序章:7歳の誕生日
今日は私の7歳誕生日。そして久々にお父様やお母様、お兄様にお会いできる日。浮かれるなと言う方が無理だ。この国の風習として、貴族令嬢は7歳までは王都では暮らせないという決まりがある。なんのための風習だかフィオレロには理解ができないが、そんな我慢も今日までである。前にお父様にお会いしたのはたしか2年前の、5歳の誕生日。初めて見る王都や久々に会う家族を思い浮かべ、お気に入りのドレスにお気に入りの髪型を世話役のアリフィーにしてもらい朝から上機嫌である。
「ねぇ、アリフィー!王都にはまだつかないのかしら!」
待ちきれなくて急かすようにアリフィーに尋ねる。もちろん尋ねた本人も、尋ねたからと言って到着する時間が変わるとは思っていないだろうが、どうも気持ちが落ち着かないらしい。はしたなくない程度に動かしている足がそれを物語る。
「そうですね…。この通り道さえ終われば王都の入口が見えてきますよ。」
「そうなのね!あぁ、本当に今日から皆様とご一緒できるね!夢のようだわ」
フィオレロにとって育ててくれた叔母達のことももちろん大切な存在だが、あちらも7年間と分かっていて育ててくれていた。当然別れる時にははしたなくも泣いてしまったけれど、一生会えないわけではないと割り切ってしまえば気持ちの切り替えも早かった。年に1回くらいしか会えなかった家族、まだ見ぬ王都に心弾ませていた。そんなフィオレロを見て、お喋りを注意できるほどアリフィーは鬼ではない。アリフィーとて、優しい主人公と懐かしい王都での暮らしを思い出し笑みを浮かべていた。だから、すぐに回りの変化に気づけなかったのだ。
ふと、回りが静かすぎるのに気がついたアリフィーはどうしたものか、と聞こうとして声をかけようとした瞬間世界が傾いた。咄嗟にフィオレロの方を振り返ったが、既にフィオレロの体は大きな手に掴まれていた。
掴まれたフィオレロは不思議なほど冷静に「本で見たままの”マモノ”だわ」なんて場違いなことを考え一瞬アリフィーの顔が見えたが何か言う前に意識が途切れた。
楽しそうに笑っているオンナノコたち。
見たこともない服を着て、珍しい髪色をしている。
夢、だと言うことはすぐに気がついた。
フィオレロはこの手の夢を6歳の誕生日から見出していた。内容は大したことではないが、大抵同じようなオンナノコたちができて楽しそうに話している光景ばかりだ。
何やら四角いものを見てキャーキャー言っている。
顔の良い男の人ばかりが写っているソレを手にしながら談笑している様子は、育った都市でのお茶会の様子を彷彿させた。最も私たちはお菓子が話の元だったけれど。
鈍い音と一緒に1人のオンナノコが宙へ浮いた。見慣れた魔法なんかではなく、多分……、確実に何かが当たったのだろう。
声が聞こえる
私を呼んでる
「ーーーーー!」
その事実だけを頭の中に入れ、夢の中の私は意識を失った。
ふと目を覚ますとだいぶ見たことのない真っ白な天井があった。体を動かすのが億劫で目だけで辺りを見てみると、そこには世話役のアリフィーがいた。知らない空間に知っている人物がいるだけで安心する。
「 ア、……アリ、フィー 」
掠れる声でそう呼ぶと、振り向いたアリフィーは目を見開いて驚いたような表情をした。その表情はすぐに消されいつもの穏やかな笑みに戻ったが、「お医者様を呼んでまいります」と言うとすぐに部屋から出ていってしまった。
さて、この状況はなんなのだろう。考えようとするがあまり賢いとは言えない私の想像力では、なにも想像できない。分かることと言えば、私は随分長いこと寝ていたのだろう、と言うことである。その証拠に体を動かそうと思っても中々うまく言うことをきいてはくれない。考えることを放棄すればまた自然と眠気がやってきて、抗うことを知らない私はまた目を閉じた。
まさか次に目を覚ましたとき、8歳の誕生日になっているなんて、それこそ夢にも思わなかった。