかもしれない。
「確かに、マリアンナ嬢の事を父上に相談していなかった事は申し訳ありませんでした。しかし、コーコーキの態度に我慢が---」
「そんな娘の事はどうでも良い! なぜ、煌々姫様に婚約破棄など言ったのだ!」
マリアンナの事はどうでもいい? あの女と婚約破棄しなければ、俺はマリアンナと一緒になれないからだ。
「あの女、コーコーキが私の愛するマリアンナを虐めていたのです。それも卑劣なやり方で。元々、私はコーコーキとの婚約は気が進みませんでした。しかし、父上のお決めになった事とそれを受け入れていましたが、マリアンナと知り合ってしまったのです。私は真の愛を知って、彼女の為にもコーコーキとの婚約を破棄する必要があったのです」
「……全く以て、馬鹿々々しい」
そう苦々しそうに吐き捨てると、父上がこめかみを押さえて項垂れた。
「ば、馬鹿々々しいとはどういうことですか!? 私はマリアンナの---」
「煌々姫様は、璃国の王女だ。それも王位継承権第一位の」
「はっ?」
「聞こえなかったか? 煌々姫様は璃国の王女だ。それも、婚約破棄に納得された今となっては、次期女王となるだろう。お前は、彼女が女王になる後押しをしてしまったのだ」
何だか話が大きくなって来た様な気がする。コーコーキが璃国の女王になる? そんな話は聞いていない。確かに異国の出身で、我がパリックス家に相応しい家柄だとは聞いていた。
「煌々姫様は、稀代の魔力を持った聖女でもあらせられる。璃国の神獣である白竜と紅竜の二匹を従えていると聞いていたが、この目で見るのは初めてだった」
父上が顔を上げて瞼を伏せた。多分、あの白竜と紅竜を思い出しているんだろう。あの二匹、いやあの二人は元は人間の姿をしていた。
一人は白銀の癖の無い長髪に、真っ赤なルビーの様な瞳で、もう一人は紅色で緩やかな波打つ長髪に、エメラルドの様な瞳の美青年達だ。無口な彼らは常にコーコーキに付き従っていたように見えた。全く普通の(確かに美し過ぎていたが)人間、学生に見えた。
でも、ハクとベニと呼ばれていたあの二人は白竜と紅竜になった。目の前で……
「ハインツ。お前は、フレンド共和国と璃国の友好の為に結んだ婚約を不当なやり方で破棄したのだ。正式な申し入れでないとは言え、煌々姫様がご納得された以上、これは覆る事は無いだろう」
「それは、つまり私がマリアンナと結婚しても良いという---」
「馬鹿者!! 煌々姫様は『開戦です』と仰ったのだ! 戦争だ! フレンド共和国と璃国との間で戦争をすると宣言されたのだ!」
カイセン? 開戦!? 戦争をするというのか? こんなことで?
「いいかハインツ。煌々姫様は膨大な魔力を持って生まれた。それはこの大陸の魔術師全ての力を以ても敵わぬ程だ。何事も無ければ璃国の女王となるはずが、ご自身でもそのお力の強大さを憂い、世界の均衡を保つためにも国を離れる決心をして下さったのだ。
既に多くの国で有力な魔術師が失われ、この共和国は中小の11か国がお互いを補いつつ支え守っている状態である事に、お前は気が付かなかったのか。共和国の魔術師の力にも限界がある。
このままでは国の護りを失ってしまう事を懸念し、魔力が豊かな璃国に何とか力を借りられぬものかと相談をした。その結果、煌々姫様が我が国に来て下さることになったのだ」
ごくりと喉が鳴った。随分と話が大きくなって来たことに背筋に冷たい汗が流れた。
「煌々姫様はご自分でフレンド共和国に嫁ぐと仰って下さったのだ。それは、我が国に根を下ろし魔力の強い子孫を増やすことをお約束して下さったということだ。そこで、年の近しいお前に白羽の矢が立ったのだ。由緒あるパリックス家の次男で、年も同じで丁度良いと」
「でも、そんな事は父上は一言もおっしゃらなかったでは無いですか!? 知っていれば私だって!」
「婚約の理由も、煌々姫様の出自の事も婚約者には詳しくは知らせない。それが璃国、煌々姫様からの条件だった。真の自分の姿と、真の能力を認められたいと。そうおっしゃっておられたのだ」
知らなかった。教えられていないのだから当然だが。
「煌々姫様から婚約破棄は言わないとおっしゃっていた。夫となる婚約者の人生も巻き込むものだからと。
フレンド共和国11か国を救い護る為には、自身の次期女王の身分を捨て、この国と共に生きる事が必要だから、共にこの国を想うだけが婚約者、配偶者となる夫に望む事であると。
フレンド共和国は煌々姫様がこの地にいて下されば、その魔力の恩恵を受ける事が出来たのだ」
ブルブルと足が震えて来た。すでにコーコーキはこの国から飛び立ってしまったのだから。
確かにコーコーキは言っていた。この婚約は政の一部だと、俺の恋愛事情に口など挟まないと。つまりは、婚約者に自分との愛情関係など無くても良いと……
「判ったか。ハインツお前は、最大限に譲歩して下さった煌々姫様のお気持ちを、言ってはならない一言で踏みにじったのだ。そして、フレンド共和国の未来も」
「ど、どうすれば……」
父上は深い溜息を吐いた。
「国民を救いフレンド共和国を守る為には、開戦前に全面降伏して璃国の元に下るか、開戦して敗戦後に支配下に入るか二つに一つだ。それほど、璃国と煌々姫様は強大な力を持っているのだ」
立っていることもままならず、思わず床に膝をついた。もしかして、いや、もしかしなくても俺はとんでもない事をしてしまったのかもしれない。
たかが自分の婚約を、破棄するだけだった。愛しいマリアンナと未来を歩むスタートのはずだった。
なのに、自分達の未来も、それ以外の多くの人達の未来も奪ってしまう事になりそうな話に一気に血が冷えた気がした。
煌々姫の表情の薄い顔を思い出した。あの大きな黒い瞳で見られていた俺は……
ケラケラケラ……
夜鴉の鳴き声が、窓の外で微かに響く。。
どこかそれは、少女の高笑いの様に聞こえた。
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5話位で完結できるかなぁ。
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