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そろそろ殺愛なんじゃない? 前半

作者: 弱音乱短

 生温かい風の温度さえも今では不気味に感じてしまう。いや、それだけその目の前の女が不気味だからなのかもしれない。

 人が住んでいない廃墟ビルの屋上で、私は全身を覆うような大きなフードに身を包む女性に拳銃を突きつけて追いつめた。

追いつめられた女はこちらをじっと見つめて動かない。この余裕のある様子に、もしかしたら、自分自身がこの場所に追いつめられたのではないかと思わず不安がよぎる。

 今回の依頼は魔術師と呼ばれた女の暗殺だった。不思議な魔術というものを使う妙齢(みょうれい)の女性とかいうふざけたやつを殺す事なんて、厳重に護衛されたマフィアの首領(ボス)や大企業の幹部でさえ、暗殺してきた私には簡単な事だと思っていた。

 しかしその考えは、すぐに変わった。こいつを視界に入れた瞬間から私は嫌な予感を感じた。

おそらくこの女は人間じゃない。全身から感じる嫌な感じと、私の殺し屋としての経験がそう告げていた。

「これでお前も終わりだな、『()(じゅ)の魔術師……』」

相手の異様さに呑まれないようにわざと声を大きくして魔術師に声をかける。

「あなたは私が呪いをかけたあの政治家から依頼を受けたみたいだけれど、それはあなたの意思なの?」

聞き惚れてしまうほど綺麗な声で、魔術師は私に唐突な質問をする。

「私は言われた仕事をこなすだけよ。依頼人の事情なんてどうでもいいわ!」

 私は彼女の口車に乗る前に、質問の答えと同時に、彼女に向かって引き金をひいた。『完璧(パーフェクト)女王(クィーン)』と呼ばれた私にとって、この距離で外すなんて事はありえないはずだった。

「なっ、消えた?」

 拳銃の引き金を引いた瞬間に、私の視界から彼女の姿は消え去った。

 「呪いというのはね……」

 彼女はいつのまにか私の背後にいた。

 「――ひっ」

その異様な姿を目の前にして私は情けない声を漏らしてしまった。

 彼女は私の耳元で息を吹きかけるようにして、また話し始めた。

 「時に罰となり、救いとなるのよ……人の運命は狂っていくごとに変化していく。良くもなり、悪くもなり、その人間の運命を大きく変えていく……」

 この女がなにを言っているのかまったくわからない。だがどうせ私に殺される運命なんだから、この女が何を言おうと私には関係なかった。

 「そんなわけのわからない説教なんて、……聞きたくないわっ!」

 即座に振り返って銃を彼女に向けて発射したが、またもや彼女の姿は一瞬で消え、銃弾は命中しなかった。

 「なっ、うそでしょ?」

 「あなたの運命を……」

 驚く私の背後で、魔術師は私の背中に手を添えた。

 「狂わせてあげる」

 「きゃあっ!」

 手からまばゆい光を放ち始めた。

 「な、なにをっ……するのよ……」

 自分の体が思うように動かない。なんとか声を出して魔術師に何をしているのか聞いた。

「――あなたの運命を変える『桜井幸一』という少年を殺しなさい。そうすればあなたの呪いは消えるでしょう……しかしあなたは大切なものを失います――」

魔術師はなおも意味のわからない言葉を背後でつぶやく。

 そしてこの瞬間から、私の人生は大きく変わっていく…………。




 春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、春の朝は目覚まし時計が鳴ったとしてもすぐに止めて二度寝してしまいたいぐらい気持ちがいい。

 しかし僕にとって二度寝とは死を意味する。それは大袈裟な表現なのではなくて、本当の事なので、僕は体を起こして目覚まし時計を止めた。

 「ふはぁ……」

 欠伸と溜息の両方をつくような声を上げながら僕の憂鬱な朝は始まる。

僕の名前は桜井(さくらい)幸一(こういち)。今年、高校生になったごく普通の少年だが、僕には他の人間とは違う朝の日課がある。

ベットを降りて学校に行く準備を始めるのだが、僕はその前に部屋にあるテレビの電源を入れた。

「今日のお天気は――」

どんなに忙しくても、朝にニュースを見る事は大切な事だと僕は思う。今日もある程度の時事ネタを仕入れてから家を出た。




木で造られた古風で大きい門には『鐘寺組』と大きく書かれた表札に、防犯カメラが設置されてあるいわゆる暴力団の家だ。入口はここにしかなく、中に入るにはここを通るしかない。

 一般人は押してはならないチャイムを鳴らすと、インターフォンからドスのきいた声が聞こえた。

「おはようございます。桜井です」

「よぅ坊主。……『今日も朝のおつとめ』よろしくな」

しばらくすると、パンチパーマにグラサンの人が、門を開けてくれて中に入れてくれた。

「お、おはようございます。権谷さん。」

ほぼ毎日の出来事なので、ここを開けてくれる人の名前も覚えてしまう。

この家は大きさを二百畳は超える豪華な和風の屋敷で、この地域の暴力団である鐘寺組の家である。広さも凄いけれど、それ以上に毎日時間交代制で警備をしているこの組の怖い人達のほうが、よっぽど凄かった。

一応『朝のおつとめ』のため僕は出入りを許されているが、あまりぶらぶらしているとこの組の人達を刺激してしまうので、僕は足早に目的の場所へ急いだ。


目的の部屋の前まで来た僕はドアを軽くノックをする。

「明日花。……今日も起こしに来たよ。」

部屋の中の人間に僕は呼び掛けてみるが、中から返事は無かった。まぁほとんどの場合、この時点で起きる事はほぼ無いので、僕はドアノブに手を掛けた。

 「――明日花、入るよ」

 こちらから一方的な許可をとって、ぼくは部屋の中へと入る。

 「うわ……いつ見てもすごいな………」

 到底女の子の部屋とはおもえれない光景がそこにはひろがっていた。

読みっぱなしの漫画や、ゲーム機のハードとゲームソフトの山。そして、ゲーム機のコントローラーを持ったまま、幸せそうにぐっすりと眠っているパジャマ姿の少女。

 さらっとしていて綺麗な髪を短く切ったショートカットに、小さくて整った顔立ちと小柄で胸の発育もすこしだけ乏しい、やや幼児体型の可愛い女の子。

 この子の名前は鐘寺(かねてら)明日(あす)()。この組の一人娘であり、僕の幼馴染の女の子だ。

そして夜中まで、ゲームやら漫画やら自分の時間に、睡眠時間を費やしているこの幼馴染を朝起こしに来るのが、僕の『朝のおつとめ』である。

家が近くでもあり、子供同士だったため、この家の事も知らない僕達は二人で良く遊び、今でも一緒に学校に登校している。

なぜか彼女は組の人間ではなく、僕に起こしに来てもらう事になったのかは昔の事なので覚えていないが、ほぼ毎日こうして怖い極道の組員の人間がいるなか、起こしに来るのは精神的にかなり疲れる。

 「明日花………起きてよ。朝だよ。」

 しかもこのお嬢様は昔から寝起きが悪い。目覚ましを三つかけても起きられないほどで、肩に手をかけ、ゆさゆさと体を揺らして明日花を呼びかけたが反応はなく、気持ち良さそうに眠っていた。

 「……むにゃむにゃ………クロちゃん……」

 呑気に寝言を言っている彼女の寝顔はとても愛くるしく、いつまでも見ておきたいほど可愛かったが、このままでは遅刻をしてしまうので、僕は強行策にでることにした。

 「……しょうがない。奥の手を使うか。……」

僕は明日花の顔の頬をつねり、そのまま引っ張った。

 「ずっ……いだだだだだ! いだい。痛いよぉ!」

 突然の痛みに女の子らしからぬ声を上げる明日花だったが、体をゆするよりも簡単に起こす事ができた。

 「おはよう明日花。」

 「……ぐすん。おはよぅこうくん。……毎日ひどい起こし方だね。」

 少し涙目になりながら、明日花は子供のように拗ねた。

 「こうでもしないと起きないんだから、仕方が無いでしょ。」

 「それでももっとやりかたが、優しくてもいいと思うよ。」

 わざとぷくっと頬を膨らまして、すねる姿もとても可愛らしいけれどワガママだ。

 「それもそうなんだけどさ……」

 いまいち『告白』のタイミングがつかめない……。

 「ぶー。こうくんのイジワル。……」

今だ。言え、今こそ言うんだ幸一。

「明日花、実はさ………」

 鐘寺組の一人娘であり、僕の幼馴染の明日花に僕が『告白』しようとしたその時、

 「へ?」

 突然右頬に日本刀の刀身がかすめた。

「お嬢のやわ肌に……なんて事しやがるんだてめぇは……」

まずい。やばい。やられる。頭の中に警報が鳴り響いた気がした。

強烈な殺気を放ちながら僕の背後に立つこの人は黒崎(くろさき)ヒカルさん。僕らより一つ上の先輩でこの組の最年少の組員でもある明日花の付き人をやっている人だ。

あざやかな長い黒髪をと鋭い眼差し(まなざし)を持つ美人で、高い身長と出る所は出て締まる所は締まっているというモデル体型の持ち主。

 しかし性格はかなり凶暴で、明日花以外には容赦がない。学校の中では「黒い悪鬼」という異名まで持っている番長でもある。

「クロちゃん、おはよーう。」

「おはようございますお嬢」

ヒカル先輩は明日花とは本物の姉妹のように仲が良い。ヒカル先輩は明日花の事を「お嬢」と呼んで、明日花はヒカル先輩の事を「クロちゃん」と呼んでいる。

 「クロちゃん。牛乳が飲みたい。」

 「ちゃんと用意してますよお嬢。まだまだお嬢は成長期ですからね」

 そしてヒカル先輩は明日花をかなり溺愛していて、過保護になっている。……というか最近ではそれ以上の関係になろうという気もしてくるぐらい、明日花が大好きだ。

 「それでこうくん。今さっき何を言おうとしたの?」

 ギクッ。

 「えっ、いや……その……」

 ……なんでこんな時に限って明日花は人の言葉をスルーせず、聞こうとするのだろうか。

 「なんだ桜井。お嬢に何か言いたい事でもあるのか?」

 あぁ、言いたいさ! できればヒカル先輩がいない時に話したかったけれど。…………まぁこの際だからヒカル先輩に構わず言ってしまおう。

 「なぁにこうくん?」

 首を横にひねって、小動物のように可愛く聞く彼女に、僕は自分の気持ちを打ち明けた。

 「実はさ、明日花……」

 「うんうん。」

 この際ヒカル先輩がいたって関係ない。僕の思いが伝わればいいんだから……届けこの思い。

 「……いいかげん高校生になったんだから一人で起きるか、ヒカル先輩に起こしてもらってほしいんだけど……ほらっ、僕も明日花より早く起きなくちゃいけないし……」

そして彼女の答えは……

「やだ」

玉砕。僕はがっくりとうなだれた。

 この毎日の日課のために僕は、彼女よりも四十分ほど早く起きて支度をしなければいけないし、さらにいくら幼馴染だからといって女の子の部屋に毎日入りこむのは気が引ける。さらにこの怖い人達が多い屋敷に毎日入りこむのも気が重くなってきた。その他もろもろ彼女に僕の苦労を『告白』して、ヒカル先輩に起こしてもらうようにしたかったのだが、彼女の一言でそれは却下されてしまった。

 「やっぱりクロちゃんよりもこうくんのほうが、慣れているからこのままのほうがいいよ」

 「ええっ、それだけなの?」

 「うん、そうだよ。」

 即答。

もはやこのお嬢様を説得するのは、絶対に不可能だ。せっかく勇気を出して、心境を『告白』したのにあんまりだ。

「おい桜井。お前……お嬢の言葉に文句あるのか?」

「いや、文句というか……」

やばい。危険な予感がびりびり伝わってきた。

「いいか!」

この人も、人の話を聞かずに喋る人だなぁ……。

 「お嬢がよければすべてよしなんだよ! ……もしお嬢に逆らうようなやつがいたら……」

すらりと音をだし刀を鞘から抜いて、ヒカル先輩は黒いオーラがただよわせていた。

やばい、にげなきゃ……。

「いや、ちょっとま………」

 「問答無用! お前は私がたたっきってやらぁあああ!」

 きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 ついにヒカル先輩の理不尽な怒りは頂点に達し、ヒカル先輩は日本刀を振り上げて僕に斬りかかってきた。

「や、やばい逃げなきゃ……」

 僕は明日花の部屋のベランダから外に出て逃げ出した。

「うわあぁぁぁぁぁ!」

「逃がすか、こらあぁぁぁあああああ!」

明日花を置いてヒカルも幸一を追いかけてベランダを飛び出した。

 「…ごくっごくっごくっ……ぷはぁ。やっぱり朝はこれだよね。」

 明日花はマイペースに朝の牛乳を味わって飲んでいた。

「死ねぇぇぇぇえ、さくらいいいぃぃ! てめぇが死んだら、私がお嬢を朝起こせるんだよ!」

ヒカル先輩の本音はそっちで、明日花が朝起こしにくるのが僕である事に嫉妬して、ヒカル先輩はいつも難癖(なんくせ)つけて僕を殺そうとしているのだ。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ヒカル先輩が一際大きな声をあげて僕の背中を真っ二つに斬ろうと刀を振り下ろす。

「あぶなっ!」

僕はその刀を瞬時に横に避けて回避して、再び逃走する。

「相変わらず回避能力だけはゴキブリ並だな桜井!」

背後でヒカル先輩が更に追い打ちをかけようと日本刀でひゅんひゅんと風を斬る音を出しながら追いかけて来る。

「ひぃぃぃぃぃ。マジで止めて下さい。ヒカルせんぱいぃぃぃぃぃぃぃ!。」

日本刀を持った美少女の女子高校生が、猛獣のような血走った目で追いかけてくる。

 これが僕の本当の日課『朝のおつとめ』だ。


「酷い目にあった……」

斬られそうになってボロボロになった制服を着ている僕も、心の中はボロボロの状態だった。

「いやぁ、それにしても今日の朝ご飯もおいしかったね。クロちゃん。」

「はいお嬢。自分なんか、ごはん3杯もおかわりしましたよ。」

……この人達はまったく僕のことなんか心配してないし……。

僕と明日花と黒崎先輩で一緒に朝ごはんを食べた後、全員揃って学校へ登校していた。

あの家の朝食は一般家庭の料理とはレベルが違い、刺身とか松茸のような高級な食事が食べれる。正直のところそれが目的で毎朝起こしに行くのだが、こうも毎日ヒカル先輩に殺されかけては元がとれてない気がする。

 「それよりこうくん。来月のゴールデンウィークって何か用事がある?」

 明日花は思い出したかのように五月の連休の休みの予定について聞いてきた。

 夢広がる僕の連休の予定は、

 「いやぁ、基本的には家でごろごろして、たまに矢吹達とカラオケやボウリングに……」

 「じゃあ、私達とウィッシーを探しにいこう。ついでに矢吹君達も連れてきてね。」

 あっさり彼女のわがままで潰された。

 「えっ、ちょっと待って。そもそもウィッシーって何? 聞いたことないんだけど。」

 「私達『未確認生物発見部』が見つける予定の未確認生物だよ。――まだ見た事ないけど。」

『未確認生物発見部』とは、彼女が入学してからつくった新しい文化部だ。明日花とヒカル先輩と、僕とその他二名が所属している(させられている)部活動で、その活動目的はあちこちに行って、未確認生物や幽霊に妖怪を発見するというものだったが、実際にはただ現地に行って探検しながら、遊ぶというお気楽な部活だた。

