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聖光を継ぎし者  作者: 榑婀
第一章
6/6

誕生

 


 長かった夜が徐々に明けてゆく……その中で、突如その奇異とも奇跡とも云える光景は眼前にして起こった。

 それまで天上一帯を禍々しく覆っていた暗雲。それが突如として闇より出でし光によって掻き消され、穏やかな光が大地へ優しく照らし出したのだった。



 ……それと時同じくして、



 人里離れた辺境の地に佇む屋敷とも小さな城とも呼べる一室から、誕生を告げる赤子の産声が朗々と響き渡った。

 蝋燭(ろうそく)によって淡く照らし出されるやや薄暗い一室には、一人の若い女性が疲労の表情を浮かべながらベッドに横たわり、その周りには明け方にも関わらず数人の侍女が取り囲んでいる。


 そして女性の部屋の扉を隔てた向こうには、万全の準備を整えて各々の配置につく衛生兵の姿がちらほらと見え、皆が皆、落ち着かない様子で中の女性と赤子を気にしているのは一目瞭然だった。



 一方で、



 部屋の一室では未だ緊張感が残る中、数名の侍女の中でも最年長だろう女性が先程産まれたばかりの赤子をしっかりと抱き、ベッドに横になる女性の許へと歩み寄った。瞬間、最年長ながらもまだ若々しさと溌剌さを残す侍女の女性の顔が破綻し、輝かんばかりの笑顔が浮かぶ。



「奥方様、おめでとうございます! 奥方様に似た可愛らしい女の子ですよ」

「そう……っ、やっぱりわたくしの思った通りの女の子なのね。さぁ、もっと私に可愛らしいお顔を見せて?」


 待ちに待った第二子の赤子は、元気で可愛らしい女児だった。侍女の女性によって暖かな産着に包まれた赤子をしっかりと抱いた女性は、我が子を愛しそうに、柔らかな笑みを携えながら赤子の顔をまじまじと覗き込む。必死に泣き声を上げつつも母親の温かさを求めんとするその姿は愛らしく、女性は自然とその紅い瞳を細め、くすりと笑みを深めた。



 ……愛おしい。



 胸にじわじわと広がる我が子に対する愛情と、何より腕に感じる赤子の確かな重みをひしひしと感じながら、幸せを噛み締める。その際にふと自身を見つめる覚えのある視線に気付くと、たまらず口を開いた。



「あなた」

「……フュリー」

「あら……、嫌だわあなたったら。そんな情けない声をお出しになって」

「いや……、酷く安心してしまってね。……よく私の子を無事に産んでくれた」

「ふふっ……。さぁあなた? いつまでもそちらから心配そうに様子を伺っていないで、もっと近くから私達の子をご覧になって?」


 数人の侍女達の中に紛れ、未だ少し離れた部屋の隅から心配気な表情を始終浮かべ静かに見守り続ける男性に、フュリーと呼ばれた女性はさも幸せそうな笑みを零した。

 女性しかいないこの場には若干浮いた存在ではあるが、その男性は紛れもなくフュリーの夫であり、それと同時に赤子の父親だった。


 薄暗い部屋のため、はっきりとまでその姿は窺えないものの、蝋燭によって照らされる男性の姿はまだ年若く、程良く筋肉のついた長身の身体に端正な顔立ちをしている。

 何よりも光り輝く金色の髪と強い意志を秘めたアメジストを連想させる濃い紫色の双眸が印象的であり、その姿はどこか気高さと気品が醸し出されている。


 ……フュリーもまた、女性らしい気品の中に男性と似通った雰囲気を持ち合わせていた。

 紅色の双眸には慈愛が満ち、透き通るようなライトブルーの艶やかな髪が紅色の双眸を更に一層引き立てている。



「そうだな、お前の言う通りにもっと間近で可愛い我が子を見るとしようか」

「そうよ。見てあなた」

「ほう……? 纏う雰囲気はフュリー、お前に似ているな」

「あら? でもこの力強い泣き声はあなたそっくり」

「ははっ、それはどういうことだ」


 柔らかな笑みを浮かべながら、赤子を抱くフュリーごと愛おしげに抱き締める男性に、女性はくつくつと小さく笑う。

 幸福感で満ち満ちた一室。仲睦まじく互いに微笑み合う二人の若き夫婦の姿に、侍女や使用人達も思わず笑みを浮かべ、温かな眼差しでその様子を見守った。


 その間にも一枚扉を隔てた先では、待機する衛生兵や屋敷の者達が喜びと祝福を祝う言葉が飛び交う。



「……」


(まるで夢のようだな……)


