プロローグ
女なんて、大小なりとも皆性格が悪いものだ。
年頃になれば股から血を垂れ流し始め、思春期の到来と共に、顔に膿をはらんだブツブツができたりして、おのずとその一生は美醜に囚われる。例えどんなに望んでいなくても。
肥大していく自尊心は他者からの評価で削り取られてゆき、いかに他の雌より優れた個体になるかを心の中で永遠に画策している癖に…、いざ顔を突き合わせれば思ってもいないおべんちゃら。
並んだ時にはこっそりと自分と相手の体の細さを比較し、ほくそ笑んだり妬んだり…
え?『そんな事ない?』
『自分はそうじゃない女の人も知っている?』
うーん、そうね、貴方の言う通りなのかもしれないけど…
例えば、世の中には『女には絶対ひげは生えない』、って信じてる男の人がいるじゃない?
あの人達って、いわば「整えられた女」に、真実を隠されて生きてた人たちなのよ。
そうやって人をだましてる時点で、ちょっとでも小賢しく考える脳みそがあるわけでしょ?女って…
ひげが生えてたら、『女』にも入れてもらえないかもしれないし。
だから、私はそう思うだけ。
私が、そう思うようになっただけ。
♡
「ユキ様、おはようございます。今朝は朝ごはん、しっかり食べてこられました?」
白髪の、寝ぼけ眼な少年が振り返る。いつもと同じく少し距離をとり、あまりいやらしくない位置について、歩幅を合わせた。彼は女性慣れしていないし、あまり馴れ馴れしくしてしまっては嫌悪感を抱くタイプなので、この距離感の取り方が大切だ。
「あ…、マミエちゃん。おはよう…」
ユキ様が私のことを『アインさん』呼びから『マミエちゃん』呼びになって今日で一か月。
順調に心を開いてくれているようで、それが嬉しい。この気持ちは、コツコツ勉強してきた科目のテストでいい点数の答案を受け取る時の気持ちに本当に似ている。
今日は月曜日。
新聞の天気予報では6月にはめずらしく一日中晴れ。いつも通り5時に起きて、お弁当を作り、ヘアメイクに30分、メイクに30分。メイクもヘアセットも、考えれば考えるほど何が正解なのか分からなくなってしまうから、最近はそれ以上の時間はかけないことにした。
日焼け止め薬はいくら6月でもしっかり塗らなきゃ!周りの女の子と並んだ時に目に見えて白い肌を維持できなくなっちゃう。
そんな風にして、今日も私『マミエ・アイン』は出来上がる。
「こないだ…、マミエちゃんに言われてからは、ちゃんと朝ご飯食べてるよ…」
「わぁ!良かったです!健康的!で、メニューは?」
「…パン」
「パン…、パン?何パンですか?枠が広すぎますよー」
会話の終わりに口を軽く隠して小さく笑うと、彼がその反応に気を良くしている事を確認する。
そして、それと一緒に、私と全く同じ制服を着た女の子たちが朝のむくんだ顔で私たちを見ているのに気が付いた。
ユキ様は女の子とは全く喋らないタイプの貴族の子息。でもその涼やかな目元とミステリアスな雰囲気、印象的な白髪で女子生徒からの人気は高く…
そんな存在と、私のような平民出の女子生徒が気軽に話しているのを訝しげに思っているのでしょう。
ここは「アデルランド」。
古くからの貴族制度によってもたらされた色濃い歴史が特徴の、中規模の王国である。
そして私が通う「アデル王国学園」は、そんなアデルランドの主な貴族・上流階級の子女が集められ、国を担う主導者としての教育を行う事が目的で組織された国立の施設だ。
この学園には権力を持ち、大人になれば未来を保証されたような人間しか通っていない。言ってしまえば「入学すりゃ安泰」。
この学園への入学資格のない者たちは、たとえ大人になっても、学園の制服を着て優雅に馬車で登校していく子供たちに対して劣等感を感じ続けるものだ。
―だが、そんなアデル帝国学園には、「編入生」として平民の子供を迎え入れる特殊なケースが存在する。
それは、【両親を国家間の戦争で失い】、【みなしごになって学園管轄の教会に迎え入れられた子】が、【倍率50倍の編入試験を受け合格する】事である。
私は、そんな条件をすべてクリアした編入生。
マミエ・アイン。
そして、乙女ゲーム「アデルの光」のヒロインである。