 「それってただの妄想じゃん。どんなやつかもわかんないやつを、どうやって見つければいいんだよ」

 『予定』じゃあ世界中どこを探しても見つかるわけがない。

 「ちっちっちっ。それを確認しようとするから、おもしろいんじゃない」

 ぜんぜんおもしろくない……僕の休みを返して下さい。

 「なんだ桜井。お嬢のいうことに文句があんのか?」

 「…………ないです」

 ヒカル先輩の脅しがかった睨みと抜きかけた日本刀に、僕はしぶしぶ明日花の予定に賛成した。

 「……わかったよ。ついでにあの二人も連れて行くね」

 ついでだから友達も巻きぞいにしておこう。自分一人だけ、いるはずのない未確認生物探しを手伝わされるのはごめんだ。

 「おぉ、ナイス! これで来月の休みが楽しみだね」

 子供のように満面の笑みで浮かれている明日花に、

 「お嬢……今日も可愛いです。」

 うっとりと彼女を見つめるヒカル先輩。

 天真爛漫なお嬢様と暴力主義の付き人。

 この二人のコンビは独裁者と強行的な軍の恐怖政治の構図のようにまわりを巻き込んでいく。

 「……………はぁ……」

 僕は思わずため息をもう一度ついてしまった。

「連休ぐらいゆっくりしたかったのになぁ……」

嘆いていてもゴールデンウィークはかえってきそうになかった。




 「おっはよーーーう!」

 学校でヒカル先輩に別れたあと、明日花と二人で教室に入るとなり、明日花は教室中に響き渡る大きな声で挨拶した。

 明日花はいつも明るく元気な性格なので、クラスのムードメーカー的な存在として、そのわがままな性格や、ヤクザの娘という家柄を含めても友人が多かった。

 「おはよう明日花。」

女子のクラスメイトが明日花に視線をうつして、挨拶をしながら近づいていく。

 「ねぇねぇ明日花。昨日のテレビ見た?」

 僕はクラスメイトと合流する明日花を尻目に、自分の席へと向かった。

 「ふぅ。………」

空気をよんで、すぐに自分の席に座って落ち着いているだけだが、やはり少しだけさびしさを感じてしまう。いつもひどい目にあっているというのに、いなくなったら少しさびしくなるのは不思議なものだと思う。だけど僕に友達がいないわけじゃない。

 「今日は一段とボロボロだな幸一。……また黒崎先輩にやられたのか?」

 ポンと肩を叩いて僕に声をかけた男の名は武一(たけいち)士郎(しろう)。拳術の道場の息子で身長が高くがっちりとした体格をしており、短くさっぱりとした髪型や眼力のある目つきは、町にいる長髪でちゃらちゃらしたような格好の人物よりもかっこいいと思う。しかも彼の実力は格闘家としての域を超えていて、刀を持ったヒカル先輩と互角に闘える唯一の人間だ。

 「……まぁ。いつもどうりにね……」

 「でも俺は羨ましいとおもうけどなぁ……」

 その後からニタニタ笑いながら来たのが、矢吹(やぶき)(りょう)()。士郎とは対照的なひょろっとした細身の体型の男で、性格は空回りというか、後先が全く読めない思春期真っ盛りのスケベな性格だ。都心の美容師にやってもらったらしいお洒落な髪型も、正直のところ似合っていない。

 「羨ましいってなんだよ?」

お前にはマゾ気質があるのか? 普通は刀持った人においかけられたくなんかないぞ。

 「美人の幼馴染を起こしにいくことだよ。わがままだけど明るくて甘えん坊な性格で、抱きしめたくなるあの小柄で未成熟な体格も、男子のなかでは『守ってあげたい女子』として大人気なんだぜ。そんな娘の寝顔を毎日見られるなんて、羨ましいとしかいいきれないぜ」

 「明日花に手を出したらヒカル先輩に三枚におろされかねないよ」

 ヒカル先輩の事をいうと、矢吹は急に少しテンションが下がった。この男も明日花にちょっかいを出してヒカル先輩にボコられた男の一人だからだ。

 「確かに……あの人が護衛しているから、学校中の誰も彼女に近づけないんだよなぁ……近づいた人間は五体満足で帰れないっていう噂があるしな。」

さらに僕は誤解されないように、付け足しておく。

 「たしかに明日花は昔から仲の良い幼馴染で一緒に学校に行ってるけど、恋人同士とかそんなんじゃあないよ。」

 あくまで明日花は幼馴染だと、自分でも言い聞かせるようなつもりで言った。

 「なるほど……ならばおぬしが好きな人間は別の人物なのか? 親友である我も気になるな」

しかし士郎にはそれが『明日花以外に好きな人物がいる』というように聞こえてしまったらしく、古風で独特な喋り方で問いただされた。

 「まぁそれは……」

 士郎にそう言われて、僕の頭の中で一人の女の子が思い浮かんだ。異性の幼馴染である明日花よりも気になっている女の子。その女の子の名前を親友といえど、この場で口にするのは気がひける。

「――あのっ。……桜井くん。……」

いきなりその人の優しく控えめな声が背後から聞こえてきた。

「うわっ!」

飛びあがるようにびっくりして後を振り返ると、今さっきまで頭の中で思い浮かべていた僕の気になる女の子が、実際に後に立っていた。

「あっ、驚かせてごめんなさい」

「あ、いや大丈夫だから気にしないで」

謝る彼女に、僕は慌ててとりつくろった。『あなたの事を考えてました』なんて恥ずかしくて絶対に言えない。

 彼女の名前は(あい)()()()さん。セミロングの長い髪に儚げで透き通るような綺麗な瞳と薄い唇。普段はもの静かで、あまりクラスの人間とも話さないけれど、本当はものすごく優しい性格なのだと僕は知っている。

 彼女が士郎と矢吹の方を一瞥すると士郎は、

 「ああ……我達にかまわず続けてくれ」

 と彼女に話を続けるように言った。

 「どうしたの? 相田さん」

 そして彼女はようやく僕に用件を話し始めた。

 「今日の放課後にまた花の水やりを手伝って欲しいんだけど……」

 相田さんは園芸部に所属しており、部員の少ない園芸部をわけあって、僕はたまに手伝っている。

 「それで……今日はやっぱり無理かな……」

 他人に対して、気軽に頼めない性格のせいか、なぜかいつも遠慮がちに彼女は聞く。

 「大丈夫だよ。今日も手伝いに行くから一緒にやろうね。」

 僕は彼女の手伝いを承諾して、今日の放課後は水やりを手伝う事になった。

 「……ありがとう桜井くん。……それじゃあまた放課後にいつもの場所で……」

 うっすらとして唇をほんの少しだけ曲げる彼女の笑顔。明日花のようにいつも明るく満面の笑みではないけれど、彼女の笑顔を見れた時に、僕はいつも嬉しくなっていた。

 「うん……それじゃあまたね」

 彼女はそれだけ僕に伝えて席へと戻っていった。

 そんなに急がなくてもまだホームルームには時間があるんだけど、もしかしたら彼女は二人きりでいるのが恥ずかしいからすぐに行ってしまうのだろうか。

「もてるねぇ。こういちくん」

 そんな僕と彼女の甘酸っぱい空気を邪魔する下品な声。

「お前はうるさい」

こういう時の矢吹の冷やかしほど、鼻につくものはない気がする。

「それより聞いたか? ゼイガルムがまたこの町で出たんだってよ」

まぁ、本人は気にせず別の話題をふってきたから気にしてないんだろうけど。

「ゼイガルムというのは……二年前から現れた正体不明の怪人の事ではないのか?」

士郎も少し知っていたらしい。みんな謎の生物とか、怪人とか本当

「そうだぜ。黒い鎧のような格好に、口が大きく裂けた様な仮面を被った謎の人物で、全身から高熱の炎を出すらしいぜ」

ゼイガルム。矢吹の言う通りここ数年、新聞やニュースにも報じられている謎の怪人で、その姿は黒い鎧のようなボディースーツの格好で黒い仮面をつけていて、誰がつけたのかはよくわからないが、ゼイガルムと呼ばれている。その正体や目的などは一切不明で彼の正体は警察も知らない。

「両手から炎か……もしそんな奴がいたら手合わせしてみたいものだな」

士郎の場合は、そいつと闘いたいっていうんだから恐ろしいよ……。

「よく今の話を聞いて闘おうっておもうね。普通の人間なら逃げ出すよ」

「強い奴と闘いたいのが、武人というものだ」

ふっと笑う士郎は熱血漫画の主人公ならかっこよかったが、現実だとすこし暑苦しいだけだった。

「ゼイガルムって特撮ヒーローみたいでかっこいいよねぇ。本当はウィッシー探しとどっちにするか迷ったんだけどね」

「そうなんだよねぇ。……って明日花ちゃん?」

男子同士の会話に突然、明日花も参戦してきた。もしかしたら、不思議な存在が大好きな明日花が、ゼイガルムの話で混ざりに来たのだろうか。

「こうくんが、なかなか五月のゴールデンウィークについて話さないみたいだから、私から言うね」

しまった五月の連休の事だったのか。すっかり忘れていた。

「すっかり忘れてた……」

「――なんのことだ?」

「ウィッシーってなんだ?」

事情の知らない士郎達は首をひねっていた。そりゃそうだろう。ゼイガルムは新聞とかでも知っている人間はいるけれど、ウィッシーは明日花の頭の中の生物だ。

「実はね、今度の連休にみんなでウィッシーという首長竜の日本版みたいなのを探しにいくから、二人とも用意しといてね」

明日花が事情を話し始めると、だんだん士郎達はお互いに顔色が悪くなっていく。

「いや、俺は新作のゲームが発売する予定――」

「我は長期の山籠りによる鍛錬をする予定――」

二人の連休の予定を――

「じゃあ、連休一日目の朝に、私と幸君の家に集合ということで。」

なんということでしょう。彼女の一言で見事につぶされましたとさ。

「じゃそういう事で。よろしくねぇー!」

用件だけ伝えて再び女子達の方に、元気に去っていく明日花のあとには、二人の男ががっくりと首を垂れていた。

「……仮病とかで休んだりしたらだめかな?」

「無意味に心配した明日花が、組の怖い人を見舞いによこすから、やめといたほうがいいよ」

矢吹が必死に、回避策を考えようとしていたが、無駄な抵抗は彼女には逆効果なのだ。

「鐘寺さんの勢いはすさまじいな………」

「ああ……誰も止められないよ……」

あのワガママな幼馴染の独裁政治の勢いは、とどまる事をしらなかった。




冬の厳しい寒さが少しずつ和らいできて、暖かさを取り戻してきた春の学校の裏庭には、沢山の花が咲いていた。

この裏庭の花の水やりは一人でやるにはすこし範囲が広い。そのため僕は彼女の手伝いを時々して、できるだけ二人で水やりをすましているのだ。

「ごめん、待った? 相田さん」

放課後の掃除が終わりしだい急いで来たのだが、彼女の方が早く来たらしく、裏庭にはもう水やりを始めている相田さんの姿が待っていた。

「ううん、大丈夫だよ。………それじゃあいつもどおり手伝ってくれる?」

柔らかな笑みと、物静かで優しい言い方は、他の女子生徒には無い彼女の魅力だ。

「わかった。それじゃあ始めるよ」

僕は相田さんが使っているホースとは別の蛇口から出ているホースを取って水をやり始めた。

「……ありがとう」

僕は彼女のこの言葉を聞くだけで、とても体が熱くなるぐらい嬉しかった。

彼女は昔からこんな物静かな性格ではなかったらしい。昔は明るくスポーツの得意な女の子だったのだが、ある事件がきっかけで彼女は変わってしまったのだ。

少し前、たしか半年ほど前のことだったか。

当時彼女が実家に帰省していた数千人ほど住んでいた町がわずか一日で、もぬけのからになってしまった『大量神隠し事件』。その事件はマフィアの人身売買だとか、祟りだとか騒がれていたけれど何の証拠も残さないままその事件は結局、警察の手では一向に解決する事はできなかった。

しかしその二カ月後に相田さん一人だけが、遠く離れた町中で発見され、ようやく事件解決の糸口を見つけたかとおもわれたが、家族を失った彼女の記憶は曖昧でひどく混乱していたらしい。

捜査は進まず、結局彼女の家族を数千人もの人間は行方不明のままとなり、彼女は僕達と同じ中学に転校してきた。当時の彼女は事件の後遺症のせいなのか、精神的に疲弊しきっていた。

そんな彼女見ていた僕は彼女を放っておけなくて、明日花や士郎達と一緒に、彼女を必死に元気づけた。

おそらく僕は彼女から似たような感覚を感じ取ったからなのかもしれない。

そして僕はいつのまにか彼女の事が着になりだしてしまっていた。彼女にしてあげられる事を一つでもしてあげたいと思っていた。

しかし数ヶ月後、彼女は僕達の前から突然といなくなり、行方がわからなくなったらしい。


その話を聞いた僕は学校を休みながらも、必死に彼女を探し続けた。

そして明日花の協力で、鐘寺組の情報を頼りに僕は彼女をようやく見つける事が出来た。

「相田さん……どうして急にいなくなったの? 心配したんだよ……」

彼女を見つけたのはガレキの山の上で、相田さんは世界の終わりがきたような絶望を感じたような表情で座り込んでいた。

「いったい……何があったの?」

壊れそうな彼女に僕は必死に彼女に事情を聞くと、彼女は思い出したように泣きだした。

「……こういちくん。……わたし……けっきょく…すくえなかったの………たすけるって…えぐっ…きめたのに……わたしは……わたしは……ああああああああああ」

「…………相田さん。………」

彼女は泣きながら、事情を話始めたのだが、僕には彼女の言いたい事がよくわからなかった。

「どうして……あの子は悪いわけじゃないのに……どうしてわたしだけ…まだ生きてるの……わたしなんてだれもすくえないのに……」

――僕はそんな彼女を抱きしめて慰めた。

「……誰も君を不必要だなんて思っていないよ。いなくなった人達のぶんまで生き延びてみようよ……」

そんな安っぽい台詞を彼女が泣きやむまで、囁き続けた…………。

しかしそんな事があって、高校二年生になった今でも、彼女は神隠し事件やあの時失踪した理由を僕には教えてくれない。

彼女の気持ちを知っているつもりで知らない。だから僕と彼女との関係は縮まらなくて、僕と彼女は今でも恋人未満のままだった。

 



 ………………………………………………………………………………………………。

「……桜井君はなんで……そんなに私に優しくしてくれるの?」

水やりという単純作業のなかで沈黙が流れるなか、唐突に彼女がそんな事を僕に聞いた。その質問が、まるで他人扱いされているみたいでとても悲しかった。

「……相田さんも、一人でこの裏庭の花に水をあげるの大変でしょ。……だからだよ」

こんな時に『君が好きだから』なんて僕には言えない。

「……ありがとう。桜井くんが手伝ってくれて本当にうれしいよ」

ホースで水をあげていた彼女の横顔はとても綺麗だった。明日花のような元気で活発な女の子のような満面の笑みではなく、彼女の顔はどこか悲しげで守ってあげたい衝動にかられた。

「……やっぱりまだあの事件の事を思い出したりするの?」

僕は勇気を出してもう一度事件について聞いた。すると彼女は悲しげな表情で薄く笑って答えた。

「事件の事よりも、どうしてもいなくなってしまったみんなの事思い出すの。……両親や弟が殺された時の事や戻らない町の人を」

「そうなんだ……ごめんね。僕も何かしてあげたいんだけれど……」

本当に何もしてあげられない……彼女の記憶の傷を呼び起こすだけで、悩みも聞いてあげれない。僕は自分の無力さにおもわず苛立ちを感じてしまう。

「……ううん、気にしないで。桜井君が私の事を心配してくれているのはわかるから…」

そう言った後に、また彼女は優しくて悲しい笑顔をつくる。

それが強がりだということは、僕にもわかっている………だけどどうしようもない怒りが自分自身の中で静かに巡り続けているだけで、僕は結局何もできなくて、優しい言葉もかけれない。