 一方で、この至福の時を迎えられたことに男性は酷く喜んでいた。これ程にまで幸せな一時はいつの日振りか。既に遠き事象の彼方に置き去りにされた色褪せた日々を思い返しつつ、男性は慈しみを宿した瞳で赤子を見つめた後、その小さな手に触れた。

 その瞬間、指に感じる確かな感覚と赤子から伝わってくる小さな温もり。固く人差し指を強く握る赤子にまた自然と笑みが浮かぶ。



「……っ!?」


 しかしその笑みもすぐさま赤子が掴む指から自身の身体に流れ込んできた違和感に驚愕の色を浮かべると、男性は咄嗟にその小さな手を振り払った。



「な……っ。何だ、今のは」

「あなた……? 一体どうされたの?」


 心配げな様子でこちらを窺うフュリーに男性は曖昧な笑みを返すと再びアメジストの瞳を持つ赤子を一瞥(いちべつ)した。

 自分と同じアメジストの双眸を持つ、しかし同じと言うにはまた違った色をした瞳に男性は自然とその深みを帯びたアメジストの奥底に宿る底知れぬ煌めきを凝視する。


 ……まるで(すべ)てを見透かしているようにも思わせるそれは、違和感を感じさせるのには十分足りうる訳で。懐かしいというよりは、ひしひしと伝わる若き頃にも感じたことがある〝気〟に男性は次第に表情を険しくさせた。

 赤子から有り有りと感じる神聖な気は男性にとっては不安因子の一つでしかなくて。その際によぎるは過去に神々の意志を宿した地にて告げられた言葉であり、その言葉を心の内で反芻させると更に不安を駆り立てられ、眉を顰める。



(まさか……な)


 しかしざわつく胸騒ぎは的中し、再び赤子に触れると次第に赤子の額に現れる紋様に表情を無くす。



「……こ、れは。やはりそうなのか。何ということだ……っ」

「? あなた、一体何を言っていますの?」


 それは一瞬の出来事であると同時に、突きつけられた現実にただ愕然と肩を落とす他、何もなくて。わなわなと落とした肩を震わせると男性は赤子の額に現れた紋様を撫でた後、未だ何も知らずに穏やかに笑みを浮かべるフュリーに視線を移した。



「フュリー……、いやフュリーシア。すまない、落ち着いて私の話を聞いてくれないか?」

「……。あなたらしくない発言ね」

「そう、だな。私らしからぬ発言だ。だが事実を伝えなければなるまい……」





「フュリー、この子は〝代行者〟だ」

「! なっ……」


 男性の取り乱しようとその口から告げられた言葉にフュリーシアは目眩を覚え、声を震わせた。男性が告げた真実はフュリーシアにとってあまりにも信じ難く、暫し茫然とするもすぐさま弾かれたように顔を上げて首を横に振る。

 フュリーシアもまた〝代行者〟という言葉に覚えがあるのと同時に、男性と同じく愕然とするしかなかった。


 腕に抱く我が子を見れば父譲りのアメジストの瞳と目が合う訳で、その純粋無垢な赤子の姿を見るなりフュリーシアはどうすることもできないもどかしさに赤子を強く抱き締めたまま涙を流す。



「フュリー……」

「奥様……」


 堅く目を閉ざして動かないフュリーシアに男性は後悔の念に苛まれた。どうすることもできず、結果ただ彼女を傍らで見守るしかない自分に歯痒さを覚えることしかなくて。

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