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そして何より、その誓いが果たされる瞬間を誰よりも待ち望んでいる自分がいる。
まるでそれは、今は失われし遠き日を彷彿させるようで、それを思い出すだけで青年の気分は高揚し、心は自然と熱くなった。
古き記憶の言葉と高揚する気分に身を委ねて紡ぐは、優しく包み込むような美しき旋律。
〝……どんなに遠く離れ、幾星霜の時を隔てても、想いは必ず貴方と共に〟
「待ってるんだ……」
〝たとえ我が身が朽ち果てようとも。その想いは永遠に続く。廻り廻って想いはウタとなり……〟
「あの時からずっと」
〝……世界に、そしてアナタの耳にも届く筈だから〟
「あの時交わした言葉を信じ続けて……」
〝そして悠久の時を経て、再び愛しきアナタに廻り逢う……〟
「……」
(だから……)
「……っ」
耳に残る、かの存在が紡いでいた謳を紡ぎながら青年は先程までの無機質な瞳から一変させ、優しげなそれにと変える。
次にその視線を向けるは、聖花に護られるように存在する目の前の石碑。空に浮かぶ六つの輝石とはまた違った輝きを放つそれに、青年の徐に伸ばされた片手が触れるや否や、再び一陣の風が聖花の花弁を撫でるようにすり抜けていく。
その微かに頬を撫でる風が酷く心地良く感じるのは、今の風に妙な懐かしさを感じた所為か。
青年は咄嗟に片腕を伸ばし風を掴もうとするものの、それは虚しく空を切るだけで終わった。
勿論、風を掴むなんてことが非常に馬鹿げたことであるということは百も承知している筈だった。
(……一体何をしているんだ、俺は)
しかし実際にはこうして無意識に掴もうと必死になっている自分もいるわけで。ふとそこで一瞬、馬鹿げたことをする己の醜態に自嘲気味た笑みが零れ落ちそうになる。
ばたばたと風に弄ばれるかのように宙を漂う漆黒の外套を後目に、青年はヒラヒラと舞う花弁を掴むとその双眸を細めた。
「俺も相当学習能力がないな」
口元に弧を描かせ、その瞳に映すのはあの蒼穹に浮かぶ六つの輝石。
「……」
(お前は今、何を見ているだろうか?)
「愚問……だな」
(そうだ、俺は約束が果たされるまでここで謳い続ける。この謳が彼方遠く、お前に届くまで)
「だから……」
(……願わくば、きっと同じこの空を見上げていることを)
そして静けさに包まれる神秘的な空間には青年の口から紡がれる古語が壮麗たる謳となって、この大地と空に確かに染み渡る。
淡く、光が宿る花畑の中心で謳を紡ぐ青年の顔はどこか穏やかで、その周囲だけゆったりとした時が刻々と刻まれていた。
今日も蒼穹から覗く太陽の下で奏でられるは、遥か古に絶えた愛謳。
今日も世界中に響き渡るは、愛すべき地上の生命と世界を想い綴った神々の神謳。
あとがきや作者のつぶやきは活動報告のほうを参照下さい。