僕はそれ以上は何も言う事ができず、黙ってホースの霧吹きで花に水を撒く作業を続け、彼女もそれ以上は何も言わなかった。

二人の間に静かな沈黙が流れて、今日もまた彼女との仲が進行しないまま、作業だけ進んでいった。


 十分に花に水をやり終え、時刻は夕方五時を過ぎた所で僕達は帰りの支度を始めた。

 「あのぉ……桜井君」

 片付けの途中、相田さんが急に僕に声をかけた。

 「色々と言いたいことはあるんだけれど……これだけは言わせてほしいの……」

 「――なに?」

 彼女がそう言った時、僕の中でまた嫌な予感がした。ヒカル先輩のせいで鍛えられた六感がこんな時にも警報を鳴らしている。

 「私はもう大丈夫だから………だから幸一くんは、わたしよりも他の人に優しくしてあげてほしいの………私よりも、明日花さんや他の人を好きになってほしいの」

 沈黙のなかずっとためこんでいた彼女のちぐはぐな言葉が、僕の心にずきずきと突き刺さった。僕にも彼女の言いたい事がわかる。

 「ごめんね……桜井君の気持ちはうれしいの……」

 「わかったよ。………それ以上は何も言わなくても大丈夫だから……」

僕はそれだけしか言えなくて、自分一人で舞い上がっていた恋が終わりを告げた。

「……でもまだ水やりだけはたまに手伝いにくるね。ここを一人でやるにはやっぱり大変だしね。」

なんて言い訳で見苦しく彼女にまた会える口実を作る僕。なんて情けないんだろう。

「……うん、わかった。それじゃあまた一緒に水やりをやろうね。」

そんな往生際の悪い僕に彼女は優しくそう答えてくれた。

 「――それじゃあまた学校で会おうね、相田さん。」

別れの言葉を告げて、僕は彼女に背を向けて逃げるように帰ろうとした。

 「うん……バイバイ……………ごめんね幸一君」

最後の言葉は聞こえないふりをしておいた。




今は夕日が沈もうとしている午後六時。まだ散っていない桜が夕暮れの光で、美しく照らされて、とても風流だったが僕の心は晴れなかった。

「見事にフラられたなぁ……」

ふられた後に見る桜はなぜかいつもよりも綺麗に見えてしまう。

いつかは縮まるかと思っていた距離は縮まるどころか大きく離れてしまっていた。

彼女の気持ちは自分が思っているものと違っているのだと認識させられた。

「まぁしかたないか。……いつまでも気にしていても仕方がないしな」

もうほとんど散ってしまった桜をみているうちに、徐々に心が落ち着いていった。

「ふぅ。………」

ざわっ…………。

「えっ?」

そんな事を考えていると、桜の木が少しざわめき、同時に自分の中でいやな予感を背後から感じたような気がして、体を起こして振り返った。

気がつくと、僕の後方三メートルぐらい離れた場所に全く見覚えの無い外国人美少女がものすごい剣幕で僕の顔を見下ろしていた。

「……君は……だれ?」

夕日を照らすような鮮やかな金髪をサイドに括ったツインテールに青い瞳。服装は上下黒いエナメルのミニワンピースで、そこから見える白い足も綺麗だった。

「いや……なんでそんな物を持っているの?」

しかしその少女は、確かに容姿はちょっとおしゃれな女の子だったが、二丁の拳銃を両手に持っているのが、どう考えても異様だった。コスプレなのだろうか?

「――桜井幸一だな?」

女の子は僕の問いに答えない。そのかわりにどこで知ったのか、僕の名前を確認した。。

「うん、そうだけど……なにか用?」

 さっきからこっちが質問を続けているというのにこの女の子は僕の質問を無視する、するとこの美少女は信じられないような事を口にした。

「……あなたを………殺すわ」

少女が僕をいっそう睨みながらそう言って銃を僕に向かって構えた。

「へ?」

僕は瞬時に背中に冷たい水が入ったような悪寒を感じた。

人気のない桜道で、彼女の手に持っていたおもちゃだと思っていた拳銃の音が鳴り響いた。

「うわっ、あぶなっ。ていうか本物?」

間一髪で、体を捻った僕は、頭に目がけて飛んでくる銃弾を、なんとか避ける事ができた。これもヒカル先輩のおかげだろう。

キーンと鳴り響いている鼓膜の感覚も、辺り一面にたちこめている火薬のにおいも彼女の手に持っているものが、本物の拳銃だという証拠だ。

「なんでよけれるのよ。さっさと死ね!」

「……いやちょっと知り合いのせいで動体視力だけは鍛えられていて………ってそうじゃない! 何で銃とか持ってるの? ここ日本だし、普通なら銃刀法違反で捕まっちゃうでしょ!」

おもわず一般常識的な質問を繰り返すが、彼女は一切耳を貸さない。

「うるさい黙れ! 私は天才的な殺し屋で、あんたは黙って私に殺されてればいいのよ!」

バキュン!

「うわぁ、また撃ってきたよ、この人!」

今度は体に向かって撃ってきたので、体をアルファベットのCのようにしてなんとか避ける。

なんで初対面の女の子に拳銃で撃たれなくちゃいけないのか、さっぱりわからない。

「いいかげんに――きゃあっ」

再び彼女は僕に向けて引き金をひこうと土手から下りようとした彼女は土手の草を踏んで足をすべらしてしまった。

「いたた……」

彼女はそのまま土手をすべりおちてしまい、スカートがめくりあがって、水色の縞パンが丸見えでうつぶせになっている状態になっていた。

「――きゃあ! み、見んな、すけべ!」

スカートに気付くなり、おさえながら僕を罵倒する彼女。

「…………で、けっきょく君はだれなの?」

あまりの間抜けさと図太さに、呆れと怒りを含めながら彼女に再び質問した。

 「そんなこと、あなたになんか教えれないわよ!」

 がばっと起き上がった彼女は、そのまま全速疾で逃げ出した。

 「私の名前を覚えてなさい! 桜井幸一!」

「だから知らないよ。なんだったんだ? 今の女の子は……」

新しい出会いか。……あんな人になら会いたくなかった……。


 

 

 「……というわけで、昨日の放課後、謎の殺し屋の女の子にねらわれたんだよ……」

 「非常識すぎて、どっからつっこんでいいのかわかんねえよ!」

 翌日、桜並木に現れた謎の美少女の殺し屋について報告と相談をしたのだが、矢吹にさっそくつっこまれてしまった。――どうでもいいけど、こいつに非常識といわれると物凄く腹が立つ。

 「我がおもうに、こういうのは鐘寺組の人間が良く知っているのではないのか?」

 士郎が真面目な意見を言ってくれるのだが、残念ながらその考えは朝のうちに確認済みだった。

 「わたしたち、何にも知らないもんね。クロちゃん」

 「はいお嬢。……私らの組で金髪の殺し屋なんて聞いた事がないし、だいいち桜井を狙う意味もよくわかんねぇしな」

明日花とヒカル先輩は来る途中に、そう言っていた。

「――ならばここは正体を掴む事よりも、身を守る事を第一に考えて行動した方がいいだろう。」

「うん、たしかにそうだね」

確かに士郎のいうとおりだ。彼女の正体なんて昨日一日考えても全くわからなかった。それよりも自分の命を守りぬくほうが確実な事なのかもしれない。

「あと、とりあえず殺し屋っていうのは、一般常識的に目立つのを嫌うはずだから、公の場には現れないと思うぜ」

 「……なるほど、矢吹の言う事もたまには役にたつな」

 確かに矢吹のいうことも一理ある。いくら相手が殺し屋だからってこの平和な日本で昨日みたいに銃を振り回していたら、すぐに警察に捕まるに決まっている。

 「それじゃあ出来るだけ、一人で帰らないようにするよ」

 「そうだな。少し遠回りになるが帰りは我も付きあおう」

 これほど心強い護衛はほとんどいないだろう。やっぱり持つべきものは友達だな。

 「俺も一緒にいくぜ。可愛い殺し屋の女の子っていうのも見てみたいしな」

 葉介に便乗して矢吹も協力してくれるそうだ。

 「ふたりともありがとう」

 その時、タイミング良くチャイムが鳴ったと同時に教室のドアから担任の天王寺先生が入って来た。

 「今日の天道先生、教室に来るのがはやいな」

 いつもならもっと時間に余裕を持たせるような先生なのだが、今日は早めに教室にきたらしく士郎達やクラスのみんなは急いで席についた。

 「えぇと……突然ですが皆さんに転校生を紹介しようと思います」

 先生が教壇でそう言うと、クラス全体がどよめきだした。

 なるほど転校生がくるからいつもよりもはやくホームルームに来たのか。天王寺先生が早めに教室に来た理由がわかったけれど、なんで入学式の終わったこんな時期に転入生なんているんだろ?

 「みなさん静かにして下さい。あまり騒ぐと転校生を紹介できなくなってしまいますよ」

 そんな先生の一言に、クラス全員が納得して少しずつ黙りだした。

天道先生は男の先生なのに、体育系のスパルタ教師のように大声で怒鳴りつけるような言い方はせず、物静かで優しい言い方をしてくれる、生徒の間でも人好かれている教師だからみんなだいたいのいうことは自然と聞くのだ。

「それでは教室に入ってきて下さい、アイリスさん」

先生が入って来るようドアの外の人物に呼びかけるとドアが開き、この学校の制服を着た女子高生が教室の中に入って来た。

「ああぁっ!」

僕は思わず静まりかえった教室の中で声を上げてしまった。

その少女は昨日の夜に僕を銃で襲って来た自称殺し屋の女の子だった。

長くて黄金のように綺麗な金髪に男女は問わず見とれてしまい、無愛想ながらも整った顔立ちにブルーの綺麗な瞳。この学校の制服の上からでもわかるスタイルはまさにこの学校の上位に入るぐらいの美少女だった。

「それでは自己紹介をして下さい」

「私の名前はアイリス・ラズフェイスです。みなさんどうぞよろしくお願いします」

僕は口を開いたまま唖然としていた。さきほどまで矢吹が『目立つ行動はしないだろう』とよんでいた彼女が、まさか自分のクラスに転校して来るとは思いもしなかった。

「席は桜井君の後に用意しておいたから」

「うしろだってぇぇぇぇ!」

そういえば一番後ろだった僕の席には、誰も座っていない机が一つ置いてあった。あんまり気にしてなかったけれど、たぶん誰かが置いたらしい。

「桜井君。どうかしたのですか?」

やばい。それはやばいよ。あの自称殺し屋の人を、後の席に座らせたとたんに、ズドンと撃たれかねないよ。

「なぁ幸一。もしかして昨日の殺し屋ってあの子の事なのか?」

「え? ああ。実はそう……」

「待て! それいじょう言うんじゃ……」

矢吹に聞かれてその通りだと答えようとしたその瞬間、彼女の声と共に大きな音が教室に響いた。

ずてーんと思いっきり教壇の段差の部分で転んでしまった彼女は、手に持っていたカバンを思いっきりぶちまけた。

「これは……」

クラスの全員が目にしたのは、カバンの中から出て来た大量の銃火器と、転んだ拍子にスカートがめくれ上がってまたもや丸見えになった縞パンだった。

「うぐ……」

どちらかというと、やはり銃火器のほうに目がいってしまったクラスメイト達は、全員凍りついて、誰も身動きがとれなくなっていた。

「………おまえのせいだ。……」

重苦しい沈黙がおしよせるなか、アイリスが小声でぼそりと呟いて、

「お前のせいだ。こういちぃぃぃぃ!」

いつの間にか取り出した拳銃を叫びながら発射した。

「あっ、ぶっ、なぁぁぁぁ!」

複数発射された銃弾を、なんとか予想して僕は態勢を変えてよけた。

「………お前も普通の人間じゃあねぇな。幸一」

しかたがないだろうが身についてしまったんだから。

「くそっ、お前のせいで私が殺し屋だと言う事がばれてしまったじゃないか!」

何を言ってるんだこの娘は。

「……いや、自分でばらしたんじゃないのかな……?」

僕の言葉に彼女を口を半開きにして、自分の行動を振り返った。

「…………………あっ。しまった!」

きづくのおそっ。

「何で拳銃なんて持ってるんだ?」

「ていうか、桜井もすげぇなぁ………」

「やばいよあの娘……ヒカル先輩に続く不法銃刀所持者が学校に現れたよ」

転入初日で完全にクラスの人間から危険人物としてばれてしまった彼女は

「まぁこうなったら、学生ごっこなんてどうでもいいわ。私の名前はアイリス。お前を殺すために日本に来た命中率九十九パーセントで恐れられた殺し屋だ!」

こんどは開き直って、自己紹介しだしたよ。なんなんだよこの女はといわんばかりにクラスの人間から

「……こんどは開き直ったよこの子……」

「なんだか、計画性の無い殺し屋よね」

「縞パン萌えーーー!」

「学校側もよくあんなの入れたわよね」

もうここまできたら、クラスのみんなも言いたい放題だった。

「くそっ、やっぱり何をやってもやっぱりうまくいかない……やっぱりあの魔女の呪いが原因なんだ……」

みんなにいじられたせいか、彼女は急に落ち込みだした。まったくもって忙しい人だ。

「何がそんなにうまくいかないの? 教えて教えてーー」

明日花が興味津々に彼女に聞く。

「この一週間――あらゆる手を使って幸一を殺そうとしたが、その全てが失敗に終わった。――ビルから狙撃をすればハトに命中して窓から狙撃をすればハトに命中して、後ろから狙撃をすればハトに命中して……」

「もはや殺し屋じゃあなくて、ハト虐待の人じゃん!」

「…それにあなたがすんでのところで奇跡的に銃弾を避けるし」

それって昨日の夕方の事か。

「まぁ確かに僕だって、銃弾のコースを予測して避けてるけれど……。でもそれぐらいなら誰でもできるよ。」

「できねぇよ! おまえもおまえで自分の基準で考えんな!」

できるだけ謙遜して説明したのに、逆に怒られてしまった……。

「だが高校生相手に、ここまでてこずる殺し屋なぞいるのか?」

いつも核心に近い質問を堂々としてくれるのは、やはり士郎だ。

「それは……あの魔女のせいなのよ」

「魔女? ……ひょっとして魔法少女のこと?」

魔女の話を聞いた途端、明日花は目をキラキラさせていた。まだ聞いてないけれど絶対にそれは違うと思う。

「人に呪いをかける魔術師の女の事よ。世界中の悪人に呪いをかけてまわっているの。」

「……てことはお主もその呪いをかけられているのか?」

士郎がそう聞くとアイリスは嫌な帰国を思い出したようで、さらに顔をしかめながら話し始めた。

「私の呪いは間の抜けた失敗を繰り返し、何をやってもうまくいかない呪いだ……」

「……それって……」

「ドジッ娘だぁーーーーー♪」

明日花が嬉しそうに拳を突き上げて叫ぶが、当の本人は言われたくなかった言葉を口にされて怒りにわなわなと震えていた。

「だけど……それも今日で終わるわ……呪いを解く方法は魔術師が教えてくれていたのだ……」

「……それってもしかして……」

だいたいの予想はできたけれど、そんな理不尽な話ってあるわけないと信じたかった。

「桜井幸一! お前を殺す事だぁぁぁ!」

彼女はそういうと再び僕に銃を向ける。

「待って! 話せばもっと別の方法が……」

「そんなのないのよっ! 今すぐにここで――」

と、アイリスが引き金をひこうとした時、

「な、なにあれっ!」

「おい、なんだあれはっ! こっちにつっこんで来るぞ!」

クラスの人間が一気に騒ぎだした。

「鳥か? 飛行機か? スーパーマンか? …………いややっぱり鳥だ!」

「今来たら駄目っ! ハトを殺す殺し屋に殺されるわ!」

「……でもなんで、あんな大量にハトが飛んできてるんだ?」

どうやら窓の外からハトがこちらに向かって来ているらしい。目の前にいる殺し屋を放っておいて、ハトに夢中になるこのクラスもおかしいな。

「ハトなんてどうでもいいのよっ! さくらいこういちっ! あなたはここで死になさ――」

遂に相手にもしてもらえなくなったアイリスはやけくそになって拳銃を僕に向けたその時。

「みんな避けろおおぉぉぉ!」

 バサバサバサバサッバサッバサッ。

 天道先生の言葉とともに、窓から大量のハトが教室に入ってきて、教室中は辺り一面真っ白になった。

「きゃああああああぁぁぁぁぁ! ――な、なに? なんなのよこれ!」

ハト達は教室に入ったとたんに一斉にアイリスに群がっていった。

「なんで平和の象徴がここまで怒ってるんだ?」

「今までに殺されたやつの弔い合戦だろう。……自業自得だな」

アイリスの姿が、全く見えないぐらいのハトの大群が彼女を一斉に襲う光景をクラス全員が静かに見守っていた。

「いたい、いたいっ。……お願いだからもうやめてぇぇぇぇぇ!」

丸くなりながら必死にハトに謝るアイリス。

「なんだか少しエロい気がしてきたぜ……」

それはお前の脳みそが腐っているからだろ。

「……もう……やだっ………やめてよぉ……………」

しだいにハト達は気が晴れたのか少しづつ教室から飛び去っていき……徐々に彼女の姿が見えていった。

「……あ……あうぅ……………」

ハトが飛び去った後のアイリスを見て僕はおもわずひいてしまった。

ここに来た時には綺麗だったの彼女の印象とはほど遠いみじめな姿で、羽やらフンやらがついていてぼさぼさになっていて、制服はボロボロで、ブラウスのボタンまではだけていた。

