もう一度世界を救うなんて無理 : 世界を救う少女たちの初詣
お正月が来た。
そんなわけで魔法少女×お正月です。
「す……凄い人だぁ……」
蒼井悠乃は目の前の人波に圧倒されていた。
大人数を前にして蒼褪めながら震えるその姿は可憐な容姿も手伝って、庇護欲をそそるものがあった。
とはいえ、少女じみた姿の彼だが、蒼井悠乃は少女ではない――男だ。
もっとも、魔法少女として世界を救うために戦っているため、完全に男なのかといわれるとグレーゾーンなのだが。
「えっと……みんなどこぉ……?」
悠乃は待ち合わせ場所にいるであろう友人を探して視線を走らせる。
彼は人混みが苦手だ。
もともと引っ込み思案で、人と話すのは得意ではない。
今でこそ仲間と駆け抜けた日々のせいか昔ほど重症ではなくなったが。
とはいえ完全な改善など容易なはずがなく――
「璃紗ぁ……薫姉……?」
人人人。さらに人。
友人の姿は――見えない。
見つからない友人に悠乃が不安を覚え始めた頃――
「お。ここにいたのか」
「やっと見つけました」
二人の声が聞こえた。
「璃紗っ。薫姉っ」
聞き慣れた声に悠乃は笑顔を浮かべ、友人の手を取った。
「いないから僕を置いて行っちゃったのかと思った……!」
「ったく。約束したんだから置いて行くわけねーだろーが」
「悠乃君だけを置いてきぼりにしたりしませんよ」
そう言って友人たちは悠乃の頭を撫でた。
「じゃ。みんな揃ったし行くか」
赤髪の少女――朱美璃紗はそう切り出した。
マジカル☆ガーネットとして悠乃たちのリーダーを務めてきた彼女は、いつだって周囲を先導する存在だった。
そんな彼女が引っ張ってくれるから、臆病な悠乃もここまで戦ってくることができたのだ。
「じゃあ悠乃君。人も多いし、はぐれたらいけないから手をつなぎましょう?」
そう言って、金髪の少女――金龍寺薫子は悠乃の手を取った。
彼女はマジカル☆トパーズとして悠乃たちと共に戦ってきた仲間だ。
璃紗が先陣を切る存在なら、薫子は後方からみんなの背中を支えてくれる存在だ。
彼女はいつだって周囲に気を配り、優しさを向けてくれる。
聡明な彼女の存在がなければ、悠乃たちが全員揃って今日この日を迎えることはなかっただろう。
3人は手をつなぎ歩いてゆく。
悠乃たちが訪れているのはとある神社。
今日は1月1日。
天気は晴れ。
絶好の――初詣日和だ。
蒼井悠乃。小学5年生の冬。
そして――後に界を救うこととなる魔法少女マジカル☆サファイア。
これはそんな彼が仲間と初詣に行った際の物語。
まだ、彼らが世界を救っていない頃のお話だ。
☆
「やっぱ初詣って言ったらさーこれは外せねーだろ」
そう璃紗が言った。
彼女が目を向けた先にあるのは――
「おみくじ、かぁ……」
悠乃はぼんやりとつぶやいた。
実を言うと、悠乃はおみくじが苦手だ。
いい結果が出ると良い。
しかし、悪い結果が出ると悠乃は落ち込んだままなかなか立ち直れないのだ。
(でも――)
笑顔でおみくじを買いに行く璃紗。
彼女の笑顔を見ていると、悪い結果出ても落ち込まずに済みそうな気がする。
何より、彼女たちと共有したいと思った。
良い結果も、悪い結果も、すべて分かち合いたいと思ったのだ。
「璃紗ぁ……待ってよぉ……!」
悠乃も彼女の後を追い、おみくじを買いに走るのであった。
当然、薫子とつないだ手を離すことなく。
おみくじは一回一〇〇円。
悠乃は両親から貰っていたお金でそれを払った。
掌におさまるくらいの紙片。
これが毎年、悠乃を一喜一憂させてきたのだ。
「じゃー全員買ったか?」
「うん」
「ええ」
璃紗の言葉に悠乃と薫子が頷く。
「じゃー同時に開けよーぜ」
「……別に同時じゃなくても良いと思うのだけど」
「良いじゃんか。気分だって気分」
(どんな運勢なのかな……?)