「うぅぅ………くさいよぉ………」

顔にはびっしりとハトのフンがついていて、まだ粘り気のある白い液の臭いが彼女の鼻を刺激する。

「なんだかエロいねぇ」

明日花の表現はいまいちわからなかったけれど、なんだかかわいそうにんあるのは確かだ。

「………もうイヤ」

アイリスはよほどショックだったのか虚ろな目でそう呟くと、そのままばたんと気を失った。

 そうしてこのクラスで最悪の朝のホームルームは、ようやく幕を閉じたのだった。

 ちなみにアイリスの席は僕のうしろではなくなり、教卓の目の前の特等席になった。




 「うわあああああぁぁぁああああ!」

 『廊下は走ってはいけません』なんて呑気なキャッチコピーなんて気にしている場合ではなかった。

 僕の後からは拳銃を持った殺し屋が追いかけてきている。

 「いい加減往生際が悪いのよ! はやく私に殺されなさいよ!」

 「そんな簡単に死ねるわけないだろぉぉぉぉおお!」

 午前の授業が終わり、昼休みになった途端いきなり立ちあがった彼女はまた僕に向かって銃を撃ってきた。

 なんとか避けて教室からすぐさま逃げ出したのだが、彼女は僕を逃がすつもりは無いといわんばかりにしつこく追いかけて来る。

 「ていうかいつまで追いかけて来るんだよぉおお!」

 「あんたが観念して、私に殺されればすむ事でしょうが!」

 「同時に僕の人生も終わるだろうがぁぁぁぁ!」

 大声を出しながら全速力で追いかけっこをしている僕達は普通なら他の生徒とぶつかる危険があるのだが、もはやアイリスの事は全校生徒の間で知れ渡っているのかほとんどの生徒が僕達を見た瞬間に教室の中に避難していく。ていうか拳銃を持った人間が校舎にいたら隠れるのが普通なのかもしれない。

 「し、しまった!」

 ところが前方に普通ではない人が逃げもせずに、こちらの様子をじっと見ていた。

 長いの黒髪とつりあがった鋭い目つきだがその目でさえも綺麗な風貌に見えてしまう顔立ちの美少女。3年の黒崎ヒカル先輩だった。

 「ヒカル先輩どいてぇぇぇええ!」

 「うるさい。お前がどけ」

「げぼっ!」

 僕が逃げるれないからヒカル先輩に警告したのだが、先輩は明日花以外の人間、ましては僕の言う事なんて全く聞いてはくれない。逆に僕がその細い腕にどれだけ力があるんだと聞きたいぐらいな強烈なラリアットで弾き出された。

 「……おまえは…………」

 ヒカル先輩の有り余る殺気に、本業の殺し屋であるアイリスも追いかけるのをやめてヒカル先輩と対峙した。

 「先輩相手に『おまえ』呼ばわりとは良い度胸してんじゃねぇか。クソ金髪娘」

 そういうとヒカル先輩は自分の日本刀を取り出して鞘から抜いた。

 「……なんだこの禍々しい殺気は……こんなやつがこんな国にいるわけ?」

 「あたしの名前は黒崎ヒカル。三年生だ。お前の話はお嬢から聞いてるよ。転校初日から拳銃を振り回しているかなり危険な転校生らしいな」

 いや腰に日本刀をさしてるあんたに言われたくないよ。

 「私はあんたなんか相手にしたくないんだけれど、殺し屋の世界で『完璧(パーフェクト)な嬢王』と呼ばれるほど」

 『完璧な嬢王』っていかにも失敗しそうなやつのあだ名だな。

 「……おもしれぇ。お嬢の安全を脅かす輩は私が全員この刀で斬り殺してやるよ」

 二人はお互いに睨みあったまま、武器を構えて臨戦態勢に入る。どうやら廊下のど真ん中で、銃と日本刀の闘いがはじめるらしい。……いつでも逃げれるようにしとこ。

 「おりゃああ!」

 「ふっ!」

 ヒカル先輩はいきなりアイリスに突っ込んで斬りかかり、アイリスはバックステップでそれを余裕でかわした。

 「銃相手に剣で挑んでくるなんて愚かなやつね」

 距離を取ったと同時にアイリスはヒカル先輩に向かって銃を数発撃ち込む。

しかし普通の人間では見えない銃弾をヒカル先輩は自身の刀で弾き飛ばした。

「なにっ…………」

異常な荒業に目を剥きながらもアイリスは冷静に後に跳んで距離を取った。

「どうした? 世界の殺し屋はこの程度で驚くのか?」

銃に有利な距離をとっていても、ヒカル先輩に余裕があるのは、踏み込みの早さに自身があるからだった。

「くぅっ……やるわね……」

予想以上のヒカル先輩の強さに呻き声を上げるアイリス。確かにここまででたらめで、凶暴な人は世界中を探してもこの人ぐらいだろう。

 「覚えておきな金髪。そこのクソもやしはどうでもいいがもしお嬢に手を出したらこの私が容赦しないぜ」

 あくまで僕のためではなく明日花のためというのを強調して言ったが、ヒカル先輩がアイリスの抑止力になってくれれば僕にもまだ生き残れる希望があるというものだ。

 「幸一といいあんたといい、この国の人間は常識はずれなやつばっかりね……」

 この人と一緒にしないで下さい。ていうかお前に言われたくないよ。

 「――それじゃあ。今度はこっちから行くぜ」

 今度はヒカル先輩が刀を構える。

 「きなさいよ。受けて立つわ」

 「その意気だけはかってやるよ。……このドジッ娘ヒットマン」

 「そんな呼び方するんじゃあないわよ!」

 アイリスの怒声と共に、再び廊下に銃声が響き渡り、勝負は一瞬でついた。

 「えっ? なによこれぇぇぇ!」

 アイリスの正面にいたヒカル先輩刀を抜いたまま、アイリスの後まできていて、アイリスの拳銃は包丁でぶつ切にされたウィンナーのように、バラバラになっていった。

 「へん、まぁ命だけはとらな……」

 ヒカル先輩は手加減をしたつもりかもしれないが、僕はアイリスの無残な姿になっていた。

 「ヒカル先輩…………やりすぎですよ」

 「なんだよ桜井。一応私は手加減を………あれっ?」

 ヒカル先輩が振り返って、アイリスを見て驚いた。

アイリスは縞模様の下着のみになっていて、身に纏っていた制服はヒカル先輩の手によって切り刻まれていた。

「い………いや………」

僕とヒカル先輩の視線にようやく気付いたアイリスが小さく震える。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」

今度はアイリスの悲鳴が廊下中に響き渡った。




「いや……まさかあんな風になるなんて普通はありえないけどな」

帰り道、三人で下校しているとヒカル先輩はとぼやいていた。ヒカル先輩なりに反省はしているらしい。

「いやぁ……ドジッ娘はお色気キャラも担当してるからね」

「なるほど。流石お嬢ですね。だったらいくら下着姿になっても仕方ないですね」

ヒカル先輩は漫画だったら両目がハートマークになるような顔でうっとりしていた。

「えっへん。ほめられちゃったよぉ」

明日花もヒカル先輩に褒められて嬉しそうだった。仲の良い主従だなぁ……。

「でもなんでアイリスに呪いをかけた人は僕を殺すように伝えたんだろう。……」

今度は僕が彼女達に相談してみた。アイリスに言われた時から思っていたが、なんで僕が彼女に狙われるんだろうと思うと、怒りすら湧いてくる。

「お前が普通の人間んい比べて回避能力が高ぇからだろ。私の刀を避けれる人間なんてそういないだろ。…………納得したか?」

「……わかりました」

ヒカル先輩は僕の顎を掴みながら強制的に納得させる。なんてお優しい教育方針なんだ。

「これで全ての謎が解けたねぇ。アイリスちゃんはドジッ娘でお色気キャラの殺し屋さん。こうくんはそれに狙われる標的」

いや、謎が解けただけで解決になっていないんですけど……。そんな事を言ったらまたヒカル先輩にしめられるなと思っているともう僕達は家の前まで来ていた。

「それじゃあこうくん。また明日ね」

「それじゃあな桜井」

「うん。また明日」

明日花とヒカル先輩に手を振って見送って、僕は鐘寺組のおかげで、僕ら家族しか住んでいないアパートの階段を自分のアパートに帰った。




翌日。僕の目を覚ましたのは携帯でもなく目覚ましのアラームでもなく、強烈な拳銃の発砲音だった。僕の心のショックと同じぐらい激しい音が耳元で響く。

「……………………何をやっているの?」

僕の頭上でアイリスは僕の体を跨いで拳銃を下に向けていた。スカートの下が丸見えになっていた。

 「…………今日も良い天気ね。あなたを起こしにきたわ」

 いや知らんがな。起きたばっかりで天気なんかわかるかよ。

 「どんな起こし方だよっ! 場合によっては清々(すがすが)しい気分どころじゃなかったよ」

 寝起きでもあり、あまりにも非常識な行動にベタなつっこみしか出来なかった。

「うっさいわねぇ……文句言うんなら、とっと私に殺されなさいよね……」

「なんでそうなるんだよ! ……ていうかなんでこんな所にいるんだよ!」

そう怒鳴りつけるように聞いた僕にアイリスはなぜか少し恥ずかしそうにしながら、信じられない事を言った。

「なんでって……あたしがあんたの部屋の隣に引っ越してきたから……起こしにきてあげたんじゃないの……」

へ? 隣に引っ越してきた?

「なななななんだって! どうして殺し屋が標的の隣に住むんだよっ?」

さらにアイリスはどもりながら説明を続ける。

「べ、別に……あんたを殺すために、わざわざ隣に引っ越したわけじゃあないんだからね! ……勘違いしないでよね」

「あほかぁぁぁぁぁぁぁ! そんな嘘が信じられるかぁぁぁぁ!」

朝から僕のつっこみはキレていた。




「やったぁ。仲間が一人増えたね♪」

明日花は超がつくほど上機嫌だった。アイリスの事なんて気にせず、腕に抱きついて体重を預けている。

「そ、そんなにくっつくんじゃあないわよ………馴れ馴れしいわね……」

明日花の人懐っこさに、アイリスは戸惑っていた。

「もちろん、アイっちも来月の連休は私達と一緒についてきてくれるよね」

「いきなりあだ名つけるんじゃないわよ。……それに来月の連休って、なんのことよ」

日本の祝日を外国の人が知っているわけないか。まぁ明日花はそこらへんは説明しないだろうけど。

「みんなで海にウィッシーを捕まえにいく予定なんだよ。」

おおざっぱな説明をする明日花に、アイリスは首をひねった。

「……ウィッシーってなによ? ……ネッシーなら聞いた事があるけれど………」

「私達が発見する予定の未確認生物だよ」

「予定なのっ?」

あ。そこはやっぱりつっこむんだ。

「大丈夫っ♪ こうくんも行くからアイッちも楽しめるよ」

それは大丈夫ではないですよ。明日花お嬢様。

「こいつが行くっていうんなら、しょうがないわね……」

だけどそれが決定打になったらしく、アイリスはしぶしぶ了解した。

「よーしっ♪ これで連休はみんなで遊びたい放題だね。さっそくテンション上がってきたーー!」

アイリスの参加が決定して、ピョンピョン跳ねながら浮かれる明日花に、

「……あぁ……はしゃぐお嬢もまた可愛い」

それを光悦とした表情で見守るヒカル先輩を見ながらアイリスは、

「……ついていけない……」

と呟いた。……まぁでもけっきょく連休には嫌でもついていくんだが。

 



教室に入って席に着いてすぐ葉介と矢吹は、僕の方にやってきた。

「おーい幸一。なんとか生きてるか?」

「なんとかね。……気分は重たいけれど」

「……どういう意味だよ?」

「実はさ…昨日から、彼女が隣に引っ越して来たんだよ」

 「何ぃぃぃ! そんなギャルゲー的なイベントがお前の家で起きているのかっ!」

 何故か異常にテンションが高くなった矢吹。お前は家で、どんなゲームをやってるんだよ。

 「それでさ、今日の朝に枕元で……」

 「キスされたのか?優しく揺らせながら起こされたのか?朝からよろしくされたのか?」

 更にヒートアップして鼻息を荒くして興奮する矢吹。ぶっちゃけうざい。

 「拳銃で撃たれたんだ……」

 「なんだよそれっ! 期待させておいてそりゃねぇだろ」

 「お前が勝手に想像していただけだろうが。人のせいにするな」

 「それにしてもお隣さんが殺し屋の部屋。向かいの家がヤクザの家か……おぬしも苦労が絶えんな」

 「まぁ、確かにね……それに、今度のウィッシー探しも彼女がついていくしね……」

 「そうなのか。……というより、やはり全員参加なのか……」

 「まじでかよ。……気がおもいな……」

朝から三人ともテンションが下がりっぱなしだった。




一方、理事長室では理事長と校長と教頭の三人が集まってとある会議をしていた。

「……事態はかなり悪いですな」

「番長の黒崎ヒカルと殺し屋のアイリス・ラズフェイスは、それぞれ危険物を学校に持ってきている超危険人物だ。彼らを野放しにしておけば、いずれ必ず問題が起きるでしょう……」

「ならばこの生徒二人を退学にすればいいでしょう。調べてみたところ、アイリス・ラズフェイスは書類を偽造していた形跡もありますしな」

「いや教頭先生、それはすこし強引過ぎるし、他の生徒達を感化して非行にはしりかねない」

「しかし校長。……このままでは学校の存続に関わりますよ」

ほぼ校長と教頭の間で、議論を続けていくなか、ようやく理事長が口を開いた。

 「だーーーーーーーーーーーいっ、じょーーーーぶっ!」

 理事長のあまりにも高いテンションに残りの二人はあんぐりと口をあけて呆然とする。そんな二人に動じず理事長は続ける。

 「じつは、私の知り合いに新しい先生を紹介してもらいましたっ!」

「新任の先生ですか? ……それだけで問題を解決できるとは思えれませんが……」

「もちろんただの教師ではありませーーーーーん! 彼らを教育するためのスペシャリストです」

「……スペシャリストですか……」

学校のトップの理事長は、ヒカルとアイリスを指導できる教師をある場所から雇っていた。

この教師が更なる騒動を起こすなんてろくに考えずに…………。




天道先生が教室に入っても、まだクラスの人間は騒いでいた。

「みなさん、静かにしてください。今日は嬉しいお知らせと悲しいお知らせがあります」

その一言を聞いてクラスの人間は静まって天道先生に注目する。聞きたい事はなんでも聞きたがるのが、このクラスの悪い癖だ。ほっとひと息をついて天道先生が遠まわしな言い方をして説明しようとすると、話の内容を知りたい生徒達は、彼に遠慮なく質問をしたり、ヤジをとばしたりする。

「うれしい事と悲しい事ってなに?」

「もったいぶらずに早く教えてくださいよ先生」

「まずは悲しい事から教えてくださーい!」

そう急かされた天道は一度ゴホンと咳払いをしてわかりやすくまとめて発表した。

「えー実は私天道は今日をもちまして副担任となり、代わりに新しい先生がこのクラスの担任になります。」

この知らせにクラス中がまた騒ぎ始めた。

「新しい先生?」

「いったいどんな先生なんだ?」

「せんせーい。どんな先生なんですか?」

クラスの人間は副担任に降格する天道のことなど気にもとめてないようで新しい先生の事を天道に質問した。

「……君達。僕が副担任になる事は、あまり気にしないんだね……」

天道は生徒たちの反応にすこし寂しさを感じていた。ええ『悲しいこと』はあなたが副担任になって給料が安くなったことですね。

「あたらしい先生ってどんな人なんだろうね。こうくん」

明日花は隣の席の幸一に話しかけ、それが他の人間にも伝っていく。

「このクラスをまかされたんだから、相当すごい先生なのかもしれないね」

「やっぱ男の教師だとやる気でねぇもんな」

「……やはり少し厳しさがないと誰もついてこれんのかもしれないな……」

本人が目の前にいるのに、生徒達は平然と教師の陰口(かげぐち)を叩いている。

まあどこの学校にも、こういう先生をなめているクラスはあるだろう。

すると、そんなゆとり教育の日本のクラスの頭上から少しづつヘリのプロペラ音が響いてきた。

「……なんだ、この音?」

「こんなにもヘリの音が聞こえてくるなんて……」

「な、なんだありゃああ!」

窓の外を見たクラスの人間は、ほとんど大口を開けて驚いていた。

そこには空からはたくさんの軍用ヘリが、学校の校庭に着陸していた。

「……なんでこんな所にヴァーレンの軍隊が?」

学校に軍用ヘリが来るなんてまずない。それなのにこんなにも沢山の軍用ヘリが学校にくるということはただごとじゃなかった。

「まさかアイっちが、銃をガンガンぶっとばしているから軍隊が駆け付けたのかな?」

ありえる、……明日花の何気ない一言でクラス中がそう思った。

「それを言ったらヒカル先輩だって、日本刀を振り回してるじゃねぇか」

それもありえる。矢吹の言葉にまたクラス中がそう思った。

すると戦闘ヘリの中から、三十人ほどの武装した兵士が出てきた

「………………軍隊か」

「あれはただの軍隊じゃない。動きに洗練さが漂ってる。……おそらく厳しい訓練を重ねて来た特殊部隊の人間達だ。」

アイリスがそんな説明をしたあとに、今度は士官の服を着た女性が、ヘリから降りてきた。

「うひょー。暑苦しい奴らばっかりかと思ったら、美人もいるもんだな。

興奮した矢吹が言ったとおり、その女性は美人だった。腰まである長い髪に、勇ましく精悍な眼差しをもちながら、映画にも出てきそうな美貌とプロポーションの美人の軍人だった。

「ここが千宿(せんやど)高校か……」

女がそうつぶやくと一人の兵士が近くに来て敬礼した後に報告をする。

「それでは少佐。私達はこれで失礼します」

「ああすまない。お父様にもよろしく伝えといてくれ」

「――ハッ! 了解しました」

兵士は少佐と言われた女に敬礼をして、またヘリに乗り込んだ。

「…………今までよく私についてきてくれたな」

そう撤収していく兵士たちに告げると、軍服を着た女は学校の校舎に歩いていく。

「さぁ。……任務開始だ」




「みんな、遅くなってすまない。このクラスの担任になったヴァネッサ・フォルチュナだ。教科は保健体育だ。よろしく頼む」

いきなり、戦闘ヘリで登場してきた割には普通の自己紹介だったことに、クラスの全員が唖然とする。

「えーと。……それでは質問がある生徒は挙手して聞いてくれ」

副担任になった天道先生はさっそく新しい先生の紹介の司会のような事をしていた。

「はいはーい。先生僕は今聞きたいことだらけで、困ってるんです。助けて下さーい。」

最初に手を挙げたのは矢吹だった。うざいぐらいのアピールで、天道先生も矢吹をしょうがなく指名する。

「それじゃあ、矢吹くん……」

「はい! 先生には彼氏とかいるのですか?」

「……………………………………………………」

カツカツカツカツカツ。

ヴァネッサ先生は甲高いハイヒールの音を鳴らせながら、ヴァネッサ先生は無言のまま矢吹の机の前まで歩いていった。

「あの……質問の答えを教えてくださ――げぼぁ!」

無言のヴァネッサに少し怯える矢吹に鉄拳制裁がとんだ。

「――これが答えだ」

『どんな答えだよっ』とつっこみたくなる気持ちを抑えて全員一斉に、目線を下に下げて、視線を合わせないようにした。

「……つ、次に質問がある人はいませんか?」

『続けるなよっ! 空気読めっ』と天道先生に誰もが怒りたかったが、口にできる人間はいない。

「……はい先生」

本人以外の誰もが沈黙を守ろうと沈黙の了解が結ばれた教室で、一人だけ手をあげて質問をした人がいた。

「それでは相田さん。何かヴァネッサ先生に聞きたい事はありますか?」

質問をしたのは、いつもはあまり人前に出ない相田さんだった。天道先生にも思わず緊張がはしる。

「あの……ありきたりな質問で申し訳ないんですけど……なんで軍人さんが学校の先生になったんですか?」

それはみんなが聞きたかった質問だったけど……でも安易にそんな事を聞いたらまた殴られちゃうよ。

「お前は実に自分の意見を言える人間だな。…………よし、説明しよう。」

よかった。相田さんに対する鉄拳制裁はないみたいで安心した。

「私はある事情で、軍隊をやめなければならなくなってな。………この学校の校長と親しかった私の父様がこの学校の様子を聞いて私を派遣したのだ」

この学校の校長はなんで軍人と知り合いなんだ?

「この日本はゆとり教育というぬるま湯で子供を教育しているらしいが………私の目の黒いうちは銃の乱射や、刀を振り回す事は絶対に許さん!」

ヴァネッサ先生の宣誓が、教室の全員の耳に届いた。

でもたぶんその二人とゆとり教育は関係ないと思うけれど……。

でもこの質問の答えでだいたいの事はわかった。おそらくヴァネッサ先生は、ヒカル先輩やアイリスなどをなんとかするために、軍隊からやってきた先生なのだろう。




午後が明けてからの授業は体育だった。

昼ごはんを食べてからの体育は腹ごなしにはちょうどよかったが今回の授業は、体育測定の五十メートル走だったので、少ししんどい。ちなみに女子は体育館で別の測定を行っている。

「なあ新しい先生どう思うよ?」

「むっちゃ怖い先生だよなぁ…………」

「ああ。ちょっと変わった先生だったよな」

「あれが変わってるっていうレベルの話か?」

クラス中の男子はヴァネッサ先生の話題で盛り上がっていた。それは僕達三人も一緒だった。

「……でも正直なんで赴任できたのかな? 軍人が教師なんて前代未聞なんだけど」

「……まああの理事長ならなんでもあいだろうけどな……」

士郎の言う通り、突然アホな事をやりだす理事長だしね。

「それにしてもうちの学校って危ない生徒がよく揃うよな。ヒカル先輩もアイリスとか、男子ではお前もいるしな」

「我もその中に入るのか……まぁそう考えると、あの先生みたいなのも必要なのかもしれないがな……」

 明日花自身は特に危なくはないけど……その周りにいる人達はたしかにやばいな……。

「それでは男子の測定を始める。おまえら一列に並べ!」

とそこに噂の中心人物のヴァネッサ先生が怒鳴りながらグラウンドにやってきた。

「…………だりぃなぁ。50メートル走なんて――」

私語をしながら、だらだらと動く矢吹が――そのまま宙を舞った。

「ぐごっ!」

ヴァネッサは矢吹の頬をぶち殴ったらしい。……いや体罰だろう。

「無駄口を叩くな! いいか。私には理事長から特別な許可が下りている! 貴様らを煮ようが焼こうが私の勝手だっ!」

口から泡を吹いて地面に倒れているジいる矢吹をさらにきれいな美脚で踏んずけてジャージ姿のヴァネッサ先生は生徒たちに叫んだ。

「は、はぃぃぃぃぃ!」

クラスのみんなが一つになった瞬間だった。殺されたくないという気持ちで……。

「次はクソどもにケツに拳をぶちこんでやる! 死にたくなかったら全力で走れ! わかったな」

 かなりマニアックなAVみたいなことを本気でやりそうだったので男子たちは全員尻を両手で覆い隠した。

「「「「……はい……」」」」

「声が小さい! キンタマをひきちぎられたいのか!」

今度はみんな股間を隠した。

「「「「イエッサー!」」」」

そして恐怖のブートキャンプが始まった。。




「それではこれより五十メートル走を始める。ちんたら走っている奴は、アマゾン川に全裸で叩き込むぞ!」

クリス先生がクラスの連中を脅迫めいた激励をとばしてみんなを走らせる。一人ひとり全力で測定していき、とうとう俺の順番が回ってきた。

「――いちについて――よーぃ――ドン!」

キュイン!

掛け声とともに走り始めた僕は急に嫌な予感を体中から感じて、測定中にも関わらず横に飛んだ。

ピキュン!

僕が走っていた所のコースに狙撃中の銃弾らしきものが飛んできた。

「あ、あぶなかった………もう少し遅かったら、完璧に撃ち抜かれていただろう」

下手をすると体育の途中に射殺されるという、ありえない殺され方をするところだった。

「ヴァネッサ先生、今の測定は無効で……先生?」

もう一度測量をお願いしようと声をかけようとあたりを見渡してみたが、ヴァネッサ先生はどこにもいなかった。




「……またあいつ避けたわ。………あいつ本当に人間なのかしら……?」

校舎の屋上でグラウンドの真上から狙撃銃を構えていたアイリスはほとんど呆れていた。

「短距離走でまっすぐ走っている幸一を後ろから狙撃する。普通の人間ならばまず外す事はないけど、やはり幸一相手には……」

「そこまでだアイリス! お前の危険行為は今スグにこの私が止めさしてもらう!」

アイリスがぶつぶつと一人で愚痴っていると、屋上のドアから先ほどまでグランドにいたヴァネッサ先生が飛び出してきた。

「……………………まさかこんなにも早く来るとは思わなかったわ。ヴァネッサ先生」

アイリはヴァネッサに銃を見られても余裕の表情を浮かべていた。

「余裕そうだな。………いままでは学校でガンガン好き放題に銃をぶっ放していたかもしれないが……私が来たからにはおとなしく生徒指導して更生させてやろう」

「殺し屋が教師の説教なんて聞くわけないでしょ! ………私は幸一をどうしても殺さなければ行けないのよ!」

元軍人のヴァネッサ相手にも負けず嫌いなアイリスは全く譲らない。それどころか相手を挑発していた。

「では口でいってもわからない生徒には………実力行使しかないな!」

お互いに銃を懐から取り出して睨み合う二人。

「どっちにしてもあんたがいたんじゃあ、仕事がやりにくかったのよ」

「……徹底的な教育が必要のようだな」

「来なさいよ。あんたも幸一も、私がまとめて殺してあげるから!」

日本の学校の屋上で、女達の戦いが始まろうとしていた……。




学校の屋上はもはや戦場と化していた。この学校の屋上には二つの出入口があって、その二つのドアを壁代わりにしながら二人は銃撃戦をしていた。

サイレンサーの付いていない拳銃の銃声は辺り一面によく響く。

「ちっ。あの軍人教師なかなかやるわね」

アイリスは少し焦っていた。これだけの銃撃戦にも関わらず、一向に勝負がつかないし、相手に疲労の色も見えない。

(焦りは禁物だ……。弾丸も残り少ないし、ここは短期決戦のもちこむしかないな……)

ヴァネッサも同様に焦る気持ちを押し殺して戦っていた。

「もうそろそろ観念したらどうだ? あんたの弾丸は残り少ないだろう?」

アイリスは揺さぶりをかけてみる事にした。相手の銃弾の数はわからないが、撃った数からして、残り少ないのかもしれないと思ったからだ。

「私はお前に降伏する気はない。お前のほうこそおとなしく負けを認めたらどうだ?」

「ちっ、うざいヤツ!」

予想はしていたがアイリスは思わず舌打ちをついた。心に苛立ちが積もっていく。

「今だっ!」

そのわずかな隙を見逃さずヴァネッサはドアから離れまっすぐにアイリスの方に駆けていく。

「うそっ――死にたいの!」

アイリスはその無謀とも思える行動に驚きながらも、銃を彼女に向けて発射する。

「あまいっ!」

「なっ、かわした?」

先生は銃弾をサイドステップでかわした。幸一がアイリスにやっている弾道予測を彼女もある程度行えたのだった。

「伊達に軍の少佐を務めてはいない! お前の銃の腕は流石だが、それゆえに狙いが正直すぎるんだ!」

「くっ、だったら!」

アイリスは今度は狙いを右に外して、銃を撃った。

「どこを狙って――」

銃弾は右の鉄柵に跳弾して、ヴァネッサの左肩に当たった。

「がぁっ!」

左肩から血が噴き出し、痛みにおもわずよろけてしまった。

「ぐっ、跳弾で対象に当てるとは……」

いくつもの戦場を駆け抜けてきたヴァネッサにも、今の攻撃は予想できなかった。

「本当は幸一相手に使う切り札の一つだったんだけれど……」

とそこにヴァネッサの方のドアから、騒ぎを聞きつけた天道副担任がやってきた。

「ヴァネッサ先生! 一体なにがあったんですか?」

「あぶないぞ天道! 伏せていろ!」

自分の身を省みず、天道を守るため、ヴァネッサは急いで天道の方に引き返して、天道の身を庇う。

(甘いわね……戦場で敵に背を向けるなんて……)

それはアイリスにとって、まさに絶好の機会だったのだのだが、例のごとくその機会を邪魔する人物がアイリスの背後に現れた。

「アイリス! いい加減にしろ!」

「ふわわわわっ!」

幸一の怒鳴り声にアイリスは動揺して銃を落とした。そのおかげでヴァネッサは追撃から逃れて、なんとか一命をとりとめた。

「いったいどうしたんですかヴァネッサ先生! いきなりぶつかってきたら、危ないじゃないですか?」

何が起こっているのか状況を呑みこめていない天道が、自分に覆いかぶさったヴァネッサに問いただす。

「……問題児の生徒に私なりの制裁を加えている……ただそれだけだ」

銃撃から身を隠しているヴァネッサ先生の肩から血が出ていた。

「血が出ているじゃないですか! はやく保健室へいかないと……」

心配した天道にヴァネッサは少しめんどくさそうな顔をしながら答えた。

「ああ……向こうも実弾を使って来ているからな……これぐらいならここで治療が可能だ。」

更にヴァネッサは突然クスリと笑って続けた。

「だがこうでなくてはな………こんな平和な国の教師にさせられて私は刺激に飢えていたから………これぐらいが私にはちょうどいいんだ」

「……そんな風に考えていたのですか…………少し残念です」

 そこで天道はヴァネッサの仕事の考えを聞いて落胆した。

「残念だと。……なぜそんな事を言う?」

 言葉の意味を問うヴァネッサに天道は真剣な眼差しで語りはじめた。

「僕はヴァネッサ先生が生徒達の事のために、この学校に来たのだと思っていました。しかしあなたはアイリスさんと銃撃戦をして他の生徒にまで被害をひろめている。教師ならアイリスさんの相談に乗ってあげて解決を――」

天道の言葉の途中だったが、ヴァネッサは天道の胸倉を掴んで言葉を遮った。

「いいか天道! 貴様の軟弱な教育があの大人を舐め切った生徒達を生んだのだ! 今奴を力でねじ伏せてやらなければ、一向に何も変わらないんだよ!」

それだけ言うとヴァネッサは天道から手を放す。

「……私はお前のような奴が大嫌いだ。………()()ばっかりで、中途半端な行動しか行えれない軟弱なやつがな……」

ヴァネッサはとどめと言わんばかりの罵声を、天道に浴びせながら、ジャージの胸ポケットから小型の軍事救急パックを取り出した。

「それでも僕は……」

ヴァネッサがケガをした所に小型のアルコールを塗ろうとするヴァネッサに天道が全身から絞りだしたとうな大きな声をいきなり上げた。

「学校でこんな殺し合いを認めるつもりはありません!」

「あっ!」

天道の溜まった怒りの爆発に驚いたヴァネッサはアルコールのボトルを勢いよく出し過ぎてしまい、天道の顔におもいっきり浴びせてしまった。

「へぼっ!」

「す、すまん天道……しかしいきなりあんなに大きい声を上げたらビックリしてしまうだろうが……」

ヴァネッサの言葉に何も反応しない天道。

「………天道?」

そして突然、天道はわなわなと体を震わせて……。

「青春は………ねっっけつだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

と大声でわけのわからない事を叫び出した。

「な、なんなんだこいつは……」

ヴァネッサは天道の異様さに呑みこまれてしまい、思わずたじろいだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