璃紗と薫子の言い合いを聞きながらも、悠乃の意識はすでに手中のおみくじへと向けられていた。
みんなと買ったおみくじ。
その結末が気になって仕方がない。
「ねぇねぇ。おみくじ。開けよ?」
待ち切れなくなり、そう悠乃は口にした。
そんな彼の姿を見て、璃紗たちは笑う。
「お。悠乃もやる気じゃんか」
「……そうね。それじゃあ、みんなで開きましょう」
「なんだよ薫姉。悠乃の言うことだったら聞くのな」
口元を尖らせながら璃紗はおみくじを開き始める。
それを見て、悠乃もおみくじについていた糊を剥がし、折りたたまれた紙を開いてゆく。
そこに書かれていた文字は――
「あ…………」
――大凶だった。
「ぅぅ…………」
覚悟はしていたがショックだ。
みんなと一緒なら良い運気が舞い込んでくるような気がしていたが幻想だったらしい。
悠乃はおみくじの結果に肩を落としていた。
「ん? 悠乃のほうは――ぉお」
璃紗が隣から悠乃のおみくじを覗き込み、彼の落胆の原因を察した。
「大凶ですか。最近では、入れていない神社も多いと聞いていたのですが」
薫子も悠乃のおみくじを見てそんな事を言っていた。
あまりにも悠乃が落ち込んでいたからだろう。
彼女は微笑みながら、失意の中にある悠乃の頭を撫でる。
「悠乃君。占いは当たるも八卦当たらぬも八卦。そんなに気にすることはありませんよ」
薫子は優しく語りかける。
「それに、悠乃君の新年に良くないことが待っているというのなら――」
彼女は悠乃の頬を撫でた。
「――わたくしたちが、いつでも助けに来ますから」
――これまでも。そうだったでしょう?
そう薫子は続けた。
彼女の言う通りだ。
いつだって、悠乃たちは一緒に戦ってきた。
誰かが困っている時は、他のみんなで助け合った。
(そうだよね……)
悠乃は疑っていない。
自分が本当に困った時、皆が助けてくれることを。
それが信じられたのなら――
「みんながいれば……大凶なんて怖くないよ」
――運勢なんて不確かなものを恐れる必要はない。
――ここには、もっと確かな力があるのだから。
そんな気持ちになれるのだった。
「……あれ?」
晴れ晴れとした気分になったところで、悠乃は違和感に気付く。
――璃紗がいないのだ。
「璃紗は?」
「え?」
薫子も周囲を見回すが璃紗の姿が見えない。
どこに行ったのか。
「もう。こんなに人が多いのに、一人でどこに行ったんでしょうか」
嘆息する薫子。
そこに璃紗が駆け込んできた。
「よっしゃ! 悠乃! 大吉だ!」
璃紗が手にしていたのは――いくつものおみくじだった。
軽く見積もっても5回分以上はある。
「ほら! 悠乃! お前のはコイツだ!」
璃紗は悠乃に一枚のおみくじを押し付ける。
そこに書かれている文字は――大吉。
「璃紗――?」
「せっかくのおみくじなんだ。大吉じゃねーとなッ!」
そう言って璃紗は快活に笑う。
(これって……)
どうやら璃紗は、悠乃のためにおみくじを買ってきたらしい。
――大吉が出てくるまで。何度も、何度も。
「安心しろって。アタシの奢りだからなッ」
璃紗の屈託ない笑顔に引かれ、悠乃も笑顔を浮かべるのだった。
その様子を見た薫子は――
「悠乃君」
薫子が悠乃の手を取った。
「璃紗さんばっかりが悠乃君を笑顔にするのは面白くありません」
ちょっと拗ねた様子の薫子。
珍しい表情に悠乃は目を丸くする。
「こっちに行きましょう――?」
薫子が示した先には――二本の木があった。
☆
「おみくじはここに結んで行きましょう」
現在、悠乃たちの前には杉と松の木があった。
「薫姉。どっちに結べば良いの?」
二つ木があるのだ。
どちらにも紙が結ばれているが、どちらに結ぶべきか分からない。
「こういう場合は、悪い結果は『杉』に、良い結果は『松』に結べば良いんですよ」
「そうなの?」
「ええ」
悠乃は薫子の言葉に従い、大凶のおみくじを杉に結んだ。
どうやら璃紗と薫子の結果は良いものだったらしく、彼女たちが杉におみくじを結ぶことはない。
そして、三人は並んで松を目指す。
「よしッ」
璃紗がおみくじを結んだ。
また、別の場所で薫子もおみくじを結び付けている。
そんな中、悠乃はおみくじを握りしめていた。
――大吉のおみくじを。
大切な友人が、自分のために何度も買い直したおみくじを。
「ん? 悠乃は結ばねーの? 届かねーならアタシがやろーか?」
そう言って手を伸ばしてくる璃紗。
だが――
「…………ううん」
悠乃は首を横に振った。
そして晴れやかな微笑みと共に――
「これは――お守りにするよ」
そう言うのであった。
璃紗がくれたこのおみくじを、ここに残していくのは惜しいと思ったのだ。
「悪い結果はここに置いて行く。でも、璃紗がくれたこのおみくじは――ずっと持っていたいんだ」
「…………そーか」
少しだけ照れたような璃紗は頬を掻く。
だけど数瞬後には――
「ま、それも良いんじゃねーの?」
と、いつも通りに笑うのであった。
☆
――そうして、蒼井悠乃が小学五年生の頃の初詣は終わった。
1月1日。
それは――魔王グリザイユとの決戦に臨む2週間前の出来事であった。
これは、蒼井悠乃がまだ世界を救っていない頃のお話。
そして、彼がもう一度世界を救う5年前の物語だ。
こちらは拙作『もう一度世界を救うなんて無理』の外伝という位置づけになっております。
もしもこの短編を見て、本編に興味を持たれた方がいらっしゃれば、ぜひ本編にもお越しくださいませ!
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