そのままアイリスの方へ走っていく。

「――なっ? ええっ?」

アイリスも銃弾が少なかったせいなのもあったが、何より絶叫をあげるおっさんの勢いにびっくりしたらしく、何もできずその場で固まってしまう。

天道はそのままアイリスを抱きかかえた。セクハラだ。

「えっ? なにっ? なにっ?」

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおっ!」

と、天道先生はアイリスを抱えたまま今度はヴァネッサの方へと向かう。

「な、なんなんだっ?」

アイリスとヴァネッサの距離が一人の男のせい

「はい! なかなおりぃぃぃぃぃぃぃ!」

ブチュウウウウウウウウウウゥゥ。

天道は二人を強制的に引き合わせて力づく仲直りしようという強引な方法をとったのだ。

「「むぐっ!!!!」」

二人の唇が合わさり女同士でキスするような形になる。

「「うぐぐぐぐぐぐぐぐっ!」」

二人はバタバタと手足をばたつかせなんとかして逃れようとするが異様なほど天道の力が強い。

「んんんんんんんんっ♪ せいしゅんだなっ♪ 二人とも仲直りできてよかったよ」

変態教師天道だけは満足したように二人の顔を押し続けた。




他のクラスよりもだいぶ遅い帰りのホームルームで、ヴァネッサ先生はいきなりみんなに謝罪しだした。

「……正直私はここに来る事が嫌だったんだ。ようやく軍人になれたというのに上のゴタゴタのせいで軍職から教職の転勤を言い渡された」

 彼女の眼にはいつのまにか涙が混じっていた。

「教師なんて向いていない仕事をやらされて少し苛立ちがあったが、相手が殺し屋だと聞いてやりがいが出たのだ」

これがヴァネッサの本心なのだろうとクラス中がヴァネッサの言葉を聞いていた。

「そのせいで今回は私のせいでみんなには迷惑をかけてしまった。………しかしこれからは一人の教師として、みんなと同じ学び舎で私も教師として学んでいきたいと思っている。まだまだ勉強不足な私だが、みんなついてきてくれるか?」

その言葉に一番最初に答えたのは、意外にも相田さんだった。

 「……誰にだって捨てきれない過去はあるはずです……それでもそれよりも大切な未来があるから……それに先生がきづいたのなら、私は先生は先生のままでいいと思います」

 「お前は……そうか……」

 ヴァネッサ先生は相田さんの顔を見て、何かに気付いた顔をしていた。おそらく彼女の過去の事件を誰かに聞いたのだろう。クラスの人間も事情を知っているためその言葉の意味を理解する。

「私達もヴァネッサ先生の授業またうけたいし、ぜんぜんOKだよ♪」

「ふ、ふん。……別に好きにすればいいんじゃないの。私はあんたなんかいたって楽勝で幸一を殺せるんだから……」

「我も骨のある教員が来てくれてうれしいぞ」

明日花を皮切りにクラス全員がヴァネッサを迎え入れていた。

「………教師というのもいいものだな天道先生」

「はい……辛い仕事で空回りもいいですが、素晴らしい職業だと私は思います」

堂々と答えた天道を見て、ヴァネッサ先生はポッと顔を赤らめて、先生から目を離す。

「……そ、そうだな」

「あれあれぇ? もしかして先生……天道先生に惚れちゃったの?」

その表情を見逃さない明日花がヴァネッサに言う。

「そ、そんな事あるわけないだろうが! 私は元少佐のヴァネッサ・フォルチュナだぞ。なんでこんな奴の事が好きになるんだ!」

さらに顔を真っ赤にさせながらヴァネッサ先生はものすごい勢いで根拠の無いいいわけをする。

「まぁまぁ、赤くなっちゃって……そんなに好きなんだ」

遂にはアイリスまでもがヴァネッサ先生をからかいはじめて、ヴァネッサ先生の怒りは頂点に達した。

「貴様ら全員指導してやる! 覚悟しろぉぉぉぉ!」

「ちょ、ちょっとヴァネッサ先生。落ち着いて下さいっ!」

激怒する担任とそれを止める副担任。それを笑いながら生徒達。そのやりとりはしばらく続いた。




 一年のお盆や正月に続く連休といえるゴールデンウィーク。それは学生の身分でも嬉しい連休だった。その貴重な連休を僕達はウィッシーという仮想の生物を調査するために、遠く離れた山の中まで向かう。

 メンバーは明日花とヒカル先輩。それと明日花の招集されたアイリスと僕達男三人。

 「よりにもよって、問題児ばかりを集めた部活があるとはな……天道の代わりに私が顧問をせねばなるまい」

 そして『未確認生物発見部』の顧問になったヴァネッサ先生が引率していた。

 ヴァネッサ先生の車でやってきた場所は人里離れた山のなかで、人の手が加えられていない自然と、綺麗な水が流れている湖だった。まさにアウトドアにはうってつけの場所だ。

 「青い空っ、未開の森っ、謎に満ちた湖! そしてそして――」

 ジャジャーン!

 「ウィッシーのエサ!」

 「助けてくれぇぇぇぇぇ! 俺はこんなところで死にたくなぃいいいっ!」

 現地に着くなり、湖にロープで拘束され、吊るされる矢吹。

 「ねぇ明日花。いくらなんでも、あれはやりすぎだとおもうよ。」

 いくらなんでも、このままではあまりにもかわいそうだ。なんとか明日花におろしてもらおう。

 「それじゃあ、こうくんがエサになってみる?」

 「それは絶対にイヤ」

 なかば嬉しそうにロープを持つ明日花のおでこを手のひらで抑えて制止した。

 「ていうか、ウィッシーは人間を食うのかよっ」

 「そこらへんはわからないけどさぁ。…………なんとなく人間を食べそうかなと思って」

 わかるわけがない、明日花の頭の中の生物なんだから。ていうか、怪獣映画の見過ぎだろ。

 「この湖に生きる生物なんだから、きっと魚とかこの湖に生きているものを食べているんじゃないかもしれないだろ」

 「幸一の言うとおりだな。釣りでもなんでもして魚を餌にしたほうが、ウィッシーも腹を壊さなくてもいいだろう」と士郎も続ける。

「どちらにしても食糧確保はサバイバルの基本だ。一応食糧を持ってきてはいるが、魚も捕っておいた方がキャンプの醍醐味も出ていいだろう」

とヴァネッサ先生も明日花を諭す。

「それじゃあ、みんなでお魚を釣って、ウィッシーのエサにしよーう!」

完全にその場の気分で考えている明日花が説得に応じてくれたらしく、ウィッシーのエサの変更を考えてくれたのだがここで問題が発生した。

「しかしお嬢。釣り竿は二本しかないし、ボートも2人用です。ですからここは釣りをする人間とほかの準備をする人間に別れて二手に別れたほうがいいとおもいます」

ヒカル先輩によると、釣りをする人間は二名に限られるらしい。

「じゃあ、言いだしっぺのこうくんがするとして、あともう一人はだれがする?」

どうやら僕は明日花の人選で、釣り担当に決定らしい。問題はもう一人だった。

「私がやるわ」

挙手をして名乗り出たのは最悪の相手だった。

いつもとは違うキャミソールの上に薄地の上着を着ていて下はデニムパンツという、極力キャンプ用に動きやすい服を選んで着て来たようだ。……あとパンツが見えないように。

「……アイリスと一緒って……」

はっきり言って気が進まない。ていうか自分で立候補してきたという事は、おそらくこの気に乗じて何か企んでいるに違いない。

「………ふたりで頑張って釣りましょう」

にやりと彼女は不敵に笑った。

間違いない。この人は湖の上で僕を殺す気だ。………だってこの人が絶対にこんな事言うはずないもの。

「それじゃあ桜井、この二人乗り用ゴムボートに乗って、二人で釣りしてくれや。……死んだらお嬢の世話は私がするから心配するなや」

 「…………まぁなんとかやってみるか」

 湖は山の中とは思えれないぐらい広く川の水はとても綺麗だった。

 「気をつけろよ幸一」

 「ああ。……なんとか生き延びてみるよ」

 声をかけてきた士郎にそう答える。

 「……ならば期待して待っているぞ」

 その言葉は魚よりも僕の身を案じて言ってくれた言葉なのだろう。

 「いってらっしやーい♪」

 「……いってきます……」

手を振るみんなに笑顔で見送られながら僕達はゴムボートを漕いだ。もしかしたら宇宙戦艦の乗組員たちもこんな気持ちだったのかもしれない。




ボートのオールを漕いでいる途中、僕はある事に気がついた。

「ねぇアイリス?」

 「なによ?」

 彼女は何食わぬ顔をしているが、僕にはわかっていた。

 「上着のポケットに銃を隠してない?」

 彼女の春の薄地の上着のポケットは不審なぐらいふくれていて明らかに拳銃を隠し持っているのは明らかだった。

 「………………そ、そんな事はないわよ?」

 目を逸らしてあくまで誤魔化すアイリス。

実はここに来る前にヴァネッサ先生の手で持ち物検査をされ、銃はほとんど没収されたのだが、隠し持っていたものがあったようだ。

 「本当にそうなんなら、中身を見せてよ」

 「いやよ。見せたくない」

 あくまでシラをきるアイリスだったが、僕もこのまま引き下がるわけにはいかない。

 「本当に拳銃じゃないんなら、見せられるんじゃないの?」

 「いいかげんしつこ――い?」

 ふと僕から顔を逸らして水面に視線をうつしたアイリスの表情が凍りついた。

 「……ウィ………」

 「うぃ?」

 何を言ってるんだ?

 「ウィッシーがいる! ちょ、ちょっとウィッシーがいるわよ! はやく下見なさいよ!」

 「…………………………………………は?」

 そんな『あっ、ユーフォー』みたいなネタに、今頃ひっかかるやつがいるわけないだろうが。

 「僕が水面を覗きこんだ隙に後ろから銃で撃ち殺す気なんだろうけれど……いまどきその手にはのらないよ」

 「ほんとうにいるのよ! 嘘だと思うんなら下見て覗いてみなさいよ!」

 よほど演技に自信があるのか、彼女はなかなか諦めない。だいたいウィッシーは明日花の妄想の生物だっていうのに。

 「どうしてそんな手しか考えつかないのか、僕にはわかんないよ」

 心底呆れてしまった僕の反応に本気で腹がたったのかアイリスは顔を真っ赤にする。

「もう頭にきた! 私が水中にいるウィッシーを撃ち殺して捕まえやるからそいつを見て腰抜かさないでよね!」

 興奮気味の彼女はポケットにある物。やはり拳銃を取りだして立ちあがる。

「わっ、そんな急に立ちあがったら……」

不安定なボートでは無闇に立ち上がると、ボートはゆらゆら揺れ、足場が不安定になって場合によっては転覆してしまう。

「――きゃあっ!」

案の定このドジっ娘殺し屋はバランスを崩して倒れた。しかも彼女を座らせようとした僕もバランスを崩して後に倒れる。

「…………………」

目を見開くと、そこには彼女の顔がどアップで近づいていて、僕の唇と彼女の唇が密着していた。

彼女が倒れた拍子に僕を押し倒すような態勢になり、僕と彼女は偶然にも公園のバカップルが、一目を気にせずキスをするような形になってしまった。

「「――ぷはっ」」

もちろん恋人同士でもない僕達は、すぐに顔を離した。

「うそ……なんでこんな事になるの…………?」

「……僕だって始めてだったのに……」

プチンッ。その瞬間、何かが切れる音が聞こえた気がした。

「はじめて? なんであんたが被害者面しているのよ。どちらかというと私の方が被害者でしょ。違うの? あんたが受けた傷の方が大きいっていうの?」

ボカッ、ボカッ

「いたいっ。いたいよ。ごめん。ごめんってば、ていうかそんなに暴れると……」

「うるさいっ! とっと死ねこのバカ!」

馬乗りの状態で、僕の顔を殴りつけるアイリス。もちろん不安定なボートでやり続けると転覆(てんぷく)してしまう可能性がある。


「お前なんかわたしに――キャア!」

通常立たない限り転覆する事はないのだが、なぜかボートは見事に転覆してしまった。

「げほっげほっ……もう最悪……」

二人とも湖に落ちてしまい、釣りどこではなくなってしまった。

「もういいから。早くボートに乗って」

ボートが転覆したらまた乗り込むのに手間取るのだが幸い足が地面についたので楽にボートに乗る事が出来た。

「ふぅ……とりあえず釣り竿が水に浮く竿でよかったよ。高いのをなくしたら弁償しなくちゃいけないし」

釣り竿もオールも無事だったようでとりあえず一安心かな。

「……あんたって本当に能天気な男ね」

とりあえず現状を確認しようとしただけなのだがそこまで言われるとはおもわなかった。、    

「いい? さっきのは事故なんだからノーカウントよ! 勘違いしないでよね!」

「――いわれなくてもそうするつもりだよ……」

僕の言葉を聞いてアイリスは顔を真っ赤にして怒り狂う。

「ムッカァ。なんなのよあんた! ほんとにむかつくわね!」

怒るアイリスに対してとりあえず僕は話題を変える事にした。

「それより……二人とも服がびしょびしょになったね……」

僕もそうだけれど彼女の服もかなり濡れていて彼女にいたってはキャミソールから赤いブラが透けて見えているので僕は気まずくて彼女の目を逸らしてしまう。

「なっ……見るんじゃないわよ。この変態が!」

自分の服を見た彼女は座ったまま蹴りを飛ばしてくる。

「ちょっと――そんな暴れたらまたボートが転覆するだろ!」

「うるさい! 銃も湖に落ちたしこうなったらもうとっとと帰るわよ!」

キッと僕を睨んだ彼女はオールを掴んで彼女は岸に向かって漕ぎだした。

「まったくしょうがないな」

…………そういえばここは湖の真ん中あたりなのになんで今さっき足はついたんだろうか? それにいきなりボートが転覆したのもおかしいしな…………。

そんな事をぼんやりと考えている僕と自分で必死にオールを漕ぐアイリスはみんなのいるキャンプ場へと向かった。




「…………熊がいる」

 なんとか二人でずぶ濡れになりながらみんながいたところに帰ってくると川辺で本物の熊のように士郎が魚を岸に弾き飛ばして魚を獲っていた。

「感覚を研ぎ澄まして、高速で手を動かせば人間でも簡単に魚はとることができる」

「…………いや、普通の人にはとれないとおもうよ…………」

何年も武術で鍛えられている士郎にはできたとしても、普通の人間にはおそらく無理だろう。

「それよりお主らの首尾はどうだったのだ?」

「見事に丸坊主。途中でボートも転覆しちゃったし最悪だったよ」

両手を上げて釣れなかった事を伝えると、士郎は苦い顔をしていた。

「……そうか。ちなみに今ならば、鐘寺と黒崎先輩の化学兵器のような不味さの手料理が食えるぞ」

「………そんなこと言われて食べる人間なんて……」

「もがぁぁぁぁぁぁぁ! 口があぁぁぁぁぁっ!」

いたし。ていうか矢吹を解放してやるのをすっかり忘れていた。おそらく毒身役のために地上におろされたのだろうな……。

「ねぇねぇ、アイっち。私とクロちゃんが作ったカレー食べてよ」

そして恐怖はさらに感染していった。着替えようとキャンプに向かったアイリスに明日花がカレー? を差しだす。

「気が効くじゃないのよ。ちょうど体が濡れてて、あったかいものが飲みたかったのよ。いただくわ」

といってスープのようにカレーを飲み干すアイリスは、

「ぶふあぁぁぁ! げほっ、げほっ。なによこれ……まずいというか痛い」

そのまま口からカレーを噴いた。

「……どうせ普通の味じゃあおもしろくないからって好き勝手に材料をいれたんだろ」

「よくわかったな」

「長年の付き合いだからそりゃわかるよ」




日も暮れだしたので、僕達は火を起こして、小さいながらもキャンプファイヤーを起こして士郎が獲った魚を焼いていた。

「けっきょく今日食えるのは士郎が獲って来た魚だけかよ…………」

「文句があんのか矢吹? もう一回吊るしてやろうか?」

ヒカル先輩が文句を言う矢吹を睨みつけながら、天井を指す。おそらく冗談ではなく、本当に吊るす気だ。

「はいすいませんでしたです! 喜んで食わせてもらいます。」

それでいいんだ矢吹。逆らっちゃあいけない。

「ご飯を作り忘れたのがミスだったね」

明日花達はカレー作りに熱中しすぎたために、白米をはんごうで炊くのを忘れていたらしい。幼馴染の僕の経験から言うと、その方が良かった気がする……。

「ならば我が今から作ろうか?」

そこで名乗りをあげたのは士郎だった。士郎は外見はごついが実はそこらへんの新妻よりも、料理などの家事をこなせるのである。まぁ唯一の欠点は料理や裁縫をしている所が似合っていない点なのだが……。

「えっ、でももう今からご飯を炊くのは時間がかかるんじゃあ……」

アイリスが言ったように、もうご飯を食べているのに今から米を炊くにはもう手遅れだろう。

「…………たしかに普通ならば米を炊くのに時間がかかるだろうが……」

そこから『士郎のおいしいご飯の作り方講座』が始まる。メモは持っていなかったけれど、ここは覚えて帰って家で役立てよう。

「まずは先ほどといだ米を、一つまみ掌で包みます。」

 先が全くよめない。そんなことをしてどうやってお米が炊けるんだろうか?

 「そして次に、体内にある()を掌に集中させて……」

 だんだん雲行きが怪しくなってきた……どうやらメモをとる必要はないようだ。

「はああぁぁっ!」

士郎の周りにぼんやりと霧のようなものがたちこめる。本人いわく『気』をためているらしい。

「すると、ほかほかご飯の出来上がりだ。」

 パカッと掌を開いた士郎の掌の上にはなんとほかほかに炊けたご飯がのっていた。

「食えるかぁぁぁぁぁぁ!」

「いったいどういう原理でそうなるというのだ……?」

大声で叫ぶ矢吹をよそに、ヴァネッサ先生は興味津々に、士郎の掌を観察していた。

「………あんたの周りって変な奴ばっかりね」

そんな士郎達を見て、アイリス呆れたようにそう言っていたが、お前も変な殺し屋だと心の中で思った。




「……………………………………」

食事が終わり、みんなが寝静まったあとアイリスはひとりで湖を見つめていた。

「………………眠れないの?」

僕はそんな彼女に声をかけて隣に座った。色々と聞きたい事があったしこうしてアイリスとちゃんと話した事がなかったからだ。

「まぁね。…………というより銃を湖に落としてやる事がなくなったからかもしれないわね」

今日の釣りの時に湖に落としたあの一丁の拳銃しかここには持ってこれなかったらしくあとは全て来る前にヴァネッサ先生に没収されたらしい。ていうか僕を殺す事しかキャンプでする事しかなかったのか。

「……一度君に聞きたかった事があるんだけどさ……」

 「なに? ……ていうかあんたなんで私の隣に座ってんのよ」

 彼女のリアクションはスルーして、僕は彼女に聞いてみた。

 「どうして君は殺し屋なんてやってるの? どう考えてもアイリスには殺し屋なんて向いてないと思うんだけれど」

 「うっさいわね。呪いをかけられる前は本当にA級の殺し屋だったのよ」

 「A級ってなんのこと?」

 また新しい単語が出てきたのでしったかぶらずに即質問。

 「殺し屋のランクに決まってんでしょ。世界には二千人以上の殺し屋がいんのよ。」

 「そんなにいるんだ………でもそんなに仕事があんの?」

 そんなに殺し屋がいたら、世界中殺されまくりじゃあないのか?

 「はぁ……本当になんにも知らないのね日本人って……」

 僕の言葉にアイリスは短くため息をつきながら呆れていた。

 「……まぁいいわ。教えてあげるわ。……六年前に国連を巻き込んだ大きな戦争が起きたのはもちろん知っているわよね?」

 「ゴルレイ戦争の事? もちろん。日本でもニュースでやっていたから知らないわけがないよ。」

 ゴルレイ戦争とはゴルレイという独裁者がレマルド共和国を制圧し解放を呼び掛ける連合の再三の通告にも応じず遂には世界中に宣戦布告をして、戦争を引き起こした世界中に広がった戦争の事である。もちろん国連は圧倒的な軍事力で勝利を確信していて、どこの国が利権をとるかという事しか考えていなかった。

しかし戦争開始後、連合軍はゴルレイ軍によってまさかの苦戦を強いられ、戦争は泥沼状態になった。

ゴルレイ独裁国の軍事兵器は国連のどの国の軍隊よりもすすんでおりその軍隊は異様なものだったらしい。

そして戦争は思わぬ方向で終結した。彼らの本国であり拠点でもあったレマルド共和国は突然謎の大爆発を起こして消滅した。その爆発でゴルレイ本人も行方不明となったらしい。

その爆発の映像は残っておらあとでレマルドが存在していた場所を撮影した映像では、何も残っていなかった。

突然の拠点の消滅と指導者の喪失によって戦争は終結したけれど、沢山の死傷者と各国は戦争による莫大な経済の圧迫により、世界中が不景気になった。

僕はその当時小学生で日本の自衛隊は支援しかさせてもらえなかったから当時の日本はあまりなったとかそういうのですんだので僕達はほとんどニュースで戦争の事を知っただけだった。

「私はあの戦争でゴルレイ側の兵士をやっていた。なぜだかわかる?」

 「なんでって……あの国で生まれたから?」

 レマルド共和国はもともと自然の綺麗な国でゴルレイが来る前でもそこまで政治が不安定だったわけじゃない。つまりゴルレイは彼らにとって侵略者だったのだ。たしかニュースではレマルドの人達は強制的に戦闘に参加させられたらしい。

 「違うわ。……私達はあの国に誘拐されて、あの国の兵士にされたの。……記憶を消されて、戦闘技術だけが頭の中に残っている状態でね」

 「そんな……なんでそんなことを……」

 「……色んな理由があるわ。兵隊不足を補うため。敵の連合軍側の指揮を低下させるため。……そして人体実験に使うためよ……」

 「……誘拐……人体実験………」

 たしかにあの国ならそういう事があってもおかしくはない。

 「そうよ。国連や国の法律でも禁止されている実験をやつらは他の国の人間で試したの。……より強力な兵器にするためにね………」

  過去を語る彼女の表情はこちらからは見えなかったけれど、その声はどこか悲しそうだった。

 「………戦争はなんとか連合軍側の勝利で幕を閉じたけれど………仲間達はほとんど死んだわ。…………もちろん私たちも連合軍の兵士達を何人も殺したけどね」

 双方の戦争の死傷者の数は数十万人をこえたとニュースではいっていた……ただ僕は『知っている』だけで、実際にはこの平和な日本では関わりのない事だと思って、何の痛みを感じずに日々を過ごしていた。

 「記憶の無い私達に何も残らなかった………あるのは人殺しのための技術と……血塗られた両手だった」

 「…………………」

「………気がついた時にはほとんどの戦場帰りの人間は殺し屋や、ギャングになっていたわ……」

「……でもそれだけ人数がいると………」

「そう。殺し屋の仕事なんて殺し屋の人数の割りにあるわけないから、だいたいは組織同士の潰し合いが私達の仕事よ。戦場で共に戦っていたやつが今では敵同士だなんて事は良くある話だわ」

子供の時に拉致されてからそのまま兵士にされて戦争が終わったら戦争の技術と記憶しか残らない。『戦うためだけの人達』これもニュースでも放送された。

「それでもたしか……ゴルレイ戦争で戦った人達の中にはちゃんと社会復帰してる人もいるじゃないか……」

あの戦争の傷跡は全世界規模の大きさで今でも人々の心の中に残っているが、少しづつそこから立ち直っていっている人もいる。

「本当に日本人はお気楽よねぇ…………戦争でおかしくなった人間がそんな簡単にまともになれるわけないじゃない。そんなの一握りの人たちだけであとはみんな闇の世界で………………生きるしかないのよ!」

彼女が僕の発言に嫌みを含めた暴言を吐きだす。その言葉に僕はイラっときてしまいつっこんだ事を僕は言った。

「………………そんな事ないよ」

「え?」


「君は自分で殺しがやめれないと思っているだけで本当は人殺しをやめて普通の人間に戻れる事もできたんじゃあないの?」

僕は彼女の話を聞いて思った事がある。戦争で利用された過去は確かに拭えれない。だけど彼女は自分の勝手な思い込みで『自分には殺し屋しかない』と未来を諦めている気がする。それが僕には許せれなかった。

「あなたに何がわかるっていうのよ!」

彼女は怒鳴る。そしてまくしたて始めた。

「わかる? 自分がどれだけ恵まれた状況で生きているのか! いつもへらへら仲間達と過ごしている人間に私の――私の何がわかるっていうのよ!」

彼女の憤りは暴言に変わって僕に投げつけられる。でも僕は自分の気持ちを崩さなかった。

「君の事はわからないよ! でも……僕は君と同じような絶望を味わった人を知ってる。……その人は家族を失って辛い目に遭いながらもなんとか立ち直って、今も花のみずやりをしたり、僕の事を心配してくれている優しい人なんだ。」

僕が彼女に反論するのは、僕の好きだった人の気持ちを馬鹿にされたからなのかもしれない。どれだけ傷ついても、必死に立ち直ろうとしている彼女がいるのに、自分からその道を諦めているアイリスが許せれないという気持ちが僕の中で爆発しているのだ。

「あの戦争に関係していない僕にだってわかることがある! それはどんなにつらい壁でも、前に進めない事を壁のせいにしてたらいつまでたっても前に進めないんだよ! 乗り越える事を考えなくちゃあ前に進めないんだよ!」

自分の思いをこんなにも、他人にぶつけたのは始めての事だったかもしれない。

「……暑苦しい……うざい……どうせあんたは私に殺されるんだからそんな偽善者ぶったあんたの言葉なんか関係ないわよ……」

 僕の言葉に対抗するのがアホらしくなったのか彼女は嫌みを言って立ちあがって立ち去ろうとした。

 「……殺されないよ……」

僕の言葉に彼女が振り返って僕の顔を見る。

「僕は君には殺されないよ……なにがあっても……」

 「……ふん。私があんたを殺してあげるわよ」

 そう吐き捨てて彼女はキャンプに帰っていった。

「…………………………」

涼しい夜風が僕の髪を撫で、僕の体温は次第に下がっていく。

「…………少し言い過ぎたかな」

正直あそこまで言う必要はなかった。彼女の話を聞いて少しでも彼女の事知ろうとしていたのに、僕は彼女の言葉に苛立ちを覚えてついつい言い過ぎてしまっていた。

「私はそうは思わないがな」

そんな僕にヴァネッサ先生が後から声をかけてきて僕は振りかえってその正体を確かめた。

「しかしヒヤヒヤしたぞ……。銃を持っていないとはいえ、あの完璧(パーフェクト)女王(クィーン)にあそこまで言えるとはな」

ヴァネッサ先生はそう言うと僕の横に座ってきた。

「みてたんですか?」

「仕事だからな。遠くから監視していた」

盗み聞きしてたのか。全然気付かなかった。

「それより先生……アイリスってそんなに凄い殺し屋なんですか? そんな風には見えないですけれど……」

「世界的にも有名な殺し屋の一人だったよ。呪いをかけられる前まではな」

元軍人だった彼女はアイリスに対して、それなりの知識を持っているようだった。

「成功率百パーセントと呼ばれるぐらいの射撃の精密さと任務の成功率であの齢で闇の世界のトップクラスまでのしあがったらしい」

「そうだったんですか……」

それは褒められた事なんだろうか? 人殺しの天才だなんて嬉しい肩書きとは思えれない。

「………あの戦争が終わってから、彼女は自分一人でそういう生活を続けてきたのだ。当然自分の腕こそが唯一信じられるものになっったのだろうな……」

僕の心を察してくれたのか先生は僕にそう言ってさらに続けた。

「だがそんな商売は長くは続かないもんさ。軍が動く場合もあるし、世界にいる殺し屋の数なんて、だんだんと減少をしてきている。……おそらく『()(じゅ)魔術師(まじゅつし)』(」)も彼女にそれを教えるために彼女に呪いをかけたのだろうな。」

「その魔術師って……?」

「ああ……世界中で目撃されている全身黒いローブに身を包んだ女性だ。その女は悪人に呪いをかけて裁きを下しているらしい。汚職議員や、大規模なマフィアのボス。我々が手の届かない悪人を、彼女は呪いによって裁いている」

その魔術師がどんな人かはわかったが、一つだけ気になっている事がある。

「でもなんで彼女はアイリスに僕を殺すように告げたんですか?」

「さぁな……おそらく彼女がお前の事をどこかで知っていたのかもしれんな。……殺しにくい男としてな」

やっぱりそこはヒカル先輩と同じ理論か。

「あともう一つ。……お前が彼女を救える唯一の人間だからかもしれないな……」

「救える人間……ですか?」

「ああ。確かに彼女の言う通り、あの戦争から帰還した人間は全てが全て、社会復帰できたわけじゃあない。心に深い傷を負ったまま自分のからに閉じこもってしまう」

先生は立ちあがって最後に一言声をかけてくれた。

「だからこそ――人間はそこから立ちあがらなければいけない。あいつが閉じこもっている殻は、お前の手でぶち割ってっやれ」

先生が去り際に言ったその言葉はどこまでも軽くそして重かった。

夜の風はどこまでも冷たく僕の体と心を冷ましていった。




色々とあったキャンプの翌日の朝は寝覚めの悪いものから始まった。

一人で料理を作る割烹着姿の士郎。いかつい男が着る割烹着ほどむさ暑苦しいものはなかった。

「今日は我が全ての料理を作った。昨日のご飯とは違い全て合法のやり方で作ったから大丈夫だぞ」

本当に負けず嫌いだな……昨日矢吹に『食えるか』って言われたのがよほどショックだったのだろうか。

「もうすぐみんなが起きて、この料理を見てびっくりするのが目に浮かぶな」

……その後。残りのみんなが料理よりも士郎の格好に驚いたのは言うまでもないだろう。




「それじゃあ、今日はみんなでボードゲームをやりまーす♪」

朝食が終わったあとに明日花が企画していたのは大型のボードゲームだった。

「この日のために『失業ゲーム』を買ってきてよかったよ」

明日花が手に持っていたゲームは僕の知らない謎のゲームだった。

「『失業ゲーム』ってなんだ?」

「知らないのか? 失業した人間の人生を舞台にした一部の人達に、人気のゲームなんだぜ。なんでも最終的に企業家になるかニートになるかも、運しだいで決まるらしいぜ」

本当に一部の人間しかやらなそうだな。本当におもしろいのかそれ。

しかし、これがとんでもない事件の幕開けになる事をこの時の僕達は知る由もなかった。

「それじゃあ、オープン!」

明日花が勢いよくボードを開くと、ボードの間になんだかブサイクなパンダの小さな人形がはさまれてあった。

「おりょ?」

明日花があまりにもできのわるい人形を手に持って観察する。

「なんでこんな物がここにあるんだんだろ? わたし入れた覚えないのに」

ピキーン

その人形を持っている矢吹の後で僕は突然嫌な予感を感じて叫んだ。

「明日花! その人形はやばい気がするからはやく放せっ!」

「お嬢っ!」

 ヒカル先輩が瞬時に明日花にタックルするようにかばうと、その人形は破裂音を上げながら小さな爆発した。

 「わわわゎゎゎっ!」

「……なんでボードゲームの中にこんなものが……?」

幸い小さな爆発で全員にけがはなかったものの、少し度が過ぎた仕掛けだとおもう。

「クロちゃん大丈夫?」

明日花が不安そうな表情でヒカル先輩を心配しているのを見る限り、明日花は本当に今爆発物の事を知らないらしい。

「大丈夫ですよお嬢。心配しないで下さい」

……しかしカル先輩がけがをしていないか僕も気になるけれど、ふだん僕はその人に斬られそうになっているのに、どうして僕は心配してくれないのだろうかとついつい思ってしまう。

「……これは……?」

「どうしたんですか? ヴァネッサ先生」

「……どうやらこの爆弾は素人が作ったものではないらしい。手作りの爆弾だが、使われている部品は一般の人間では手にいれれないものばかりだ」

それってつまり……

「どういうことだ?」

「つまりこの付近に私達以外の人間はいないということだ。おそらくお前を狙う爆弾魔の手により送られてきたものらしい」

先生が真面目な顔で現状を分析する。

「なんだって? 殺し屋ってアイリスだけじゃないの?」

衝撃の事実再び! ――ていうかはやく言ってくれよ。

「……もしかしたら狙いは私なのかもしれない……」

「なんか爆発した人形のあとに犯人からのメッセージが落ちていたぜ」

少し自虐じみた説明をよそに、矢吹が紙を一枚持って来た。こういう時空気が読めない人間がいると助かる。

「見せてくれ」

その紙には汚い日本語でこう書かれていた。

《お前達のキャンプに爆弾を仕掛けたぜぇ。爆弾を解除したければ暗号を解読してみな》

その文章のあとに、ブサイクな動物のキャラクターと、数字と英語を数式にした、僕にはわけのわからない暗号が書かれていた。

「なんのことだか、さっぱりわかんない暗号だ」

「まったくだ」

士郎と二人で暗号を見てみるがさっぱり意味がわからないし、無闇に多くてクイズでいうと五問ぐらいある。

「爆弾が見つかったぞ!」

キャンプからヴァネッサ先生の声が聞こえて僕達は急いでキャンプに向かった。さすが元軍人。やる事が早い。

そこにあったのは、僕らのキャンプの真下に埋められていた大量の爆弾だった。

「いつのまにこんなにも……」

確かにこの人数がいるなか、犯人はよく気付かれずにこれだけの爆弾を設置できたな。

「でもこれだったら俺達が逃げちまえば安全なんじゃねぇの?」

確かに矢吹のいうとおり、わざわざ爆弾を処理するよりもその方がてっとりばやい気がする。

「…………逃げるわけにはいかねぇよ」

ヒカル先輩がぼそりと呟いて続けた。

「やつは私はおろかお嬢に手をだしてきたんだ。このまま引き下がったら鐘寺組の看板に泥をぬっちまう。……売られた喧嘩は買うのが私の信条だ」

「……黒崎の信条とは関係ないがやはりここでやつを始末しなければ今度は学校や民家のど真ん中で爆弾テロがおきてしまうかもしれない。そうなる前になんとか奴を食い止める」

意外にもヒカル先輩の考えに賛同したのはヴァネッサ先生だった。たしかにヴァネッサ先生の言う通りここで奴を食い止めなければ今度は学校や町の中に爆弾をしかけてくるかもしれない。

「……それじゃあどうするんだよ?」

「この爆弾は基本はリミット式だが外部からリモコン操作で起爆できるようにもなっている仕組みだ。たぶんどこかで高見の見物をしている犯人を見つけて爆弾を解除させるしかない。……そのためにはチームを三つに分散させよう。……黒崎と鐘寺、矢吹と武一、アイリスと桜井で捜索しろ。私は単独で奴を探す。……質問がある奴はいるか?」

「……なんでアイリスと……?」

「いないならば、奴が仕掛けた爆弾に注意しながら探し出せ。解散!」

僕の愚痴は無視して、ヴァネッサ先生は指示を飛ばしてどこかに走り去っていく。急ピッチな説明の流れで追いつけれないゆとり教育少年達は茫然としていた。

「我は我が武一家につたわる気配探知術によって、敵を探そう。着いて来い矢吹!」

「へいへい……じゃあ俺はこいつとあっちに行ってくるわ」

士郎は矢吹とともに、山の中へ。

「それじゃあ私達は暗号を解いてみようか。クロちゃん」

「はいお嬢。……もしかしたら犯人の手掛かりが残っているかもしれないですし頑張って解きましょう」

明日花はヒカル先輩と一緒に暗号を解くつもりらしい。

「………で、私達はどうするの?」

そして僕達の組は僕が捜索方法を考えるらしい。

「えっと……アイリスはどうやったら爆弾魔を見つけれるとおもう?」

昨日の夜の一件があって、なんとなく話すのが気まずかったのでおそるおそるアイリスに聞いてみる。

「別にどこを探しても大丈夫よ。私達はおとりで、ヴァネッサ先生が犯人を見つけるんだから、私達は何やってても意味がないのよ」

僕に反してアイリスの様子はいたって普通だった。

「……そうだったのか。だから先生だけ単独なんだ」

「たぶん軍事衛星を使って、犯人を捜索するとおもうからすぐにみつかるわ」

そうとなったら、捜索の方法なんておおざっぱな方法でも大丈夫だよな。

「だったら僕達はこれで決めようか……」

そこらへんに落ちてあった一メートルにも満たない木の枝をい拾い上げた。

「この運命を指し示すそこらへんの木の棒で探そう」

「……………ほんと、馬鹿の考えね」

ガーン!

「うるさいよ! なにも意見をいわないやつに言われたくない!」

「なによ。こんな方法で見つかるわけないじゃない! バッカじゃないの?」

みんながなにかと行動をしているなか、僕達はスタート地点で喧嘩を始めてしまった。




 ヴァネッサは一番見晴らしのいい丘の上で通信回線を軍部に繋げていた。

「……そんなに時間がかかるのか……?」

「はい。現在我が軍隊の衛星は日本宙上から離れていますので、そちらを観測して特定するのは半日以上かかります」

アイリスの言うとおり、軍部に回線を繋げて衛星で敵を見つけようとした。しかしヴァネッサの思惑とは裏腹に、衛星で敵の居場所を見つけるには、書類の用意なので相当の時間が必要らしい。

「……わかった。それならば犯人確保よりも民間人の退避を促す判断にする。――もし何かあればまた連絡をすると大佐に伝えておいて」

ヴァネッサは即座に全員の安全をとる事を決断する。今は軍の上層部ではなく、ただの教師になった今では以前の権力を行使できない事を覚悟していたので、ここに来る前からだいたい予想できた。

「しかたない……とりあえず全員を避難させよう」

そう言って急いで彼女はキャンプ場所に戻った。




「なぁ……俺達はたしか爆弾魔を探しにきたんだよなぁ?」

士郎が爆弾魔の気配をたどってきた場所では、二メートル程ある熊だった。

「グオオォォォ」

「――こやつなかなかの殺気をもっている。この森の巨大な殺気は貴様だったのか……」

「なんで爆弾魔探しに来たのにこんなでかい熊と遭遇しなきゃいけないんだよ!」

「これだけの殺気を出しているこやつを倒さん限り我の気配探知はうまくできん!」

「グルルルルル……」

「ひぇぇぇぇぇぇ!」

なおもこちらを凶暴な咆哮をあげる熊に、矢吹は震え上がる。

「いくぞ熊蔵! いざ尋常に死合おうぞ!」

がばっと上着を脱いで士郎は、熊の前にたちはだかる。

「なんてやつだよ。………しかも勝手に名前までつけてるし」

爆弾魔探しなんてないがしろにして熊と闘っている士郎に矢吹はただ呆れるばかりだった。




一方明日花達の組も暗号解読にかなり苦戦していた。

「ぐむむむむむむむ……」

「……わかんないねぇ……」

二人が知恵を絞っても、答えは一向に解けなかった。たしかに二人は性格の面では決していいとは言い切れないが学校の成績はかなりいいのでこの二人が解けないものとなるとかなり難しかった。

「――もしかしたらこの問題は最初から解けないもの、で本当は答えなんてないのかも……」

ふと明日花は逆に答えがないのではないのか、という考えにいきついた。

「……もしそうだとしたら、今の時間はかなり無駄だったんじゃあないんですか?」

「「…………………」」

ヒカルの発言に、思わず二人とも黙りこくってしまった。

「――ま、まぁ幸君がなんとかしてくれるよ」

「そうですね。それじゃあ頭を使った後なのでお菓子でも食べましょうか?」

「さんせ―いっ!」

もう暗号解読を完全に諦めた二人はその場でお茶会をし始めた。




 再び幸一チーム

「やっぱりいいなぁ爆弾は。爆発する時の爆音、綺麗なオレンジ色の炎、鼻に着く火薬の臭い、何をとっても最高だ! 依頼のターゲットの幸一は、今日の事で震え上がるだろ。次で死ぬ前の予告状というやつを見せてやらないとな……しししし」

「うわぁ!」

「ひえええええええぇぇ!」

「……まさか本当に見つかるとはね」

けっきょく運命の木の棒に従ってだらだらと探し続けた僕らは森の中でぶつぶつと声が聞こえたのでここに来ると百キロは超えてそうなメタボの男が森の中に座っていていたので大声をかけてみた。

「なな、ななんんで、なんでここが見つかったんだ? あの暗号だってでたらめなものだったし、あのキャンプからかなり離れている場所なのに。……それに今回は脅しの爆発なんだぞ?」

「話が長いし意味がわかんないわね。こいつ」

「まぁ、たしかにね。――とりあえず爆弾の解除スィッチを出してもらおうかな」

男はしばらくかたまったまま、また一気に喋りだした。

「……いやだね。どうせお前達には俺が、俺による、俺のため爆弾を止めるわけにはいかない。だから俺は爆弾という手段を使って安全な場所まで逃げる」

聞いた事のある名言もぱくりだしたよこいつ。

ポロッ

男はとんでもないぐらい速度で走って逃げだしたがその際男のポケットから何かが落ちた。

「これは……爆弾の起爆スィッチじゃないの……」

そのリモコンは爆弾の起爆スィッチだったらしく、アイリスはその場でスィッチをオフにした。

「どうした? 追ってこないのか!」

未だに声が聞こえる位置で、爆弾魔は俺達を罵倒する。まぁ『起爆スィッチ落ちましたよ。これおたくのですか』なんて親切な事を言うつもりはないから別にいいんだけど。

「やっぱりお前らはのろまな豚だな。ざまぁみろ!」

ピキッ。そこでまた何かがキレる音が聞こえた。

「豚に豚って言われたくないわぁぁぁぁぁ!」

喋り過ぎて相方を怒らせてしまったので、僕も一緒になって追いかけるしかなくなった。




「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

疲れる時も喋りまくるんだなこいつ。そんなに距離走ってないのに……。

「あんたのようなやつがいるとこいつを殺すのに邪魔になるのよ。悪いけれどどっかの豚箱に入っておとなしくしてもらうわよ」

「豚箱だとぉぉぉぉぉぉぉぉ! ふざけるな! 断じて俺は太った豚なんじゃないぞ。そうやっていつもいつも俺を豚だのキモいだな言いやがって………」

「いやぁ豚箱ってそういう意味じゃあ……」

「だいたいそういうやつに限ってブサイクなんだよなぁ、自分で自分の……」

だめだこいつ。完全に人の話を聞いてないし。

「こここここ、こういちっ! あ、あれ……」

アイリスがなぜか震えながら空に向かってあれを見ろといわんあばかりに指をさしていた。こんどはなんだよまったく………………え?

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

僕とアイリスは爆弾男を置いて、そのまま全速力で逃げ出した。

「なんだ? ……ははぁ、なるほど。ようやくこの僕の真の実力を知って逃げ出したのか、やれやれ、やっぱり僕の実力の前ではだれも敵わないんだな……ん?」

爆弾魔は急に逃げ出した幸一達に(いぶか)るが、勝手に自分の都合の良いように解釈して、勝利を確信したが、背後になにか大きな気配を感じて振り返った。

「ギュルルルルルルル」

そこにいたのは遥か古代に絶滅したはずの巨大な首長竜だった。

「ぎゃあああぁぁぁっ!」

バクリ――とその場で豚男は首長竜に食べられたのだった。




「本当にいたんだよ! ウィッシーが!」

爆弾魔をおいてその場から逃げ出した僕達はみんなと合流して、みんなに事情を説明していた。

「ものすごく大きかったんだから! あれはまさしくウィッシーに違いないわ」

「アイっちずるいよ。私もウィッシー見たかったんだから!」

「桜井! お嬢がみれないと意味がないだろうが!」

こんな時まで能天気な明日花とその意見を尊重するヒカル先輩。

「でも本当にいたのかよ? 何かの見間違いだったんじゃねぇの?」

「現実にそんな人物がいるわけがないだろう。ばかばかしい」

僕とアイリスがウィッシーについて説明すると、信じているのが半数と、信じないのが半数となり、最終的に士郎が、

「ならばもう一度見に行けばよいのではないか?」

と言いだしたのでもう一度ウィッシー出現地点に向かった。


数分後、僕達はさっきウィッシーを見た所まで戻ってきていた。

「何もいねぇな……」

「どっかに逃げちまったんじゃねぇのか?」

「――会いたかったなぁ、ウィッシー……」

しかしそこには巨大な首長竜なぞどこにもいなくて、思わず明日花はがっかりしていた。

「おいっ、あれを見ろ。」

そしてヴァネッサ先生が何かを発見し、僕達は信じられない物を目の当たりにした。

「ウィッシー?」

「いや、ただのデブだ」

そこには爆弾魔の男が木にもたれかかって気絶していた。どうやらウィッシーに食われずにすんだらしい。なぜ食われなかったのかは意味がわからなかったが。まずそうに見えたからなのかもしれない。




爆弾魔を移送するため、一同は早めに帰る事となった。

「それにしても今回は散々な目にあったな………」

ウィッシーのエサ役ぐらいしか活躍してない矢吹がそんな事を呟く。

「いい運動になってよかったじゃないか」

「うるせぇよ。熊と闘ってすがすがしい顔しやがって!」

一方、このキャンプで修業がおじゃんになった士郎は野生の熊と死闘を演じ今では満足しきった顔をしている。矢吹いわく最終的には熊の方がかわいそうになるぐらいみじめになっていたらしい。

「もっと遊びたかったなぁ……」

途中で中止になった明日花は少しがっかりしていた。

「大丈夫ですよお嬢。帰ったら二人で一緒にましょうよ」

そんな明日花を隣でヒカル先輩が励ます。

「うん。そうだね。まだ休みはあるからみんなで遊びに行こうよ」

「みんなでですか………………二人っきりが良かったなぁ」

『みんなで』という言葉に今度はヒカル先輩ががっかりしてしまった。いったい、ヒカル先輩は明日花とどういう関係になりたいんだろうか?

「アイリスは楽しかった?」

僕は隣の席というまたもや近いポジションになったアイリスに今回のキャンプの感想を聞いてみた。

「……なんで殺す相手にそんな事を教えなくちゃいけないのよ」

アイリスとは今回の一件でさらに嫌われてしまったらしく、彼女の言葉は更に棘を含んだものだった。

「……いやぁなんとなく聞いてみただけ」

これ以上彼女を刺激して怒らしたらまた面倒になるだけだ。

「……たの……か……たわよ……」

なにか隣でアイリスが小声でつぶやいたのが聞こえたのだがうまく聞き取れなかったのでもう一度聞き返した。

「え? ごめん。なんて言ったか聞こえなかったんだけれど」

しかしその言葉が問題だったらしく、彼女は狭い車の中でまたキレだした。

「うるさい! 言っとくけれど、あの爆弾魔をなんとかしたからって調子に乗るんじゃないわよ! あんなC級の殺し屋なんてA級の私に比べたら、たいしたことないんだから、覚悟しなさい!」

「わかったよ……君はすごいA級の殺し屋なのは知ってるから……」

めんどくさかったので、軽く流そうとしたのだが、その言葉がまた彼女は更に怒りだした。

車の中が騒がしいなか、ヴァネッサ先生だけは黙って車を運転していた。

「まったく。騒がしいな……」

「そうですよね。まったく若いやつっていうのはいつもいつもうるさく――ウギャッ!」

隣の助手席で拘束されている爆弾魔を鉄拳制裁で黙らして、ヴァネッサ先生は呟く。

「――引率も楽じゃないな。……………今度は天道も連れていって私も楽をするか」





はじめましてわたくし「弱音乱短」というものです。

ペンネームの由来はハロウィンのジャック・オー・ランタンをもじったものです。

この小説は十年以上前、書いたものですがこれからも

仕事をしながら執筆を行い、いろいろと新しい作品を投稿させていただきますので、皆様なにとぞよろしくお願いします

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